蛍
蛍がみたくなった。
蛍というのは、周知のとおり、発光しながら宙を飛ぶ小さな虫だ。蛍光ペンという名前も蛍の光からきているのだろうが、蛍光ペンよりももっと暖かでぼんやりとした光を発しながら、闇に浮かぶ(熱はほとんど発しないらしい)。
毎年、今年こそはと息巻いて、スポットを検索するのだが、当日に雨が降ったり、急に忙しくなったりと、なにかと言い訳しながら観に行くのを避けていた。
だが、今年はどうしてもみたくなって、例によってインターネットで検索し、見つけだしたのだった。
仕事帰りに立ち寄れるところにあった。都内の、都心とも呼べるところだが、水辺の浄化活動の一環として、蛍を放しているらしい。
日が暮れかけた19時頃に職場を出て、電車に乗る。電車には、きょうも職務を終えた人で溢れかえっていた。肩や背中で押されながら、指二本で吊り革を掴んだ。
電車に揺られる時、考えることが凡そ3つある。重心(体重移動)、姿勢、思考について。軸をもって揺られたいと思う。足の裏に意識を持っていくと、電車の運転にも巧拙があることがわかる。
揺られている人たちをみると、「仕事」がわからなくなる。仕事は、ひと本来のやるべきことではないことが多い。
たとえば、第一次産業と呼ばれる、農業や漁業などは、伴っている感じがする。生きるための仕事。でも、そのほかの仕事はどうか。
生きることに必要な要素として、三大欲求や衣食住のほかに「ストレス」があると思う。正確には、ストレスという言葉ができて以降、悪者のように扱われる、疲労感や精神的な揺らぎだ。
きっと昔の人は、生きるために必要な労働をしていれば、その「ストレス」を獲得できた。しかし、技術の発達によって、身体的負荷が減り、得られるストレスが少なくなってきた。
ストレスは、心が動くことによっても得られることを発見した誰かがいて、娯楽というものが生み出された。
わかりやすくストレスがあるジェットコースターや怖い話に代表される娯楽だけでなく、ドラマにも笑ったり哀しくなったり、スポーツにも勝ったり負けたり、いいストレスが生まれる。
「ストレス解消」という言葉でややこしくなってるけれど、つまりストレス解消というのも「いい塩梅のストレス」が生まれることだと思う。人はストレスによって、生かされている。
でも、その娯楽や、増えすぎた情報は、ストレス過多を生む。摂りすぎると身体に障るのはご飯もストレスも同じだ。
私は、ストレスを作る仕事をしている。
だから、蛍が光を放つように、摂りすぎたストレスをチカッと光らせることで発散ができるならば、この仕事にももう少し自信を持つことができると思った。それゆえに、参考までに、蛍をみに行こうと思ったのである。なんじゃそりゃ。




