表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クソゲーの『悪役』令嬢と『デーモンスレイヤー』  作者: 傘花
第二章 砕けぬ意思と戦いの日々
18/41

第八話 邪教の儀式

グロテスク・残酷な描写に注意


「アズ、強い知り合いに心当たりは?」

「何だ、唐突に」


 朝一番、起きて早々にペルティアが言う。


「寝ぼけた頭に思考は難しいか。居れば先んじて言っている、つまりそういうことだ」

「意外と役に立たないのね。将来の家臣候補よ?」

「皮算用は止めておけ。欲しいものがある時ほど、引き際を見失う」

「ダンジョンの宝部屋とは訳が違いますのよ」


 身支度を済ませたペルティアといつもより長めの朝食を済ませ、意気揚々と冒険者ギルドへ赴く。


 西の冒険者ギルドはいつも人で溢れかえっているが、今日は少々様子が違った。


 掲示板に張り出された数々の依頼書の中に、一際大きなものがある。


 冒険者たちはそれを読むと、テーブルで待つ仲間の元へ返って様々な噂を口にする。


「あれは何かしら?」

「市長からの依頼だ。この都市で二十八人を連れ去った誘拐犯の情報を求めている」

「成る程。解決するわよ!」

「……敵は人間だ」

「ダンジョンの魔物よりは御しやすい、そうでしょう?」

「では行くぞ」

「へ? 行くってどちらに!?」


 アズが駆け出すと、ペルティアも置いていかれまいと走る。


「行き先は!?」

「犯人の場所だ。感知した」

「それ被害が出る前にやりなさいな」

「俺とて常に見ているわけではない」

「官憲は?」

「不要だ。遅い」

「ん――もう!」


 彼は群衆に行く手を阻まれて一瞬だけ立ち止まり、ペルティアに手を掴まれた。


「相談くらいしなさい! どこで何をしてどうするつもり? 状況は? 何でも一人でやるのは止めなさい!」


 彼女は貴族の頃であれば考えられない程の大声で怒鳴る。


 一ヶ月のブートキャンプで鍛えられたペルティアの喉は、迷宮でなくとも声をよく響かせた。


「必要か?」アズは振り返りもせずにのたまう。

「必要よ、私とあなたに」

「不要だ」


 アズは拒絶し、手を振りほどいて走る。


――見失ってはいけない。


 彼の姿が雑踏に紛れるが、ペルティアは見失わないように必死に足を動かす。


(アズは厳しいけど冷酷ではないわ。どんな時も焦らず淡々と物事をこなすタイプ……誘拐された人が生きていても、こんなことはしないハズなのに――)


