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クソゲーの『悪役』令嬢と『デーモンスレイヤー』  作者: 傘花
第四章 宇宙を飲み込む嵐の中で
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第四話 神々とプレイヤー


 精神(アストラル)体の蜘蛛様の脚は力を喪って倒れ、地に足を着いて黄金球の支えがあっても満足に立つことすらできない。


「ィィイイィイイイィイァアァァアァアアアァアアアァアアアア!!!」

「オオオォォオオォオ"オ"オ"オ"ォオオァアァオオォォオゥゥゥウッゥウ"ウ"ウウウウッ!」

「ガァァアァアアァアアギギィィィイィィイイィイィッ!!」

「ァァァァアアァァッアァア"ア"ア"ァッァアアアッアアアアアァァア"ア"ァア!!」


 彼の幽星(アストラル)体は全身から紅い血を吹き出し、四ツ頭は絶叫する。


 空気は怯えたように震え、長屋や石畳がひび割れて砕けた。


 運悪く近くに居た者は頭が破裂し、膨れ上がった存在(・・)に空間ごと消し飛ばされた。


 彼は片手で胸を抑え、息を切らし、震えた。


「は――――な、にを、した……っ!」


 彼は《癒し》の呪文を唱えるが、早鐘を打つ心臓も、喉から漏れる声も、滲む視界も、手足の震えるような寒さも治らない。


 魔法で身体の異常が治せない――そんな事は当たり前だ。


 己の内から湧き出たものを、治す事などできる筈がない。


『いいぃ~~~~事を教えてあげますよぉぉぉぉ?』


 ニタニタと笑いながら、吹き出す血を浴びて銀髪褐色の化身は囁いた。


『憎悪以外は感じないよう、心に細工をしたんです。あなたが最初に抱いた感情だから、私はそれだけを大切に大切に大っ切に、いつまでも感じていられるようにしたんです』

「たかだかっ――言葉だ!」


 されども彼は直立することさえできない。


 なにか手を打たなければ決定的な打撃を被ると、彼の直感が囁いていた。


 だが、遅い。


 化身の意思が彼に伝わってしまう限り、最低でも脳を破壊しなければ、Nyarlathotepの術中から逃れることは不可能だ。


『強がらなくて良いんですよ?

 ありとあらゆる感情は、記憶と一緒にいつでも思い出せますから!

