2章
そうか、そうだったんだ。
脳内の熱い血潮だけを残して、体内の水分は全て凍りついた。自分が道端にいることなど我関せずとして、身体は脳の神経回路にのみエネルギーを集中させていた。まさに今その脳内では、眠っていた化け物達が長い冬眠から飛び起きて頭蓋骨を叩き割ろうとしている。バクバクと心臓が弾けた。この手記は安寧をもたらしていた化け物たちの眠りにシンバルの響きを思い切りぶつけてしまったのである。
「ああ、そういうことだったのかよ…」
という嘉山の声は鼓膜近辺で遮断されて届いてはいなかった。世界には僕だけが立ち尽くしていた。
「おい、大丈夫かよ、おまえ、おい!」
嘉山はそう言った後だめかと言ったようにため息をついて、僕を諦めて再び手記に目を落とした。僕が呆然としてるうちに取り落として、アスファルトで冷えた手記である。その紙の白は夕暮れの地面の青に落とし込まれて憂鬱に冷えていた。次第に冷えてきた僕の脳は輪郭を取り戻し始めた。
あの子は、僕のせいで飛び降りたんだ。
その考えは僕の思考を占領して譲らなかった。僕は落ち着きを取り戻してきた化け物たちまじまじと観察して僕の脳に何が起きていたのか辿り始めた。化け物たちはその化けの皮を脱いで本来の記憶として機能し始めていたからだ。その化けの皮は尾を引いて高校入学まで遡っていた。
「後追い自殺か…。和葉の元カレのこと知ってるか?いることはしっていたが…。」
嘉山の質問が遠くから聞こえた。
「思い出した、ああ、思い出したよ…。」
声がふるえていた。
嘉山が目を見開いた。
「おい、まじか!話せ、全部話せ!」
嘉山は焦っていた。なぜ焦るのかはなんとなく分かったが、口から出る黒い邪気は夕暮れにじゅわじゅわと溶けていった。闇は確実に日の入りと共に侵食していた。
「ああ、話すよ。」
今度の声は震えていなかった。
夕闇の重だるさが喉を締め付けてくれたせいだと思った。僕は脳内で化け物の抜け殻を手繰り寄せ始めた。