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クソゲーの『悪役』令嬢と『デーモンスレイヤー』  作者: 傘花
第一章 侯爵令嬢とデーモンスレイヤー
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第八話 故郷への帰還と喪失


「……あなた、もう少し穏便に解決できなかったの?」

「国を滅ぼすのは容易いが、口実を作って逃げるほうがまだマシだろう」

「そ、そうなの」


 ペイルティシアはピクピクと引き攣った笑いを作る。


 やることのスケールが大きいのか小さいのかハッキリしてほしい――そんなことを考えていたが、“針鼠の肉屋”は彼女を馬の上に放り投げて乗せた。


「――ちょっと、何を!」

「《テレポート》の飛距離はあまり長くない。帝都の壁が霞んで見えるまでは欠片も安心できんぞ」

「もう! 街まで行けるような呪文は無いの!?」

「……」


 沈黙で返すと彼は馬を走らせた。ペイルティシアも遅れないように手綱を握ると、彼の後を追い掛ける。


 王国へ続く北への街道を走り、星が輝けば横道に逸れて野宿する。


 朝日と共に馬を駆り、道のない平野を北へ北へと駆けていく。


 冬場で草丈は低く、冷涼な風を遮るものは何もない。


 肌を刺すような寒さに外套を幾重にも被り、馬で駆け抜けること更に三日。


 ついに二人はエゲレス王国の国境を越えた。


 彼らは東に見える巨大な山脈を見送りながら、王国領内を再び北へ走る。


「この近辺の地形は知っているわ。もうしばらく走れば、我がディセンブルグ侯爵家の領地よ」

「そうか、お前の土地か」

「ええ、そうですわ。私の家の、土地ですわ」

 

 実家へ帰れるとなったペイルティシアが嬉しそうに顔を綻ばせる。


 風の高い鳴き声が二人の間を駆け抜けていって追い越す。


 枯れ草のささやきに気付いたペイルティシアが昔の記憶を手繰り寄せると、いつの間にか口は勝手に話し始めていた。


「この辺りは大穀倉地帯よ。我が領の兵士達が巡回を行い、妖魔達の侵入を徹底的に防いでいるわ」


 暗い雲が風に流されていって空気がじっとりと湿気を帯びる。


「東の防壁の切れ目が近い領域だったな。生きている妖魔を狩ったことはあるか?」

「そうね。子供の頃、父と共にヒポグリフ狩りを行ったわ。鷹で兎を狩るよりも迫力があるのよ?」

「ヒポグリフか、騎獣になるというが。生きたものを見たことがない」


 鷹の上半身と獅子の下半身を持つグリフォンと馬のハーフがヒポグリフであり、馬力が凄まじく気性が穏やかなので、どの国でも騎獣として積極的に登用されている。


 だが“針鼠の肉屋”には縁がなかった。というよりも、見たことがあっても、それはダンジョンに出てくるものだ。“生きている”とは言えない。


 それを聞いたペイルティシアは満足そうに頷き、意地悪そうに笑みを浮かべた。


「……そう、そう、そうなの。えぇ、えぇ、あなたが見たいというのであれば、見せてあげますわ」

「そうか、是非とも見せてもらいたい」

「まぁ、あなたは私を誘拐した大罪人。その一生を掛けて罪を贖いなさいな。気まぐれで牢からは出してあげてもよくってよ? オーッホッホッホ!」


 幼少より、ペイルティシアは王都が生活の中心で長らく帰郷していない。


 都会的な文化の方が快適で親しみ深いが、昔と変わらないディセンブルグ領の景色につい童心を思い返す。


(――帰ってきたのよ、我が故郷に。十六日はあまりにも長かったわ……父上にはまず手紙を出して、それから十分に話し合わなくては)


 大きな丘を越えると一陣の風が吹いた。


 雨も降っていないのに雷が鳴り、龍の代わりに雲間へ消える。


 黄金の髪がたなびいて、彼女は馬上で曇天に気付いた。


 生まれ故郷の都市ディセンブルグ。


 昔と異なる門構えに尖塔から突き出た大砲。

 