 胸騒ぎがした。


「《加速()の杖(そく)ッ!」


 彼の背中は見えるのに、酷く遠くに感じられる。


 このまま行かせてはいけない。


 取り返しのつかない何かが起こる。


 背筋に這い寄る悪寒がどうしようもなくペルティアを駆り立てた。


 が、彼女がどれほどの力を込めて大地を蹴っても、アズの姿は遠のくばかり。


「待ちなさいっ、待ちなさいよッ! アズーーッ!」


 ペルティアに警戒の仕方を教えたのはアズで、ペルティアをあらゆる危険から守ると誓ったのがアズで、ペルティアの中で最も頼りになる男がアズだ。


 アズと過ごした時間が現世で一番長いのはペルティアだ。


 ペルティアは限界を振り切って脚を酷使し、どうにかしてやっとアズを見失わなかった。


 彼は人混みを抜けた直後、人の居ない建物だけをぶち抜いてほぼ一直線で駆けていたから、辛うじて行き先がわかった。


 場所は、貧民街の廃教会。


 開け放たれた扉から見える内部は、蜘蛛の巣が張っている割に床の埃が少なく空気の淀みがない。間違いなく人の出入りがある場所だ。


 ペルティアが生唾を飲み込んで一歩足を踏み入れようとした瞬間、建物全体を揺るがす振動と爆発音が轟いた。


 一拍遅れて、教会奥の祭壇から粉塵が巻き上がる。


 ペルティアが目を細めてその元を辿ると、地下へ続く階段が暗闇に続いていた。


 意を決して踏み込むと、一本道が伸びている。


 部屋が左右に三つ、奥に一つ。


 開放された奥の部屋から、魔法の角灯(ランタン)の光と黄金の鈍器が顔を見せていた。


 だが、何よりも先に感じられるのは鼻を突く異臭。


 鼻血の時の鉄臭さが呼吸の度に鼻腔を刺激する。


 ペルティアが奥へ進む度それは強くなる。


 地下空間とは思えないほど広い部屋に踏み込むと、その中央で彼が黒いローブの男に手をかざしていた。


「アズッ!」


 アズが立っているのは血の海で、血の飛び散った痕が壁中にあるが、彼の身体はアーティファクトのお蔭で汚れていない。


「ペルティア」

「っ……!」


 ペルティアの嗅ぎ取った異臭の正体は血だけではない。


 そこには骨も脳漿も臓器も死体も飛び散っていた。


 ペルティアは押し寄せた吐き気を抑えきれず、吐瀉する。


「神よ……我を助け給え……」

「ここに居た者は邪教に身を寄せ、生贄として28の無辜の民を誘拐した」

「神よ……我が神よ……」

「成人が二十人、子供が八人。生きたまま四肢を切断され、祭壇と称される鉄板で焼かれて殺された」


 部屋の隅にはひしゃげてひっくり返った鉄の塊がある。それはまだ熱く、肉の焼けた臭いと悪臭が漂っていた。


 ペルティアはその残骸を見ただけで、彼らがこの部屋で行った残虐な行為を理解できた。


「……遺骸は、どうしたのかしら」

「残された魂が晒されるのを拒絶した。故にペルティアが来る前に全て破壊した。早ければ、生還はできたがな」


 心なしか語気が荒くなったと感じたペルティアは、オーラ立ち昇るアズの顔を捉えた。


 当然ながら彼の顔も表情も分からない。


しかし、殺気も何も出していないアズの存在が大きく感じられ、彼女は足元が崩れたような錯覚に陥った。


「この男を殺せ」

「……それは、何故?」


 ペルティアには意味が分かっていた。


 これは復讐だ(・・・・・・)


 ペルティアとて、貴族時代に命令を下して野盗を殺しはした、ダンジョンに潜り人型の敵対生物を屠ってきた。


 常に命を握る側だった。


 故に一部の殺人は肯定する、だが今は違う。


(何かが違う(・・)、アズの行為を肯定してはいけない気がする……)


 視線を下に落とすと剥き出しの眼球と目が合う。よく見れば髪の張り付いた皮膚や何本もの歯が散らばっている。


 アズは命を奪い、死体を踏み付け、死者の魂の願いを聞き遂げた。


 ペルティアは彼が積み上げた死者の数を思い出した。


(私は、とんでもない思い違いをしていたのかもしれないわ……)


 彼女の体が震える。


 装備の持つ恐怖への耐性が心を守護しているのに、身動きが取れない。


 ペルティアはアズが駆け出した理由を理解した、悪魔(デーモン)に拘っていた理由を理解できた気がした。


 果たして、彼は無感情のまま、都市で人々を殺したのだろうか?


(いえ、そんなことない。絶対)


