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クソゲーの『悪役』令嬢と『デーモンスレイヤー』  作者: 傘花
第四章 宇宙を飲み込む嵐の中で
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第一話 前座


 鬱血した紫とカビ様の緑の入り交じる触手は、頭のない筋骨隆々とした人型を形成した。


 先程は子供が蹴飛ばすボールの様に弄ばれたアリスだが、邪神の力と混沌の力の作用によって人ならざる異形に変異した彼女の膂力(りょりょく)は一薙ぎで山を崩せる程だ。


 半ば勝利を確信したアリスは、胸の内の鬱憤を晴らすべく暴力衝動と内なる狂気に身を任せた。彼女の頭の中で次々と欲望が組み立てられていく。


 まずは、眼前の者を挽き肉にして悲鳴を浴びる。


 次に、己未満の全ての劣等種――全ての人間を、恥辱と後悔と苦痛と絶えない悲鳴の中で貪り尽くす。人間牧場を始めるのもいいと考える。


 そして、己の心の邪悪のままに残忍に、血と殺戮と狂気の海に身を投げて、無限の空虚を永劫の快楽と背徳で満たさんと渇望する。


 体の中心に浮き出た彼女の顔面達は虚空を見つめたり恍惚とした表情を浮かべたり、品と呼べるものが存在しない畜生未満の有り様であった。


 されども、永遠に満たされない心を埋めようとする惨めな姿でもあった。


『人間が敵うものかァ! 神に対してッ!』


 アリスはアズの身体よりも太い腕を振り上げて、ただただ愚直に振り下ろした。


 体格差は二倍。


 尋常であれば小細工を弄する必要がない。


 単純な腕力で殴るだけで、あっという間に死に至る。相手が人間だった時の話だが。


 とはいえ強力であることには変わりなく、彼はその一撃を受ける事はせず、黄金球の一振りで弾き飛ばした。


 球は不規則な凹凸がある歪んだ形をしているが、打撃の位置を変えることで最も効率よく力が伝達される――彼は最も効率の良い一撃を見舞った。


 更に、黄金球はアズの魔力を少しばかり吸い上げ、本来の機能を発揮した。魔力によって同一存在を同一座標に形成し、一撃で二度の衝撃を与える――理力の打撃だ。


 質量にして一九三八〇キログラムにも及ぶ黄金球の一撃は、十分の一にも満たない重さのアリスを完全に跳ね除けた。


 衝撃につられてアリスの触手と巨体は浮き上がり、軽々と壁まで吹き飛ばされる。


 ズン……と部屋全体が振動し、天井から砂塵が降ってくる。


 戦いが長引けば天井が崩れ落ちてくるだろうが、アズはそこまで悠長でもなければ生易しくもない。


 彼は己よりも遥かに強大な悪魔(デーモン)の神を憎しみのままに殺した男だ。敵が如何に強靭な肉体を持っていようと、それを殺す術を磨いてきた。


 しかしアリスにとっては初耳で、彼女の顔はどれもが驚愕に満ちていた。


 しばらく呆けて、力負けしたと分かった途端に叫んだ。


『お前ぇぇええええええ! お前お前お前お前ッ! あああああああああああ!』

「ペルティア、そいつらはどうだ?」

「怪我は治したけど昏睡しているわ。植物みたいにピクリともしない……」

「そうか。いつも言っているが、魔法とブレスは庇えん。離れるぞ」


 《テレポート・アウェイ》で雑に逃がすには身分も高く、状態も安定していない。寒空の下に晒す方が危うい。


 ペルティアは《壁生成》の魔法棒を八回振り、彼らの前に一辺一メートルの立方体を八つ重ねて壁を作った。材質はダンジョンにある石壁と同じであり、魔物が意図的に破壊することは滅多に無い性質だが、アリスを魔物と同等に考えるのは危うい。


