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クソゲーの『悪役』令嬢と『デーモンスレイヤー』  作者: 傘花
第四章 宇宙を飲み込む嵐の中で
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第六話 勝率0%の作戦


 人気のない路地。


 静まり返った夜の中でペルティアは一人思考する。


(引き離された……いえ、そうじゃないわ。彼は私を逃した、足手まといだから――)


 巨大な爆発音。


 彼女の思考を遮って突如鳴り響いた音は、アズと居た北の方から聞こえたものであった。


「何っ!?」


 ペルティアが音の方を向けば、闇夜の中に悍ましい巨大な影が二つ浮かび上がっていた。


 一方は――筆舌に尽くし難い醜悪なナニカの集合体で、無数の命を持つように蠢く肉の柱であった。


 一方は――四頭八腕八脚の、悪魔に似た幽星(アストラル)体を持つ化物であった。


 魂さえ凍り付くような化物達の出現に、彼女は心砕かれまいと必死に耐えた。


 蠢く柱から空恐ろしい存在(・・)が放出され、ペルティアは底知れぬ悪意と無限の絶望に屈服しそうになる。


(あんなのに敵うわけが、勝てるはずが……)


 その時、アズの言葉がペルティアの中で駆け巡る。


 ――旅は終わりだ。


 ――ひたすら西へ。


 ――化け物とヒトが共に歩むなど。


 ――見せたくなかった。この俺の最も醜き姿を。


 ペルティアは自分の太腿を拳で殴りつけ、己の不甲斐なさを叱りつけた。


 彼の言い知れぬ深い悲しみが垣間見えたというのに、野望がようやく始まる所だと言うのに、弱さ故に何も出来ない自分に心底怒った。


 それと同時に、彼から感じた諦観に激怒した。


 やはり、アズは自分をみくびっている――と。


(絶対に逃げ帰って堪るものか。戻ってきたら、兜を脱がせて一発ぶん殴ってやるわ!)


 ペルティアはギルドへ走った。


 夜の街をあっという間に駆け抜ける、凄まじい戦いを繰り広げる二柱を背に。


 龍の咆哮が轟いた。邪神の嗤い声が不気味に響いた。肉を打つ鈍い音が何度だって聞こえた。


 爆発音は無数で、ペルティアは流れ弾がいつ来るのかとヒヤヒヤしながら走った。


 しかし、南を背に彼は戦っている。


 街を、人を庇っている。


 自分が今何をすべきなのか。彼を助けるために、ペルティアは頭を回転させはじめた。


 アズが「逃げろ」と言った以上、街が壊滅する何かが起こるに違いないのだから。


(彼があそこで抑えている限り、余波や《召喚》はこちらに及ばないと考えていいわ。だけど私達は居るだけで邪魔ね。

……人を南区へ避難させて、中央で防衛線を張る。カオスゲートは足がかりとして必須、ここが落ちれば計画は復興から始めなくちゃいけない。

これ以上、私から奪うなんて絶対許さないわ)


