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行き交う人の残像を喰らう
すれ違う時、人の匂いが残像的に残る。残り香というやつである。
元々、その匂いは苦手だった。香水をつけていても、天然由来のものであっても、生物のにおいがして。一度体内に取り込むと、その人の吐息ごと入ってきて、全身を駆け巡るのだ。
だが最近、その匂いを受け取るようになった。自分の身体に実感を持てない日々が続いたからだ。
叩いたり、辛いものを食べたり、刺激を与えることで、なんとか身体を繋ぎ止めていたが、それもどうやら効果が薄くなってきたとあって、外壁ではなく、内壁に手応えを求めたのである。
最初は匂いが濃くて、内臓から突き上げてくるような拒絶反応があったのだが、馴れてくるにつれて、次第にその濃さを受け入れられるようになった。
行き交う人の残像を吸い込むと、身体の中が一時的に充実する。体内に匂いが立ち込めて、血流に乗って末梢へと行き渡る。指先までの実感が増して、私は身体を取り戻す。その実感は一時的なものなので、また同じように違う人の残像を取り込む。
ふわふわとした浮遊感に包まれた私の身体は、行き交う人の息遣いによって保たれる。