第四話 一日目・反省会
バシュタールの一日目が終わるともうすっかり日も暮れて、アズとペルティアはほとんど物置状態になっている宿へ帰還した。
カオスゲートでも数少ない高級宿の彼らが滞在する部屋には、ペルティアと共にダンジョンから持ち帰った品が山程転がっていた。
魔法の巻物に魔法棒のような魔道具から、ミスリルやアダマンタイトといった希少鉱物。捨てる程性能が悪いわけでもないが普段遣いする程良くもない武器防具装飾品の山、無造作に保管してある薬品。単なる摩訶不思議な道具に、神が人間に授けたとされる神器の完全な模倣品。
どこの国の宝物庫だと怒鳴りたくもなる品々だが、超越冒険者の一部にはしばしば起こり得ることだ。
二人の部屋に入るやいなや、風呂場に飛び込んだペルティアは装備を脱ぎ去ってうんと背筋を伸ばした。シャワーなる温水を出す魔道具で身体を清め、浴槽に溜めた湯に浸かった。数十日ぶりに生身の肉体を曝け出す開放感に全身を脱力させ、長く長く息を吐いた。
なにせ上級悪魔が潜んでいると分かった時から、装備を脱ぐことを許されなかったのだから。
体臭や汚れといったものは、隠密の概念を持ったアーティファクトや《清浄》の魔法でどうにかできるが、ペルティアの感情的な問題は全く解決しない。今日という日を待ち望んでいた彼女はあれこれと用事を済ませ、着替えて部屋に戻った。
「アズ、何をしているの?」
「整理だ。こうも散らかっていては、苦労するだろう」
「……誰が?」
「お前だ。ペルティア用の魔法のポーチに種別に詰めておく。不要なものは俺に渡せ」
見ていて気持ちよくなるほどスポスポと回収されたアイテムは数種類の袋にまとまってしまった。
「魔道具と水薬だけでいいわ――って重いわね!」
「重量は一割になるが、量が量だ」
「持てなくはないですが。……空のポーチに詰めれば軽くなりません?」
「圧死したくはないだろう。止めておけ」
すっかり片付いたお蔭で、埋もれていた机と椅子が発掘された。ペルティアはアズを向かいの席に座らせると切り出した。
「やっぱり、どうにも認識が合わないことが分かったわ」
「俺と奴等ではほどんど違う生き物だ」
「そうね、私とあなたもどこかズレてるわ」
「擦り合わせるとしよう。これからのためにな」
「まず神秘の魔法、廃れていると言っていたけれど、どこで習ったの?」
「悪魔共が研究していたのでな、俺も覚えた。悪魔由来だ、今後は使用を控える」
「そうして頂戴。魔術書の魔法は何が使えるの?」
「基本的には生命と変容の領域だ。条件付きで暗黒と混沌の領域の魔法が使える」
一般的な冒険者たちの間で言われていることには「実戦で使える魔法は精々二領域」だ。
神秘であうと魔術書であろうと関係なく魔法に傾倒しているような奴――“ローグライク”のようなスペルマスターを除けば非常に稀有と呼べるだろう、アズはそう付け加えた。
「……条件付き?」
「奥の手だ。お前にも明かせん」
「それならいいわ。生命と変容の魔法って何ができるのかしら」
「生命の魔法は《*体力回復*》や《結界》、《究極の耐性》に《リジェネレーション》といった回復や防御に関する魔法だ。変容ならば《地形変化》や《竜変化》、《*筋肉増強*》や《知覚延長》だ。特筆すべき事はない、言葉通りの魔法だ」
「……他に、私に明かせるものはある? 例えば、アーティファクトに秘められた魔法とかよ」
「そうだな…………今の装備全てで何かしらの効果を発動できるが、特段教えられるものはない。回復か加速か、奥の手と呼べる攻撃だ。お前の装備にも何かしらあった筈だ」
「私の装備に?」
「覚えているのは、祝福された『守護者の』アイアスの円形盾だ」
「長っ……それで、この盾にどんな効果があるのかしら?」
金の縁と深紅で彩られた円形盾。ペルティアは使い勝手がいいと気に入っていたが、よもや馬鹿みたいに名前が長いとは――何らかの魔法を秘めていたとは露程も思っていなかった。
「効果は一分ほどしかないが、非常に強力だ。ありとあらゆる攻撃を無力化する《無敵》の魔法を発動できる」
「《無敵》!? そんなものがあるのなら早く言いなさいよ!」
残念だが、とアズは平坦な口調で述べた。
「《無敵》は確率論的防御膜で構成されている。故に僅かな確率で攻撃が通る上に、《魔力消去》で効果が掻き消される。《原子分解》や純魔力攻撃の《魔力の嵐》も防げん」
「どの魔法も使われなかったわよ。竜相手なら楽ができたじゃない」
