第六話 真紅の雷光
ペルティアは席を立ち、真紅の外套を翻してギルドの外へ出た。
そのまま東の冒険者ギルドから冒険者道を通って道なりに歩く。
道すがら、彼女は自身に向けられる視線の多さに気付いて歩調を緩めた。堂々たる足取りのまま胸を張り、頭のてっぺんから指先までの所作に女性らしさを滲ませた。
力強く、猫のようにしなやかで蠱惑的な魅力を放つペルティアは常に憧れの中心に位置し、彼女の名前を知らない初級・中級冒険者は居なかった。
そのまま三十分ほど歩いて西の冒険者ギルド向かえば、東のギルドとは比べ物にならない人数の冒険者たちでごった返していた。
その中でも特に存在感を放つペルティアは“恐るべきあの人”の護衛を常に伴っていたが、今日に限ってはいない。
あの“針鼠の肉屋”がいない事を好機とみた冒険者たちが声を掛けようと彼女の視界に飛び込めば、えも言われぬ威圧感に押されて萎縮してしまう。
「お、おい見たか今の!?」
「“藍紫”に上がったのか、“真紅の雷光”は!」
「聞いたぜ俺、上級超越とバシュタールに混じってたって!」
(……いいわね、称賛って好きよ。定期的に通おうかしら)
西の冒険者に足を踏み入れたペルティアは人混みの間を縫って、親しくなった受付の者に声を掛けた。
「忙しそうね、ニィミーニャ」
「あっ! お久しぶりです、ペルティアさん! 今日は一体どういった要件で……?」
彼女が声をかけたのは受付嬢のニィミーニャ。獣人の猫人で、外見は人並みの大きさになった二足歩行の猫だ。ニィミーニャは青い瞳と白黒の斑模様が特徴的で、猫人特有の四本指で羽ペンを器用に扱って書類を作製している。尤も、全裸というわけではなく、ギルド指定の制服に身を包んでいる。
「あら、気付いた?」
「えっ、いつの間に“藍紫”になっちゃったんですかにゃ!?」
『神から賜った言葉もマトモに話せないの? 訛りも酷いし聞くに耐えないわ』
――などと言ってしまえば、今まで築き上げたイメージが台無しだ。ペルティアは苛立ちを完璧に誤魔化し、笑顔で応対した。
「ついこの間よ、竜窟でワイアームを狩れるようになったの」
「ええっ! あのワイアームを一人で倒しちゃったんですかにゃ!?」
「(煩いわね……)えぇ、是非祝って欲しいわ」
「おめでとうございます~!」
そう言ってニィミーニャが無邪気にはしゃいでプニプニと拍手をするものだから、ギルド中にペルティアの事情が伝わっていく。
無論、そういった口の軽さと頭の弱さを利用しているのがペルティアで、大抵の噂話の出処はニィミーニャである。
賢いギルド職員にとってはアンタッチャブルな“針鼠の肉屋”の関係者なので、わざわざ彼女を注意したりはしない。ニィミーニャがあの二人の目を引いてくれているのだから。
「コラ! ニィミーニャ、また大声で叫んで!」
「にゃっ!」
子供のような怒鳴り声がペルティアの背後から彼女に飛ぶ。それと同時に、鳥の羽ばたきに似た小さな音をペルティアは聞き取った。
「ピルシ? いいのよ、そんなに怒らなくても」
「貴女は自分の情報に無関心すぎるのです!」
ピルシと呼ばれた女性は、ヒトの頭ほどの大きさしか無い妖精族だ。彼女もギルドの職員であり、のんきなニィミーニャとよく一緒にいるのが目撃されている。被害担当職員として扱われているニィミーニャと関わっている辺り、彼女の世渡りの下手さがわかる。
ペルティアが中途半端に掲げた手をピルシはパタパタと迂回して、ニィミーニャに説教をし始めた。
「(思わず叩き落としそうになったわ……)」
「お漏らしばっかりしてるのですから!」
「にゃにゃ……でも最近は、そういうこともなくなってきたよ?」
「そういうことじゃないのです!」
「いいのよピルシ、いずれ知れ渡ってしまうことだから」
ペルティアは彼女たちと会話に興じる事でいつも通り情報収集をするのだが、今日ばかりは違った。
彼女の後ろで大きく足を踏み鳴らし、鼻息荒く声をかけてきた男がいた。首に“緑”の認識票を下げて大きなメイスと全身鎧で武装しており、頭頂部の体毛が無いヒトだ。
「おい! いつまで話してんだこのアマ!」
「――二人共、今日は忙しいみたいだからそろそろ帰るわ」
「あ、はい! またお話聞かせて下さい!」
心象を悪くするのは彼女の本意ではない。ペルティアは別れを告げて立ち去ろうとするが、彼女が言い返さないことに気を大きくした男が挑発し始めた。
