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脱映え素朴
SNSなどで“映え”が主流になって久しい。
いまやネットの海は洗練された、美しく煌びやかな、フォトジェニックな写真で溢れている。
だが、そろそろ跳ね返りというか、次の周期、ポスト映えの時代がくると思うのだ。私が知らないだけで、もう来ているのかもしれないが。
次に来るのは、素朴とかいいんじゃないかなと思う。ものが、ポツネンと在る。ただ在る。そういう写真は、哀愁があって、なんかいい。
映える、エモいのように、呼びやすい動詞や形容詞もできるだろう。なんだろう。ソボいかな。素朴い。
「この写真どうですかね?」
「もうちょっと素朴い方がいいんじゃない?」
「でもそしたらバズんないですよ」
「バズるってださいよ。いまは非拡散、孤リツイートが素朴くてウケるんだから」
みたいな。もっと内向的に。閉鎖的というわけではなく、ただぽつんとあって、それが世界にひらけている。素朴いのかっこいいじゃん。NFTで高値がつきそう。