「今ならいざ知らず、スカム前に使わせればついうっかりで死にかねない。さらに言えば、《無敵》は一度発動すれば六時間は使えん。一つ聞くが、スカム中にまともな時間間隔はあったか」
「う……未熟を指摘されたら反論できないじゃないの」
「いや、存在を教えておかなかった俺に落ち度はある。意義を考えれば、使用させずとも伝授する必要はあった」
「それじゃあそういう事で。不毛な話はおしまいね」
「《*鑑定*》で確認できる、後で見ておくといい。それよりも、話を本筋に戻すぞ」
「そうね。私からは一言、魔術書の魔法だけにして頂戴」
ペルティアがきっぱりと断りを入れる。
「《四重詠唱》も駄目か」
「……聞いたことないわ」
「教えたことはない。アストラル体に働きかけることで、魔法の発動を四回同時に行う事だ。魔術書・神秘の魔法の両方に適応することができる」
「……それは、そういった魔法なんですの?」
「ただの技術だ。昔の超越は使いこなしていた。ペルティア、《四重詠唱》は魔術書の魔法を完全に会得しなければできないと言われている。俺が体得したのもその時分だ」
「それなら存分に使ってくださいな」
「これ以上は恐らく無い。切り札は山ほどあるが、使わないようにしておこう」
「それなら次の話に移りましょう」
アズが部屋のどこかから葡萄酒とグラスを取ってくると、ペルティアは注がれたもので喉を潤した。
「冒険者たちに話をつけようと思うわ。“東の防壁”に作る開拓村のね」
「お前が鞭で俺が劇薬だな」
「私が飴であなたが鞭よ! ともかく、あの“愛の星”を誘えたことは十分な説得材料になるわ。バルライカとマリメラ、藍紫の冒険者が開拓に乗り出すとなれば、続かない者は居ないはずよ」
「あれはそういうことだったのか。では、飛竜便で各地の冒険者ギルドに広告を出してはどうか」
「広告? それって何かしら」
「人を集めるための貼り紙だ。ギルドの依頼書のように、仕事内容と条件を書いて貼っておくものだ」
「人伝以外に集める方法があったのね」
貴族出身のペルティアには人を集める為に労を取るという概念はなかった。
命じてやらせておけば下僕など、ディセンブルグ家に自然と集まるものであった。他家との繋がりのために下級・中級貴族の男児女児を雇用することはあったが、これもまた勝手に集まるものだと思っていた。
「……それなら、新聞とやらに載せてみましょう」
「ディセンブルグで配っていた紙きれか。あんなもので人が集められるのか?」
「冒険者は依頼書と手配書ばかり見るものね。でも私が集めたいのはもっと沢山の人間よ。暇そうにしている市民は新聞をよく読んでいたわ」
「そうなのか?」
「帝都でもディセンブルグでもカオスゲートでも、そんな感じだったわよ」
「気を払っていなかったな。ではそうしよう。どのような人を集めるのだ?」
ペルティアは頭を捻ってしばらく黙ると、乏しい経験からなんとか言葉をひねり出した。
「コックに庭師にメイドに、あと冒険者がいれば開拓できるかしら?」
「大工も必要だ。食料も必要だろう」
「それなら商人を呼ばなくちゃ。ああ、服飾の工場も欲しいわ」
「鍛冶師も要る。針も武器も彼らがいなければならない」
街が生えてくると思っているのか、なんとも杜撰な計画であったが、開拓の障害ならば暴力で解決できるのが大半だ。
その点について、彼らの開拓村は発展しないがそこそこ上手くやれるだろう――“東の防壁”以東でなければ。
開拓話や求人広告についてあれこれと話していた二人だったが、やはり話題は直近の問題に当てられた。
「……今の今まで忘れていましたが、“祈りを捧げる者達の教会”についてはどうするのかしら? あなたの勘をあてにして、襲撃の日を伸ばしましたけど」
「……そうだな、この街はかなり臭う」
「に、臭う?」
すん、とペルティアが空気を嗅いだ。葡萄と酒精の香りが目立ったので首を傾げたが「違う。魂から発せられる“何か”だ」との言葉に赤面した。
しばらくの冒険者生活で、淑女としての作法をすっかり忘れてしまっていたのだ。なにせ、どれほど激しく戦おうともアーティファクトがどうにかしてくれる。
背筋をピンと伸ばし直してペルティアは話に耳を傾けた。
「四年ほど前から、俺にはどうにも“何か”の気配を嗅ぎ取れるようになっていた」
「――何か、ですか?」
「そうだ。俺にもハッキリとは断言できない。邪なる神の陰謀か、それとも人間の悪意でも嗅ぎ取っているのか。何であろうが、カオスゲートにはその臭いが――腐り落ちた臭いが充満しているように感じられた。“祈りを捧げる者達の教会”と聞いて、どうにも背筋に這い寄る危険を感じた」
