第六話 回想・アッテムトの虐殺(1/3)
「はい、確かに混沌核ですね。『No. 13』の攻略、お疲れ様でした。確認が出来次第、報酬を支払いますので、報告書の作製をお願いします」
都市カオスゲートの、西の冒険者ギルド。
その受付嬢から一枚の紙を手渡された冒険者がいた。
彼女の名を、ペルティア。
この一ヶ月で瞬く間に名が知れ渡った冒険者である。
彼女はあの“紫白”の弟子であり、噂ではやれ「雷鳴の如く轟く咆哮を放つ」だの「髪の毛が逆立った五メートルを越す烈女」だの言われているが、実際は無数のアーティファクトに身を包み、容姿端麗の上に品行方正。
経歴は不明だが、元貴族ではないかと囁かれる程の気品に溢れる人物だ。
注目しない方がどうかしている。
ギルド中の視線を独占しながらペルティアが踵を返すと、そこには新たな依頼書を手にした冒険者の男が一人。
彼女もそうだが、彼もこの場に相応しく無い装いをしている。
頭を覆う兜は血管を張り巡らせた様な赤黒い下地に紫の瞳が塗装され、多様な生物を感知する究極のアーティファクトである。更には、朱、蒼、黄、紫、無、黒、赤銅、白のオーラが立ち上り、敵の攻撃に対してオーラが自動的に反撃を行う。手を出すだけで大抵の生物は死ぬ。
次に、体の前面と背面で別れている特殊な構造の鎧は、見る角度によって異なる色に輝く玉虫鋼と呼ばれる超貴重な鉱物を使った逸品。羽のように軽い上に強靭であり、元素――炎、冷気、雷、毒、酸――と麻痺や盲目等の状態異常への耐性を兼ね備え、装備する者に凄まじい素早さを授けるアーティファクトだ。
他にも、腰に下げられた魔法の光を放つ角灯や靴に外套、十の指輪、篭手等、人類全ての財をかき集めても入手できない武具を山程身に着けた男。
人類の頂点に立つ“紫白”級冒険者、“針鼠の肉屋”。
迷彩色の塗装を落とした彼の姿は人々にとって凶悪に映る上に、眠っている冒険者を撲殺した、という悪評がそれに拍車をかける。
更に、巨人の持つ粗雑な棍棒――巨大で歪な球体に先細りする柄を付けたような、二メートルはある金色の鈍器を肩に担いでいる。
“紫白”とその弟子、この奇妙なペアは、西の冒険者ギルドで張り込んでいれば二,三日間隔で目撃することができる。
彼らは必ず依頼を四,五個受注して出ていく。
通常の冒険者では死にかねないペースでの依頼達成は、ペルティアを一ヶ月という短い期間で黒級から二つ上の橙級に押し上げた。中級冒険者の仲間入りである。
異例の昇級に妬みや僻みは数知れず、特に数多のアーティファクトがあれば誰でもと言う声もある――確かに大半はそうだ――が、実力は確かだ。
足運び、重心の移動、周囲の警戒、探索、攻撃、防御、感知、魔道具の扱いに瞬時の判断、野営。ペルティアの冒険者としての技量は、つい最近まで貴族令嬢であったとは考えられない程卓越したものになっていた。
だから、だろう。
依頼書を手にしたアズを見て、ペルティアの意識がクラリと遠のいた。
「……受注してから、宿に行きましょうか」
「そうか?」
ペルティアとアズの生活は帰還して新たな依頼を受けてすぐに出立する、という過酷なものであり、今現在も丸二日眠らずにダンジョンを攻略したばかりだ。
この狂った生活は以前も、その以前も、以前の以前の以前も、以前の以前の以前の以前も行われており、二人はろくな睡眠時間を取れた試しがない。
そんな生活を一ヶ月も繰り返していれば、大抵の人間はその途中で死ぬか、大怪我をして休養を取らざるを得なくなる。
間違っても死ぬことはないが、ペルティアの発揮する能力は日に日に陰りを見せていた。
ペルティアは高級宿に戻ると、まず何よりも先にベッドに飛び込んだ。
「どうした」
「……眠いわ」
「眠い?」
ボスンと大の字になれば、天国に居るかのような最上級の快楽に包まれる。なにせ、今まで寝る場所といえば馬上か迷宮の土の上で、その上帰ってくる度に戦利品を宿に置いてベッドの前で折り返すばかり。
――ああ、睡眠とはこうも素晴らしいものだったのね!
