第二話 冬籠りの大掃討準備
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カオスゲートに朝日が差した頃、二人の冒険者が帰ってきた。
一人は未明の闇より蜃気楼のように現れ出でて、夜を目指して同行者の先を進んだ。
彼は頭部全体が八色のオーラに包まれており、そのヴェールの下に脈打つような暗赤色の兜を着けて顔を隠している。魔法の角灯で出された合図に気付いた門兵は、彼のために大急ぎで門を開ける。
彼は全身を闇夜に紛れるような黒で染めており、てらてらと輝く玉虫色の鎧や夜色の外套はその最たるものだった。十の指輪をはめた両手には、身の丈を超える歪な黄金球の鈍器と禍々しい暗黒の瘴気を放つ手斧をぶら下げている。
およそ日向で生きる者の格好ではなく、死を誘う不気味な雰囲気を醸し出している。彼を見て“獣配りの夜”を想起する住人は多い。
槍を立てて震える男が開かれた門の両脇に立ち、朝日の中に二人目の冒険者を見つけた。
もう一人は寒々しい朝焼けの空を背負い、真っ赤な瞳を見開いて黄金色の髪をたなびかせながら、堂々たる足取りで門兵の間を通り抜けた。
彼女は真紅に照り返すミスリルで編まれた外套を纏い、首には紅に輝くルビーのネックレスを、額には玉虫色の意匠を凝らしたサークレットを身につけていた。彼女の皮鎧は空に浮かぶ都市が描かれ、立ち昇る元素のオーラが蜃気楼のように空気を歪め持ち主を守護している。
緑竜の皮と鱗で仕立てられた篭手には加速の指輪が二つはめられ、金の縁と深紅で彩られた円形盾が括り付けられている。
街を歩けば誰もが振り返る冒険者ペルティア――赤を基調とした勇ましい装いの彼女に、寒さに身を震わせながら起きた住人の視線が集中する。
それは彼女の美貌のみならず、抱える”混沌核”が抜きん出た大きさだからだ。混沌核は多種多様な魔法棒の魔力源となり、厳冬期には魔力を蓄えた魔法棒が飲料水や熱源の確保に用いられる。
人々は「今年も無事に厳冬期を越せるといいが」と口々に不安を呟く。
また、数年前の厳冬期直前、カオスゲートの住人は食糧難に喘いだため、対策は抜かり無い。
西の方に行けば、今の時間帯でも多くの人々が行き交い、食料を山程積んだ荷馬車が開け放たれた門から次々とやってくる光景が見られるだろう。
「ちょっと、西のはあっちよ?」
「力量は既に上級を越している。超級まで一足飛びに駆け上がる時だ」
二人は冒険者道を通って東の冒険者ギルドへ足を運ぶ。
「このまえ中級になったばかりじゃないの」
「竜殺しは一角の猛者たる証。並の者にできると思うたか」
「……さすが私ね」
東の冒険者ギルドにはカオスゲート中の上級以上の冒険者達が集まっていた。総勢五〇人程度の集団が出立の準備を済ませており、陽気な声が聞こえてくる。
「何かあるみたいね」
「バシュタールだろうな」
厳冬期がもたらす寒波というものは、迂闊に外に出てしまったが最後、上級冒険者ですら極低温と劣悪な視界のせいで死んでしまう程厳しい環境を作り上げる。人々は厳冬期を乗り越えるため、家の中に大量の熱源と食料を貯めて、一ヶ月前後を静かに過ごす。
だが、冬籠りを生き抜いて春を迎えるには、事前に都市や村の周辺にいる魔物をある程度排除しなければならない。もし排除を怠れば、魔物は雪をかき分けて門を越え、家の分厚い壁を壊して好き放題に殺戮をばら撒くだろう。
バシュタールという行事は、あらかじめ魔物の数を減らして襲われる可能性を少しでも減らす役割を持つ。
冒険者がまだ開拓者だった時代から続く伝統行事だが、王都周辺のように未攻略ダンジョンが少なく魔物の流入がほとんど無い内陸地では廃れはじめていた。
「……ああ! 新聞に書いていたわ。今までの冬籠りは退屈だったけど、アズはどうやって過ごすのかしら?」
「今年は“冬”を始末する。厳冬期を二週間早く終わらせるつもりだ」
「まだ私じゃ勝てなさそうな相手ね……終わったらすぐに帰ってくるのよ」
「分かっている。「No.2 竜の巣穴」を攻略した。報酬はいつも通りでいい」
エルフのギルド職員が年若いヒトの受付嬢を押しのけて、ペルティアから大きな混沌核を受け取った。
受付の奥の木板にデカデカと書かれていたダンジョン名が赤いバツ印で上書きされると、二人は周囲の冒険者達の羨望や嫉妬のまなざしを浴びる。
ペルティアは冒険者たちのざわめきに耳を傾け、事の大きさを認識するとともに鼻高々に胸を張った。
「ついでだ。ペルティアを超級に推薦する」
視線に殺意や怒りが混じる。
「彼女はラーヴァワイアームを単独で討伐できる。藍への昇級条件を満たしている筈だ、昇級許可を出してもらおう」
「え……っと、こういう時は……」
エルフの職員が真新しい紙束を捲って、引きつった愛想笑いを浮かべながら対応する。
「昇級条件は緩和されていまして、藍紫まで上がれますが……」
「あら、目標達成じゃない」
ペルティアが嬉しそうにのたまうが、昇級条件が緩和されていることは喜ぶべき事柄ではない。
人類で見て、藍級は九十三人、藍紫級は十四人。この数はアズが物質界を去る四年前と変わらない。しかし、質は著しく低下している。
つまり、竜窟を攻略できる冒険者が著しく激減しているということだ。