 紅い風が黄金の尾を引いて街を駆け抜けていく。


 その足取りに迷いはない。


*


 宴会会場であった東の冒険者ギルドには、小さな明かりが灯っていた。


 “藍紫”のパーティー“愛の星”を中心に、ベテランの冒険者達は卓を囲って各々意見をぶつけ合っていた。


 彼らは「何があったか分からないが、とんでもない化物が現れた」という共通認識があり、戦うか逃げるか選択を迫られていた。



「やはり戦うべきだ!」

「ああ、私達はここに残る」

「戦うって……アレに勝てると思うか?」

「だからといって逃げてどうする。“厳冬期”がもう二日以内には来るんだぞ?」


「俺たちだけなら、一日あれば逃げられるがなぁ……」

「二十五万人を見捨てたクソ野郎になっちまうぜ?」

「評判が地に落ちる。マトモに生きていけなくなるな」

「じゃあ黙って死ねってか? 冗談じゃない、化物同士で内輪もめしてる間に逃げるべきだ」


「その通りだ! ここは引いて、人類全体で戦うべき相手だ!」

「情報を残すのは重要だ。あの化物具合なら、多少は気を遣ってもらえるぜ」

「それなら住民を連れて行かないと説得力がないわよ」

「……足の遅いのが居たら間に合わねぇぞ」


「弱った片方だけでも倒せれば、まだ言い訳の余地は……」

「誰がやるんだ? その役」

「……」

「……」


 ギルドの職員も起きているが、命令できる立場の人間が居ないため行動に移せない。


 中級冒険者達は眠りこけており、距離が離れていることもあって異常事態に気付いていない。


 しかし、彼らは何か行動を起こさなければならないという焦りに支配されていた。


 彼らの総意は、消極的な逃走に天秤が傾きつつあった。何かきっかけがあれば、彼らは別の都市へ一目散に逃げていくだろう。


 その時、ペルティアが扉を蹴破る勢いで中に飛び込んできた。


 彼女はろくに確認もせず馬鹿みたいに大きな声で叫んだ。


「全員起きなさいッ! 今すぐ戦いが始まるわよ!」


 ビリビリと肌を揺らす声。


 寝ぼけ眼の冒険者達は驚いて椅子から転げ落ち、深刻な顔をした冒険者達は彼女を歓迎した。


「やっと来やがったな、ペルティア。どこ行ってたんだよ?」“藍紫”の戦士バルライカが完全武装で出迎える。

「時間がないの、今すぐ説明を始めるわ」

「何か知ってるって感じだぜ? 他の連中が起きるのを待ってから――」

D(ドラゴン)の2よ! ブレスが来る防御ッ!」


 マリメラの言葉を遮ってペルティアの怒号が響く。


 バシュタールの戦いで飽きるほど聞いた命令に冒険者達は半ば反射的に飛び起き、机をひっくり返して遮蔽にしたり防具をそのまま盾のように構えた。


 全員が全員、死ぬほど焦って心臓をバクバクと鳴らす。耐性なしにブレスを喰らえば死ぬ。酔っ払った状態ならなおさらだ。


 緊張した面持ちの冒険者達は、ブレスが来る瞬間を冷や汗をかきながら待っていた。


 しかし、ペルティアは咲くような笑顔を浮かべて沈黙を破った。


「全員起きたわね。緊急事態よ!」

「冗談が過ぎるぜ……」

「机をどかして全員集合! さっさとしろ!」


 バルライカが気を利かせて指示を出すと、場の空気に呑まれた冒険者達がテキパキと行動してペルティアの周りに集まった。


 ペルティアを除いた総勢百五十四名。


 ギルド内は十分なスペースがあるにも関わらず、全員肩が触れ合いそうになる距離まで詰めていた。


 ペルティアは椅子の上に立って全員の顔を見渡すと、少し間をとってから話し始めた。


「今、このカオスゲートに未曾有の危機が迫っているわ。外を見れば分かるでしょう、北区で“邪神ニャルラトホテプ”が召喚されたわ」


 空気が張り詰め、一気に緊張感が高まる。


 冒険者達は皆つばを飲み、次の言葉を待った。


「……しかし、“紫白”の“針鼠の肉屋”の――アズが戦っているわ。状況は貴方達の想像より絶望的ではない」


 僅かな動揺はあったが、すぐに収まった。


 皆が沈黙し、彼女の声が響きやすくなっている。僅かに放たれるペルティアの自信に満ちた存在が彼らを落ち着かせる。


「邪神は遠からず倒される。けれども、街の北から魔物が押し寄せてくるわ。

我々は断固として侵略を阻止し!

 住民を守らなければならない!