「眠れば、あのデーモン共が感づく。手を出されなければ、俺でさえ感じることができん」
「……言わせてもらいますが! 普通の人間は二,三日寝ないだけで死ぬの!」
「俺は死んでない」
「死んだ人間がここにいて堪りますか!」
ガバッと起き上がったペルティアが怒り心頭で怒鳴り散らす。
「もう少し世間の常識を学んだほうがよろしいのでは!?」
「……そうか。確かに、俺は睡眠が不必要な肉体だ」
アズはふと思い出したように、脱人間宣言をした。
「……? え……? ん? さっぱり分からないわ? 頭がおかしくなったの?」
「少しおかしい」
「自覚あるのね……まぁ、眠いし事情は後で話して頂戴」
布団を被ってぐーすか眠りこけると、アズはやはり、一睡もせずに見守る。
武器を手放さず、時々窓と部屋の外を警戒し、ピクリとも動かず待機する。
今までずっとそうしてきたように。
「……」
アズの視界が一瞬だけ明滅する。
――ああ、いつものか
彼は夢を見ない。
だが不意に、記憶の欠片が走馬灯のように駆け巡る時がある。
頭を過ぎるのは、十四の時の黄緑級だった自分。
都市アッテムトで、復讐を果たす時の記憶だ。
***
当時、アッテムトを拠点にしていた俺は、村を滅ぼした盗賊の一人を拷問にかけ、アッテムト中の情報屋を金塊で走らせ、殺すべき者たちを探し続けていた。
いま見ている記憶は、盗賊の残党が市長の館で何事かを企んでいるという情報を手に入れた時だ。
「聞いたわよ、遂に見つけたのね。アンタに言っても無駄でしょうけど」
話しかけてきたのは、同じくソロでダンジョンに潜る女冒険者だ。
名前は記憶していない。
顔も靄がかかったように思い出せない。
「殺るのね、今日、この街で」
「■■■■■■■■■■■■」
「……違う、偶然よ。弟の様子を見に行くついでに……って、勘違いしないでよ」
「■■■」
「ま、事が済んだら付き合いなさいよ。堅物のアンタに遊びってモンを教えてあげるわ」
何かと付き合いの多い奴だった。
受付嬢の紹介もあり、タッグを組んでダンジョンに潜る事数回。腕も申し分なく、こちらの得手不得手を把握してスタイルを変える奴なので、何かと便利に使い倒していた。
ダンジョンで背中を預けたのは、“ローグライク”を除けばコイツだけだった。
場面が飛ぶ。
市長の館に乗り込み、村を焼き滅ぼした■■■■■と■■■市長を急襲した時の記憶だ。
「なん――」
理由も弁明も命乞いも聞く気は無かった。
二人を認識し、即座に鎚を――『原初の泥の』ウォーハンマーを振り下ろした。
「ぎゃぁぁあぁぁああああ!?」
得物を叩きつけると同時に、真っ黒な泥に酷似した酸が吹き出した。
それを被った■■■■■は、皮膚が白い煙を吹き上げ、焼け爛れて炭化していく。
奴はゴロゴロと床を転げ回って酸を落とそうとするが、俺は得物を空振りして酸を振り掛け、転げまわる奴を焼いた。
そして、逃げ出した市長も同様の末路を辿った。
どちらも動かぬ炭になると、自然と全身の力が抜けて腕が垂れ下がり、両膝をついた。
全てが無になった。
何も感じなかった。
復讐に費やした四年間は、煮え滾る程の憎悪を抱えていたというのに、終われば、悦びや達成感はおろか胸をすくような晴れ晴れとした気持ちすら抱けなかった。
消えたのだ、俺の全てが。
だが、まだ始まってすらいなかった。
俺の復讐は此処から始まった。
酸で溶解したはずの市長の痕から、闇の如き暗黒を湛えた人型が現れた。
ささくれ立つ黒い肌に黒い血、枯れた枝のように細い手足を持つ悪意の一族――悪魔だ。
それも、頭部に捻れた二本の角を生やし、背に皮膜の翼を広げた上級悪魔。
当時の俺の実力では、まず敵わない相手だった。
『はははははは! 傑作じゃないか!』
奴は口に相当する空洞を三日月に歪めて、喜悦に富んだ笑いを上げた。
声色の高い男の声だ。
『ん? んぅ~? 反応が薄いぞ、驚愕しろ、恐怖しろ、私を喜ばせろ。お前は復讐者なのだから!』
奴があの百度殺してもなお憎たらしい顔を俺に近付けると、汚物を詰め込んだ肥溜めより強烈な臭いの吐息を俺の鼻に吹き掛けた。
「なんだ」
『気の抜けた声だ……張り合いがない! もっと面白い劇を所望しているのだよ? 我らが主は? お分かりかね?』
奴は分厚い絨毯の上で、足を踏み鳴らしながら歩き回った。
『復讐が終わって気が抜けたのかね? お前のような素晴らしい玩具は沢山無いのだ、もっと激しく泣きたまえ、都市を滅ぼすほど怒りたまえ!』
奴は俺の周囲を何度も何度も歩き、吟遊詩人が物語に合わせて楽器を弾くように足音を響かせた。
『疑問か? そうだろうそうだろう。お前は我らが意図せぬ内に産まれた奇跡のような人間! 運良く村を滅ぼされ、運良く生き残り、運良く事が運び、運良く復讐相手を見つけ、運良く殺した! あァ、なんという良き日だ……私の手元にこれほど楽しい玩具が転がり込んでくるとは』
仰々しい仕草で踵を合わせると、奴は俺の前で背筋を伸ばして手を後ろに組んだ。
視線が、自然と奴の顔に向いた。
予感がした。
『そう、全ては偶然! 気まぐれでお前の村を滅ぼした時に全てが始まった!』
――あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!
高笑いが響けば響くほど、腹の中で灰になった何かが激しく燃え上がった。
――げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら!
囃し立てられれば、全てに納得がいった。
『我が《支配》の魔法で、これほど楽しい事ができるとは思ってなかったぞ! 感謝する!』
「……そうか」
この時、はっきりと分かった。
憎いだけだ。
憎しみだけが在ったから、復讐してもどうでもいい。
『どれ、一つ歌でも歌ってやろう。ありがとォォ~~ありがとォォ~~♪ 産まれてェ~きてくれてェ~♪ 楽しかったよォ~♪』
奴が歌う最中、《祝福》《回復力強化》《耐地獄》の生命魔法を唱え、加速の杖や元素耐性の薬で強化を掛けて準備を整えた。
そして、手拍子に合わせて歌う奴の顔目掛け、《ファイアボルト》の巻物を発動した。
放たれた火矢は着弾と共に爆炎を撒き散らすが、奴にはほんの僅かなダメージしか伝わっていなかった。
『復讐者クンおめでとォォ~~! 楽しませてくれたまえ』
多分、とても安心した。
復讐は当分終わりそうになかった。