 今でも鮮明に脳裏に浮かぶでしょう……聞きたくなかった恨み言、死に顔、罵倒……』


『死ねばいいのに』

『どうして弟を殺したのよッ!』

『お前なんかいなければッ!』


「っ……なんだ、これは……!」

『憎悪、畏怖、憤怒……』

「何を、したッ!」


 化身が囁く度、彼の脳裏にはっきりと焼き付いた記憶が蘇る。


『助けてぇ!』

『怖いわ……』

『あのバケモノめ……』

『無駄に使えるから腹が立つ』

『ころさないで』

『お前が死ねェ!』

『どうして助けてくれなかったんですか!』

『人殺し!』

『近づかないでッ!』

『ゴミが!』

『誰がこんな事をしろと頼んだっ!』

『何でアイツがここに居るのよ』

『何故あんな男が!』

『うぁぁああああっ!』

『人を殺して平気な顔をするクズめ』

『死んでくれ《/color》』

『正気じゃない、人間の肉だぞこれは!』

『頭のおかしいヒトモドキが』

『気色悪いやつだよ』

『お前はそうやって俺たちを殺す!』

『死ね』

『寄るな都市殺しの化け物めっ!』

『“血塗れ”だ逃げろ!』

『同族殺して喰う飯は美味いか?』

『もう生きたくない……』

『お前なんかが帰ってこなくても』

『お前が死ねばよかったんだ、どうして娘が死ななくちゃいけない!』

『騙したなぁあああああ!』

『お母さん! お母さん!』

『殺してぇ!』

『あんなクズは死んでしまえば良かった!』

『殺して下さい』

『どうしてたすけてくれないの』

『もっと、はや、くき……』

『死にたくないぃぃぃぃ!』

『お前のせいだぁぁああああ!』

『死ね!』

『裏切り者っ!』

『人殺しが……』

『大人しく死ねないのか?』

『あいつが生きているだけで俺たちは夜も眠れないんだぞ!』

『災厄を撒き散らすな疫病神め……』

『お前なんか生まれてこなければよかったのに』

『アレは魔物だけを殺せないのか?』

『もう死ねば?』

『何で生きているのっ、お前見たいなクズが!』

『近寄らないでくれ……』

『何で平気でいられるんだ!?』

『お前なんかいなければ!』

『死ねぇぇえええええええ!!』

『何笑ってんだ死ね!』

『無能が』

『しっ、聞こえたら何されるか……』

『出ていってくれぇ!』


 乞う言葉、吐き捨てられた悪意、陰口、真正面から叩きつけられた罵倒。


 彼の脳裏に蘇る言葉は何だって、軽蔑と殺意と憎悪に溢れていた。


「……こ、れは」

『楽しかったですかぁ? あなたの人生ぃ?』


 気にも留めていなかったと思う一方で、彼の腕から瞬く間に力が抜けていく。


 大粒の血の雨が降り注ぎ、あっという間に大地を紅で染め上げた。幽星(アストラル)体は悲鳴を上げてビクリと跳ね、周囲をなぎ払って倒れ伏した。


 直後に《召喚》された魔物が彼ら(・・)の脇を抜けて南の方へ走っていく。“針鼠の肉屋”は黄金球に縋り付いたまま恨めしそうにそれを見送った。


『あなたの感情は感じた時そのままに保存されるんです。心と共に魂の奥深くに、深き微睡みの中で大事に、鍵を掛けて』

「馬鹿な、ありえない、気付かないはずが……」


 魂に細工をすれば彼に見抜かれる。


 だが、それは神を殺す程度の実力があった場合の話だ。


『いやぁ、魂に細工するのなんて簡単ですよ?

 生まれつき(・・・・・)腕が三本あったらおかしいとは思いませんよね?

 比較しようはありますが、支障がなければそれは異常ではない。

 故に気付かない、人間なんて単純ですから』


 Nyarlathotepにしてみれば人間一匹の人生など簡単に予想できるものだ――未来予知も組み合わされば、多少の不都合であろうと一切合切を捻じ伏せられる。


「ありえん、ありえん……! 感情など、心など!」

『喜んでもいいですよ!

 無いと思って切り捨てていたモノが、実はあなたの中に眠っていたんですから。

 人間らしい感情が欲しかったんですよねぇぇぇぇ?』


{人の真似事も随分と上手であったなぁ?

 憎悪だけで生きる者が何故都合よく生きていられたと思う、プレイヤー(操り人形)よ。

 貴様は何もかもを取りこぼし、我らに導かれて生き長らえていたに過ぎない}


 憎悪だけで生きる者ではなかった。


 “針鼠の肉屋”の感性でも『嬉しい』とさえ感じられるハズの言葉が、猛毒のように彼の心を蝕んでいく。


 それは味わったことのない――


「俺にそんなものはない! 貴様への煮えたぎる憎悪がその証明だ!」

[吠え立てるその有様こそが答えでありましょう? それは憤怒です]

