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クソゲーの『悪役』令嬢と『デーモンスレイヤー』  作者: 傘花
第二章 砕けぬ意思と戦いの日々
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第二話 カオスゲートと悪評

 ペルティアとアズは馬を駆り東北東へ進む。


 三日ほどの旅路の果てに彼らが辿り着いたのは、人口約二十五万人の都市、ヘゲルイト領のカオスゲートだ。


 東の大山脈に最も近い領地であり、日々混沌の勢力が無秩序な侵攻を続ける戦いの最前線である。


 ディセンブルグ領が南東の山脈から降りてくる数多の魔物を屠る処刑台なら、カオスゲートは無尽蔵に処理を続ける裁断機だ。


 カオスゲートでは、人間も魔物も亜人も魔獣もデーモンも、全ての命が等しく軽い。


 魔物もダンジョンの数も他の都市とは比較にならない量であり、となれば当然、戦いに赴く冒険者が多く集まる。


 特にカオスゲートの冒険者はプライドが高く、「王都の一流、カオスゲートの三流」という言葉が産まれてしまう程だ。


「ペルティア。最低限だが、藍紫(らんし)級であれば、俺に付いて来れる」

「最低限、ね……」

「そうだ。戻って久しいが、知り合いが居た。今なら(バイオレット)級にはなっているだろう。いずれ場を設ける、学べ」


 冒険者ギルドの階級は、色にちなんで名付けられる。


 (ブラック)級、(レッド)級、(オレンジ)級、(イエロー)級、黄緑(ライム)級、(グリーン)級、青緑(せいりょく)級、(ブルー)級、青藍(せいらん)級、(インディゴ)級、藍紫(らんし)級、(バイオレット)級、紫白(しはく)級、空白(ロストホワイト)級の十四に分けられる。


 黒と赤は初級、緑までが中級で、青藍までの“青混じり”と呼ばれる者達が上級と呼ばれる。


 (インディゴ)を超えると超越と呼ばれ、尊敬を集める。行き過ぎれば畏怖に変わるが、数を考えれば当たり前の事だ。


 エゲレス王国には冒険者が三万五千人は居るとされており、現在なら青混じりは五〇〇人程度。(インディゴ)級は二十一人、藍紫(らんし)級は三人、(バイオレット)級は〇、紫白(しはく)級が一人。


 人類で見ても、(インディゴ)級は九十三人、藍紫(らんし)級は十四人、(バイオレット)級は二人、紫白(しはく)級が一人。


 アズ――“針鼠の肉屋”が求めているのは国で五本の指に入る実力であり、比喩抜きで人類の希望になれる生存能力だ。


「カオスゲートには藍紫(らんし)級が2人居るそうだ」

「そういえば、行商人と話してましたね」

「情報も命綱だ、次は混ざれ」


 城壁が近づくと、ペルティアはその高さと大きさに感嘆の声を漏らした。


「――これは、想像以上ですわね」

「ここは裁断機、地獄に最も近い場所。防備で言えばエゲレス一だろう。アーティファクトも道具もそれなりのものが揃う」

「あなたも沢山持っていましたね」

「人には過ぎた物だ」


 巨大な壁に囲まれた都市カオスゲート。


 地獄に最も近いとは言うが、人々の生きる意志がひしひしと伝わる場所だ。


 熱気も音も漏れ聞こえるが、華やかさとは真逆の泥臭い雰囲気だ。


 カオスゲートへは魔術的な検査の後に入ることができ、城門をくぐり抜けた瞬間に音が波のように押し寄せた。


「おぉぉぉぉおおおおい!!」「これ全部だ!!」「バカヤロー!てめぇ!」「金はあんだろうが!」「無理なもんは無理だ!」「こっちだぁ!こっち!」「遅いぞ半人前!」「臨時はあっちだ!」「水―!よく冷えた水はいらんかね!」「早く進め!」「押すな押すな押すな押すんじゃない!」「ドロボーだ!!」「待ちやがれぇ!」「プレイヤーズクレリックはこっちです!」「官憲を呼べぇ!」「ダンジョンの発掘品はウチが一番だよ!」