「けっ、山程アーティファクト身に着けやがって、ナニでも咥えたのか知らねぇが調子乗ってんじゃねぇぞ!」
悪い予感がする――ダンジョン内ならば、この場にいる冒険者たちの勘は正しかった。
揉め事の予感を感じ取った彼らは二人を中心に一歩二歩と下がり、遠巻きに動向を見守った。
(切り捨ててやろうかしら……って駄目よね)
ペルティアは物騒な考えを放棄して、一瞬だけ思案を巡らせた。
皮肉に皮肉で返してオホホと笑うのが貴族のやり方ならば、罵倒に皮肉で返すのは馬鹿のやり方だ。小賢しい真似は好まれない。
では、人類未踏地を切り拓く冒険者の頭が返す言葉は何だ。
許して器を見せるか、脅して強さを強調するか、それとも切り捨てて馬鹿を見るか。
「あなた、ここで何年冒険者をやっているのかしら」
「五年も“緑”やってんだぜそのバカ!」
外野の返答にドッと野次馬が沸いた。
あと一つ階級を上げれば晴れて上級の仲間入り、“青混じり”として堂々と振る舞えるのだ。だというのに男は五年も燻っている。
“緑”の彼は顔を真っ赤にして怒鳴り返す――
「嗤うな!」
――その前にペルティアが黙らせた。
侮辱してきた男を罵倒するでもなく、彼に対する嘲笑を一喝した。
“緑”の男も呆気にとられてしまい、シンと静まり返ったギルド内で、ペルティアは全ての者に語り掛けるように話をし始めた。
「アーティファクトが強いから私が強い、至極当然の論理よ。武器と防具は何より強さに直結しているわ。あなたの装備は十分に上級青緑で通じうる」
だけどね、と言葉を区切る。
「足りないのは上を目指す意思よ。留まるのを恥とするなら、下ではなく上を見なさい。己よりも少し強い相手と戦い、腕を磨き、地盤を固めなさい」
真っ当な指摘だが、それができればこんなところで燻っていない。
(だが押し通す。この腑抜けの性根を叩き直す……それが一番魅力的なやり方よ)
ペルティアは“存在”を放ち、場の空気を掌握して視線を一点に、“藍紫”に、“真紅の雷光”に、ペルティアという天上人に集めた。
冒険者たちの目がその光景を脳裏に刻み込むように、彼女は力強く言葉を紡ぐ。
「槍で腹を貫かれ、死ぬ思いをしたことはある?
数多の魔物に囲まれて、死線を越えた経験はおあり?
竜の頭に飛び付いて首を切り落とすのはどうかしら?」
ペルティアは彼らの反応を見て一拍置くと、呼吸を整えて再び演説する。
「私はある。全てを経験してここに立っている。
いくたびも死の危険に遭遇し、時には切り抜け、時には逃げ出し、泥水を啜ってでも生き延びたわ。
生き、生き残り、生を求め、水底から浮上するように私は命を掴んだのよ!
そうしたら、“強くなった”のではなく“強くなっていた”」
冒険者たちが固唾をのんで見守る。熱の籠もった言葉に彼らは浮かされて場の雰囲気に――ペルティアという一人の人間に呑まれた。
「そうして私は立っている。
あなたが目指したものは何?
野心を抱き来たならば、死んでも生きて帰りなさい。
強者に挑み強く、知恵をつけ賢く、野望のため生汚く足掻いてみせなさい!
私を唸らせ、振り向かせたいのならね」
言葉を切り上げて、ペルティアは静寂の中立ち去る。
冒険者たちが自然と二つに分かれて道を作ると、彼女はその間を悠々と通り抜けようとして、止まった。
「私は待っているわ。この場にいる全ての者が、私の背中に追いつくことを」
ペルティアはそれ以上語らず、堂々たる立ち姿のまま場を後にした。
“緑”の男は――否、そこにいた全ての冒険者たちは圧倒され、彼女が過ぎ去った後をぼうっと見つめる。
たびたび、ペルティアは幻影の様に彼らの噂に現れたが、今日この日、白昼夢のように突然現れて激励し、期待を託して立ち去った。
ペルティアは瞬く間に成り上がって“藍紫”に至った夢のような存在だ。夢を見る初級、中級冒険者は尊敬の念を強め、己の欲望を募らせた。
見目麗しい彼女の演説を聞いて奮い立たぬとあれば、それはもう冒険者たる資格がない。
しばらく経っても、ギルドは彼女の話題でもちきりとなり、その熱が冷めることはなかった。
燃え上がる若さと燻った火種にささやかな風をもたらしたペルティアはカオスゲートで名を轟かせ、冒険者たちの間では特に注目された。
恐れられ忌み嫌われる“針鼠の肉屋”とは対称的に。