 でなければ明日は無い。

“厳冬期”が迫る中、この困難な状況を打破できるのは我々しか居ない!」


 真紅の瞳が冒険者一人一人の心を射抜く。


 彼らの頭の中で、市民を見捨てて逃げたい後ろめたさと、街を救える唯一の人間という使命感が、ようやく天秤に掛けられた。


「報酬は私が保証するわ。働きに応じて望む物を。

金、武具、霊薬、アイテムでも城の権利書でもいいわ。一人辺り、金貨ひ……二十万ジェムは保証しましょう」


 冒険者が色めき立つ。


 ペルティアは機を逃さず声を張り上げた。


「この依頼を受ける者は、武器を掲げて応えよッ!」


 一拍の沈黙。


 まず最初に叫んだのはバルライカだ。


「あんたに着いてくさ! 逃げても負けても地獄なら、ここで勝つ!」


 “愛の星”が名乗りを上げると、他の超級もそれに続き、次いで上級、中級と呑まれていく。


『ウォォォオオオオオオオオオオオオオオッ!』


 野太い歓声が建物を揺らし、ビリビリとペルティアの鼓膜を痺れさせる。


 彼女はそれを一通り聞いてから、


「――よろしいッ!!」


 誰よりも大きな声でピタリと鎮める。


 各々得物を下ろし、彼女の言葉に耳を傾けた。


「では作戦を説明するわ。我々はこれより、市内を横断する壁でバリケードを形成する! 東西の端は北寄りに、中央で南に寄せて器型の防護壁を築くわ。この場に測量ができる者は居るかしら?」

「は、はい!」

「おれ出来ます!」

「私もっ!」

「三人ね。丁度いいわ、名前は?」


「ピエールです!」

「マッシュ!」

「ネクティモです!」

「覚えたわ。作業は《壁生成》の魔法棒を用いて三×三メートル――三重三個積みの壁を作るわ。詳細は後で詰めましょう。

では次、足の速い者は居る? ……よろしい、こっちへ寄りなさい」


 集まった九名の冒険者に名乗らせて、サラサラと紙にペンを走らせながら指示を出す。


「今すぐ市長館と教会、西のギルドに伝令を出しなさい。

魔物が出る可能性があるわ、三人一組で、命に換えても届けなさい。

カオスゲートの命運が貴方達に掛かっているわ。

返事を受け取ったら戻ってきなさい、成し遂げられると信じているわ」


 ペルティアは三通の手紙を渡し、それぞれ行き先を指定して冒険者を走らせた。


「残った貴方達には戦いが待っているわ。

私からの指示があるまで英気を養って頂戴。ピエール、マッシュ、ネクティモ!

 ギルドのアナタ(職員)、あと“愛の星”の五人もこっちに寄りなさい」


 十人は机を囲む。


「早速だけど……」ペルティアが職員を見る。

「私はタイマネルムと申します」


彼は簡潔に自己紹介をした。


「タイマネルム、カオスゲートの詳細な地図はある?」

「ありますが……許可なしには持ち出せません」

「責任を取るわ。私が脅したことにしなさい。

今すぐ地図が必要よ、十分の遅れが千人の命に関わるわ……持って来られる?」

「…………はい! 街をお願いします」


 タイマネルムが階段を駆け上がるのを見送ると、今度は別の紙を取り出して簡易的なカオスゲートの地図を書いた。


 カオスゲートは、直径五kmの広大な土地が迷宮壁と煉瓦に囲まれて出来た都市だ。街を東西に貫く大通りがあり、通りから北寄りの中央には教会の鐘楼(しょうろう)、市長館、食料庫など重要な建造物を囲む壁がある。


