第九話 邪教の儀式・裏
グロテスク・残酷な描写に注意
市長からの依頼、それをわざわざ見過ごすペルティアではない。
東の地での建国を志すのであれば、この地との関係は良好である方がいいに決まっている。
アズは気付いた時から都市内部の感知を始めた。
「解決するわよ!」
(だろうな)
彼女が即答した時、既に場所は分かっていた。
廃教会の地下の最奥の部屋。
ローブを纏った十五人の狂える者達が神の名を叫び、悍ましい儀式に臨んでいた。
魔道具によって熱せられた鉄板の上で、デーモン達が人豚と呼ぶモノが28体並べられていた。
耳目の片方がくり抜かれ、四肢が欠け、添え物のように胴体の側で焼かれていた。
彼らは叫ぶ力もなく僅かに身体を痙攣させながら貴重な水分を垂れ流していた。
狂信者達は死を前にした彼らを救うこともなく、神へ祈りを捧げている。
生贄にされた28人は、一分も経てば死ぬ。
逆に言えば、間に合いさえすれば助けられる。
アズは相方の返事を待つことなく駆け出した。
冒険者ギルドからその場まで、アズの脚で走って五分。
アズが《加速》して飛び出した直後、行く手を群衆に阻まれた。
跳ね飛ばせば人間は死ぬ。
急停止したアズの隙をついて、ペルティアが手を掴む。
彼女が居ても居なくても変わらない。
既に破滅は決定的だ。
だが走る。
《テレポート》を使おうか考えるが、行き先はランダムな上、用途は基本的に逃走だ。
アズは儀式を見ていた。
彼が全力で走っている間にも彼らは焼かれ続け、一人また一人と脱力していった。
何か、もっと良い手段があるはずだが、彼は思いつけない。
しかし最後の一人が息絶えた時、気付いた。
――最初から《テレポート》をするのが最善手だった。
わざと答えに封がされていたように、頭の中に解決策が転がり落ちてきた。
復讐の炎に身を焦がした時から、アズは第六感と呼ぶべき超常的な閃きがあった。
神の声か、はたまた魂に知識が身に付いているのか、それとも内なる声なのか、正体は不明だがアズはこれに助けられてきた。
(今は違う)
解決策自体は特別難解でもなんでもない。
一分とは言え、アズの速度なら試行回数は十回以上確保できた。
始めから間に合わないなら、極小の可能性に懸けるのが正しい。
そのことに気付けなかった。
故に人が死んだ。
もう教会の地下では誰も救えないが、行く理由はある。
いま彼を衝き動かすのは怒りではない、悲しみではない、後悔ではない、無念ではない、恨みではない、嫌悪ではない、苦しみではない。
憎悪。
それは殺すべきだと叫んでいる。
悪魔の祖さえも滅ぼしたどす黒いものが全身を駆け巡り、今にも膨れ上がって爆発しそうな程、報復と暴力の嵐を切望している。
――殺せ。
アズの中で誰かが囁いた。
気付けば既に廃教会の地下最奥。
狂信者の一人が叫んだ。
「らーとろいふぁにぇっと様に捧げよう!」
彼らは笑顔で武器を取る。
――Ratloypanehtは存在しない神、意味のない儀式。
アズに囁きの意味が伝わる。
三つの華が咲いた。
アズに血が降り注ぐが、アーティファクトが水滴を弾いた。
狂信者達が同胞の死に悲しみ、それでも善意で――もちろん理解できた――殺意を向けてくる。
「きみも救ってあげるよ!」
アズが黄金の鈍器を軽く振って彼らを跳ね飛ばす。
それだけの動作で部屋中に鉄臭さが充満する。
たった十四人の狂信者を始末すると、残ったのは司祭格の男だけ。
――彼だけは理解している。
彼は幼児のように身体を丸めると、手を組んで祈り始めた。
ぶつぶつと神に祈りを捧げており、正気を失ったようだ。
アズは彼から視線を外し、二十八人の遺骸に目を向けた。
接地面の皮膚は焦げ付き、誰も彼もが苦悶の表情で息絶えていた。
舌を垂らし、目を剥き、泡を吹いて、糞尿を垂れ流す。
あと四分あれば間に合っていた。
知恵を借りれば間に合っていたかもしれない。
朝食を手早く済ませていれば全員生きていた。
彼女をもっと早く起こせば助ける時間はあった。
そもそも、普段から都市を見ていれば事前に気付けた。
アズは全てを切り捨ててきた。
――仕方ない。
その結果がこれだ。
彼がさらなる憎悪を滾らせていると、遺骸が呻いた。
それは肉声ではなく、魂の声。
死後、地獄へ吸い寄せられる魂が肉体に執着し、この場に残っている。
求めるのは救済と嘆き。
肉体が感じる痛みを今も味わい、それでも尚生きたいと願い、晒される屍にすがり付いている。
彼らの魂はほとんど地獄へ向かい、残っているのは一部分だけ。
放っておけばアンデッドに成り果てるだろう。
アズは全身全霊の力を込めた黄金の鈍器で、その場の物質ごと魂を薙ぎ払った。
鉄はひしゃげ、肉は消し飛び、魂は苦痛なく世界へ還る。
一拍、二拍、三拍遅れて雷に似た轟音が鳴り響く。
それと同時に押しのけられた空気が暴れだし、地下室全体に吹き荒ぶ。
ちっぽけな葬送の音が地獄で鳴らされ、どこかの誰かに届いた。
だが、まだ生きている者が居る。
神に救いを求める狂った男だ。
憎悪が叫ぶ。
抑えられない衝動。
胸の内を晴らすには何が必要なのか?