「すごい……」


 ディセンブルグのように余裕のある圏内ではない。


 カオスゲートはまさに死の淵にある決死圏。


 東の大山脈を下る混沌の勢力を防ぐように、エゲレス王国の東に蓋をする“東の防壁”。千年前に作られたその壁は、壁そのものを維持するために一定間隔で穴が開けられている。


 そして穴には《誘引》の大魔法が仕掛けられ、混沌の勢力を呼び込み、カオスゲートのような東の都市に住む者はそれを討つ。


 カオスゲートの穴は中でも一番大きく、一番多くの敵を呼び寄せる。


 故に栄える。


 二人は高い宿をとって馬を置くと、市内へ繰り出した。


「それにしても、冒険者ギルドはどこかしら? カオスゲートは初めてなのよね」

「初級中級は西、上級以上は東だ」

「分かれて行動するの?」

「同行する、西だ」


 西の冒険者ギルドには人が溢れかえっており、二人が入った程度では誰も気にしない。


 迷彩色の装備も、カオスゲートでは珍しくない。


「この娘の登録を頼む」


 アズは受付嬢に話し掛けてから、ペルティアに銀貨を握らせて処理を任せた。


 彼は大きな掲示板に張り出された多種多様な依頼書の内の三つを手にとって、別の受付嬢に手渡した。


「この依頼を、あの娘と受ける」

「依頼ですね? こちらは……『オークの小集団討伐』『火の魔犬討伐』『森に出た大蜘蛛の調査』……すみませんが、こちらは新人の(ブラック)には回せませんし、(グリーン)以上が三人はいないと……」