 カオスゲートは大円と小円で成り立つ二重壁の都市と言えよう。


 ペルティアは円を描き、通りと邪神の大まかな位置、ギルドの位置を記載した。そして南にくぼんだ曲線を、大通りの端の辺りだけがはみ出るよう簡易地図に描いた。


「私は、街を横断する器型のバリケードを設置したいと思っているわ。

市民から志願者を募って《壁生成》の魔法棒を配布、私達も含めて突貫工事で仕上げる、以上。質問は?」

「はい」


 “愛の星”の神官ヒンメルが手を上げた。運命神バーラフバに仕える“藍”の冒険者だ。


 種族はヒト、上背はペルティアよりも一回り大きく、短く切り揃えられた緑の髪は風を連想させる。運命神から賜ったという魔法のブーツは運命を変えるとまことしやかに囁かれており、その“幸運”にあやかりたいと願う者は多い。


「まず、それだけ大規模なバリケードを築く場合、《壁生成》の魔法棒が少なくとも四万五千回分必要です。それだけの資源は無いと思いますが何か案があるのでしょうか?


 第二に、市民・初級冒険者を首尾よく集められたとしても、設置時間が掛かります。千五百人を集めても一時間以上は必要でしょう、これの解決策はありますか?


 第三に、魔物の召喚があるそうですが、工事中の安全確保はどのように行いますか?

以上です」


「分かったわ。《壁生成》の魔法棒は自宅に五百キログラム分あるわ、不足分はギルドにある混沌核(カオス・コア)から供給しましょう。それで足りる。


 次、初級冒険者はこの街だけでも千人は居る筈よ。残りの五百人は人口的に見込めないわけではない。

特に、カオスゲート市民は都市の成り立ちからして郷土愛が強いわ。その点を考慮しても二千人は集まると考えている。


 次、知っているとは思うけど、魔物は敵意を向けてくる強い存在に惹かれる性質があるわ。

私が中央で魔物を食い止める。“愛の星”にも手伝ってもらうわ、それで時間を稼ぐ。


 さて、他に質問はある?」


 ペルティアが顔を見渡すと、“愛の星”の斥候キットが手を上げた。


 彼女は小人族と見間違うほど背の低いヒトで、髪は焦げ茶色。鋭い目つきでペルティアの顔をジッと観察している。


「あんたの“戦咆(ウォークライ)”を疑うわけじゃない。

バシュタールで散々証明されたからサ。

でも、街全域に“存在”を飛ばせるのかい?」


 存在(レベル)の揺らぎで空間を波立たせ、声を乗せて遠くまで指示を出す技術を一般には“戦咆(ウォークライ)”と呼ぶ。


戦場で、前線で、死線の中で静かに聞こえる声こそ兵士に示す道標であり、貴族や指揮官に求められる技術である。


 しかし、ペルティア一人で保たせるにはカオスゲートは広すぎる。


「街全域に長時間は無理よ。短時間に二度三度が限度ね。

夜通しで戦うなら三人以上は“戦咆(ウォークライ)”ができるといいわ」

「今年はバシュタールに王国軍が来てないから……」


「指揮官に心当たりがあるわ。ダーリニッツ!」

「はっ!!」


 冒険者の中から一際大きな返事がする。芯の通った男の声だ。


 ダーリニッツと呼ばれた男はキビキビと彼女たちの前に現れた。“青藍”の認識票を下げ、背筋をピンと伸ばした偉丈夫だ。顔に皺が寄りやや老けて見えるが、髭を剃り小綺麗に整えてある。冒険者にしては珍しいタイプだ。


 彼は踵を直角に揃え顔を下に向け、掌を正面に王国軍人式の敬礼をした。


「楽にしなさい」

「はっ!」

「“鋼の男”ダーリニッツ……いつの間に勧誘してたんだ!?」


 マリメラが思わず内心を漏らす。


 ダーリニッツは退役軍人であり、王都では後進の育成に辣腕(らつわん)を振るっていたが、東の壁の果てに夢を見てカオスゲートに来た。判断力に優れ、魔道具を使いこなし、常に生存を優先できるソロの冒険者だ。


「ははぁ、魅せられたか。元軍人らしいな」バルライカは何故かしたり顔だ。

「あなたには東側、右翼の指揮をお願いするわ。魔物を食い止めて頂戴、詳しい話は……そろそろね」


 馬の(いなな)き、蹄鉄が石畳を叩く音。鎧の擦れる金属音が複数。


「ケイオーラゲオス様ぁ!」


 と、悲痛な叫びと共に勢いよく飛び込んできたのは、寝間着の老人だ。


「火急の用!