『あ、そうだ、良いことを思い付いていました!』


 彼は決して膝をつかず、闘志も衰えてはいなかった。


 彼の内から憎悪と共に憤怒が溢れ出した。平静さは欠け落ちて身体が煮え滾り、周囲の空間が歪んで捩じ切れる。


 だが、戦いの主たる幽星(アストラル)体は全く制御できない上、肉体は人生全ての激情に苛まれてろくに動かない。


 “針鼠の肉屋”は別人になったように叫んだ。


 憎悪を湧き立てなければ、もうマトモでは居られないと気付いたから。


「引き裂いてくれるッ、貴様の全てをォォォォオオオオオオオッ!」

『今からここ一帯の魂を奪い取って、飽きるまで拷問しますね♡

 そしたら人間にぶち込んで化物作っちゃえ♡

【|J’meenmen E’jyorlrg《月の欠けたる異界より》】【|Y’hktji Zephere‘t《跳躍せよ魂》】』


 化身が神秘の呪文を詠唱し始めた。


 突発的な行動に対処しようとするが、“針鼠の肉屋”の思考は煮え立った溶岩のように落ち着かない。


 どうすればいいのか、何が最善手なのか……『最も手早い手段』を彼は選んだ。


 長年の習慣。身に付いた解決策。それ以外が彼の頭には無い。


 時間はなかったと、彼は心の中で叫ぶ。


 選択の余地は――山程あったとNyarlathotepはほくそ笑む。|それしか選択できなかった《・・・・・・・・・・・・》が、別の手法はあったとせせら笑う。


 誤った道を歩ませる事こそがNyarlathotepの神算鬼謀。


 破滅の海にうず高く積み上げられた塩の塔へ、彼は迷い込んでいたのだ。


 産まれた時から運命(さだめ)は決まっていた。今まさに彼の心が崩壊せんとする。


「【|Y’clukd Nhyutger《渇欲を搾取せよ》】

【|Y’jolmodes digthyua《星は地に墜ちよ》】

【|N’amelgah Fumesl B’ulgens《燃立つ幽星の泉よ》】」


 彼は感情を抑えて必死に詠唱する


 一字一句間違えてはいけない、誤れば不発になるだけだ。


「【|H’dum Ze-ims Illuohmu《望みある限り灰へ》】

【|Wplaxn Ze-ins M’jhfgrhf《闇ある限り輝け》】」


『【|Sebedygt S’ign eamshe’t《咆哮の標を与えし者の》】【|H’yfum Re-Medi buyevuant《唾棄すべき宴へ》】』


 残念だが、彼らの命を救う魔法はない。


 しかし、彼の中では、死後の安寧を守る手段はあった。


 魂が連れ去られる前に、苦痛なく滅して砕けばいい。


 死んだ方がマシな目に合うくらいなら、死んだ方が良いと信じて。


 “針鼠の肉屋”は吠えた。


「――【|Sahmreyt D’yghancht《憎悪の太陽》】ッ!」


『【|Nyarlathotep《この呪文に意味なんてありませんよ♡》】』


 彼の呪文は化身の詠唱よりも、一瞬早く終了した。


 気付いた時にはもう遅い。


 ぎらぎらと暗黒に輝く太陽が頭上に輝き、空を真っ白に染め上げる。


 カオスゲートの人口約二十五万の内、八万が蒸発した。


 住宅街の多い北の区画は人口密集地であり、そこが東西に長い楕円状に消し飛んだ。何者も残っては居ない。男女問わず、子供も老人も、例えどれほど善良な市民であったとしても、その存在は魂ごと消え去り、その生活は眠りと混乱の内に奪われたのだ。


 たった一人の短慮によって。


「――――」


 街並みは瞬時に融解して乾燥し、一面の砂漠に。


 砂の山には生命の痕跡すら無く、ケーキをカットしたように不自然に途絶えた境界から街は続いていた。


 その断面を侵すように漆黒の炎が立ち上がり、徐々に徐々に南下していく。


 彼の幽星(アストラル)体から吹き出た血は即座に霧となり、上空で錆色の雲を形成したが、太陽の輝きは曇らずに在った。


 雨になって降り注いだ血は再び蒸発し、雲になる。刹那の内に激しく繰り返されたサイクルで錆色は渦を巻き、雷を打ち鳴らしながら轟いた。


 化身共が笑い転げながらやたらめったらに《召喚》を唱えると、魔物の中でも核熱と暗黒への耐性を持つものが選別され、砂煙を上げながら街へ乗り込んでいく。


『ひーっひっひひひひひぇギャハハハハ! えw? なんですかw? 『貴様の甘言、揺さぶりは意味を成さん』キリッ! これはwwwww一体何事wwwww』

「ばかな、ばかな……」

{未来既知に僅かでも頼っていれば回避できただろう?

