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第五話 過去と決別と

 薄ぼんやりと部屋に差し込む朝日が、アズの代わりにペルティアを起こした。


「起きたか」

「んんーっ!」


 ペルティアが大きくのびをして半身を起こすと、彼は黄金球の得物を肩に担いで立ち上がった。


 彼女は大きな空色の瞳(・・・・)を開けて――


「少し目を見せてみろ」

「……突然どうしたのよ?」


 ペルティアが挨拶を言う間もなく、アズは彼女の頬に両手を添えて真剣そうに瞳を覗き込んだ。


 起きて早々騒がしいと、ペルティアは毛布の温もりに後ろ髪を引かれる。


 しかし、朝の肌寒さや酷い眠気に老廃物等は彼女の装備が耐性や維持の力で排除しているため、ペルティアの意識はすぐに覚醒した。


 頭を回転させたペルティアは、何か重大な事件が発生したのではないかと戦々恐々とした心づもりでアズの声に耳を傾けた。


「瞳の色が……いや、気のせいだったようだ」

「充血していたの? やだ……」

「大事無い。鏡を見ればすぐにでも分かる」


 ペルティアは鏡の前で入念に顔をチェックしたが、瞳の色はいつもどおり真紅(・・)だ。


「心配させるようなことを仰らないで下さいな。昨日の今日だって言うのに」

「すまない」

「さ、行きましょう。バシュタールは明日だから、今日は上級と超越を勧誘するわよ」


 バシュタール(冬籠り前の大掃討)には魔物の誘引と殲滅が必要だ。


 一日掛けて魔物の数を減らしたのなら、魔物ひしめく奥深くへ踏み込むようなことはせず、魔物が街の方へ自然に寄って来るまでまた一日待つ。


 魔物は「恐らく人の居る方を目指している」といった具合に移動しているため、わざわざ刺激しなくとも寄ってくる。それに加え、掃討できていない場所は魔物だらけであり、無闇に命を危険に晒す必要はない。


 バシュタールは慣例的には三日掛けて行われるが、状況によっては四日だろうと五日だろうと日にちを伸ばしても問題はない。冒険者の数と厳冬期の到来が許す限りだが。


 兎も角、時間的な猶予があるので、二人は意気揚々と冒険者ギルドに繰り出した。


 二人が立案した建国という杜撰な未来予想図にも冒険者が必要なことは記されていたので、連れて行く冒険者は多ければ多いほど、優秀であれば優秀であるほど良い。


 カオスゲートから冒険者を山程引き抜いても支障はあんまりない。ペルティアたちの作る街が最前線の役目を引き継ぐのだから。


 尤も――


「あら? 誰もいないわね」

「酒の残り香がいつもより濃い。何か関係がありそうだが……」


 ――酒盛りで酔い潰れた冒険者が真面目腐ってギルドに来るはずがない、という可能性を見落としていなければ。


「これじゃあ勧誘できないじゃない!」

「では人員集めの為の、求人広告とやらを作っておくといい」ペルティアはアズの口ぶりから全てを察した。

「止めはしないけど、何のために何をしに何処へ行くつもりなの? 場所が場所なら付いていくわ」

「稼ぎのために混沌核(カオス・コア)を集めにダンジョンへ行くつもりだ。明日の朝には帰ってくるが、少し遠方のダンジョンを潰して回る」

「よろしい。それなら私は広告を作るわ。それから街を見て回って、開拓に必要なものを探してみるつもりよ」


 今日の予定を決めたところで、ペルティアは声を潜めて彼に訪ねた。


「資金、もしかして少ないのかしら?」

「ああ、大部分を寄付していた、溜める必要がなかったからな。だが、お前の建国のためにも、多少なりとも資金が必要だろう」

「私ってば魔性の女ね」

「誑かされている訳ではない。必要を満たしているだけだ」

「そうね、あなたには感謝しているわよ。末永くよろしく頼むわ」

「では解散だ。間違っても怪しいところには近づかないように」


 足早に去っていったアズを見送って、ペルティアも腰を上げた。


「さて、広告用に少しは洒落た文でも考えようかしら。まずは……紙と筆とインクが要るわね」

「おっ、ペルティアじゃねーか。今日は一人か?」

「あら……“愛の星”じゃない」


 横合いから彼女に声をかけたのは、五人組の女性冒険者パーティー“愛の星”のバルライカだ。反魔法の大盾とアダマンタイトの鎧を着込んでおり、休みの時だというのに完全装備だ。