 尋常ならざる怪物!

 救援要請!

 事情は把握した指揮官は見た所お嬢さんのようだ、が……」


 ケイオーラゲオス市長はポカンと口を開けて目を剥き、まるで幽霊を見たかのように青ざめた。


「ディセンブ……」

「あら、首を切られた貴族が何ですって?」


 ペルティアは食い気味に遮った。


「い、いや、何でも無いぞ」

「長女が意志を無くした亡霊になったと聞きますわ。案外、この辺りをさまよっているかも知れませんね」


 彼女はケイオーラゲオスの近くで小さく囁いた。


 完全に血の気が引いた彼は恐る恐る手を差し伸べ、ペルティアはガッシリと力強く掴み、握手を交わす。


 お付きの騎士がケイオーラゲオスの背中を軽く支える。彼はペルティアを訝しむような眼で見ており、上司の動揺が大層珍しかったようだ。


「おいおいマリメラ、あの頑固ジジイ腰が引けてるぜ。……マリメラ?」

「ウッソだろおい……マジかよ、何やったんだアイツ……」

「では、簡単に説明しますわ」


 “戦咆(ウォークライ)”が使える二人――元軍人のダーリニッツと貴族のケイオーラゲオスが揃ったため、ペルティアは改めて現在の状況を説明した。


 指揮に関しては合意が取れ、ペルティアが中央、ダーリニッツが東側、ケイオーラゲオスが西側となった。


 ちょうど、ギルド職員が地図を届けたため、ペルティアは詳細を詰めるべく意見を募った。


「あの、バリケードについて意見があります!」


女冒険者のネクティモが手を上げた。


「測量に必要な道具があるの? それとも人員が欲しい?」

「いえ、カオスゲートの建築法上、指定された通り……戦場になる大通りの建物には迷宮壁を埋め込む義務があります。

木の板や布、看板で隠している場合がありますが、通りに面した部分は必ず迷宮壁です」

「ほう、そんな法があったとはすっかり忘れておったわ。ワハハハハハ!」


 冗談ではないとお付きの文官がケイオーラゲオスをたしなめる。後から追い付いた兵士が彼の装備を次々と着せていくのを、他の測量士が訝しげに観る。


「作業時間が短縮できそうですね」“藍”の魔法戦士ヴェローチェが真剣な表情で地図を眺める。

「つまり、問題が一つ解決したわけね。家屋と家屋の間を埋めるように迷宮壁を配置するように。

それと、千メートル毎に穴を五ヶ所あけて――」

「ああ待て待てお嬢さん、定石があってだな――」


 ペルティアは測量ができる冒険者達にあれこれと指示を出してから、バリケード構築の詳細な計画を共に練る。


「ケイオーラゲオス殿、ダーリニッツ。貴方たちにはここに居る中級以上の冒険者を振り分けて貰うわ。

手勢が居るならそれを考慮するように。

私が中央で大半の魔物を引き受ける、両翼には魔物の迂回を防いで欲しいわ。“愛の星”はもちろん中央よ」

「ようやくあたしらの出番か!」


「まだよ。バルライカ、あなたにはちょっと荷物持ちになってもらうわ」

「へ?」


 編成を二人に丸投げしてから、ペルティアはバルライカを引きずり「五分で戻るわ」と言い残して外へ出た。


「ちょちょちょ、どこ行く気だよ!?」

「拠点にしてる部屋よ。倉庫同然……ま、物資が山ほどあるのよ。持ち切れない位に」


*


 ペルティアは言葉通り五分で帰ってきた。


 大粒の汗を滝のように流しながら、小さな魔法のポーチを四つほど抱えて。


 バルライカも同様に三つのポーチを持っているが、彼女らの姿勢は重たい物を持つ時のそれであった。