 アリスには一応知能がある。


 二人は死んだように眠る「ハーレム」の六人から距離をとる。


 アリスはその様子を食い入るように観察し、ブツブツと呟きながら別の口で激しく歯ぎしりをした。


『おまえおまえおまえ――消し飛ばしてやるぁぁああああああ!』


 胴体にある口が花弁の様に四つに大きく裂け、ブレスを吐き出した。


 彼女の力の中心たる混沌とその副産物である万能の酸が混じり合っており、床はおろか空気でさえも消化しながら二人に迫る。


 アズはペルティアの前に躍り出ると、柄を捻って黄金球を高速回転。


 回転の力で生じた真空と空間の歪みによって強引にブレスを拡散し、後方への被害を最小限に留める。


 混沌と酸のブレスが途切れた瞬間、彼は真空の中を何事もなかったかのように駆けていき、棒立ちの――正確にはとても動作の遅いアリスを滅多打ちにする。


 いくら力が強大であろうとも、それに見合った制御と運用をしなければ宝の持ち腐れだ。戦いに関して言えばアリスはド素人だった。


 各地で弱者をいたぶり拷問して凄惨に殺しただけの者が、どれほど立派な戦闘技術を身につけられるのか。


 だがしかし、弱者を徹底的に痛めつけることに関しては、誰よりも一家言ある。


 さながら雨の如き猛打を浴びながら壁にめり込んでいくアリス。


 反撃はおろか肉体の再生すら追いつかない有様であるが、ペルティアをはっきりとその目に捉えた。


 意図的に触手を切り離してペルティアの前に飛ばし、一気に再生させた触手で絞め殺す。


 アズがその小賢しい企みに反応した時には、何十本もの触手が肥大化してペルティアに殺到していた。


『ウヒ、フヒヒヒ、殺してやる!』

「させん」


 アズはもう片方の手に握る手斧を、その場で思いっきり振った。


 その軌道はもちろん空を切り、触手もアリス本体も切り裂かない。


『マヌケがァっ!』

「《次元断》」


 彼の得物――祝福された『次元の』重力鋼の手斧パーティータイムが青く輝けば、ペルティアに迫る触手は三次元空間ごと叩き斬られて魂との繋がりを絶たれた。


 彼の奥の手の一つであった《次元断》を問答無用で発動させた事は、紛い物の亜神にしては上出来であった。


 だが、それはアズに対してより苛烈な攻めを要求したのと同義である。


 アズが魔法一つを発動させた途端、アリスの目でさえも追いつけない程に彼は《加速》していた。


 数瞬の後に残されたのは、アリスの顔が浮き出た肉塊だけであった。魂は打ち砕かれ、もう自力では動けない。


 ペルティアの目に映ったのは、塵に帰った何かと戦いの終わりであった。


『E……Ahhh……Nyar……』

「ペルティア、戦いは終わった」

「え、ええ、そうみたいね」


 ペルティアは安堵の息を吐いた。


 僅かに笑みを浮かべ、万事が無事に終わったことへの喜びを隠しきれなかった。


 対するアズは、彼基準からすればあまりにも弱すぎる敵に一抹の違和感を覚える。


 アズの()ではもっと凄まじい敵が現れるはずであった、ともすればペルティアを守りきれなくなるような強大な敵が。


『Nyar shthan』

「あまりにも呆気なさ過ぎるが……」

「待って、なにか聞こえる」


 沈黙した二人の耳に聞こえたのは、アリスの顔が無表情に呟く音だ。


 いや、もはやアリスではないただの有機物が、音を発した。


 意味を持つのかすら分からないその“言葉”は、アズの持つ神としての権能ですら解読不可能であった。人の言葉ではない。


『Nyar gashanna』

「何をしている……? 何の意味があって、いや、何の力も無い筈だ」

「アズ、これが何を言っているのかわかるの?」

「こんな言葉に、だがおかしい、全てが始めからおかしかった……?」


 今度はアズが、正気を失ってしまったように思考に没入する。


 その間にもアリスはただ唱え続ける。意味のない音を。仕掛けに組み込まれた歯車のように淡々と。


『Nyar shthan Nyar gashanna』

「アズ? アズ!」


 肩を揺さぶるが、正気を取り戻さない。


「俺はすべてを知っていた。知っていたのは何故だ、何者がどうやって俺に知らせていた」

「しっかりして! アズッ!」


『Nyar shthan Nyar gashanna』

「偽神Ratloypanehtはその腕の全ては完遂された道筋の知らせによって時間の不連続的な流れが」

「ッ!」


 矢継ぎ早に繰り出される意味不明なアズの言葉。


 狂気から心を守る装備を着けているというのに、アズはペルティアの言葉に耳も貸さずひたすらに考え続けていた。


 ペルティアの鋭敏な直感はこの未曾有の危機を無意識に感じ取り、思考よりも早く身体を動かしていた。