「今日は仕事?」

「いや、なんつーか習慣でよ。いつ何が起こるか分かったもんじゃねぇから、いつもこうしてんだ。マリメラも同じだな」

「おいすー! 呼んだか?」

「呼んでねぇよ」


 “愛の星”の魔術師マリメラが威勢よくギルドに入ってきた。


 エルフにしては世俗に馴染んでいる彼女は御年百十三歳。現代のエルフという種族からしてみればそれなりの年齢で、ヒトで言うところの三十代だ。


 ほんの二千年前ならまだまだ子供と呼べる歳だっただろうが、今のエルフは最も長く生きる者でも四百歳程度だ。彼らは滅びの危機に瀕する種族なのだ。


 小柄な彼女は二人の居る席につくと、意地悪そうにニヤリと笑った。


「冒険者の勧誘は進んだかい、お嬢さん?」

「進めているのよ、おチビさん」

「手厳しいなぁ。手持ち無沙汰みたいだが、何やってるんだ?」

「暇なら一つお使いにでも行ってちょうだい。書くものが要るのよ」

「はぁ、そりゃまたなんでさ」

「広告を考えているのよ」


 広告ぅ?と、二人は同時に首を傾げた。


 冒険者になって歴の長い彼女たちであるが、こういった物事には疎いようだ。


「人を集める紙よ。あらゆる場所に貼りだして、開拓団を結成するの」

「ほーん、そんなもんで集まるのか?」

「どんな手を使ってでも集めるし、集まるのよ」

「大した自信じゃないか」ひゅう、とバルライカが口笛を鳴らした。

「当然よ。私は藍紫で、彼は紫白よ。切り拓けない道は無いわ」


 キッパリと清々しいくらいに言い切ったペルティアに、彼女たちはやはり感心した。


 二人が知る限り、開拓をやる冒険者など精々が安全な内地(・・)で、人類がおよそ住めないような外縁部(・・・)に赴こうとする者は居ない。端から成功しないような試みに対して、こうも容易く断言できる豪胆さは気持ちが良い。


 これがほんの数週間前であれば、実力もなく“針鼠の肉屋”を後ろ盾にしている女の言葉であった。大言壮語であり鼻につく傲慢さが気に入らないと、バルライカとマリメラに一笑に付されただろう。


 しかし、今のペルティアは竜殺しを成し得る猛者であり、短期間でのし上がってきた烈女だ。少なくとも、バシュタールでの彼女の立ち振舞い――地味であったが――をつぶさに観察していた“愛の星”たちは、それが養殖と揶揄されるような不味いものでは無いと確信を得ていた。


「買い物なら私の使い魔に行かせるよ。筆とインクは貸してやろう、そら行って来い」


 マリメラは蛇の使い魔に金の入った袋を括り付けて外へ送り出した。


「そういえば、他の三人はどうしたの?」

「ヒンメルは朝の礼拝、キットは装備を探しに市場だな、ヴェローチェは魔法棒の補充だ」


 ペルティアがそう、と素っ気なく流せば、「ケェェエー!」という甲高い鳴き声が上の方から聞こえてきた。


「飛竜便ね」

「毎度毎度うるさくって、アタシはあんまり好きじゃないよ」

「って、バシュタールの時期に飛竜を飛ばすなんざ相当おかしいぜ。厳冬に怯えて飛ばなくなるような生き物だってのに」

「何か緊急の知らせかしら」


 ギルドに三人、妙な緊張感が漂う中、階段を降りてきたギルドの職員が掲示板に一枚の紙を貼った。


「――手配書ね」


 ペルティアが一瞬だけ言葉に詰まる。


「五十万ジェム! かなりの大金じゃねぇか。何やらかしたんだ?」

「えー、名前はアリス。

 この者はさる高貴なお方たちを連れ去り、六の都市で計百六十八人を殺した重犯罪者である。

 非常に凶悪であり、強力な魅了の持ち主である。

 ……全く、どんなモノだって暴力は重罪だろうに。

 よくもまぁこれだけ殺したもんだ、どうやって生きてきたんだ?」


「殴っていいのは妖魔と魔物と犯罪者だけってな。久々のおやつにしちゃ食いでがあるねぇ」

「丸々太り過ぎだぜ、切り分けてフルーツステーキにでもするかい?」

「いつも通りの味が一番さね」

「これだけありゃ頭数で割っても触媒を買い込めるぜ」

「マリメラの触媒ってそこまで高かったか?」

「奥深い趣味だよ、神秘の魔法ってヤツはね」


 高額の引換券(賞金首)に二人が沸いた。


 ペルティアがそちらに意識を向けていれば、おかしな金の数え方を指摘されただろうが、元貴族の彼女にとっては大した金額ではなかった。


 尤も、上級や超越にとって、犯罪者というものは早い者勝ちのお小遣いだ。


 倒せば金がもらえる上に、持ち物は盗品でない限り奪いたい放題(もちろんバレなければの話だが)。


 行きの道中や帰りの寄り道に人型感知を使って見つける事ができれば、ちょっと嬉しいご褒美が降って湧いてくる。


 中級冒険者も実力だけで判断すれば、大抵の犯罪者を一方的にリンチできる。


 しかし、人殺しやそれに準ずる行為は、同族殺しとして特に重く見られている。実戦経験の浅い者と倫理を打ち壊した者の邂逅は、計り知れない危険を孕んでいる。


 一方、超越の実力は手軽で簡単に犯罪者狩りができる程だ。


 隔絶した力量差は危うさを滅し、超越たちに対して安定した資金源をもたらす。超越達にとって犯罪者狩りのような気軽に(・・・)金を稼げる機会は殆ど無く、一種の息抜きも同然だ。