 不眠と偏食も含めて、我らの加護であったというのに、貴様のような白痴を見ていると片腹痛いわなぁ!}


 “針鼠の肉屋”の手は震え、支えにしていた黄金球の柄がこぼれ落ちた。


 彼は二歩三歩とたたらを踏むと、腕をだらりと垂らして空を見上げる。


 【憎悪の太陽】が煌々と地上を照らし、“針鼠の肉屋”の憎悪を吸って黒々と輝いていた。


 砂が風に巻き上げられてパラパラと降り注ぐ。


 目も眩む憎悪に照らされ、彼は干涸らびていくような心の渇きと新たな憎悪の芽生えを感じ取った。


 感情の水脈は湧き出る度に揮発して消え去り、憎しみだけが彼の心を覆い隠していく。


 彼は再び憎悪で満たされると、平静を取り戻し、呼吸を整えた。


「……俺の魂に、細工が仕掛けてあったか」


 彼は黄金球を拾い上げた。


 それでも足取りは重く、幽星(アストラル)体でさえ立ち上がるのは遅い。


「お前のお陰で一つ、気付けた。代償は、大きかったがな……」

{ほう、何かね?}


 見透かしたような笑みを浮かべ、神父姿の化身が問う。


「俺は人を救いたいと……あらゆる暴威から守りたいと、願っていた……」

『笑えますね、あなたが人を救う? おまけに守るぅ? 何人殺したと思っているんですか! 人でなしのろくでなしが!』

{お前の足掻きは罪から逃れようとしているに過ぎない、己の慰撫(いぶ)のために何人殺したか数えてみるといい。

十四年で積み上げた同族の死体は、今の一瞬で倍になったではないか!}


 化身の言葉で感情が掘り起こされ、少しずつ湧き出している。


 時間切れが近い事は彼にもはっきりと分かっていた。


 彼の全身を無力感が覆っていき、力を奪っていく。


「そうだ、だからこそ、立ち塞がる全てに*勝利*しなければならない」


 化身の言うことを肯定して、それでも自分に言い聞かせるように断言した。


 倒れている場合ではない。勝たなければならないのだ。


 今まで過ごした人生が、邪神の掌の上で踊っていただけであったとしても。その人生の軌跡は、心と感情は、願いは彼だけのものだ。憎悪も、内に秘めたる思いさえ譲ることは出来ない。