 男は頑なに語らない、理解を求めない、心を見せない、だから信用されない。


 デーモンの始祖でさえ打ち倒せなかった屈強さに見合った殻がある。


 ペルティアは厳重にも守られた心を垣間見た、アーティファクトで覆ったアズの中に。


 憎しみで歪んでしまった、子供のように不器用な優しさを。


「殺せ」

「ぁ――」


 何かを言おうとして、喉の奥で言葉が詰まった。


 彼の言葉は深く大きな縦穴から吹き上がる冷たい風と同じだ。死を孕み、黒い輝きを放つ()へと誘う暗黒からの呼び声だ。


 ペルティアは地の底から手を伸ばすアズを幻視した。


 深い深い闇の中で、彼は待っていた。


 それが彼女には分からない。


「……無理か」


 彼が黄金の鈍器を持ち上げる。


 その巨大な物体は、膝を突いたまま手を組んで祈る邪教徒の男の真上で静止した。


「邪教徒は全部で十五人。これで最後だ」

「アズっ!」

「後ろを向いていろ」

「――止めなさい!」


 ペルティアは勢いよく血溜まりを踏み越えて彼の腕を掴む。


「離せ」

「殺す必要はないわ。拘束して連行すればいいの」

「……そうなのか」


 ペルティアの言葉に納得した彼は武器を収め、ロープを押し付けた。


 彼女は邪教徒の手を背中に回し、拙い手付きで胴体ごと腕をぐるぐる巻きにする。


 無言のアズと外に出ると、ペルティアは肺一杯に空気を吸い込んだ。


 教会の地下に入って五分と経っていないのに、過ごした時間がやけに長く感じられた。雲に隠れた太陽の光が、少しだけ目に痛い。


 男を官憲に引き渡せば、事件は一旦解決だ。


「私に向かって“殺せ”と言ったわね」


 ペルティアは邪教徒に前を歩かせながら、真横のアズに批難の視線を向ける。


「私の前でそのようなことを二度と言わないで」

「……ああ」

「それと、行動を起こす前に事情があれば話すこと。可能な限り人は殺さないこと。この三つを守りなさい」

「……」

「いつまで腑抜けているのかしら。あなたがすべき事は返事をするか、忠告をするかのどちらかよ」

「……分かった」


 二人は西の冒険者ギルドに立ち入り、邪教徒を突き出す。


 官憲に引き渡さないのはペルティアの判断で、アズの力による『良きに計らえ』が通じにくいからだ。




 そうして手続きをしていると、副ギルド長の老年のヒトの男性がやってきて説明を求めた。


 彼の名はコルパ、ペルティアが会うのは二度目である。


 その理由は一ヶ月ほど前、ペルティアがこのカオスゲートに潜むデーモンをどうにかしようと、アズの伝手を使い権力者を集めて緊急の会議を開いたことがあった。


 その時の会議に参加したのは組織のNo. 2ばかりで――端からデーモンをどうにかできると思っていないわけで――ペルティアはデーモンの排除が人間には不可能であるということを突き付けられた、という経緯がある。


「この前あなた方が述べた《夢時空》という魔法を使うデーモンとは、手口が全く異なりますな。人間に取り憑いているわけでもなく、拠点を持って活動している」

「ああ、奴らはRatloypanehtと呼ばれる神を信仰しているようだ」


 アズははっきりと聞き取れない発音で神の名を呼ぶ。


「らとろいふぁにぇっと?」ペルティアが真似する。

「人間の舌では発音できない。仮にラートロイパニェートとしよう」

「不思議な発音ですなぁ……」

「奴らは標識(シンボル)を持たぬ、教団を築いている、その活動は闇の中の影と同じく目に付かない」

「しかし集団ともなれば目立つでしょうな。相手はデーモンではなく人間、であれば影の形を捉えられるはず」

「宛があるのか」


 コルパの意味ありげな発言にアズが返す。


「つい先月に出来た教会が一つ。今は亡き悪魔殺しの神――鉄槌と天秤を司る秩序にして中庸の女神アトゥスライアーを祀る教会です」

「死んだ神を祀る教会か」

「ええ、女神アトゥスライアーが死したのは四年前。信仰厚き者が今なお復活を信じ、祈りを捧げることはさして珍しい事ではありません」

「隠れ蓑としては最適か」

「そういうことですね」

「……ありふれているなら、どうして怪しいと思ったのかしら?」


 ペルティアが疑問を呈する。


「ああ、それですか。彼らはアトゥスライアーの教えに反するばかりか、“祈りを捧げる者達の(プレイヤーズ)教会(クレリック)”と銘打ち、どの神の教えとも異なる別の宗教を立ち上げたのです」