 ヒトの受付嬢は困ったようにアズを見る。


 迷彩色の装備を持つ冒険者はカオスゲートでは多々存在し、彼をそんな冒険者達の1人だと思ったのだ。


 しかもギルドの発行するプレートを持っていない。


 西の冒険者ギルドに来る辺りが目の前の男の資質を表している……と、受付嬢は考えた。


紫白(しはく)だ」

「は?」

紫白(しはく)だ。横紙破りは理解しているが」

「からかっているんですか?」

「違う」


 アズは困惑した。


 始祖の悪魔(デーモン)の居城に殴り込む前は、階級を疑われたことは王国中のどこの冒険者ギルドでもなかったからだ。


 早い話が、顔(武装)パスに慣れ、時間が経つに連れ邪魔になったので捨てた。


 帝国では竜殺しのドサクサに紛れて誤魔化せた上、ディセンブルグでも正しく認識されていた。


 積もり積もって初歩的なミスを犯したアズは、一縷の望みを掛けて受付嬢に懇願する。


「これ以上ゴネるなら、人を呼びますよ?」

「……紫白(しはく)のプレートは失くした」

「はいはい、東へ行って下さいね」

「待て、俺は本当に紫白(しはく)だ」

「次はありませんよ?」


 受付嬢に追い返されたアズは、黒い認識票を下げたペルティアにため息で迎えられた。


「はぁ……東に行きましょうか」

「そうする。少し待っていろ」

「え、ちょ――」


 外に出たアズは霞む程の速さで、人混みの中を危なげなく駆けていく。


 五分程度でカオスゲートの正反対にある東の冒険者ギルドに着いた。


 高級感溢れる建物は、その外観に反して騒がしい。


 今の時刻は四時程で、これは冒険者が帰ってくる時間帯に近い。


 西で受付嬢に追い返されたアズは、今度こそ失敗しないように話し掛けた。


「“紫白”級だ。認識票を失くした、また作って欲しい」

「寝言は寝て言え」


 当たり前のように拒否される。


 というのも、以前は彼を騙る偽物が非常に多かった。


 カオスゲートは混沌の勢力が無秩序に侵攻してくる場所だが、彼らの所持品(ドロップアイテム)は武具や水薬(ポーション)に塗料まで多種多様なものがある。


 特に塗料は需要が高く、専門に買取る者まで存在する位だ。


 カオスゲートでは特に安価であり、一時期は紫白(しはく)級を騙る者がわざわざ装備を塗装していた。


 そういう事情もあり、“針鼠の肉屋”の名前は冒険者の間で悪い意味で広まった。


 それ以来、受付嬢は迷彩色の冒険者には警戒し、上級や超越の冒険者は紫白(しはく)の品位を貶める行為を見咎めてきた。


 そんな中、使い古された手口で現れた男が一人。


 周囲から殺気にも似た感情が飛んでくるのは、当然のことか。


 彼が視界に冒険者を収めると、藍紫(らんし)級の二人組の内一人が強い殺気をぶつけている事に気づいた。


「出ていきな、ここはテメーみたいな甘ちゃんの来る所じゃないぜ」


 藍紫(らんし)級の戦士の一人が、武器の柄に手を添えて脅し文句を口にする。


 反射的に“針鼠の肉屋”が金棒を構えた。


(原始的なやり方だが、騒ぎはデーモン共の注意を引ける――ん。もう奴らは居ない。罠にかける必要はない筈だ)


 時既に遅し。


 喧嘩を売られたと気づいた藍紫(らんし)級の戦士は、静かに武器を構えた。


 危ない空気を感じた(インディゴ)の仲間が三人降りてきて「怪我をさせるなよ」と苦笑しつつ見守る。


 藍紫(らんし)級は戦士と魔術師、(インディゴ)は魔法戦士に神官に斥候だ。


 いずれも女で、藍紫(らんし)の戦士が「後悔させてやるよ」と少し高い声で述べた。


 若く、自信に溢れている。


 受付嬢は藍紫(らんし)のパーティー達が勝つと信じており、馬鹿に灸が据えられることを願っていた。


 心配性の斥候が《調査》の魔法棒(ロッド)でアズの隠蔽された能力を調べ、大したことがないと判断した。


 藍紫(らんし)の戦士、バルライカは反魔法の大盾と取り回しやすいメイスを持つ人間の盾役だ。アダマンタイト製の真っ赤な鎧と兜はダンジョンの深層で見つけた逸品であり、炎、冷気、雷、酸に耐性を持つ。筋力上昇の脛当てに肉体強化と毒耐性の指輪を身に着けている。黒いマントは隠密を高める夜色蝶の繭で編まれた逸品、更にダークハウンドの毛皮の靴は刺突に対して強固であり暗黒への耐性を授ける。容姿端麗な女だが、亀のように耐え、一気呵成に攻め立てるスタイルはあらゆる冒険者の憧れの的である。


 藍紫(らんし)の魔術師、マリメラは暗黒と自然の魔法を修めるエルフの魔術師だ。麻痺耐性の毛糸の手袋は真なる力の儀式――魔法の発動に必要な手指の動きを阻害しない。更に星の杖と呼ばれる頂部に五芒星が掘られた長杖は魔法の威力を高め、炎と閃光への耐性を授ける。紫色のローブととんがり帽子は《消音》と《耐炎・冷気・電撃》の魔法をストックしており、彼女の行動速度を高める効果がある。強力な暗黒魔法も相まってパーティーの生命線となっている。


 マリメラはギルド内で魔法を放つ気は無く、頭の後ろで手を組んで壁にもたれかかっている。


(……臭う(・・)な。腐れ落ちた臭いがする……)


 “針鼠の肉屋”は魔法のポーチから取り出した《加速》の魔法棒でバフをかけ、《調査》の魔法棒でバルライカの能力を察知した。


 この手先の早業はバルライカをして辛うじて見えた程度で、大きな反応ができない。


 ただ冷や汗が一筋、首を伝う。


 ――ひょっとすると、こいつ……。


「動きやすく、しておくか」


 “針鼠の肉屋”は更なる手加減のために普通の金槌を取り出して、二つの鈍器を構えた。


 兜の奥の眼光がゆらりと動き、瞬間、金棒が大盾に叩きつけられた。金属同士の衝突だと言うのに、それは恐ろしく静かで、カンと僅かに鳴っただけだ。


「っぐぁ!」


 人外の膂力で振られた一撃は受けた腕が軋みを上げるほどで、彼は息つく間もなく、体勢を崩した彼女の頭へ、肩へ、腕へ、肩へと金槌で殴りつける。


(や、ばい! とんでもない、回復できなきゃ、最悪、死――)


