第三話 初めてのダンジョン
西の冒険者ギルドで合流したペルティアとアズ。
彼女はギルド職員や女性冒険者から話を聞き、情報を集めていたようだ。
彼女のなんと穏便なことか。ペルティアはアズから話を聞くと頭痛がした……気がした。
「とにかく、依頼は受けられないのね?」
「そうだ。だが、ダンジョンへは潜れる」
「そう、なら行きましょう」
「待て。準備をする」
意気揚々と拳を上げたペルティアに金の入った袋を突きつけた。ズッシリと重いが、額は少ない。
「ダンジョンへ潜る準備をしろ。どこのダンジョンに潜るのかも決めてもらう。これは試練だ」
「任せなさい。この程度のことはこなしてみせるわ」
「死の危険に遭わん限り手を出さん。問題解決は全て自分で行え、探索が不可能だと判断したら、言え」
「心配しなくても、余裕ですわ」
他愛もない。元貴族の自分は思考能力が違うのだ、アズに素晴らしいと言わせてやろう。と、ペルティアは駆け出していった。
「……あれは、駄目そうだな」
***
「さ、ダンジョンに潜るとはいえ、武器なしでは困るわ」
ペルティアは貴族教育を受けた者であり、豊富な資金によって基礎を築いた魔術師である。
強力な魔法を操る魔術師とは言え、護身用の某かは必要である。
「まずは魔法の発動に必要な魔術書、それにアズみたいな盾があれば便利そうね。“ローグライク”が使わせた十フィート棒があれば罠も発見できそうだし、護身用に杖もあっていいわ」
ペルティアの装備は魔法的な効果を何ら持たない普通の外套に、普通のレザーアーマー、靴は厚底のブーツで良い品だ。ベルトには小さな収納があり、腰に固定したバッグは動きを阻害せずそれなりに物が入るが、中身はない。
彼女は攻撃的な混沌の魔法を収め、《マジックミサイル》、《閃光》、《魔力炸裂》が使えるので、最悪武器はなくても良いと考える。
「まず店を探そうかしら。こうごちゃごちゃしていると、探すのにも一苦労ね」
ペルティアの幼少期の教育の一つにダンジョン見学があった。
初級ダンジョンに護衛を連れて潜り、多数のモンスターを屠り経験を積むことだ。
彼女は初めての《マジックミサイル》でインプを倒した瞬間は鮮明に覚えているし、お化けコウモリや二メートルもの長さがある大蛇を打倒した時はお供が拍手して賛辞を送った。
――ダンジョンなど容易いものだ。“ローグライク”が居るような上級ダンジョンは流石に手を出せないが。
「魔法書「カオスの教え」は買った。括り付けるタイプの円形盾も買えたわ。資金が少ないし、軽傷治癒の水薬を二本と解毒の水薬を一本、これですっからかんね」
そうして西の冒険者ギルドに戻ると、アズが彫像のように微動だにせず待機していた。
「……アズ。ええ、いえ、何でもないわ」複雑な顔でペルティアは言う。
「準備はどうだ」
「出来たわ、バッチリよ」
「……そうか、では行くぞ」
「待ちなさい、まだ行き先を決めてないわ」
ペルティアが受付嬢にダンジョンのあれこれを聞いている間、アズは新米戦士に笑われたり、神官に生きているか心配され、同じような迷彩色の装備を着けた者が隣に立って笑いをとるのを観察していた。
「決まりましたわ」
「どこだ」
「カオスゲートから西に二時間ほど行った場所よ。中には弱い魔物しかいないそうですわ」
「いつ出発する」
「そうね、明日の……13時頃かしら。早く行って、寝る時間には宿に帰りましょう」
***
二人はカオスゲートを出て西に進む。
緑のさざ波が一斉に音を立てて髪を揺らす。照りつける太陽と冷たい風が体を震わす。
ダンジョンは草原の中にポツンとある大穴であった。
転落すれば怪我をするだろうが、注意して降りれば怪我はしない、そんな穴。
まだ日は高いのに、底は先の見えない暗黒であり、立てかけられた梯子が何処かへと繋がっている。
立て札には『ダンジョン注意 No. 13』と記入してあった。
「ダンジョン注意。ですか」
「……」
「降りますわ」
「ああ」
妙な緊張感があった。
それは初めての冒険という未知への第一歩だ。
ペルティアは梯子をゆっくりと降りていき、暗黒の膜を通過した。
梯子を降りきっても暗闇は晴れず、はて、と首をかしげる。
