信長(ゲッソリ)の野望(白目)
「クククククッッ……流石です」
「重治殿?」
「嗚呼、これはこれは舅殿。失礼致しました」
安藤守就は、目の前で書状を読みながら笑い転げる竹中重治を見て驚いていた。
基本的にこの男は感情を表に出す事をしないからだ。
「珍しいな」
その呟きだけで理解したのだろう。重治は直ぐに普段の真顔に戻り、此方に向かい合った。
「如何されましたか?舅殿」
「いや、この城は何時まで持つのかと」
この稲葉山城は本当に危うい。毎回、重治殿の策が上手くいくとは限らないのだ。
そういう私に、重治は、少し微苦笑しながら先程まで読んでいた書状を差し出した。
「今張良の解答が此方に。一文字飛ばしで左上から横に読んで下さい」
今張良?嗚呼、一条鎌房殿の事か。
あの方も若いのによくやっておられる。そう言えば、近頃、小規模の内乱が起きたとか。
「ふむふむ。えぇ……七月二十九までは今孔明。八月には酒呑み……と、これは?」
「私と龍興様の事でしょう。相変わらず、日時まで細かく指定してくれますね。精々、抗ってみせましょう」
重治は抑揚の無い冷めた声で呟いていたが、渡された書状の続きを読んでいた私が、思わず出してしまった叫び声に掻き消された。
「何ッ!?北畠が織田の軍勢を壊滅させただと!」
「ですから、私の言った通り、一条家に恩を売っておけば宜しかったのです」
尾張から伊勢に進む織田の旗を掲げた水軍の存在は前から知っていた。
だが、これは美濃に向かう事は無く、阿喜多騒動によって混乱している北畠から伊勢の一部を切り取るものだと考え、そのまま見過ごしていたのだ。
これは西美濃三人衆全員の合意であったが、唯一、竹中重治のみ強く反対していたのだ。
これは一条家に報せるべきであると。そうして、恩を売るのだと。
だが、我等は、当主の一条房基は山城国に居り、北畠具房との同盟を破棄した、次期当主である一条鎌房は、公言する程愛する妹の言い分を聞き入れ、救援を要請されても伊勢に入らないと思っていたのだ。
故に、我等は、一条家に伝えた所で、織田の水軍の攻撃に間に合わず、北畠具教も息子との対立に追われ、織田の強襲は成功するだろうと考えた。
だが、織田の水軍は、一条鎌房の最強兵器である毛呂智舟と、彼の側近である名門の西園寺公高の部隊によって壊滅。
僅かに上陸した織田の軍勢も北畠具教を総大将とした鳥屋尾満栄率いる別働隊によって殲滅されている。
「何故だ!」
私の問いに、重治は笑って答えた。
「今張良が20年以上前から考えていた策略ですからね。阿喜多騒動を聞き付けて僅か数日間で立てられた拙い作戦では歯が立ちませんよ」
安藤守就が去った後、舅から返された書状を火で炙った竹中半兵衛は、思わず呟いた。
「やはり、炙ると真の伝言が。どれどれ?
……「どうせ孔明は知ってたのだろう?
言ってくれよな」……
ですか。フフッ、恐ろしいです。鎌房様」
今孔明はこの日も、鎌房本人より深い謀略を考えていたのであった。
同じ頃、織田信長も一条鎌房から送られた書状を炙っていた。
「なになに?
……「猿真似、乙。ワロタ」……
じゃと!戯けッッ!!!同盟は破棄されたのでは無かったのか!」
確かに、儂は、鎌房殿が紀伊の松永を攻める時に使った、海を渡っての奇襲戦法を真似た。
じゃが、それを読んでいたかの様に手玉に取るとは。
今の織田家が鎌房殿と敵対するのは不味い。早く美濃を取らねば。