アズの答えは
――《支配》。
彼の頭の中で誰かが囁いた
《支配》の魔法。
始祖のデーモン“死に至る螺旋”の一族のみが使える魂を縛る魔法。
アズが復讐で得た魔法。
《支配》を使えば、狂気を煮詰めた拷問を魂が自壊するまでご馳走できる。
――《支配》しろ。
彼の頭の中で囁いた。
蠱惑的な誘いだが、殺した記憶を繰り返し思い出すくらい憎悪したデーモンの魔法だ。
《支配》だけは使えば最後、引き返せない。
――憎悪は晴れない。
その通りだ、彼は常に憎しみを抱いている。
全ての感情の中で唯一それだけを抱いている。
何をしようともそれだけは消えなかった。
立ち塞がる全てを殺し殺し殺し殺して死の果てに着いてもなお消えなかった。
――死ぬべき者が生き、生きるべき者が死んだ。
アズは手を伸ばす。
抑えられない。
死と苦痛はこの男にこそ相応しい。
《支配》して命令すれば、彼は永遠に苦しみ続けるだろう。
――お前。
そう、この男が。
――お前だ。
死ぬべき者が。
――お前がやるのだ。
憎悪の果てに、
――《支配》しろ。
手を差し伸べた。
「――アズッ!」
アズの頭の中に風が吹き込んできて、霧が晴れた。
視界が明瞭になり、今になってペルティアが居ることに気付いた。
「ペルティア」
角灯の光が彼女を照らし、黄金の髪が闇に浮かび上がった。
「ここに居た者は邪教に身を寄せ、生贄として二十八の無辜の民を誘拐した」
死ぬべき者が生き、生きるべき者が死んだ。
「成人が二十人、子供が八人。生きたまま四肢を切断され、祭壇と称される鉄板で焼かれて殺された」
それは罪だ。
アズは告白した。
彼もこの行為の意味はわからない。
「この男を殺せ」
ただただ憎しみが止まらない。
この場に死ぬべき者が居るだけで気が狂ってしまいそうになった。
「殺せ」
ペルティアが直接手を下すことはない。
アズもそれを望んでいる。
その『黄金』を求めて尚、口から言葉が出てきた。
――これ以上血で汚れはしないよ。
アズが黄金の鈍器を持ち上げる。
その巨大な物体は、邪教徒の真上で静止した。
「これで最後だ」
――終わらない。
「アズっ!」
――穢れろ。
「後ろを向いていろ」
――振り下ろせ。
「――止めなさい!」
ペルティアが血溜まりを踏み越えて、アズの腕を掴んだ。
「離せ」
ただの人間の力でアズの腕力をどうこうすることは不可能だ。
身じろぎするだけで事が済む。
しかし止まった。
――振りほどけ。
止まってしまった。
――殺してしまえば楽になる。
アズにとってそれは初めての経験だった。
「殺す必要はないわ。拘束して連行すればいいの」
「……そうなのか」
心の底から出た言葉だ。感嘆しかない。
彼は生きる術と殺す術しか知らなかった。
ペルティアにもそれしか教えてこなかった。
必要ないと思っていたのだ。
生き生き生き生きて生の終りに沈み、死に死に死に死んで死の始めに生きる。
だが、ヒトを殺さなかったことで初めて生きていることを実感した。
確かに、アズの手の中に命があった。
握り潰さず掬い取れたものは、陽の光に照らし出されていた。




