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第三話 昇格と一日目


 またもや血相を変えて飛び込んできたギルドの支部長が、おっかなびっくりペルティアに出所不明の藍紫の認識票を手渡した。


 不正もいいところであるが、その辺りは解決済みだ。


「予め用意してもらったものだ。処理上の問題は一切ない」

「あなたが交渉したの? 代金は?」

「今年のバシュタール(冬籠り前の大掃討)、国軍の代わりに俺がこの地区の大部分を担当する」

「……随分とぼったくられたわねぇ」


 呆れ顔でペルティアがぼやく。彼女が交渉していればケツの毛まで毟れただろうが、そんな事をすればアズの世間離れが加速するだけだ。


 軍事的に全人類より比重の重い個人など、毟られる程度がちょうどいい。その辺りを分かっているのでペルティアも深くは追求しないが。


「それじゃあ、私が何をしようともバシュタール(冬籠り前の大掃討)参加は既定路線だったのね?」

「拒否する選択肢もあった。その場合は俺と上級以上の冒険者だけだ」

「へぇ~? 私を置いて? あなた一人で?」

「ああ」

「……私が心配じゃないの?」

上級悪魔(グレーターデーモン)なら十分に倒せるだろう。“祈りを捧げる者達の(プレイヤーズ)教会(クレリック)”の者共は自発的に打って出てこない。仮にカオスゲートで暴れたとしても、生き残れるはずだ」


 ペルティアはドンドンと机を叩いて無言の抗議をするが、アズにはこういった機微には疎い。


 二人が話している内にギルド側の準備が完了していたようで、ギルド長が上級・超越の冒険者たちに向けて今回のバシュタール(冬籠り前の大掃討)の事情について説明している。


 国軍――今まで通りなら領軍――の出番が無いことに冒険者たちは動揺し、その代わりに“針鼠の肉屋”が出張ることに疑問を抱いた。


 当たり前だが、個人で行えることには限度というものがある。


 例え大きな力を持っていたとしても、十の力を持つ魔物を殺すのに一万の力は無駄が過ぎる。


 そして人間という枠に収まる以上、溢れ出た魔物の群れと戦い続けることはできない。戦い続ければ疲労し、魔物を警戒しているだけで精神が削られ、補給する暇がなければ数時間と保たずに力尽きる。


 上級以上の冒険者であろうとも、小集団でバシュタール(冬籠り前の大掃討)を行うにはあらゆる事に数が足りない。


 多数を排除するなら数の力は偉大だ。


 一方で、四年もの間失踪し、伝聞のみで実力のハッキリしない“針鼠の肉屋”。具体的な情報が一切ない彼をどうしてギルド長が用いるのか、冒険者の疑問は氷解しない。


 その不安を嗅ぎ取ってか、ペルティアがアズに耳打ちする。


「あなた、まとめて片付けるのは得意?」

「できなければ安請け合いしまい。大船に乗ったつもりでいろ」


 準備を完全に終わらせた冒険者たちは胸に一抹の不安を抱きながら、東の門を出て“東の防壁”の方へ歩き始めた。


 水薬(ポーション)等の物資を積んだ四頭立ての荷馬車と“ドロップアイテム”を持ち帰るための空の荷馬車が三台、計四台の車列を冒険者たち囲みながら進む。


 その先頭を歩むのはペルティアとアズだ。


「こういう行軍って暇ね。何をすればいいのかしら」

「感知に優れ、足の早い者を斥候として出せば良い。先んじて敵を見つけることは何よりも優先すべきだ」

「……そうする必要は無いと思うけれど」

「何故だ」

「街の近辺をうろつく魔物程度に()されるようでは、上級とは呼べないでしょう? 雑兵を連れているわけでもありませんし。あなた少し過保護ね」

「……まぁ、いいだろう」


 東へ、東へ。


 王国の東端を南北に横切る巨大かつ長大な壁が見える場所まで移動する。


 高さ五〇〇メートル、長さ一五〇〇キロメートルにも及ぶ“東の防壁”は彼方からでもよく見える。森や林が視線を遮ることはなく、丘の上から平原を一望すれば地平線に沈む“東の防壁”を観察できるはずだ。


 更に目を凝らせば、“誘引の穴”に群れる魔物がうじゃうじゃと蠢いて見えるだろう。


 “誘引の穴”に集った魔物の内、悪の概念と善の概念を持つ魔物同士は殺し合い、勝手に数を減らし合う。ただの超越では対処しきれないような魔物も攻撃に巻き込まれ反撃し合っているので、下手に手を出すことはその連鎖を途切れさせる危険がある。