 アリスの下へ飛び出すと、ペルティアは彼女の無表情な顔を切り刻んでただの肉塊にしてみせた。


「……そうか、ペルティア、今すぐ地上に引き返せ。そこの全員は捨て置け」

「正気!? 彼らはまだ生きて――」

「手遅れだ。既に魂を収奪されている」


 アズが断言したと同時に、この部屋のありとあらゆる場所から様々な者の声が響いた。


 それは詠唱であり輪唱でもあった。


 男と女と子供と老人と胎児と死者の魂の叫びであり、狂信的に繰り返される礼賛であった。


『Nyar shthan! Nyar gashanna!』『Nyar shthan! Nyar gashanna』『Nyar shthan! Nyar gashanna!『Nyar shthan! Nyar gashanna『Nyar shthan! Nyar gashanna!』『Nyar shthan! Nyar gashanna!『Nyar sh『Nyar shthan! Nyar gashanna!『Nyar shthan! Nyar gashanna!』 shthan! Nyar gashanna!』『Nyar shthan! Nyar gashanna!』『Nyar shthan! Nyar g『Nyar shthan! Nyar gashannaan! Nyar gashanna!』『Nyar shthan! Nyar gashanna!』『Nyar shthan! Nyar gashanna!『Nyar shthan! Nyar gashanna!』『Nyar shthan! Nyar gashaNyar shthan! Nyar gashanna shthan! Nyar gashanna!』『Nyar shthan! Nyar gashanna』『Nyar shthan! Nyar gashanna!』『Nyar shthan! Nyar gashanna『Nyar shthan! Nyar gashannaNyar gashanna!』『Nyar sh『Nyar shthan! Nyar gashanna!』thn! Nyar gashanna!』『Nyar shthan! Nyar gashanna!』『Nyar shthan Nyar gashanna!Nyar shhan! Nyar gashanna!』『Nyar shthan! Nyar gashanna!』『Ny『Nyar shthan! Nyar gashanna!anna!』『yar shthan! Nyar gashanna!』Nyar shthan! Nyar gashanna『Nyar shthan! Nyar gashanna!』『Nyar shthan! Nyar gashanna!』『Nyar shthan! Nyar 『Nyar shthan! Nyar gshanna!』than! Nyar gashanna!』『Nyar shthan! Nyar gashanna! Nyar shthan! Nyar gashanna!』『Nyar shthan! Nyar gashanna!『Nyrr shthan! Nyar gashanna!』『Nyar shthan! Nyar gashanna!Nyar shthan! Nyar gashanna!』『Nyar shthan! Nyar gashanna!』『Nyar shthan! Nyar gashann』『Nyar shthan! Nyar gashan『Nyar shthan! Nyar gashanna!naNyar shthan! Nyar gashanna!』


「な、なに……何なの、この声は……」震えた声だ。

「儀式は過去の水面下で進行し、今この瞬間に執り行われた」


 あらゆる生贄の魂が、過去から未来へ捧げた神への言葉。


 過去の未来(・・・・・)は今この瞬間であり、それらは同時に同一の空間に存在し、神への供物として血と狂信と苦痛を捧げている。


 この空間を見渡せば、死せる魂の叫びと今まさに死にゆく者の礼賛と、苦痛に歪む者の信仰と恐怖に駆られる者の絶叫が一心不乱に響いていた。


「何を言っているのか分からない!」

「時間がない。もう俺達の関係も終わりだ」


 貴族たちの魂もまたこの絶叫の礼賛に混じり、神を称える言葉を叫んだ。魂が抜けきった身体は生気を奪われ老人のように朽ち果て、腐り落ち光を返さぬ漆黒の液体になった。


 ペルティアは彼らを救えなかったことを恥じたが、この身の毛もよだつ現象とアズの発言に、滅多打ちにされたような衝撃を受けた。


 その彼は鎧の背面の留め具を外し、背部を外に露出した。



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