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報酬はその笑顔で  作者: 鏡野ゆう
本編

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第二十三話 スマイリー

「あ、一つ質問があるんです」

「ん?」


 帰り道の途中、観せてもらった映像について、質問しようとしていたことがあったのを思い出した。


「あの映像の中で、スマイルーって何度も言ってるのを聞いたんですけど、あれは? まさか広報用の映像だから、飛ばしている時にこっち向いて笑えってことじゃないですよね?」


 バイト募集のポスターに使う写真を撮る時に、営業スマイルを浮かべなさいと言われるのは、私達のお店でもよくあることだった。もしかして但馬(たじま)さん達も同じなんだろうか。


「スマイル? ……ああ、俺のことを呼んでる時のあれか」


 最初は不思議そうな顔をしていた但馬さんも、私がなんのことを言ったかわかったようで、ああなるほどとうなづく。


「但馬さんを? でもタジマじゃなくて、スマイルって言ってましたよ?」

「それが俺のタックネームなんだ。正確にはスマイリーなんだけど」

「タックネーム?」


 今度は私が首をかしげる番だった。タックネームって? ニックネームのこと? パイロットさんて任務中はあだ名で呼び合っているということ? ああでも、ちょっと昔のミリタリー系の映画で、そんなふうに呼び合っていたシーンを観た記憶が、あるようなないような。


「たくさんのパイロットがいると、似たような苗字の者同士が一緒に飛ぶことは、よくあることなんだ。たとえばそうだな、タジマとカシマ、とか。作戦行動中に、聞き間違いがあるといけないだろ? だから短くて聞き間違えがないような、わかりやすいニックネームをつけるんだ。それが戦術上の名前、つまりタクティカルネーム、略してタックネーム。で、俺はそのタックネームがスマイリーってわけ」

「なるほど。飛ぶ時に使うあだ名みたいなものですね?」

「そんな感じかな」


 どうやらニックネームで間違いはなかったみたいだ。


「いつもニコニコスマイルの但馬さんが、スマイリーって呼ばれてるなんてすごい偶然ですね。それって自分で決めたんですか?」


 私の質問に但馬さんは複雑そうな顔をしてみせた。


「んー……この名前をつけてくれたのは、ここの飛行隊の隊長なんだけどね。俺が、いつもニコニコしていてなにを考えてるか分からないから、スマイリーにしたって言ってたよ。だから、あまりいい意味じゃないみたいだ」


 そう言って困ったように笑う。


「但馬さんの笑顔は素敵なのに、ひどい言われよう。あ、そう言えば僚機さんには、不気味スマイルって言われちゃっているんでしたっけ?」

「うん。まあそう言ってるのは、本城(ほんじょう)さんだけじゃないんだけどね」

「もー……僚機さん達も隊長さんも、絶対に修行不足ですよ。こんなにわかりやすい但馬さんの表情が、わからないなんて!」


 但馬さんの周りの人達って、いったい但馬さんのどこを見てるんだろう。


「そんなこと言ってくれるの、ほなみちゃんだけじゃないかなあ……」

「そんなことないですよ」

「飛んでいる時の映像を見ても?」

「飛んでいる時のって、飛んでいる時の但馬さんの顔は隠れちゃってて、ほとんど見えないじゃないですか」


 ミーティング中の様子や、飛ぶ前の準備をしている真剣な表情の但馬さんの様子は、ちゃんと見ることができた。だけど戦闘機を飛ばしている時の但馬さんの顔は、おろされたバイザーとマスクのせいで、まったく分からなかった。あの状態で、なにを考えているか分からないと言われているんだとしたら、但馬さんが可哀想だ。


「でも、すごい動きをしてるんだなってのは、私でもわかりましたよ? だから顔が見えてたら〝すごい笑顔〟とか〝かっこいい笑顔〟が加わったかも。少なくとも、不気味スマイルじゃないですね!」


 うん、そこは間違いない!