「俺は見ている、好きにしろ」
「ひゃっ! い、いつの間に来ていたの……そもそも何も見えないのだけれど?」
「準備をしたはずだ、晴らせ」
「そ、そういえばそうね……《閃光》」
ペルティアの右手が魔術的に決められた複雑な動作をすると、《閃光》の魔法が発動して廊下全体が光り輝く。
このダンジョンは岩肌が四角形に近い形でくり抜かれ、廊下や部屋となっている。高さは五メートルあるのに対し、横幅は人一人で一杯になる程狭い。友好的な人間同士ならすれ違えなくもないが、挟み撃ちにされれば悲惨だ。
「……《閃光》を繰り返すのか」
「そうよ。効果範囲は狭いけれど、少し休めば魔力の消費も回復できるわ」
ペルティアは廊下の途中にある木製の扉を開けると、中で《閃光》の魔法を唱える。
部屋全体が明るくなると、中にいた巨大コウモリ四体が翼をはためかせてペルティアの方へ飛ぶ。
「最初はコウモリ――《マジックミサイル》!」
魔力で作られた矢が射出され、コウモリの翼を貫く。
「楽勝よ」
そのまま立て続けに三発、三体のコウモリを撃ち殺した。
「見てました、アズ? ……アズ?」
返事がない。ペルティアが訝しんで周囲を見回すが、彼の姿はどこにもない。
「そういう試練ね、とりあえず魔力を自然回復させましょう」
少しの不安がよぎる。
ペルティアは入り口の付近をウロウロして、コウモリの死体があった――死体は何故か消え去る――奥の方に入りたくないのか、そのまま座り込んだ。
入って右手側の壁に木の扉があり、そこからの侵入者に注意を払う。
ダンジョンの地面には何かが落ちていることがあるが、この部屋には何もない。
落胆しながら五分ほど休んでいると、入り口付近の廊下からパタパタと足音が聞こえてきた。
「アズ? 一体どこに行って……」
違う。彼は足音一つ立てない。
入った時のまま開け放たれていた扉から見えたのは、己よりも小さな人影――犬の頭を持つスモールコボルトだ。
みすぼらしい身なりだが、右手に持つ短剣は鍛えたばかりの新品に見える。
不思議だが、ダンジョンはそういう場所だ。
「ッ《マジックミサイル》!」
慌てて放った魔法はスモールコボルトの左手に当たっただけ。
スモールコボルトは攻撃されたことに恐れを感じておらず、無感情な瞳でペルティアを認識し、距離を詰めて短剣を振り上げた。
「《マジックミサイル》」
接近されたが、魔法が間に合った。
「ふぅ……危ないところで――!?」
コボルトが倒れた後も足音は続く。複数だ。
すぐ側まで来ている。
「っ!」
ペルティアが奥に下がると、スモールコボルトが四匹、狭い通路を通って雪崩込んでくる。
「ま、《魔力炸裂》!」
魔力を束ねた球体が炸裂し、三体の肌を裂いた。範囲の広い攻撃だが、死ぬには至らない。
奴らの歩みは止まらない。各々棍棒や長剣などを構えており、接近されればその末路は想像に難くない。
ペルティアの判断は早かった。一気に踵を返してもう一つの扉を開け放ち、隣の部屋に逃げ込んだ。
「――嘘よね?」
《閃光》で明かりを確保したが、逃げ場はない。
加えて、人間の顔を持つ鼠が二匹、彼女を見て邪悪な笑みを浮かべた。
先手を取ったのは、人面鼠だ。
――《恐怖》
その魔法はペルティアの勇気をいとも簡単に打ちのめした。
彼女の手足からは力が抜け、思考が二転三転してまとまらない。
力が抜けて立てなくなって、魔法もろくに使えない。
そうしていると後ろからやってきたスモールコボルト達が得物を持って、前にいる鼠が牙を光らせて、襲いかかってきた。
「っ痛い!」
コボルトの力任せの一撃がレザーアーマーの部分に当たった。
運良く、正気に戻れた。
まだ、立ち直れる。
「っ《マジックミサイル》!」
部屋の隅へ、転がるように移動してから魔法を唱えると、鼠が死んだ。
――厄介なのはネズミ、喰らった攻撃は一回、まだ戦える!
「近寄るな!」
振り下ろされた棍棒を円形盾でモロに受け止める。
腕が痺れるが、魔法の行使にはまだ影響はない。
「《マジックミサイル》!」
魔法は必中、鼠は魔力の矢で貫かれて死んだ。
(変な魔法を唱えるネズミは排除しましたが、まだコボルトは四体!)
