第四話 ダンジョンで小話
ダンジョン攻略は順調であった。
ペイルティシアの反抗的な態度が嘘のようになくなり、”針鼠の肉屋”が用意した装備にもアッサリと着替えた。
ただ、時折うわ言のように「嘘よ……本当に空白級が……“紫白”もこんな……化物……」と、なにやら難しいことを思案している。
そんなこんなでダンジョンの中に潜むダンジョンの最下層へ、あっという間に到着した。
ペイルティシアのような素人から見ても、自称“空白級”の”ローグライク”から見ても、“針鼠の肉屋”の持つ戦闘能力は優れていた。
ダンジョン最下層の主をものの数秒で蹴散らして――ペイルティシアは何が起きたかすら理解できなかった――三人の一日目が終わろうとしていた。
『ギミックは厄介であった。些か消化不良だが、次の目的地は決まっている』
「ずば抜けたアーティファクトも無ければ、小粒の敵ばかり。まだ何かあると疑いたくなる」
『であるが、小娘には十分な刺激だったようだ』
「……あなた方、一体何者ですの?」
『“ローグライク”』
「“針鼠の肉屋”だ」
「はぁ……」
ペイルティシアは”言葉足らずクソ野郎共”から望む回答を得られず、焚き火の中に小石を投げ込んだ。
ダンジョンを歩き回っている間、彼らは口数少なく最低限度の言葉しか発さない。
「もう少し話しても損はしないでしょう? 出自や嗜好を知りたいの」
ペイルティシアは逃げられないことを理解し、相手を油断させる方向に意識をシフトした。
貴族としてのプライドは徹底的に冒険者達を拒み、権謀術数にて解決を図ろうとする。
人が三人いれば派閥ができる。
強者同士であれば尚更だと彼女は知っていたし、実物も見ている。
例えば、アリスの取り巻きであるキルシュナは武闘派で、同じ取り巻きのドルトルヴァン家の長男は文官。
彼らはアリスの前だと仲良しのフリをするがその実犬猿の仲。親も含めて相手の足を引っ張るべく虎視眈々と機会を伺っている。
(蛆に集る蝿同士ですら手を取り合えない。であれば、化物同士をぶつけ合えば――)
「ふむ、話か。……いいだろう、経緯を語ろう」
『貴様の冒険譚か、興味がある』
「まぁ、楽しみですわ」
にっこり、と自然な作り笑いを浮かべるペイルティシア。
(冒険者の冒険話なんて、所詮は嘘臭い自慢話にきまっているわ。泥酔者の戯言のようなものよ。適当におだててやるわ。そうすれば豚だって木に登るもの)
“針鼠の肉屋”は兜の下で彼女に視線を向け、抑揚のない声で淡々と話し始めた。
「俺が10歳の頃。月明かりの夜、村が盗賊に襲われた。一人残らず血祭りにあげられた」
「…………。それは、気の毒でしたわね」
「俺は腹を剣で切り裂かれたが、覆い被さるようにして兄が庇った。それ以上の責め苦を受けなかった。熱い血潮と冷たくなる兄の下で、村を滅ぼした盗賊の顔を一人残らず覚えた」
「……………………」
「俺は再生能力者だった。トロールの先祖返りで、肉体は頑丈だ。そのせいで生き残った」
ペイルティシアは口をポカンと開けたまま絶句する。
反応に困る重たい話をされて気が遠くなるが、そんなことでは侯爵令嬢の名が泣くと一層耳を傾けた。
「焼け跡に残る僅かな金銭、鉄の道具、木の杭を持ち、俺は村を発った。復讐だ、復讐以外に生きる道はない。身を削りながら道を歩き、俺は第一の都市を目指した」
“針鼠の肉屋”の語りに、段々と熱が入る。
ペイルティシアの視線は揺れ動く炎の中に向けられ、話に聞き入り始めた。
「都市の壁に空いた穴から中へ侵入した俺は、スラムで日々を過ごした。
小銭を集め、僅かな金で取り回しの容易い棍棒を買い、外へ出ては殺した某かの血肉を啜って生きた。
死に掛けた事はあったが、危険は最低限に抑えた」
バチリ、と焚き火が音を立てる。
「11の頃には冒険者の最下級、黒級になっていた。
勝てる相手に勝ち、物資を入念に整え、金を総て戦いに注ぎ込んだ。
14になる前には黄色級へ、その二ヶ月後には黄緑級、そこまで昇れば情報も集まり――ついに一人見つけた」
憎い奴らだ、と小枝を焚き火に放り込む。