「やっぱりそう言ってくれるのは、ほなみちゃんぐらいな気がしてきたよ」


 但馬さんは私の力説に、アハハと笑う。


「そうなんですか?」

「飛ぶとドSらしいから、俺。そうなった時は、ますます不気味スマイルらしいよ?」

「どのへんがドSなのかさっぱりですよ」

「そこは俺も、まったく同意見なんだけどねえ」


 そう言いながら、但馬さんは首をかしげてみせた。



+++



「ほなみちゃん」

「なんでしょう」


 団地が見えてきたところで、但馬さんが歩調をゆるめて私に声をかけてくる。


「あそこのベランダからこっちを見ているのは、もしかしなくても、ほなみちゃんのお母さんじゃないかな」

「え?」


 但馬さんに言われて、ベランダが並んでいる団地を見上げる。私の家の場所のベランダ、たしかに立っているのは母親だ。私が気がついたのがわかったのか、ニコニコしながら手を振っている。そしてその母親が、後ろを見て誰かを手招きして呼んでいるのがわかった。


「そうみたいです。それと……思いますに、今いやいや出てきたのは父親ですね」


 母親の後ろから、のろのろと父親が姿をあらわした。そして母親の横に立つと母親にうながされて、渋々といった様子でこっちに手を振る。


「お父さん、すごく困った顔してないかい?」

「よく見えてますね。ええ、間違いなく困った顔ですね、あれ。っていうかものっすごくイヤがってますよ、あの顔」

「やっぱり」


 但馬さんは父親の様子を見て、気の毒そうな笑みを浮かべている。


「もうちょっと、愛想よくすればいいのに」


 あまりの仏頂面(ぶっちょうづら)にあきれてしまう。せめて但馬さんの十分の一ぐらいでいいから、愛想よくスマイルを浮かべたらいいのに。


「まあ、気持ちは分からなくもないけどね。俺はまだ娘がいないから、本当のところはよく分からないけど、きっと自分の娘が彼氏か男友達と歩いているのを見たら、あんな顔をすると思う」

「なにもあそこまで、あからさまにイヤがることないと思うんですけどね」

「バツが悪いっていうか、照れくさいのもあるんだと思うよ、きっと」

「自分達だって通ってきた道なのに?」

「だからこそじゃないかな」


 団地の階段下まで来ると、但馬さんはニッコリと微笑んだ。


「じゃあここで。次に会えるのは今月末の映画デートだと思うよ」


 つまり私の休みの間の早朝バイトは、但馬さんの夜勤とはもう重ならないということだ。


「映画、楽しみにしてますね。お休みの日が分かったら教えてください」

「うん。そっちもまだ、早朝のバイトがもう少し続くんだよね。雪が降ると視界も悪くなるから、朝の行き帰りにはくれぐれも気をつけて」

「はい。但馬さんも冬休みは、ちゃんとゆっくり休んでくださいね。まずは、帰ったら一眠りしたほうが良いと思います」


 私がそう言うと、愉快そうに笑った。


「うん、ありがとう。そうしたほうが良さそうだ。じゃあ」


 そう言いながら、但馬さんは困ったような笑みを浮かべて、上を見上げた。見上げた先では、階段の踊り場から母親がこっちを見下ろしている。但馬さんは母親に頭を下げると、私にもう一度微笑みかけてから、その場を立ち去った。


 但馬さんの背中が見えなくなってから階段を上がっていくと、踊り場で母親がニコニコしながら待っていた。


「ほーちゃん、せっかくだから上がってもらえば良かったのに。お茶とお菓子ぐらいなら出せたわよ?」

「夜勤明けで目がチカチカしている状態の但馬さんを、お母さんとお父さんの前に引っ張ってくるわけにはいかないよ。本人だって頭がボーッとした状態で会うのは、きっとイヤだと思うな」