 強者というものは大なり小なりイカれている。既に慣れきっていたペルティアは二人のちょっとした欲望を軽く流した。


 だが、アリスという女に関しては軽く流せない過去があった。


(私が――ディセンブルグ家が潰されたのは、恐らくエゲレス王国の『計画通り』なのでしょう。ええ、癪に障りますが過去(・・)のこと、後で思いっ切り度肝を抜いて差し上げるとして、許しましょう。ですが! 私の女としての誇りに泥を塗りたくった、こいつだけは、絶対に許さない)


 立場というものがある。思想というものがある。性別があって、種族もあり、単純な実力(レベル)の差がある。


 様々なものを受け入れ始めたペルティアであったが、アリスに対する屈辱と憎しみだけは決して消えないだろう。


 とはいえ、わざわざ見下している相手に時間を割くほどペルティアも暇ではない。アズと同じく直接的な復讐に走るのは、何よりペルティア(・・・・・)にとって欠片も意味を持たない。


 全てを捨てたあの丘の下に彼女の過去が眠っている。


 けれども、掘り起こしてはいけない。蒸し返してはいけない。それを思い返すのは最後なのだから、自分から決着をつけようとしてはならない。


 憤怒を抱えていても、憎悪を抱くことはなく、誇りを被せてひた隠す。


 なぜなら「ペルティアとは関係ない」から。


「んじゃ、街練り回ってくるわ」

「あらそう、上手くいったら首の一つでも持ってきてちょうだい」

「首ってお前……このレベルは晒されるから無理だぜ」


 ほぼ不眠不休で戦ったあの地獄の一ヶ月がなければ、ペルティアはいとも容易く感情を発露させただろう。


 彼女は平静を装い、余裕を醸し出し、微笑む。尤も、二人にはかなり恐ろしい表情に見えていたが。


 ペルティアは強くなった。命綱に繋がれていたとしても、困難を乗り越えたのは紛れもなく彼女自身の力である。その自信と実力が、ペルティアを支える一本の柱となっていた。


 強くなって少し高い場所から世界を見渡せるようになった彼女だが、「自分が何をするために産まれ、何をして生きるのか」という己に課した問の答えは出せない。


 しかし、遠くの未来に思いを馳せて、輝かしき日々を過ごすであろう己を思い描けば、その隣にはアズが居る。


 ペルティアの、答えに最も近いのがそれだ。


 師であり、先導者であり、仲間であり――


(――間接的な仇であるアズ。私を偉大なる旅路に誘った「にくたらしい」ヒト……でも、不思議と、彼以外と過ごす未来が考えられないのよね)


 「アズが両親の死に関わっている」とペルティアが疑念を抱いたのは、奇しくも地獄の一ヶ月で意識が朦朧としていた時だった。戦いの最中、走馬灯のように脳裏をよぎった過去が気づかせたのだ。


 疑念が確信に変わったのは、エゲレス王国が不自然な程に彼へ干渉しないと分かったからだ。元々腫れ物に触るような扱いを受けていたアズだが、アリスの手配書にでさえ何も記されていない。


 あの夜の婚約破棄(正確にはペルティアの誘拐)が無かったことになっている――ペルティアは当然ながら愕然とした。そんな政治力が彼にあったなんて!


 そしてもしも、もしも「彼を恨まないのですか」などという無粋な問を投げ掛ける者が居たのなら、彼女はこう返すだろう。


「そうする他無かったからでしょう? 彼、不器用なのよね」と。


 アズが何をした者であろうとペルティアの目指す大望は小揺るぎもしない。


 彼女は既に過去と決別したのだ。


 古傷の痛みに立ち止まるのではなく、愚直に前へ、ひたすらに前へ前へと進む事が最良の選択であり唯一の進路だ。


 進むべき道の遙か先を照らす者に追いつくために、ペルティアは止まってはいけない。怒りに流されるなど以ての外だ。


 バルライカとマリメラが外に出たタイミングを見計らって、彼女はふぅと小さく息を吐いた。


「少し……羽根を伸ばしましょうか」


 ペルティアは席を立ち、真紅の外套を翻してギルドの外へ出た。



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