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第一話 回想・運命の日


 アストラル界。


 僅かに物質が存在する精神を基盤としたその世界には、十四柱の悪魔が群雄割拠する塔があった。十五階層からなるソレは一層一層が太陽の表面積と同程度の広さであり、一柱の悪魔が一層と少しの領域を支配していた。


 朝と夜の概念は無く、広漠とした空間にはただ暗黒だけが広がっていた。


 しかしある時間、魔法の角灯(ランタン)が薄ぼんやりと周囲を青白く染めている場所があった。


 そこは階層支配者が一柱“死に至る螺旋”の配下――“捻れたる歯車の繰り手”ゲマジェフが治める大規模な領地だ。


 ゲマジェフの全身は絞った布のような暗黒のアストラル体で構成されており、紐状のそれが団子になって胴体や手足を模倣している。波打った顔には三対の裂け目のような眼球と螺子(ねじ)そっくりな鼻が付いている。縦に裂けた口から覗くのは螺旋階段のように円を描きながら伸びる食道で、ワインオープナーに似た歯が隙間なく並べられていた。凹凸が多い隙間だらけの身体には捻れた触手が体毛のようにびっしりと生えており、それは本来ならば忙しなく蠢いているはずだった。


 おぞましい暗黒雪だるまの下半身から短い手足を生やした醜い螺旋の怪物は、青白い光に照らされて倒れ伏していた。


 ゲマジェフの棲家“苦肉の拷問塔”最深部、その広大な執務室には数多の破壊の跡が残っている。


 生き物の精神をつぎはぎにした彫刻や、精神だけを奪われた者が延々と拷問され続ける生きた絵画など、悪趣味な芸術品が見るも無残な姿になっていた。 


 破壊者は“針鼠の肉屋”だ。


 彼は“死に至る螺旋”の部下の中でも最も強大とされるゲマジェフを打倒した。


 空まで届く大きさの巨体は横たわり、膨れ上がった身体の断片はいたる所にバラ撒かれている。その破片一つ一つは“針鼠の肉屋”よりも大きく、眼球一つでさえ大樹のように大きい。


 ゲマジェフは右半分が潰れた顔で、眼下を動き回る“針鼠の肉屋”を見ていた。


 しかし彼の眼中にゲマジェフはいない。保管されている物資や封印されたマジックアイテムに目が向き、“針鼠の肉屋”はそれらを物色し始めた。


 ゲマジェフの命の灯は消えたが、その巨大な存在故に消滅までに時間がかかる。残された僅かな時間、その全てで彼は呟いた。


【よもや、吾が……貴様如きに負けるとはな】


 彼は殺した悪魔を気にせず、使えるアーティファクトや物資がないか虱潰しに捜索するだけだ。


【お前は死すべき運命にあった。吾が配下の前に塵と化し、消え去る存在だった】


 ゲマジェフは三つの目玉を上に向け、確かめるように言葉を積み上げていく。


 肉体を構成していた暗黒のアストラル体が散っていく中で、悪魔は天井に描かれている宇宙の闇を見据える。


【その身に魔を取り込んだお前は因果を捻じ曲げた。那由多の砂漠の憎悪のみで吾らを死に至らしめるとは称賛に値する】

「お前のアストラル体は、じきに俺の一部となる。だが魂だけは抽出し、苦悶の球に押し込める」

【お前を手繰る糸の先、天蓋の球を見よ】

「死に絶え続けろゴミめ」


 会話は成り立っていない。だが、飛び散ったゲマジェフの触手は天井を指した。


【“死”は続く……吾らは死の運命に辿り着けぬ。お前は螺旋を下り“死”に至るまで生き続けよ】

「死はお前を望まない」

【“死”が続く、吾の役目は引き伸ばすこと……歯車はお前の為に動き続けていた】


 “針鼠の肉屋”は崩壊しかけていたゲマジェフを完全に叩き潰した。


 それから、音の途絶えた執務室での用事を済ませた“針鼠の肉屋”は、吸い寄せられるように天を向いた。


 角灯(ランタン)の光すら届かぬ天蓋の暗闇に描かれた、闇に覆われし宇宙の深淵に、一つ、煌く星があった――否、それは“針鼠の肉屋”に向かって輝いていた。


 それは半透明な球体だ。


 完全な球体であり、膨大な魔力を秘め、幾何学的かつ無限に刻まれる模様を中心に向かって伸ばし続けている。


 だが“針鼠の肉屋”には、中心から枝分かれした模様が表面に向かって刻まれ続けているように感じられた。


 飛び上がって手に取ると、彼の頭の中に様々な場面が絵画のように浮かび上がってきた。


 それは数多の無を映し、幾つもの地獄絵図を見せ、最後に一人の女を示した。


 彼女は黄金の髪を血で汚し、真紅の瞳に慈悲を湛え、“針鼠の肉屋”を見据えていた。


 彼は目が離せなかった。それは鮮やかに色褪せていく最期だ。


 ――忘れなさい……私は、あなたを縛る女……


 力なく口を動かし、女は眠るように目を閉じる。


 この時、進むべき路は定まった。




 それ(・・)を抱く(かいな)が己のものと気づくのに、“針鼠の肉屋”は時間を要した。


 十の頃から十四年続いた復讐を終え、“針鼠の肉屋”は新たな旅を始めた。


 無限大の砂漠から勝利の砂粒を一つ掴み取る、宛のない旅を。



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