第五話 目覚めた狂気アリス
「ああ……私は…………こんな…………のように……………………」
牢獄。
そう呼ぶには少し快適だが、牢の中には一人の女が居た。
ブツブツと壁の隅で何者かと話すように言葉を紡ぐ様は見ていて怖気が走るが、一時の噂では第二王子の后の座を狙っていたと言われる美女だ。
黒い髪は艶やかに光り、幼気な顔が庇護欲を掻き立てる、そんな美貌の持ち主であった。
彼女、名をアリスと言う。
アリスは、ディセンブルグ侯爵を筆頭にした貴族達と第二王子バニイルの暗殺計画を企てた平民の悪女――となっている。
第二王子本人の懇願もあって処刑は延期されているが、遅かれ早かれ断頭台に並ぶ宿命だ。
「私は……私は主人公よ……この世界の中心、世界に冠たるエゲレスの女王になる存在……! ありえないありえないありえない……これは遊戯、都合の良い世界……!」
部屋の隅の暗がりで女の目が爛々と輝けば、一片の狂気が滲み出る。
世界は己を中心に動く舞台装置であり、意のままに操ることのできる都合のいい脚本が用意された物語。
そう信じて止まないからこそ、己が囚われるというありえない事象が起きたことに動揺を隠せないのだ。
「物語が破綻した……それは何故? あの冒険者のせい? まさかあの冒険者も主人公なの?」
執着、嫉妬、憎悪、傲慢、強欲、ドス黒い感情を全て釜で混ぜて煮詰めれば、狂気と呼ぶにふさわしい結晶が出来上がる。
行き場のない熱がアリスの顔を真っ赤に染めれば、彼女は這い回る虫を払うように全身を爪で掻き毟る。
「こんな物語破棄よ……! 破棄破棄破棄破棄破棄破棄破棄破棄……新しい道筋を構築するわ……私がこんな目に合うはずがない!」
ボサボサになった髪を振り乱し、亡者の様相で叫ぶ。
「……そうよ、これはきっと語られなかった部分よ。物語は発言一つで二転三転するもの……物語に必要なのは輝かしい成功だけ……! 敢えて捨てられた部分、それなら、私は何をしても成功する筈よ!」
アリスは狂い叫び、身悶えながらアハハハと童女のように口を開けて嗤う。
舞台装置でしかない世界、思い通りになる展開、都合良く動く人間、その全てを見下して嘲笑っている。
「あはァ……それに主人公には苦難が付き物じゃない……来る大戦争もそう、全部上手くいくただの遊戯! 遊戯遊戯遊戯遊戯!」
キャハハHAはハはハ ハは。
悍ましい声が牢獄に木霊した。
だが、どれだけ叫ぼうとも看守は来ない。
彼らは既に《魅了》され、アリスの為に動く操り人形と化している。
脱獄の準備は万全で、処刑時の影武者の用意すらされている。
直に、彼女が“ハーレムメンバー”と呼称する六人の男達が駆け付ける予定だ。
たかだか平民の為に国の重鎮達の息子が六人揃って強権を振るい、逃亡の準備を進める異常事態。
アリスの頭の中では、ハーレムメンバーと無数の国民達が神を崇めるように賛辞を送り、贅を尽くした宮殿の中心で太鼓とフルートの音を響かせた狂宴が開かれている。
女は、不気味な笑みを湛えていた。




