第七話 バシュタール二日目~三日目
次の日はバシュタールの二日目だった。
空は晴天、されど気温は凍える程で。されどヒトの威勢は燃えるようであった。
東の平原で四十数人の冒険者たちが弧状に並び、残りの数人がその後方を守っていた。
普段、冒険者というものは各々好き勝手にパーティーを組んでいるのだが、彼らの連携はそうとは思えないほど正確であった。彼らは魔物が視界に入ると大声で叫び、数と種類と位置を専門用語で伝え合う。
「3jの5-7-9だ!」「魔法で殺る、近づくなよ!」「1Tの10! 俺が相手をする!」「F大群だ!」「遠距離射掛けろ!」
平原の到る所に、東の防壁に向かって伸びるようにチラホラと黒煙が立ち込めていた。
草原のよく乾いた緑が魔法の炎で延焼したのだ。それはまた別の魔法で鎮火されるが、強い風が草木灰を巻き上げて視界を遮る。
そして今度は魔物が魔法で焼くのだ。炎の音が響き、焼き焦げた緑の臭いが漂う度に怒号が飛び交う。バシュタール二日目は先日とは打って変わって、ある種の混沌とした戦いが絶えず繰り広げられていた。
「前進しろッ――!」
女の――ペルティア凛々しい声が木霊する。
冒険者たちは塞がれた視界から抜け出すように、黒煙を突っ切って前へ――東の防壁の方へ歩みを進めた。
見通しが悪ければ、何の魔物がどこから接近してくるか分からない。冒険者の一団は戦っては移動し、戦っては移動し、それを繰り返しながらかれこれ二時間も戦っていた。
戦い、戦い、戦い続けても減る気配のない魔物の数に、辟易としている冒険者たちであった。
それでも彼らが戦い続けていられるのはペルティアの声が戦場に絶えず響き、煙に遮られた向こう側を見通す感知の能力が彼女に備わっていたからだ。
優れたる指揮官とは魔物の位置を広く感知できる者のことであり、存在の揺らぎで波立たせた空間に声をのせることで広く指示を出せる者である。彼女には人を統べる天賦の才があった。
更に、ペルティアが常に動き回って遊撃に務めることで魔物の圧力を減らしていることも、継戦能力に大きく関わっている。時に声を張り上げて勇ましく、強大な魔物を瞬く間に蹴散らす様は、上級冒険者の目を釘付けにする程であった。
「3Dの67-93-72よ! 私が突貫する!」
ペルティアは魔物たちの間隙を縫って三頭の永き竜に駆け寄ると、瞬く間にこれを切り伏せて陣に戻った。
「やるねぇ! “壁超え”を豪語するだけあるよ!」
「バルライカ!」
「おぉ、こわいこわい」
“超越”の冒険者には軽口を叩けるだけの余裕が少しだけ残っていたが、他の者には疲労が目に見えて溜まっていた。
カオスゲートでも選りすぐりの冒険者達であるが、こうして平原で魔物を狩り続けるには無理がある。本来ならバシュタールは領軍と共に行うものであり、冒険者だけでやるものではない。
彼らが無理なく間引き続けていられるのは、“針鼠の肉屋”がいるお陰だろう。彼は冒険者たちが居る場所よりもずっと“東の防壁”に近い場所で、絶えず暴力と死の嵐を振り撒いている。
彼は本当に危険な魔物とその進路上の数百体を間引いているだけだ。集団と協調して何かを行うことはない。
だが彼に役目があるとすれば――それは彼女の命を受けた時だけだろう。
「――アズ、下がるわ。時間を作って」
ペルティアは、とてもじゃないが遠方に届くはずがない声量で告げた。だが、その声は指向性のある揺らぎにのって彼の耳に届いた。
アズが存在を揺らして応えることはなかったが、彼の角灯の青白い光が真昼に輝く星のようにひときわ強く光を放つ。
「合図が出たわ、全員退くわよ! 殿は私が務める! ゆっくり後退!」
指でつまめてしまえそうな程遠くにいるアズが、青白い軌跡を描きながら視界の中を右へ左へ飛び回る。神秘の魔法より殲滅能力は低いが、それでも恐るべき勢いで死をばら撒く。
