「はい、チーズ」
ーー写真撮っていただけませんか。
ぼーっと神社のベンチでひなたぼっこをしていた時のことだ。突然だったから咄嗟に「あ、はい」と言ってしまった。(普段は断るというわけではない。もっと快く「いいですよ」と言うはずなのだ。)
本殿をバックに、晴れ着姿の女の子がふたり、寄り添って並ぶ。わたしは人よりも多く写真を頼まれる(気がする)のだが、そんな時に限って逆光の位置にベストな背景があって申し訳ない気持ちになる。
今回は、太陽の位置も良く、恙無く儀式が行われるはずだった。だが、事件は起こってしまった。
薄ピンクのカバーをつけたスマートフォンを手渡され、距離をとる。ふたりは少し前髪を整え、笑顔を作り、「お願いします」と言った。
わたしは「じゃあ撮りまーす」と間延びした声で合図を送り、「はい、チー……」と言いながらシャッター(と言ってもスマートフォンのボタン)を切る。その時そのかけ声に、とてつもない羞恥を覚えたのである。
一度自覚してしまうと、思春期の恋のように自意識過剰になる。「はい、チーズ」がどうしても言えないのだ。
ーーはい、チーズ。
いつまで言ってんのだこのフレーズ。なんだチーズって。いまのJKたちの間ではもう他のキャッチーでトレンディなワードが浸透しているんじゃないのか。
この腐りかけたチーズをいつまでわたしは握っているだろう。そもそも、もっと優秀なフレーズがこれまでにいくつもあったではないか。
「1+1は? にぃー!」はベストセラーだ。にぃーということで、笑顔を自然と作れる上、「2」とすることでピースサインまで引き出せるのだ。ただこれはコールアンドレスポンス型であるために、初対面の相手には振りづらいという不利もある。
そうして淘汰された理由はわからないでもないが、それならば、なぜチーズだけが生き残ったのか。「ズ」だから笑顔も引き出せないし。良いところといえば、カビが生えても食べれるくらいのものではないか。
撮影フレーズでは他にも苦い思い出がある。
依頼してきたのは、海外からの観光客たちだった。10人くらいのグループ。お酒も入っていてテンション高めに「ピクチャ、オーケー?」と頼んできたので断れなかったのだ。(断る前提で生きているわけではない)
外国では、かけ声に「スリー、ツー、ワン、ゴー」を用いると耳にしたことがある。今回ばかりはさすがに「はい、チーズ」は通用しないだろうと思ったわたしは、まあ、その場限りの関係だし?などと思いながら、ぶっつけ本番で実践してみることにした。
「じゃあ、撮りまーす」
と日本語で、合図を送り、いざ本番。
ーースリー、ツー、ワン、ゴー!……
やってしまった。観光客たちは上手くタイミングをとれずに、「え?もう撮った?」みたいな顔をしている。旅先での恥は掻き捨てというが、旅をしているのはわたしではなく彼らだ。わたしはこの恥を一生抱えて生きていくことになる。「ワンモア」と言われ、今度は無言でシャッターを押した。
神社の話に戻る。すっかりチーズイップスになってしまったわたしは、定型文「じゃあもう一枚いきまーす」が言えず、ワンステップとばして「確認してもらっていいですか」に移行してしまった。
動揺してシャッターしたためにちょっとぶれていたかもしれない。だが女の子たちはそんなわたしを見かねたのか「もう一枚お願いします」などと野暮なことは言わず、「大丈夫です。ありがとうございました」と丁寧に頭をさげたのだった。
いたたまれなくなったわたしは、そそくさと神社を後にした。彼女らが他の人に、もう一度写真撮影を依頼しやすいように。以来まだ、チーズに代わるフレーズを見つけられないわたしは、いつ撮影を頼まれるかとびくびくしながら東京で生活している。