「緩和が原因か。ならいい。ペルティア、次は紫を目指せ。条件は恐らく竜窟の単身攻略だ」
「あら、紫白じゃなくていいのかしら」彼女は自信たっぷりに述べた。
「神に認められる実力が必要だ。そのうち許可を出そう」
「そのうちって、神にでもなったつもり?」
「四分の一程が神だ」
「教団でも立ち上げましょうか」
「やめておけ」
至って真面目な回答にペルティアは面食らうが、神に関して軽口を叩ける程度には図太くなっている。
(アズのやること為すこと全部にいちいち驚いては、気がもちませんわ)
「俺の権能は復讐に特化している。俺を手放したくなければ、誰にも祀らせないことだな」
「お互い嫌われたものね」
「好き嫌いは些細なことだ。お前には誰もがついていくだろう」
呆然と会話を聞いていた受付嬢は、数十万人の命を支える混沌核を取扱うよりも慎重に、二人へ声をかけた。
「……あの、それでは、藍紫で申請書を出しておきます。混沌核の報酬と合わせて、明後日以降にまた来てください」
「そうよ!」まるで良い事を思いついたようにペルティアが叫んだ。
「バシュタールには私も参加できるわよね?」
「ヒェ……ち、中級以下は三日目のみですが、超越は確定ですので、特例ということで……」
「当然よね。アズ、いいことを思いついたわ」
ペルティアはアズの腕をとって、冒険者達がたむろするラウンジの方へ引っ張っていくが、席は全て埋まっていた。
二人に一番近い冒険者たち――バシュタールについて話し合っていた――は、ペルティアの無言の圧力を感じ取ったが、話に夢中だったのか首に下げられた橙のプレートを見て梃子でも動くまいと決意したが、後ろにいた“針鼠の肉屋”を見て転げ落ちるように座席を譲った。
ペルティアは当然の権利のように空いた席に座ると、アズを向かいに座らせてた。ついでに退かした冒険者にウインクしてから、声を小さくして話し始めた。
「東に国を作るなら、私達はどうしてもカオスゲートに基盤を置かなくてはならないわ。ここが最前線ですから」
「そうだ」
「けれど、カオスゲートでちまちまと何かをやっても地味よ。そこで私は考えたの。いっそのこと防壁の向こう側に街を作ってしまえば派手でいい……ここまでは理解できるわね?」
「ああ、言わんとすることが分かってきた。つまり――」
「派手に目立って人を集める」
二人の声がピッタリと重なる。
ペルティアは口角を上げて微笑み、肉食獣を思わせる獰猛さを醸し出した。
「あなたの力を借りるわ、バシュタールで器の大きさを見せつけるのよ。これは《夢時空》のデーモンや“祈りを捧げる者達の教会”の排除より優先するわよ」
「承知した。バシュタールは今日含め、日をおいて計三度行われる。素知らぬ顔で微笑むには相応しい門出だろう」
「……そういえば! カオスゲートにも藍紫が居たわね。アズから見て、どちらが上質かしら?」
ペルティアのハキハキとした声がざわめきの間を縫う。
暫定藍紫の彼女はギルド内の誰かにもよく聞こえるように尋ねた。
「聞く必要があるだろうか。だがあえて言うならば、お前だ」
「ふふふ、そうでしょうそうでしょう」
アーティファクトに着られていたペルティアは、一週間の竜窟スカムを経て、背伸びをした格好程度には成長している。
実力そのものは身についているが、竜窟スカムというものを誰もが容易く行えるのであれば、人類は今頃世界の覇者だ。ペルティアはアズが付いていなければ軽く千回は死ねただろう。
超高難易度ダンジョンで行うスカムというものは、魔法の角灯だけが光る闇の中、己よりも強大な魔物達に気づかれないよう神経を研ぎ澄ませ、倒せる魔物だけを静謐の内に始末する行為だ。
どれ程精神をすり減らすか、それは体験した本人にしかわからない。心折れて実力に見切りをつけた者もいれば、強い魔物が落とす“ドロップアイテム”に惹かれて死んだ者もいる。
数多の死の可能性をくぐり抜けて、ペルティアは今ここに立っている。
尤も、それは実情を知る者の話である。
横から口を挟んできたのは、ペルティアが見極めてみたいと思った相手だ。
「誰が、コジキより劣ってるってェ?」
「鏡を見なさいな」
「てめぇ! 」
絡んできたのは藍紫の戦士、バルライカだった。
超越者であるはずの彼女が、冒険者を始めて精々二ヶ月弱の高下駄を履いた女に煽られただけではなく、わざわざ挑発するように、劣等のお墨付きを“針鼠の肉屋”に押させた光景を見せつけられた。
よほど人間ができた人物でもなければ、即座に激昂してもおかしくない。
(気骨がありそうなのは戦士ね。他の四人は腑抜けている――ああ、諦観ね。“針鼠の肉屋”には敵わないと諦めている)
「それで、怒鳴って一体何の用かしら? せ・ん・ぱ・い?」
「たった二ヶ月で――わたしの十年を超えられてたまるかッ! 何をした、何をやった!」
曲がりなりにも藍紫としての矜持があった、悠々と自分の頭上を飛び越えていく者を見過ごすことはできない。
バルライカの怒りに呼応して空気が熱を帯び、風がペルティアの髪を揺らす。
「ほんの少し、恵まれただけよ。どうしても強くなりたいって言うのなら、私の話に乗る気はないかしら?」
「な、に……?」




