麦茶と白米
麦茶がどうしようもなく飲みたくなることがある。だいたい毎日飲んでいるのだが、無性に渇望してしまうことがある。どうしようもなく白米を食べたくなることもあって、それと似ている。
お茶は、緑茶も好きだし、紅茶も烏龍茶も好きだ。ご飯も、炒飯も好きだし、オムライスも牛丼も好きだ。でも、どうしても麦茶じゃないと、白米じゃないと駄目な日があるのだ。
共通して欲している部分としては、甘みかなと思う。鼻に抜けていく優しい甘さ。咀嚼したときに頭の後ろの方がじんわりと柔らかくなっていくような甘さ。ふりかけが掛かっていたり、牛丼の汁が浸みてしまっていたらこうはいかない。
幼い頃からこの二つはほぼ毎日口にしていた。
むかし……。
私の身体は、あたりまえだが、口から摂取したものから作られている。だから、食べるもの、飲むものが変われば、身体も変わる。
もしかすると私の身体は、昔の身体と完全に違うものになることを恐れているのかもしれない。原材料が変わってまるで別物になってしまった商品を私は知っている。
私がいま、私たり得ているのは、私を私たらしめている麦茶と白米があってこそなのだ。そしてそれらは、私の曲げられない部分を作っている。
揺らぎそうになったら白米食え。麦茶飲め。




