そわそわ
そわそわすることがある。
それはぼんやりとした不安を抱えているとき。前髪の分け目がはっきりしないとき。股関節がうまく歩幅と合わないとき。
「はっきり」とか、「うまく」とか、「合う」とかを欲しがって、自分で自分の首を絞めているような気がする。
もとよりわたしは、「決められない」やつなのだ。ぼんやりとしていて、はっきりしなくて、どれもこれも捨てられなくて。
だからこの「ぼんやりとした不安」は、プチプチみたいなものなのだと思う。(むかし「無限プチプチ」が流行ったとき、気味悪がって押さなかったけれど、実は押してみたい気持ちもあった)。
頭の箱がすかすかしていると、きっと整然としていて気持ちも素直に出てくるのだろうけれど、そわそわしてくるから、漫然と不安を詰め込んでいっぱいにする。
だから、不安があるからそわそわするのではなくて、そわそわするから不安になるのだという気がしている。何もない、何もしていない(ように見える)ことを恐れて、いろんなことを気にしてみる。
そわそわに対して、泰然自若としていたいものである。きっと、気にする前に入ってきてしまうこの都会では、それなりの鍛錬を必要としそうで、わたしには難しそうだなあと、未だにそわそわしている。