「……教義を違え、間違った信仰を捧げる? 人間は神々が創った生き物ですのよ!? そんな冒涜的な行為をして無事で済むはずがありませんわ!」


 遥か昔、神々が地上に在った頃に創造したのが、ヒトやエルフ、ドワーフに小人、妖精といった“人間”である。


 人間が神の位に招かれるといったこともあり、神は全ての人間が信仰を捧げる絶対の存在ではない。


 だが、既に神々の教えは常識に根ざしており、神の恩恵があれば実在もしている。蔑ろにされる可能性はゼロにも等しい。


 人間が宗教を作るというのはよっぽどの事であり、基本的には多方面から袋叩きにされる自殺行為である。


 特に、鉄槌と天秤を司る女神アトゥスライアーは創世紀の頃から逸話が存在する古い神であり、人間由来の新しい神ではない。太古の神の教えを捻じ曲げて愚弄することは、手の込んだ自殺と同義だ。


「そうだねぇ。ついでに言えば、奴隷種族の獣人が作り出した妄想の宗教でもない」

「何故もっと早く潰さなかったのですか!」

「それがねぇ……調査のために派遣した人員が全員「問題ない」と報告するんだよ。おまけに信者は神から授かる祈りの魔法を行使して、中級冒険者を多数排出する。……信者の数は多くないけど、冒険者ギルドとしては影響力を無視できないんだ」

「それなら他の教会は何をしているのですか!」


 ペルティアが憤慨して立ち上がる。


 彼女は特に信心深いわけではないが、蔑ろにするほどではない。人間としての良識はあるのだ。


「各教会本部のあるドイチェ聖国からの返事待ちだよ。祈りの魔法が使える以上、信仰対象の神は居るんだ。まだ手出しはできない。“聖人”、“聖女”選定のせいで回答が遅れているけど、既成事実を作ることもこっそり排除することも出来ないんだ」

「ぐぬぬ……」


 ドイチェ聖国は神々が降り立った地を中心に発展した国であり、多種多様な信仰と信徒を守るために組織された多神教連合と言っても過言ではない。


 そして人類とドイチェ聖国をあらゆる脅威から守るために、宗教を問わず結成されたのがドイチェ聖騎士団であり、その旗印となるのが“聖人”と“聖女”だ。


 その二席を埋める人物の選抜終了まであと二,三ヶ月といったところだが、東の最果てに出現した怪しげな教団の善悪を確かめる手続きは優先度がどうしても低くなってしまう。


 故にあからさまに怪しい“祈りを捧げる者達の(プレイヤーズ)教会(クレリック)”に手出しができない。


 他に宛はないのかとペルティアが切り出そうとしたところで、アズが何かに気付いたような声を漏らした。


「つまり、俺か」

「聖国も“針鼠の肉屋”には手が出せないからねぇ」


 四年ほど前、アトゥスライアー教から輩出された“聖女”を同教の“聖人”が殺害し、破門と共にその座を降ろされたという事件があった。その“聖人”がアズだ。


 四年前ならば異端審問官か邪悪殺しが聖国から派遣されてアズの命を狙っただろうが、彼はデーモンの支配領域に飛び込んで始祖殺しを成し遂げた。


 この馬鹿げた実力を持つ男は、二つの意味で殺せない。


 一つはアズに匹敵する戦力が存在しないという点、二つは猫の手も借りたい程人類が追い込まれているという点。


 人類の滅亡と超重要人物の起こす比較的些細な問題、優先して対処するのは間違いなく前者だ。


 コルパは始祖殺しまでは知らずとも、冒険者の質がここ数年で著しく低下している事をひしひしと実感しており、彼の重要性をよく理解していた。


「……まぁ、襲撃する前に調査はしておきませんと。そうよね、アズ?」


 聞き覚えのない名にコルパが首を傾げた。


「ああ、すぐに調査する。何かあれば知らせよう」


 ペルティアは同意するアズの手を引っ張って退出した。


 コルパはギルドからアズたちが遠ざかるのを窓越しに確認すると、長い長い溜め息を吐いた。


 扱いづらい鬼札(ジョーカー)は早めに切る方がマシである。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