 ペイルティシアは物々しい雰囲気を漂わせている故郷に、産まれて初めてやって来たような気がした。


 二人が城門に近づくと、汚れた軍服を着た老齢の門兵が驚きの表情を浮かべた。


 彼は手に持った槍を投げ捨てて彼女の乗る馬に駆け寄り、真っ赤な顔で臣下の礼をとった。


「そのお顔、その気品ある立ち振る舞い、この老骨見間違えますまい! ペイルティシアお嬢様、ご無事で、よくぞご無事で……」

「お前は、騎士ラルドね。心配掛けたわ。出迎えご苦労、早速屋敷へ案内なさい」

「…………」


 高圧的な命令に老齢の門兵は答えない。


 我儘には慣れていたはずの、元・騎士は答えない。


 彼女に駆け寄った時の喜びは今や消え失せ、顔を伏せたままだ。


「聞こえなかったかしら、屋敷へ案内しなさい、と言ったのよ」

「……ありません」蚊の鳴くような声だ。

「なに?」

「お嬢様、お屋敷はもう、もうありません……。侯爵様は、第二王子への暗殺未遂と、国家への反逆により、ディセンブルグ家の皆様と共に処刑されたと、聞き及んでおりました」

「――――何を、言っているの?」


 元騎士の言葉にペイルティシアは目を見開き、絞り出すように言葉を発した。


 大貴族が一族もろとも処刑されるなど異例中の異例。


 されどこの忠義に厚い騎士が冗談を言うはずもないとよく知っていて。


「無礼、よ……そのような、そのような主への反抗的な、言葉遣いは」

「……伝令は、王都の広場で、ギロチンにかけられたご当主様方を見たと」


 心臓の音が聞こえるほどの沈黙。


 徐々に近づく雨音。


 家臣であった彼は、彼女が無事であったことだけは喜んでいたのだ。


 哀れみを含む視線に気付いたペイルティシアは、自分に言い聞かせるように叫んだ。


 家主を拒まないのが家だろう。


「黙りなさいっ! 我が家は滅びないわ、屋敷へ、父上の元へ案内しなさい!」

「しかしっ、お嬢様!」

「くどいぞ! 我が目で見た事が真実よ! 騎士風情が意見するな!」


 怒鳴りつけて黙らせ、ペイルティシアは馬を歩かせた。


 ラルドも観念したのか、トボトボとペイルティシアを誘導する。


 馬がヒン、と(いなな)けば、“針鼠の肉屋”もそれに続く。




 都市の中心、鉄柵で囲まれた広大な敷地には三階建ての豪奢な屋敷があり、鉄門の前には背筋をピンと伸ばしたマスケット銃兵が二人立っていた。


 真新しい軍服に身を包んだ青年たちは、三人を目で捉えた。


「……何よ、あるじゃないの」

「お嬢様、ここは既にエゲレス政府の、ディセンブルグ市役所になっているらしく……」

「門番! ディセンブルグ家の長女が帰ったわ。お父様にもその旨知らせ――」

「――うるせぇぞガキ! てめぇみたいな奴はもう死ぬほど見たんだよ!」


 門番の大声に驚いたペイルティシアがビクリと肩を震わせた。


「おいアンタ、門番のラルドさんじゃないか? こんな奴を連れてどうしたんだい。しかも馬なんかに乗った」


 もう一人の青年はすがるような、ウンザリしたような視線をラルドに向けた。


 ――理解が、追い付かない。


「……済まない。知り合いの子でね、真似をしないように注意しておくよ」

「ならいいんだけどよ」

「そっちの冒険者のあんちゃん! 見ない顔だね、ギルドは移転したぜ、向こうの方へ行きなよ」


 空気の悪さを察した青年は爽やかな笑顔をみせ、親切に道を教えてくれる。


 ――悪意はない


 雨が降り始めて青年達が笑う。雨具がありゃ濡れなかったんだがなと。


 ――悪意がない


 国軍兵はただ仕事をしているだけ。


 だから余計に分かってしまう。


 ――ディセンブルグ家は、滅びたの?


