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クソゲーの『悪役』令嬢と『デーモンスレイヤー』  作者: 傘花
第一章 侯爵令嬢とデーモンスレイヤー
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第四話 ダンジョンで小話


 ダンジョン攻略は順調であった。


 ペイルティシアの反抗的な態度が嘘のようになくなり、”針鼠の肉屋”が用意した装備にもアッサリと着替えた。


 ただ、時折うわ言のように「嘘よ……本当に空白(ロストホワイト)級が……“紫白”もこんな……化物……」と、なにやら難しいことを思案している。


 そんなこんなでダンジョンの中に潜むダンジョンの最下層へ、あっという間に到着した。


 ペイルティシアのような素人から見ても、自称“空白(ロストホワイト)級”の”ローグライク”から見ても、“針鼠の肉屋”の持つ戦闘能力は優れていた。


 ダンジョン最下層の主をものの数秒で蹴散らして――ペイルティシアは何が起きたかすら理解できなかった――三人の一日目が終わろうとしていた。


『ギミックは厄介であった。(いささ)か消化不良だが、次の目的地は決まっている』

「ずば抜けたアーティファクトも無ければ、小粒の敵ばかり。まだ何かあると疑いたくなる」

『であるが、小娘には十分な刺激だったようだ』

「……あなた方、一体何者ですの?」

『“ローグライク”』

「“針鼠の肉屋”だ」

「はぁ……」


 ペイルティシアは”言葉足らずクソ野郎共”から望む回答を得られず、焚き火の中に小石を投げ込んだ。


 ダンジョンを歩き回っている間、彼らは口数少なく最低限度の言葉しか発さない。


「もう少し話しても損はしないでしょう? 出自や嗜好を知りたいの」


 ペイルティシアは逃げられないことを理解し、相手を油断させる方向に意識をシフトした。


 貴族としてのプライドは徹底的に冒険者達を拒み、権謀術数にて解決を図ろうとする。


 人が三人いれば派閥ができる。


 強者同士であれば尚更だと彼女は知っていたし、実物も見ている。


 例えば、アリスの取り巻きであるキルシュナは武闘派で、同じ取り巻きのドルトルヴァン家の長男は文官。


 彼らはアリスの前だと仲良しのフリをするがその実犬猿の仲。親も含めて相手の足を引っ張るべく虎視眈々と機会を伺っている。


蛆に集る蝿同士(・・・・・・・)ですら手を取り合えない。であれば、化物同士をぶつけ合えば――)


「ふむ、話か。……いいだろう、経緯を語ろう」

『貴様の冒険譚か、興味がある』

「まぁ、楽しみですわ」


 にっこり、と自然な作り笑いを浮かべるペイルティシア。


(冒険者の冒険話なんて、所詮は嘘臭い自慢話にきまっているわ。泥酔者の戯言のようなものよ。適当におだててやるわ。そうすれば豚だって木に登るもの)


 “針鼠の肉屋”は兜の下で彼女に視線を向け、抑揚のない声で淡々と話し始めた。


「俺が10歳の頃。月明かりの夜、村が盗賊に襲われた。一人残らず血祭りにあげられた」

「…………。それは、気の毒でしたわね」

「俺は腹を剣で切り裂かれたが、覆い被さるようにして兄が庇った。それ以上の責め苦を受けなかった。熱い血潮と冷たくなる兄の下で、村を滅ぼした盗賊の顔を一人残らず覚えた」

