港の海遠く
また海へきた。電車を乗り継いで港の海。浜辺よりも港の海が好きだ。浜辺はグラデーションで、もっと奥へと簡単に誘われそうになる。港の海はずっと無関係でいてくれる。安心して眺めていられる。
午前中。洗濯したシャツにまとめてアイロンがけする。億劫だとも思ったが、しわがあると、いざ着たいと思った時に着られない。それが嫌で仕方がなくアイロンをかける。アイロンがけは未来の自分へのプレゼントだ。
昼。しばらく会っていない祖母とビデオ通話する。もちろん祖母では機器の設定などできないから、母の付き添いの下で行われた。
祖母の認知症はかなり進んでいて、もう私の名前を聞いてもピンときていない様子。「元気そうでよかった」と伝えると、ニコニコと笑顔を向けてくれる。
その笑顔は、一線を引いた外にいる、赤の他人へ向けられるものだった。
通話が終わって、なんだか虚しさで呆然とした。
憶えてもらえていないことのショックよりも、付き添っていた母も、それから私だっていずれこうなる、ということが怖くて。今どれだけ大切に思っている人やものがあっても、手で掬った水のように溢れていってしまうんだ。
家を出た。このまま部屋にいたら何かに飲み込まれてしまいそうな気がしたから。
電車を乗り継いで海を目指す。最寄駅までの道にはよく手入れされた公園があって、背の高い向日葵がたくさん植っている。向日葵は頭が大きく、重みに耐えられずに首を垂れていた。
頭でっかちで俯きながら咲く姿が、見ていてなんかじれったかった。
遠くで踏切の音が途切れる。