恐るべき速さで駆ける光点は魔物にとっての絶望であり、五十数名の冒険者にとっての生であった。
一団は馬車を停めた場所まで後退すると、皆交代しながら休息をとった。
その間、ペルティアは冒険者たちに声をかけてまわり、戦いぶりを評価したり長所を見出したりと忙しなかった。戦いでの活躍もあわせれば、ペルティアは彼らの心に印象深く刻まれただろう。
それからは、時間の許す限り同じことを繰り返し、帰る頃には四台あった馬車に“ドロップアイテム”が溢れるほど積まれていた。
***
二日後の、バシュタール三日目。
空は曇天、肌を刺す冷気が北風とともに押し寄せてくる。
カオスゲートを出立しようとする冒険者の一団は、中級冒険者たちをあわせて百八十名にまで膨れ上がっていた。
中級冒険者には慣れた者もいれば不安げに辺りを見回す者もいる。
中でも目立っていたのが、“祈りを捧げる者達の教会”と思しき二十四名の集団だ。
彼らを一瞥して、ペルティアとアズは示し合わせたように顔を寄せた。
「思っていたよりも邪悪そうじゃないわね。初陣の新兵みたいな感じよ?」
「残念だが手遅れだ。奴ら、意識と魂で色が異なる。別の人格が植え付けられ、操られているように思える」
「なんて悍ましい……! ラートロイファニェットとかいう邪神の仕業なの?」
「いかなる権能を司るのか知らないが、精神や魂への干渉に長けているな。
この俺が肉眼で直接見なければ気付けなかった程だ。Ratloypanehtと名乗る神が裏で糸を引いているのは間違いない」
廃教会地下での殺人事件では、Ratloypanehtという存在しない神の影が見えた。
そのRatloypanehtを信仰しているのではないかと疑われていた“祈りを捧げる者達の教会”の者たちは、この場でアズに違和感を見破られたのだ。
つまり、偽神Ratloypanehtと“祈りを捧げる者達の教会”の繋がりを薄く示唆している。
意識と魂が別人で、一つの肉体に無理なく収まるなど尋常ではない事だ。そんな神がかった仕掛けを施せるのは、文字通り神以外にない。
「だが、こうもあからさまであるところを見れば、どうやら■■■は本気で俺に挑むらしい」
「えーっと、『名前の言えないアノ人』ね」
「そうだ。『奴』の力量で俺に勝つことなど不可能だ。恐らく、儀式によって邪神から力を授かる筈だ」
「儀式……まさか、先日殺された二十八人は生贄に!?」
アズは一瞬だけ言葉を詰まらせた。己は――内なる声は、全く意味のない儀式で彼らが死んだと、アズに理解させたのだ。
「……地上を去った神々に強く働きかけるには、何かしらの代償が必要だ。太古ならともかく、神から力を授かる時と神を降臨させる時には代償が必要なのだ」アズは確かめるように述べた。
「上等な葡萄酒を用意したり、祭事を執り行って信仰を捧げたりする事がその縮小版だもの。よく知っているわ」
「……ペルティア。あの二十八人は、無意味に殺されたのだ。彼奴らの儀式には邪神に働きかける要素など欠片も含まれていない」
「なんですって! それなら……『奴』は、何の準備も無くあなたに挑むつもりなの?」
話の途中、二人の間に遠慮気味なバルライカが割って入り、準備が整ったことを告げた。
ペルティアが声を張って出発の合図を出すと、前回よりもゆっくりとした動きで隊列が動き始めた。
アズとペルティアは彼らの先を進みながら、話を戻した。
「人類が神々から力を得るには代償が必要だ。しかし、例外はある」
「大昔はそうじゃなかったのでしょう?」
「厳密に言うならば、神が地上に在った時だ。遥か彼方の異種族や悪魔どもの神は力を失った事がなく、現世で力を振るうことができる」
「……つまり、『奴』と関わっている邪神は――」
「――いつカオスゲートに顕現してもおかしくない」