「そう? せっかくお話をするの楽しみにしてたのに」


 母親はその気だったとしても、ベランダでの様子からして父親はそうじゃないと思う。


「お父さんは? きっと今頃どこに隠れようか右往左往してるんじゃない? もしかしたら昔とったキネヅカで、ベランダから逃げ出してたりして」

「そんなことしたら、降りたところで但馬さんと鉢合わせしちゃうじゃない。それはそれで面白そうだけど」

「もー……」


 急いで階段を駆け上がってドアを開ける。


「お父さん、但馬さんは帰ったからね! ベランダから逃げたら逆に鉢合わせだよ!」

「……お、おう、わかった」


 あの口調、本気でロープを引っ張り出して逃げようとしていたとか?


「もー、おとなげないんだから……」


 靴を脱いで父親の声がしたほうへと行くと、落ち着かなげな顔をした父親がウロウロしていた。


「もしかして、本気でラペリングしようと思ってた?」

「そんなことするはずがないだろ」

「きっとトイレか押入れに籠城(ろうじょう)する気だったんじゃない?」


 後から戻ってきた母親が、おかしそうに笑う。


「そんなことするもんか。それより随分と遅かったじゃないか」


 父親はそう言いながら、壁にかかっている時計を指さした。たしかにいつもならとっくに帰宅して、朝ご飯を食べて一眠りしている時間だ。


「ん? ああ、それね。但馬さんちでね」

「但馬さんち?!」

「しゃべる前に黙って私の話を先に聞いて!」

「……っ!!」


 先回りして余計なことを言い出さないうちにと、人さし指で父親をさした。


「但馬さんがお仕事をしている様子の動画を、見せてもらってたの。ああ、これはまだ秘密の動画だから黙っててよね! お父さんが変な誤解をすると大変だから、こうやって話したけど、本当は観たことは話さないでほしいって、但馬さんからも言われてるんだから」

「……分かった」


 父親は渋々といった感じでうなづいた。まあ、消防隊員の活動風景の動画も撮ったことあるし、それを私達に「身内だけだぞ」って観せてくれたことが何度かあったから、父親もそのへんのことは分かっていると思う。


「だがそれにしたって、随分とゆっくりしてたんじゃない?」


 母親が、また父親が挙動不審になることを言い始める。もう! せっかく私の説明で落ち着いたっていうのに!


「但馬さん、夜勤明けで疲れてたんだと思う。途中で寝落ちしちゃってね。気の毒だから他の映画を観て、ちょっとの間だけ寝かせてあげておいたの。私、襲ってなんかいないからね!」


 そう言いながら、父親にビシッと人さし指を向ける。


「なにも言ってないじゃないか……」

「お父さんのことだから、またあれこれ余計なこと考えそうだから先回り!」

「別にそんなこと考えてないのに……」


 父親はぶつぶつ言いながら、居間へと退散した。そんな父親を母親は笑いながら見送る。


「ほーちゃん、ご飯の用意、できてるわよ。もしかして、但馬さんのところでなにか食べてきた?」

「お菓子、ご馳走になったんだけど、せっかくだからお茶漬けだけでも食べておこうかな」


 そう言いながら、母親とキッチンに向かう。


「但馬さんは今日からお休みなのよね?」


 お茶碗にご飯をよそっていると、冷蔵庫からお漬物を出してくれていた母親がたずねてきた。


「うん。明日には実家に帰るって言ってたよ。実家、静岡(しずおか)なんだって」

「あら、温かい地域でうらやましい。だけどゆっくり休めると良いわね但馬さん。去年からこっち、ちょっと騒々しかったから」

「だよね~~。あ、そうだ、但馬さん、飛んでる時の名前、スマイリーなんだって」

「あら、可愛い。素敵な笑顔だものね、その名前、ピッタリなんじゃないかしら」

「だよねー」


 ほらね。ちょっとしか顔を合わせていないうちの母親でさえ、但馬さんのスマイルの良さが分かるのに。やっぱり、僚機さん達や隊長さんは修行不足だと思う。

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