 受け入れがたい現実が彼女の頭を()ぎった。


 “針鼠の肉屋”が馬の手綱を引いて、ラルドと冒険者ギルドのある区画とは逆の方へ行く。住宅地や高級宿の方だ。


 ラルドが捨て犬のように背中を曲げて、早足で馬を引いた。


 強い雨がペイルティシアの髪を濡らす。


 濡れることさえ嫌がらず、脱力したままラルドの言葉を反芻(はんすう)する。


 ――暗殺未遂と国家反逆、ディセンブルグ家の者は処刑された


 彼女も問題の火種に心当たりがあった。何かが起こると思っていたが、よもや王家が性急に苛烈な対処をするとは思ってもみなかった。


 後ろめたさや急な不安に視線を巡らせると、辺りは見た覚えのない景色。


 知らない場所では無いはずだけども、ここは自分の居場所でない。


 ――ディセンブルグ家は、処刑された


 空から光が一筋落ちて、大きな雷鳴が轟いた。


 肌に貼り付いた髪の毛が視界を塞ぐと、髪を伝って雨が流れ落ちる。


 ――処刑された


 馬が歩みを止め、ペイルティシアは促されて下馬する。


 その表情は暗く、瞳は弱々しい。


「お嬢様、今夜はこちらの宿に泊まりましょう」


 ラルドの言葉を否定したくて、彼女は強がりを口にした。


「……う、嘘よ、そんなの、うそにきまって……」

「お嬢様?」


 溢れ出たのは涙と嗚咽、拭えども拭えども涙が溢れ、口を塞いでも嗚咽が漏れる。


 ペイルティシアは理解した、家が潰れて一人残って、膨らむ期待が破裂した。


 なまじ賢いばかりに正しく理解した、誰も何も見向きもしない、貴族の娘に気付かない。


 この世界の誰もがペイルティシアを必要としていない。


 「無価値となった貴様に誰が手を差し伸べるものか」「役を果たせぬお前に用など無い」幻聴が彼女にそう囁いた。


 彼女は付加価値の消え失せた女に成り下がった事を理解した。


 真実はペイルティシアの存在を根幹から否定し、彼女自身に自分の醜い虚飾を突き付けた。


「あぁ、あぁ……っ、なぜ、お父さま……! うっ、ぅぅぅぅ……」


 偉大な父へ縋り付ければ、どれほど安心できたことだろうか。されど嘆く事しかできないその絶望は、ペイルティシアの心を粉々に踏み砕いた。


 彼女は膝を折りそうになり、“針鼠の肉屋”の冷たい手に支えられた。


 ずぶ濡れのまま宿に立ち入った3人を呼び止めようとした従業員に、“針鼠の肉屋”は金貨の詰まった袋を投げ渡した。有無を言わせず押し入って、一番近い空き室に彼女を運ぶ。


 ヨロヨロと連れられて歩くペイルティシアの姿は痛々しく、背を見送ったラルドの唇から血が流れた。


 肉親を喪った悲しみ、全てが消え去った虚無感、崩れ去った心の悲鳴、ペイルティシアはその全てを押し留めた。


 他人の目と空っぽの誇りが、辛うじて栓になっていた。


 “針鼠の肉屋”が扉を閉めると、ペイルティシアは食いしばった歯を震わせ、思いを吐き出した。


「うぅぅううっ、あぁぁああ! どうして、どうしてっ! うぁぁああああ!」


 ペイルティシアは両手で涙を何度も拭いながら、抑えていた声を漏らし、慟哭(どうこく)する。


 帰る場所があることを当たり前のように思っていた。


 ディセンブルグ家が国の行き先を支えていると自負していた。


 何の価値もなかった。


「ああぁああああ! ああああ――――!」


 絨毯に跪いて、身を切られる思いに号泣した。


 泣き出した彼女の口から激しい哀しみが堰を切ったように溢れ出た。


 どうして、どうして、ただそればかりを幼い少女のように繰り返す。


 ペイルティシアはどんな役割を背負わされようとも誇りを持っていた。


 何もかもが知らず知らずのうちに消え去っているはずがなかった。


 全て砂上の楼閣で、半月足らずで消え去った。


 取り戻したいと思ったもの、迎え入れてくれるもの、支えてくれるもの、大切なものは何処かへ行った。


 容赦ない事実に打ちのめされたペイルティシアは、ただ泣き叫ぶ事しかできなかった。


「雨が強いな……」


 ペイルティシアに残されたのは、深い絶望とどうしようもない後悔だけだった。



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