そう、四体だ。
逃げ場のないここでは、囲まれれば最後何処からでも好きなように滅多打ちにされる。
だから部屋の隅に陣取って、耐えながら戦う。
壁に背を預けたペルティアは軽傷治癒の水薬を飲み干して傷を癒やし、コボルトの攻撃を再び受け止めた。
今度こそ、追い詰められた。
棍棒を、長剣を、短剣を、槍を持つものが殴り、突き、切ってくる。
うまくかわしていたペルティアだったが、いくら何でも限界がある。
二匹殺せたが、自身の傷の方が大きくなった。
傷の痛みでペルティアの意識が飛びそうになると、とうとう槍が腹に突き刺さった。
「ごほっ……」
辛うじて死んでいない彼女の眼に、剣を振り上げるコボルトが映った。
「そこまで」
――頼りになる、声が聞こえた。
血風が吹くと敵は息絶えており、槍が引き抜かれて体力回復の水薬が投げられた。
傷も、傷跡も、残っていない。
ただ、何というべきか。
「わ、わ、わ、私! 死ぬかと思いましわ!」
「そうだろう。運がいい、俺がいる限り死にはしない」
「あなたは! 人の心がないわ!」
「そうか。では、指摘はいらぬか」
「い・り・ま・す!」
顔を真っ赤にして怒るペルティアの手を握り、アズはダンジョンを案内するように歩み始める。
「では、手を離すな、俺の側にいろ」
「……何というべきでしょうか、あなたばかりズルいわ」
「何がだ?」
「いいえ、何でもないわ」
言葉を濁す代わりに、彼女は自分を握る手に力を込めた。
「順を追って指摘する」
アズはペルティアと手を繋いだまま通路で話す。
「光源がない。《閃光》だけで済むほどダンジョンは狭くない」
「では、松明を?」
「あれば良いが、真鍮の角灯がいい。油も用意しろ。だが、魔法の角灯なら燃料はいらない」
アズは腰に付けた角灯を揺らす。迷彩色に埋もれており、ペルティアは今の今まで何故か気づけなかった。
「……あなた、腰にそんな物を付けていましたの?」
「注意が足りない。相手の持つものは全て確認しておけ」
彼は魔法のポーチから、立方体に固めて砂糖をまぶした穀物を取り出し、兜の隙間から押し込んで食す。
「食事は吐くからやめておけと、昔に教わりましたが」
「吐くな、腹が減る。空腹でさまよい、死にたくはないだろう。
まさか、日帰りで行くつもりだったのか」
「そうね、もしかして、駄目だった?」
「駄目だ。魔物に入り口を封鎖されたらどうする。
《帰還》の魔法の巻物か魔法棒は持ったか。
深層に一日以上潜る日はどうする、行き帰りにも時間はかかる、食い物に困れば待つのは死のみ」
「そ、それは! 初級向けのダンジョンだと聞いたから……いえ、これが駄目なのよね」
慌てて取り繕うペルティアだが、自身の過ちを認めてアズに質問を投げる。
「持たせた金銭が少ないのも、ダンジョンを選ばせたのも、私にダメ出しをするためかしら?」
「そうだ」
「臆面もなく言うことではなくってよ」
「体験せねば決して分かるまい。それに、俺が無事なうちは死なせん。
道具を充実させろ。全て用意するだけの資金がある」
「ありがたい教師ですこと。それで、準備については理解したわ、戦いはどうかしら?」
「魔術師としての実力は、今の階層でやっていく分には十分だ」
「それは嬉しいわね。でも、殺されかけたわ」
「一対一ではペルティアの方が強い、強みを活かすためには部屋でなく通路で、引きながら戦うべきだ」
ペルティアは何かが来ると理解した後、部屋の奥に入ったのが良くなかった。
コボルト達に数の暴力で押され、判断を誤り、先の部屋で人面鼠に殺されかけた。
「……敵と対峙する勇気が要るのね」
「経験の少なさこそが恐怖を生む。深層に潜る時は、自信と恐怖を制御しろ」
「肝に銘じておくわ」
話し込んでいると、ペルティアの腹の虫がぐぅぅと鳴った。
「分けて下さる?」
「ああ、圧縮している。硬いぞ、飴を舐めるように食え」
彼女の頬袋がプクリと膨らんだ。
腹ごしらえもそこそこに、二人は部屋を出て廊下を進む。
アズはペルティアが行かなかった道を歩み、扉の前で人差し指を口の位置に当てた。
彼女は黙ったままうなずき、彼が音もなく扉を開けるのを見守る。
(……全く音がしませんわ。足音も、木の軋む音も。どうなっているのかしら?)
アズが部屋に入ると、角灯の照らす光が内部を薄暗い橙色に染めた。
そこには巨大コウモリが地上で眠りに就いており、アズが近づいても起きる気配はない。
そこで、彼は長剣を取り出して、熱したナイフでバターを切るように、頭からコウモリを両断する。
肉に食い込む刃は予想に反して朱に染まらず、そして無音のまま巨体を半分に割いた。
だが、不思議なことに血を出すことはおろか、痛みに目を覚ますこともない。
アズはその調子で三匹に同じ処理を施す。
「入れ」
パン、と軽く手を打てば、ぶちゅびちゅと断面から血が滴り、肉が二つに分かたれた。死体は迷宮に溶け込むように消え去り、残るものはない。
「恐ろしい技ね」
「戦いでは、常にこのように殺せ。深層では必要以上に感知されないことが求められる」
「アズ、無茶無謀を押し付けられても困るのよ。それに武術は苦手よ」
「いや、やれ。必要がそれを求める。武と魔法の超越者、魔法戦士を目指してもらう」
ペルティアは想像以上のハードルの高さに押し黙る。
「……とはいえ、一日でやれとは言わぬ。装備によっては技能が補助される。俺は五年以上掛かった。……帰るぞ」
「……ええ、でも、浅はかな自分が惨めよ」
「惨めでいい。負けるな、生きろ、学べ、*勝利*は決して逃げない」
「……。そうね、世界の果てまでは、きっと遠いもの」




