半兵衛(攻め)×官兵衛(受け)=両兵衛
1568年。
「殿が無茶難題を吹っかけてこられたのですが……」
「これは官兵衛殿。酷い面をしておりますね」
「妻……峰子様にも似たようなお言葉を頂戴致しましたが、それ程まで酷いのでしょうか。何せ、鏡など見ている暇も無く」
私の部屋に、真っ黒な隈をし、窶れ気味の黒田官兵衛殿が駆け込んで来ました。
確かに、今の情勢下では、彼が、一条家家臣団の中で最も忙しい人物では有りますが、何時かこの時が来る事は予測出来ていた筈でしょう。
でなければ、彼は今頃……いえ、これ以上推測しても無駄ですね。私が彼の立場であっても同じ選択を致します故。
それにしても、官兵衛殿は、完全には己の立場を理解し切れておられぬ様なので一言、述べなければなりませぬね。
「官兵衛殿」
「はっ」
「良いですか。貴方も一条家家臣であるならば覚えておきなさい。此処は、殿曰く、"ぶらぁく"でありますが、殿は仕事場でその様な顔をした者を見る事を嫌がられます故、笑顔ですよ(満面の笑み)」
そう言って、過労気味の私が笑って見せると、釣られる様に官兵衛殿も笑われました。
「……はっ(満面の笑み)」
「よろしいでしょう。貴方は、殿曰く、"ゔぁるくぅあんはんとぉ"であるのですから、確りと働きなさい。確か、此処が、"関ヶ原"だそうですよ」
官兵衛は良く分からないと言った目で聞いておりましたが、直ぐ様、仕事に戻りました。後で、北の方様を通じて峰子様に眠り薬を渡しておきましょう。
「それにしても……関ヶ原……です……か」
暫く、じっくりと思考を巡らせ、吟味していた私ですが、思わず、否、突如として勝手に口が動き、こう呟いていました。
「まさか……殿は……それ程まで計略を……」
私は、驚きの余り、その場で立ち尽くしていましたが、天井から微かに何かが動く音が聞こえると、即座に仕事に取り掛かりました。
ですが、どうしても殿の考えが気になって仕方が無い。
「成程。私も草木衆を関ヶ原に出し、地形や気候を調べさせましょうか」
草木衆の三柱の一人、服部半蔵一門に全てを頼んだその晩、殿から呼び出されました。
「一条鎌房。貴方は、私の人生をどれ程まで楽しませてくれるのであろうか。って、考えただろ?」
殿は普段から酒を飲まれませんので、家臣達と話される時は、茶室を使われます。
しかし、我々、秘書達と話す場合は別で、将棋を指しながら会話をします。
若しかすると、秘書と云うのは、殿が将棋を指す相手として、比較的、知的な者ばかりを意図的に集められた時に、将棋仲間で遊ばせておくのが勿体無いから、作られた役職なのかもしれませんね。
「初めは、鎌房様の御身分と、遠く離れた土佐から、わざわざこの様な青瓢箪に接触する意図が掴めず、困惑、更には、警戒しかしませんでしたが、関ヶ原と云う言葉を良く考えてみると、先日、漸く分かったような気が致します」
無礼講であると、殿からキツく言われております故、ある程度、率直に申し上げます。
「俺の質問にはノーコメントか。まぁ、良いが。それより、半兵衛は何処と当たると予想している?」
殿が言うのは、壁の外の勢力。武田信玄公は一条の支援を受けて、上杉謙信・織田信長・松平家康(壁に勅使が阻んだ為、徳川姓を名乗る許可が出ていないとアッチが勘違いしている)とも対立をしているが、未だ、どれも健在。それに、北条早雲から始まる北条氏は常に堅固に守っている。恐らく、彼処は最後まで残るであろうが、積極的に敵対はしないはずでしょう。
「松平でしょうか」
「理由は?」
「普通に考えれば織田でしょうが、殿はあの方と…………」
「我が身もそれで滅びねば良いが」
と、殿は、私の説明を遮り、仰いました。
「それ程心配なされるのであれば…………いえ。殿なりの親心なのですね」
織田信長公も殿も共に、"くぅでたぁ"と、呼ばれる裏切りによって死ぬのでしょう。織田信長公も殿も似たような御方。互いに自滅し、後の者が天下を統べる筈でしょう。それも全て殿は計算済みです。
殿の場合は、千寿丸様でありましょうね。
殿はその事を分かっておられる、否、それをする様に仕向けて育てられておられる。
恐らく、私ではなく、黒田官兵衛殿を傅役に付けた理由も、官兵衛殿は私よりは遅いけれども、いえ、殿にとって都合の良い遅さで、殿の意思を汲み取る事が出来るからなのでしょう。
殿は只では死にません。己の死を、千寿丸様に反旗を翻す者と忠義を誓う者に振り分ける網の様に使うのでしょう。
そして、その頃、私が居ない場合の事も考慮して、官兵衛殿が千寿丸様のお側で常に支える事が出来る様にしているのでしょうね。
「詰みです」
「……相変わらず、無敗だな」
因みに、殿に勝てば、此の場で何か1つ知りたい事を聞ける権利が与えられます。
「殿」
「伊達」
私が問う前に答えられてしまいましたが、関ヶ原で当たるのは……伊達氏……ですか…………
その後、殿は不敵に笑って、
「片倉小十郎が味噌だな。真田も考えたが、彼奴には野望が無い。従わせるべき将ではあるが、従うべき将では無い。とは言え、そもそもこの話は俺もお前も千寿丸も死んだ後に実行される計略だと考えておるがな」
と、仰いました。片倉小十郎?聞いた事が無い将であります。それに、千寿丸様がお亡くなりになられるとなれば、信玄公や謙信は無論の事、信長公や家康殿も居ない時の話。殿は何処を見ておられるのであろうか。
「まぁ、この先の予定も何れ……黄泉にて伝えよう。それより、まずは目の前の大友だ。俺を支えてくれよ」
「はっ」
私が自室に戻り、一人になった時、思わず声に出して呟いてしまった。
「一条鎌房。貴方は、私の人生をどれ程まで楽しませてくれるのであろうか」