 焦るバルライカの頭へ、頭へ、頭へ、更に容赦のない攻撃が加わった。


 刹那の八連撃、上半身を滅多打ちにされて彼女はグラリと傾いた。


「ッ、バルライカ!」

「脆い、紙屑だ」


 仲間の悲鳴が聞こえるが、彼女は朦朧として意識がハッキリしない。立ち上がろうとして、一息ついた“針鼠の肉屋”に意識を刈り取られる。


 受付嬢が呆気にとられて、ぽかんと口を開けた。


藍紫(らんし)を騙るか? 弱いぞ」


 それは紛れもなく、本心から出た言葉だ


 彼は一瞬で四人に詰め寄り、理解ができないという顔をした彼女達を鈍器で打ちのめした。


 魔術師が肘を叩き砕かれ、魔法戦士が片足と腕を圧し折られ、神官が血と吐瀉物を撒き散らして吹っ飛び、敵わないと悟った斥候がショートテレポートで逃走したところ、ギルドの石壁を押し退けて(・・・・・)追いついた“針鼠の肉屋”に中へ叩き戻された。


 わずか一分。


 嵐のような暴力が通り過ぎると、そこは阿鼻叫喚の坩堝。


「何の騒ぎだね!?」


 階段の途中でピタリと足を止めたギルドの支部長は、砕け散った壁と“針鼠の肉屋”を交互に見た。


 カオスゲート随一のパーティー“愛の星”が無残に転がっているのを把握して、一気に血の気が引いた。


「ききき、君は、“針鼠の肉屋”か?」

「そうだ」


 知らぬ者は居ない。


 迷彩色の巨躯、光すら跳ね返さない無骨な金棒、矢返しの円形盾(ラウンドシールド)、加速の具足、能力向上の指輪、感知の兜、生命と変容の魔法を得意とする戦闘狂。攻略したダンジョンは数知れず、ドイチェ聖国では“聖人”の称号を授かってすぐに破門されたと言われている“血塗れの”神官。


 支部長は忘れもしない、若き日の彼がカオスゲートでしたことを。


「何を、仕出かしたのかね」


 支部長はやや胸を張って尊大な態度をとるが、目は怯えていた。


「認識票を失くした。紫白(しはく)のものがもう一枚欲しい」

「あ、ああ、手配する、二日ほど待ってほしい」

「軽く、一目で分かる、身に着けなくてもよいものを」

「……しかし、彼女達はウチの生命線だ」

「感謝する」


 アズは*体力回復*のポーションを投げ、傷を完治させた。


 支部長が去ると、丁度五人が意識を取り戻した。


 アズは彼女らを一瞥もせずペルティアの所へ戻ろうとする。


 五人の目は恨みと、恐怖と、尊敬を持っていた。冒険者として並び立つ者無き彼は素晴らしい人間だと、数々の吟遊詩人が語るのを記憶の奥底で覚えていた。


 だが、兜の奥の表情は分からずとも路傍の石を見るようで、五人は無性に腹が立った。


「……何が悪い。私達の、何が弱い!」


 藁にもすがる思いで絞り出した言葉が、バルライカ達の心に敗北を刻んだ。


 いつか追いつくと思って、いつか越えてみせると思って、必死で強くなった果てに待っていたのは圧倒的な壁。たった二つの階級差だというのに、息が上がらない程度の労力であしらわれただけだ。


「勝てぬ相手からは引け」

「っ!」

「そして、強さなどは存在しない。装備の質と、慎重さのみが*勝利*をもたらす」


 アズにしては珍しい、真に熱のこもった言葉だ。


「俺は*勝利*した。お前は、*勝利*するのか?」


 それだけを言い残して、風の如く去った。


 彼を見送った東のギルドの冒険者全てが、ホッと一息ついた。




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