 そして今、死んでいった人々の人生もまた彼らだけのものであった。


 彼は八万の十字架を背負い、積み上げた屍と血の上で、見知らぬ者の人生に思いを馳せた。


 蘇りつつある心と感情が、彼の記憶に憎悪と理性以外のものをもたらす。


 街を歩けば聞こえる子供の声はなぜ弾むようなのか――“それは楽しいからだろう”。


 僅かな小銭のために汗水垂らして働く父親の顔は何故生き生きとしているのか――“恐らく献身だ”。


 子を思う母親の挺身はなぜ尊ばれるのか――“多分愛故に”。


 金、力、栄光、冒険、平穏を求めるのは何故か――“それは感情があるからだ”。


 無数の声が、彼の中に響き渡る。


 それは封じられた心たちの叫びであった。


 憎しみだけを抱き必要だけを満たしてきた彼は、不条理な人生で得た疑問への答えを、不意に掴んだ気がした。


 それは同時に、己の行いの罪深さを自覚する劇薬でもあった。


 “仕方なかった”は己を庇う理由にならない。残酷で冷酷な行いが、幾多の血と屍を築き上げた。人間性を削るような行いで得た力は、己を世界から孤立させた。


 だが、思い起こしたのはそれだけではない。世界には無数の人間が生きており、人々は命を掛け替えのないモノとして背負っている。


 その無数の“人生”を彼は塵芥のように葬り去っていた。葛藤もなく、ゴミのように切り捨てたのだ。


 今ならば分かる――――それは途方もなく尊いもので、命をかけて守るに値する、容易に切り捨ててはいけないものだと。


 知らずに奪ったからこそ守り抜きたいと、そう思うのは決して間違いではない――彼は断定した。


 幸福の逆光に位置する生であったが故に、見出された彼の“願い”は叫ぶ。


 ――次こそは守り抜け。


 例え“殺す”しか選べなくとも、絶滅を断つ刃は己にしか振るえない。


 魂が人から遠ざかり、無数の傷を背負おうとも、どれほど死体を積み上げようとも、例え永遠の孤独が待ち受けるとしても――最後まで戦う事こそ、彼が彼自身に課した使命だ。


「誰も俺のようにしてたまるものか、これ以上は誰からも奪わせん…………全ての者の為に戦え……全てが俺に掛かっているぞッ!!」


 彼は産まれて初めて己を鼓舞した。


 立ち直れない程の感情に苛まれようとも、願いへの執念が彼を支える。


「負けるわけにはいかない……」


 記憶の中で死に続ける者の、悲鳴と流血が彼を正気に留める。


「立ち上がれッ……」


 それを思えば、誰に認められなかったとしても。


 憧れを眺めるだけだとしても。


 人の尊厳(もてあそ)ぶ邪悪なるNyarlathotepの好きにさせてはならないと、彼の人生が背中を押した。


「行く先を照らせ……暗闇を、払えぇぇぇぇええええええええッ!」

『お前如きに守れるものか。宇宙を飲み込む嵐は吹き荒れているぞ!』


 決意し、“針鼠の肉屋”は憎悪の記憶を掘り返して思考を塗りつぶす。


「灯火を、高く掲げろッ!」


 五頭十腕十本脚の化け物が、再び身を起こす。


 その暗黒の体は光の中に浮かび上がり、腰に携えた青白い角灯(ランタン)が白夜に輝く星となった。


 まだ負けていない。


 殺すために、守るために、救うために、誰かの希望を照らさなくてはならないのだ。


「ィィッィィィィィィイィイィィィィアアァァァァッアアアアアアアアア"ア"ア"ア"アアア!!」


 “死の音”が鳴り響いて砂漠の魔物を塵に帰すと、“針鼠の肉屋”は再び化身の柱と激突した。


 【憎悪の太陽】がより激しい輝きを放ち、光奪う暗黒と核熱の力が彼らの表皮を焦がす。物体は砂漠に近寄っただけで発火し、立ち入ればたちまち蒸発する。


『無駄無駄無駄!

 あなたが立ち上がる事ですら予定調和なんですよ!

 無限に分岐する世界の終わりで、あなたはいつだって一人だったじゃないですか!』

「Nyャァルらとhoテェエッpウゥゥゥウウ!」

『やーん♡ ちゃんと名前で呼んでくださいよぉ♡ 人間の真似事は止めて化け物らしく!』


 魔力の大爆発が炸裂し、応えるように“召喚地獄”が引き起こされ、絶滅と《召喚》が繰り返される。


 十本の腕に握られたアーティファクトは遺憾なくその効果を発揮し、余波で砂漠にクレーターを作りながら肉を消し飛ばす。


 大地は揺れ動き、空は憎悪に支配され、常人では近づくことすらできない神話の戦いが始まった。


『ハッハハハハハ――ッハッハハハハハ!!

 なんて可哀想な化け物なんでしょう!

 こんなに惨めで哀れなあ・な・た――花を手折るように歪めてしまいたい』

[ああ、愛しの君。あなたのような逞しい男性には、泥濘の中で孤独に苛まれて頂きたいのです!]


 化身の囁きに応えて、人ならざる咆哮がカオスゲートに轟く。


 一つの暴力と化した彼は湧き出た感情を揮発させて――限界まで時間を引き伸ばす。


[いま奪って差し上げます! ああ、私の“針鼠の肉屋(プレイヤー)”!]


 燃えるような三眼の女は柱から分離し猛スピードで飛び出した。


 死体のように青ざめた肌は透き通り、その化身の全身が(あら)わになった。海月(クラゲ)のように広がり布のように薄く、その中に蟲の卵塊にも似た黒く(うごめ)く化け物を孕んでいる。


[私に見せて下さい、あなたの――]