「……………………」

「俺は再生能力者(リジェネレーター)だった。トロールの先祖返りで、肉体は頑丈だ。そのせいで生き残った」


 ペイルティシアは口をポカンと開けたまま絶句する。


 反応に困る重たい話をされて気が遠くなるが、そんなことでは侯爵令嬢の名が泣くと一層耳を傾けた。


「焼け跡に残る僅かな金銭、鉄の道具、木の杭を持ち、俺は村を発った。復讐だ、復讐以外に生きる道はない。身を削りながら道を歩き、俺は第一の都市を目指した」


 “針鼠の肉屋”の語りに、段々と熱が入る。


 ペイルティシアの視線は揺れ動く炎の中に向けられ、話に聞き入り始めた。


「都市の壁に空いた穴から中へ侵入した俺は、スラムで日々を過ごした。

 小銭を集め、僅かな金で取り回しの容易い棍棒を買い、外へ出ては殺した某かの血肉を啜って生きた。

 死に掛けた事はあったが、危険は最低限に抑えた」


 バチリ、と焚き火が音を立てる。


「11の頃には冒険者の最下級、黒級になっていた。

 勝てる相手に勝ち、物資を入念に整え、金を総て戦いに注ぎ込んだ。

 14になる前には黄色(イエロー)級へ、その二ヶ月後には黄緑(ライム)級、そこまで昇れば情報も集まり――ついに一人見つけた」


 憎い奴らだ、と小枝を焚き火に放り込む。


「そいつは別の盗賊団に移ったが、殺すことに変わりない。

 泳がせ、村を襲った直後に奇襲し、捕まえ、拷問して殺した。


 ……俺の村を襲った者どもは何人かくたばっていたが、頭領共は第二の都市アッテムトで市長と癒着していた。

 協力者も許さん。俺は、そうだ、市長と頭領を殺した。殺したはずだ」


 空間が僅かに歪み、空気が悲鳴を上げ、炎がたなびき、大地が小さく揺れた。


「復讐は終わる筈だった――あの忌々しいデーモン共さえ居なければ。

 奴は、奴らは《支配》の呪文で駒遊び(・・・)をしていた。全てが手のひらの上だった」

「っ……!」

「根絶やす……デーモン共の血を、肉を、精神(アストラル)を。

 精神の血族の、その一切を滅ぼし尽くす。

 誓い、血によって(あがな)わせた」


 “針鼠の肉屋”から漏れ出た殺意が地を割り、狂気の一端が空気を汚染していく。


 ペイルティシアは酸素を求めて口を小さく開き、浅く早い呼吸を繰り返す。


 初めて垣間見えた彼の感情を真正面から受け、零れ落ちる体温と流れ出る脂汗が抑えられなかった。


 ペイルティシアにとって初めて、眼の前の男が得体の知れない悍ましい生き物に思えた。


「最初に殺した上級デーモンなどは、一番の傑作だった……今でも鮮明に思い出せる。

 市長の皮を破って現れた奴は酸への耐性が甘く、不利と見るや《支配》した都市中の人間をかき集めて肉盾にした。

 未熟な俺は数多の攻撃に晒され、血に塗れ進み肉を掻き分けて、痛みを憎悪に焚べ全て殺した。

 殺した、忘れられない……忘れるものか、憎悪だけがあった……!」

「いやぁぁああああ!」


 嵐の如き黒い感情がペイルティシアに押し寄せると、彼女は頭を振ってうずくまるように耳を抑えた。


「……許せ」

「――はーっ、はっ、はーっ、はーっ」


 殺気が抑えられると、彼女は涙目で必死に酸素を求めた。


『《獅子の心(ライオンズ・ハート)》……となれば、《支配》を司る始祖のデーモン第14席次“死に至る螺旋”は“針鼠の肉屋”が仕留めたのか』

「少し手こずった」

『是非聞かせてほしい』

「いつかな。兎角、奴の系譜は根絶やしにした……俺の復讐は終わっている」

「あ、あな、あなたねぇ! それならなんで誘拐したのよ! 大人しく余生を過ごしなさいな!」


 ”ローグライク”の《獅子の心(ライオンズ・ハート)》で立ち直ったペイルティシアが、呼吸を整えながら激怒する。


 誘拐されなければ今頃――と夢想しているのだ。


 どちらにしろ貴族社会には戻れないが、それは彼女の知る由もない。


「理由か……俺は都市の人間を殺し尽くした。そして上級悪魔(デーモン)の《支配》から都市を開放した。ディセンブルグ家の都市を、俺が守った」


 ペイルティシアは彼を表彰する場に出席したことを思い出した。


「焼け落ち辛うじて残ったアッテムトを守った、その礼を述べたことがありましたわね。(はらわた)は煮えくり返りまくっていましたが」


 上級デーモンはそれ一体だけで領地が傾くレベルの脅威だ。マンパワーの低下と都市機能の停止という対価だけ(・・)で、《支配》された人間が影響力を増すのを防げたのだ。


 もしも放置したのなら、気付かぬ内に二つ三つと都市がデーモンの勢力の手に落ち、人が十倍以上は死んだだろう。


 しかし、裏では父とその部下が悍ましい被害の全容を語り、表では3人も助けたと過剰に褒めそやしていたのを、ペイルティシアはハッキリと聞いていた。


「ペイルティシア嬢、君は黄金であった。八歳の君は端倪(たんげい)すべからざる精神力を持ち、何故殺したと恨み言を言った。惚れ惚れとする啖呵だった。思えば、惹かれていたのだろうか」

「~~~~っ!」

「しばらく後、亡き故郷での記憶をふと思い出し、君を思い出して誘拐した」


 声にならない抗議の声を上げ、ペイルティシアは立ち上がる。


「い、いつか殺す! バカ!」

「疲れているのか、夜更かしする前に寝るといい」

「ベッドを用意しなさい! 誘拐したのだからそれぐらいはしなさいよね!」

「ふむ、いいだろう。睡眠時間を短縮する寝袋が有る、快適さは保証しよう」

「えっ」




 ペイルティシアが寝静まった後、二人は焚き火の周りで静かに囁く。


『……真実は語らぬか』

「言うべきでないだろう。貴族は粛清される者と飼われる者に別れる。彼女の家は、もう」



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