「いいっ、ゆっくり、下ろすのよ……」

「わかっ、てらぁ!」


 ミシッと床板が嫌な音を鳴らす度、魔法のポーチは床に置かれていく。


「お嬢さんこりゃ一体何ごとで?」


 マリメラが持ち上げようとしながら尋ねた。当然ながら微動だにせず、すっ転んだ。


「物資よ。魔法棒と水薬(ポーション)が山程入っているわ」

「こっちは武具装飾品。この場の全員に支給する分がある」


 一袋あたり、五百キログラムは下らない。しかも魔法のポーチだ。重さは実際の十分の一。


 早い話、この場に三十五トンの軍事物資があるのだ。


「買取は不必要よ。使った分は贈与するわ。この困難な局面で、我々はたとえ一人であろうと欠けてはならない」


 “愛の星”の面々やケイオーラゲオスでさえ、事態をこれ程重くは見ていなかった。


 遠目で理解できる範囲の観察でも、あの紫白級冒険者が圧倒的優勢であることは見て取れる。


 あの肉肉しい柱の邪神は化け物染みた“針鼠の肉屋”が倒すと、戦いを見た者ならば確かに断言できる。


 《召喚》された魔物でさえ瞬く間に葬り去り、街の方へ一切寄せ付けない。


 多少の事故はあるだろう。何せ龍や王の駒(キング)に召喚地獄だ。


 しかし、それもバリケードを作れば安心できる。


 あとは高位の冒険者が頑張り、それ補助すればいい。


 そう、彼らは考えていた。


 だが、ペルティアだけは違う。


 邪神ニャルラトホテプの言葉を聞き、彼奴の悪意に身を晒し、アレが仕掛けた陰謀の一端に触れたのだ。


(あの邪神は今度こそ、アズに焼け落ちたカオスゲートを見せるはずよ。人も街も灰へと還し、せせら笑うに違いない。ニャルラトホテプが《召喚》をあの場だけに限定する必要は無いわ)


 ニャルラトホテプが別の手段を用いて魔物を街に氾濫させると、ペルティアは推測した。


 だが、手持ちの戦力で防衛する以上、どう考えても限定された範囲しか守れない。


 複雑な命令を冒険者は実行できない上、一人一人の力量でさえバラバラ。


 大雑把に都市を感知しても魔物の気配は北にしか感じ取れない。


 しかし、虚空に居た化身が気まぐれに現れて《召喚》を繰り返すだけで、カオスゲートはあっさりと滅ぼせる。


 最早、一番対処しやすい方向――北から一団に魔物が押し寄せて来ると信じるしか無い。


 そこから魔物がやって来るのだと信じさせるしか選択肢が無いのだ。


 状況は驚くほど絶望的だ。


 それを悟らせないのが彼女の義務である。


 これが最善策であり、邪神を誘う(・・)事ができる唯一の策だ。


 そこに一筋の希望の光を見出させれば。


(あの邪神は私のことを、嬉々として上げて落とす。北から攻めてくれる……かもしれない……多分)


 そう、ペルティアの直感が囁いた。


 人々はギルド内を駆け回り、役割を分担し、噛み合った歯車のように一つの目的へ向けて回りだす。


 ペルティアも檄を飛ばして人を動かし、かき集め、戦いに備える。


 初級冒険者達が列を成し、市民も魔法棒を手にとってバリケードを構築する。南への自主避難も進められており、商人でさえ私兵を割いて何かしらの活動にあたらせていた。


 ペルティアが始めてカオスゲートに来た時に感じ取った、人々の生きる意志が今まさに渦巻いていた。


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