「《スターストリーム・ヘル》ッ!」


 もはや“針鼠の肉屋”は三眼の女を見てはいなかった。


 詠唱が終わると同時に、白夜の中に黒点がいくつも浮かび上がる。


 それは大魔法によって作り出された星であり、赤黒く輝くその表面は魂砕く地獄のエネルギーで満ちている。


 そして、星は空を埋め尽くしていた。


 地獄の星々は瞬く間に一条、また一条と地上へ墜ち――虫が通る隙間も無い地獄の大瀑布が絶え間なく押し寄せ、飛び出した三眼の化身は刹那の内に消えた。


『使えねぇ売女がッ! 無能の塵芥が死んだだけじゃねぇか!』


 莫大なエネルギーが化身を呑み込み砂を巻き上げては叩き潰し、無限に等しい星々が大地を揺らしては大爆発を起こし、地獄の力を撒き散らす。


 幸か不幸か、巻き込む者が居なくなったため、なりふり構わず大魔法を連発できるようになった。


 だが、この場に引き込まれれば、誰であろうと守る暇もなく死ぬ。


「《テレポート・ブロック》」

{《引き寄せ――おっと読まれてしまったか}


 【憎悪の太陽】が輝き地獄の星々が降り注ぐ中で、彼はこれ以上の《召喚》と犠牲を封じた。


 遠距離攻撃は撃ち落とせる。ただ逃走するなら轢き潰せばいい。体積を増したら空間ごと破壊してしまえば済む。神秘の魔法を唱えるのであれば唱えてみればいい。


 神にも伍する化身ですら溶けるように死んでく中で、口の生成が追いつくはずもない。


『ハッハハハハアッハハハ』『無駄無駄無駄』『夜明けまでど』『ころか三十分も保た』『ないでしょうに!』


 “針鼠の肉屋”は《スターストリーム・ヘル》に匹敵する範囲と威力と持続性を兼ね備えた大魔法を更に五つほど吐き出す。


 無色の魔力が際限無く荒れ狂い、至る所で時空が歪んでは破裂して莫大なエネルギーを撒き散らし、超新星爆発に匹敵する熱量が一点に降り注ぎ、竜巻のように渦巻く闘気があらゆる物体を消し飛ばし、万物を侵し蝕む毒と酸の大海が呼び出された。


 光が洪水のように溢れては消え、恒星が顕現したかの如く地上は照らされる。


 盲目への耐性がなければ目を灼かれる破壊的な光量の中で、先程と同様に“針鼠の肉屋”は得物を握って魔法を唱える。


 絶え間ない爆発音と身の毛もよだつ絶叫が鳴り響く中で、女の高らかな笑い声が狂ったように木霊し続けていた。


 しかし、十分経って“針鼠の肉屋”の得物を振る手が精彩を欠き始めた。


{何故抗う何故戦う何故生きる?

 殺すしか能のない貴様に救いを望むモノなど居るものか!}

「貴様に理解(わか)るものか、殺したからこそ救いたいと願うのだ。

どれほどの辛苦を味わおうとも未来は続く、その限り俺は戦う!」


{続かぬさ! 宇宙とて所詮はあと数年だ}

「“混沌”か――――だとしてもッ、未来を人に紡がせる!」


 彼の足取りは鉛を詰めたかのように重く、その隙を化身共が見逃すはずもなかった。


《影の投影》を打ち破り、何百本もの触手が彼の幽星(アストラル)体を貫いた。


 が、素早く千切り飛ばして再生し、《影の投影》を再度発動する。


{滅びに抗えるものか。運命は変えられぬさ! 貴様如きにはなァ!}

「人の運命は、貴様が決めるっ――ものではない!」

『己が運命さえ覆せぬ癖にぃぃぃ!

 あなたはプレイヤー(操る者)ではない!

 実に愚かなプレイヤー(操られる者)だ!』


 魔法の異口詠唱が不発し始め、殲滅速度がNyarlathotepの再生速度に追いつかなくなる。


 呂律(ろれつ)が回らない。


 唇は震え、喉が異様に渇き、嗚咽をこらえるように奥歯を噛み締めてしまう。


 幽星(アストラル)体は血を吹き出し、何一つ力を持たない悲鳴を上げた。


{そら、口が回らなくなってきたぞ。認めるがいい、己では何もできぬと}

「――俺がやるのだ。貴様を、殺さなければッ、死んでいった者達は何になる!」


{何にもならぬさ。いや、強いて言えば君のスコアだ! 十五万と少々で新記録じゃないか!}

「俺が報いなければならないのだ!

 消え去れッ!

 居てはならぬ者共よ!」



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