「邪神か、悪意か、正体は分かりませんが、最大限の警戒をすべきでしょう。あなたが危険を感じる程ですもの」
「だが、バシュタールの三日目には“祈りを捧げる者達の教会”の中核を成す中級冒険者が多数参加する」
「奴等を見極め、あわよくば一網打尽にするのね!」
「落ち着け。俺を相手に、聖国が手出しできないというだけの話だ。始末すれば人目につく上に、そのまま建国すれば聖国と王国が障害になりかねない」
合点がいったと立ち上がるペルティアだったが、これをアズがなだめる。
基本的に、二人は|目的のために手段を選ばない《悪にして中立》。目的のために社会に従う必要があるからそうするというだけで、そうでなければあまり自重はしない。
ペルティアは座り直して葡萄酒を煽ると、舌を潤して考えを改めた。
「確かに、足元の人心は掌握しておかないといけないものね」
「必要があれば刈り取るが、あくまでも最終手段だ。Ratloypanehtという偽りの神に操られているかもしれん。仮に正体が掴めなくとも、最悪奴等の拠点に乗り込めば解決はする」
「解決……するのかしら?」
ペルティアは頭に疑問符を浮かべた。
「“祈りを捧げる者達の教会”はアトゥスライアー神の教えを捻じ曲げる冒涜的な集団だけど、何か問題を起こした証拠がないわ。私達って、彼らを怪しいと思っているだけなのよ」
「……暗黒の膜を通らなければダンジョンの中を覗けないが、踏破すれば関係ない。奴等が一体何をしでかそうが何を考えていようが、踏み越えれば全て解決する。奴等の本拠地にいる敵は多少腕が立つ、イレギュラーの可能性もある、ただそれだけの話だ」
彼の勘は物語の進め方を知っているようなものだ。
ある行動をすればある結末を導ける、というものを知っている。ただ詳細は知らない。
何故そのような行動をしなければならないのか、アズは理解しようとしたこともないが、選択肢は常に「殺す」ことだ。
だから敵は殺す。
彼は常にそう宿命付けられている。
「倒せば解決する……って、その敵は一体何者なの?」
「敵とはつまり、生存していること自体が罪に値する者だ」
「つまり、誰?」
「…………■■■だ」
アズが個人名を出した。彼の未来予知じみた感知は、本拠地に居る敵の名前を暴いた。
だがそれは決して彼女に伝わらない。
「? 今なんて言ったのかしら」
「取るに足らない者だ、気にするな」
「そうじゃないの、発音が不明瞭だったとかじゃないわ、聞こえなかったのよ! あなたが話している時だけ、意識が遠いたわ」
「■■■……聞こえたか?」
「いいえ。質問を変えましょう。その……敵は、アズの言う腐り落ちた臭いの元凶かしら?」
「違う、だが近いな。指摘されて気付けたが、奴はどうにも邪神の性質を帯びている」
「邪神……ああ、だからなのね」
「何に納得した?」
「アズがいる街で、わざわざ騒動を起こそうとしているお馬鹿さんの正体よ。それは確かに、倒せば解決するわね」
「ああ、奴等は待っている。時間は限られているが、まだ動かずとも良い」
待っている、という言葉に引っかかったペルティアはすぐさま追求しようとしたが、後ろから舐め回すような視線を感じて振り返った。
彼女が感じ取ったのは視線だけではない。多脚の虫が肌の上を這い回るような不快感、アズの放った《閃輝暗点の誘惑》よりも邪悪な意志、そして悍ましい狂気を孕んだ息遣いを耳元で感じたのだ。
「――ッ! ぁ、っ――」
言葉が喉から出ようとしてつっかえた。
いきなり氷水に沈められれば声が出せないように、底冷えする殺気を感じたのだ。
「……どうした」
「い、ま……殺気を感じたの。何かが過ぎ去っていくような……」
「そうか、俺の感じた“何か”をペルティアも感じたのかもしれん。“何か”は未だ気配だけだが、念の為に俺の近くにいるといい」
「ええ、でも今日はもう疲れたの……そろそろ寝るわね、おやすみなさい」
ペルティアが装備をつけたままベッドに横たわると、アズは明かりを消して彼女の側に立つ。
真っ暗闇の中でも、アーティファクトによる人型感知がお互いの場所を確かに保証している。
しかし、漠然とした不安感がペルティアにはあった。いつまたあの殺気が飛んでくるか――本体が襲ってくるのか分からない。
アズが知っていてもペルティアは知らないのだ。
「アズ……その、私が寝ている間、手を握ってちょうだい」
「容易いことだ」
ペルティアはするりと手を絡め取られたが、あるべきものをあるべき場所に収めたような気がして、あっという間に眠りに就いた。