「そいつは別の盗賊団に移ったが、殺すことに変わりない。
泳がせ、村を襲った直後に奇襲し、捕まえ、拷問して殺した。
……俺の村を襲った者どもは何人かくたばっていたが、頭領共は第二の都市アッテムトで市長と癒着していた。
協力者も許さん。俺は、そうだ、市長と頭領を殺した。殺したはずだ」
空間が僅かに歪み、空気が悲鳴を上げ、炎がたなびき、大地が小さく揺れた。
「復讐は終わる筈だった――あの忌々しいデーモン共さえ居なければ。
奴は、奴らは《支配》の呪文で駒遊びをしていた。全てが手のひらの上だった」
「っ……!」
「根絶やす……デーモン共の血を、肉を、精神を。
精神の血族の、その一切を滅ぼし尽くす。
誓い、血によって贖わせた」
“針鼠の肉屋”から漏れ出た殺意が地を割り、狂気の一端が空気を汚染していく。
ペイルティシアは酸素を求めて口を小さく開き、浅く早い呼吸を繰り返す。
初めて垣間見えた彼の感情を真正面から受け、零れ落ちる体温と流れ出る脂汗が抑えられなかった。
ペイルティシアにとって初めて、眼の前の男が得体の知れない悍ましい生き物に思えた。
「最初に殺した上級デーモンなどは、一番の傑作だった……今でも鮮明に思い出せる。
市長の皮を破って現れた奴は酸への耐性が甘く、不利と見るや《支配》した都市中の人間をかき集めて肉盾にした。
未熟な俺は数多の攻撃に晒され、血に塗れ進み肉を掻き分けて、痛みを憎悪に焚べ全て殺した。
殺した、忘れられない……忘れるものか、憎悪だけがあった……!」
「いやぁぁああああ!」
嵐の如き黒い感情がペイルティシアに押し寄せると、彼女は頭を振ってうずくまるように耳を抑えた。
「……許せ」
「――はーっ、はっ、はーっ、はーっ」
殺気が抑えられると、彼女は涙目で必死に酸素を求めた。
『《獅子の心》……となれば、《支配》を司る始祖のデーモン第14席次“死に至る螺旋”は“針鼠の肉屋”が仕留めたのか』
「少し手こずった」
『是非聞かせてほしい』
「いつかな。兎角、奴の系譜は根絶やしにした……俺の復讐は終わっている」
「あ、あな、あなたねぇ! それならなんで誘拐したのよ! 大人しく余生を過ごしなさいな!」
”ローグライク”の《獅子の心》で立ち直ったペイルティシアが、呼吸を整えながら激怒する。
誘拐されなければ今頃――と夢想しているのだ。
どちらにしろ貴族社会には戻れないが、それは彼女の知る由もない。
「理由か……俺は都市の人間を殺し尽くした。そして上級悪魔の《支配》から都市を開放した。ディセンブルグ家の都市を、俺が守った」
ペイルティシアは彼を表彰する場に出席したことを思い出した。
「焼け落ち辛うじて残ったアッテムトを守った、その礼を述べたことがありましたわね。腸は煮えくり返りまくっていましたが」
上級デーモンはそれ一体だけで領地が傾くレベルの脅威だ。マンパワーの低下と都市機能の停止という対価だけで、《支配》された人間が影響力を増すのを防げたのだ。
もしも放置したのなら、気付かぬ内に二つ三つと都市がデーモンの勢力の手に落ち、人が十倍以上は死んだだろう。
しかし、裏では父とその部下が悍ましい被害の全容を語り、表では3人も助けたと過剰に褒めそやしていたのを、ペイルティシアはハッキリと聞いていた。
「ペイルティシア嬢、君は黄金であった。八歳の君は端倪すべからざる精神力を持ち、何故殺したと恨み言を言った。惚れ惚れとする啖呵だった。思えば、惹かれていたのだろうか」
「~~~~っ!」
「しばらく後、亡き故郷での記憶をふと思い出し、君を思い出して誘拐した」
声にならない抗議の声を上げ、ペイルティシアは立ち上がる。
「い、いつか殺す! バカ!」
「疲れているのか、夜更かしする前に寝るといい」
「ベッドを用意しなさい! 誘拐したのだからそれぐらいはしなさいよね!」
「ふむ、いいだろう。睡眠時間を短縮する寝袋が有る、快適さは保証しよう」
「えっ」
ペイルティシアが寝静まった後、二人は焚き火の周りで静かに囁く。
『……真実は語らぬか』
「言うべきでないだろう。貴族は粛清される者と飼われる者に別れる。彼女の家は、もう」