 単純な魔物の数のみならず質でさえも人間を凌駕している魔境――故に“誘引の穴”は絶対で“東の防壁”以東は未踏領域なのだ。


 だが、《召喚》などの魔法で呼び寄せられた魔物が殺戮の渦から逃れることがある。対立関係を持たない魔物が戦いの間を縫って平原に散らばることもある。


 もしも“東の防壁”の模様がよく見えるような距離にいたとしたら、魔物は草むらの陰に潜み今すぐに命を奪いに来るだろう。観光気分で生還できる者はいない。


 バシュタールの一行はそのラインよりも遠く、魔物とよく遭遇しはじめたところで止まった。鎧袖一触で蹴散らすには数が多く、たまに厄介な魔物が出始める場所だ。


 本来のバシュタールは領軍・国軍と共に人海戦術で隙間なく魔物を排除していき、手に負えなければ冒険者に任せるという流れができている。


 だが今回はアズ一人だ。


 恐ろしくて口には出せずとも、五十数人の冒険者の意識が“針鼠の肉屋”に寄せられる。


「ペルティア、一つ話をしておこう」

「……ええ、聞かせてちょうだい」

「魔法をあえて区別するならば、二種類に分けることができる。

一つは、ダンジョン産の魔術書を用いた秩序の魔法。手指の動作と魔力で以て力を引き出す。お前や俺が使う混沌や生命の魔法がこれにあたる。

もう一つが、魂や精神を通じ、魔力に働きかけ、未知の原理によって力の顕現を行うものだ。人類では今や廃れているが、神秘の魔法と呼ぶべきものだ」

「ええ、二種類ね、二種類。魔術書の魔法と神秘の魔法、それで?」

「今から用いるのは神秘の魔法だ」

「話の流れからしてそうでしょうね。何も言わないから、精々派手なものにしてちょうだい」


 アズは“東の防壁”を見下ろせる高度まであっという間に飛び上がると、地上にいる魔物を目とアーティファクトによって認識する。


 彼はアストラル体で構築された発声器官を喉に創り上げると、人類では決して発音できない言葉で神秘を紡ぐ。


 悪魔殺しの女神アトゥスライアーが存命であれば、悪魔(デーモン)が練り上げた血塗られし暗黒の魔法を鋭敏に感じ取っただろう。


「【|Y’brgllh Anmhur《虚杯を横溢せよ》】【|J’axn Ckzalrg《常在の闇より》】【|Y’gchtorr Zechnud velkuts《腐蝕の幽泥にて》】【|Wplhosa M’rtjcahf《眸子の現を雪げ》】――【|Yof V’olkugt《閃輝暗点の誘惑》】」


 瞬間、彼の視界に居るほとんど全ての魔物は何かに吸い込まれるように身体が引き伸ばされ、渦巻状に捻じ曲げられた。


 完全な渦巻きになった魔物は光を反射しない黒に染まり、気泡をいくつも破裂させながら沸き立ち、炸裂した。飛び散った黒い雫は暗黒の魔力を帯び、平原のあらゆる生き物に死を与える。


【閃輝暗点の誘惑】は視界内の敵全てに攻撃する魔法だ。彼の視程は“東の防壁”にまで届くが、実際にはその半分ほどの距離しか攻撃できていない。


(彼奴らの編んだ魔法は何やら使い勝手が悪い。数にも限りがあるとはな。その分強力だが……初めて使ったにしては上出来か)


 魔法を唱えた後、アズは速やかに降下して冒険者たちの元へ戻った。


 が、様子がおかしい。


 顔色は皆一様に青ざめ、膝をついて震えている。


 ペルティアの症状は軽いが、額を抑えて呼吸を荒くしている。


「……魔力に当てられたか? 神秘の魔法には余波があるのか?」

「は、“針鼠の肉屋”さんよ……あんな強力な、暗黒魔法を使ったら……邪悪な意志が振りまかれるだろうに……」


 苦言を呈するのは、藍紫の魔術師マリメラだ。魔術書にて暗黒と自然の魔法を修めているが、神秘の魔法を研究している数少ない魔術師の一人だ。


「そうだったのか」

「いや、なんで知らないんだ……」

「盲目の者に目くらましは効かんだろう」

「まぁ、精神力如何ではどうにでもなるけど、気付かないのはちょっと……」

「悪かった。だが《四重詠唱》で《魔力の嵐》を繰り返すよりは効率的だ」


 開いた口が塞がらないマリメラをよそに、一行は休憩を挟み、バシュタールに乗り出した。


 アズが一人であまりにも多くの魔物を排除してしまったのでわざわざ大声を出したりして魔物を呼び寄せたのだが、この日は結局“ドロップアイテム”をいくらか回収して終わった。


 今年のバシュタールはえらく段取りが良くない。


「これじゃ実入りが少ねぇ」

「ドロップはくれるって言うが、これじゃコジキだぜ」

「つーかよ、アイツ一人でいいなら呼ぶんじゃねぇよなぁ」


 冒険者たちの不安不満を肌で感じとったペルティアは、帰りの道中で彼らの会話に耳をそばだてた。


(これはまずいわ、何一つ目的を達成できていないなんて……)


 ・アズを良い意味で目立たせる。

 ・ペルティア自身が注目される。

 ・冒険者全般に好ましく思われる。


 密かに三つの目標を掲げていたペルティアにとって、神秘の魔法があのように怖気の走るものであったことは完全に予想外であった。


 派手なものにしろとは言ったが、何だっていいというわけではない。


(……とはいえ、竜はヒトと肌が違うと言うもの。アズの事を分かった気になっていたけれど、思っていたよりも問題は根深いわね)


 冒険者ギルドで各々報酬を受け取り、バシュタールの一日目は解散となった。



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