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報酬はその笑顔で  作者: 鏡野ゆう
本編

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第二十一話 新しい年

「おはようございます。ご注文はなにになさいますか?」

「おはよう。タマゴトーストとコーヒーをお願いします」

「元旦ぐらい、なにか別のものを頼みませんか?」

「一年の初めもいつもので」


 元旦の朝、お店にいつものようにやってきた但馬(たじま)さんは、いつものスマイルを浮かべながら、いつものメニューを、いつも通りに注文した。


「せめて飲み物ぐらい変えてみたらいいのに。ココアとかカフェオレとか。他にもいろいろありますよ?」

「コーヒーサーバーが新しくなって、コーヒーが美味しくなったって言っていたのは、誰だったかなあ。たしか、ここの店員さんだったと思うんだけど」

「……350円です」

「はい」


 ニコニコしながら、トレーにぴったりの金額分の硬貨を置く。これもいつも通りだ。


「受け取りカウンターのほうへどうぞ」

「ありがとう。終わる時間はいつもどおり?」


 但馬さんがレシートを受け取りながら、さりげなく質問をする。


「今のところは」

「了解した。じゃあ、終わるころに外で待ってます」


 そう言いながら、受取りカウンターのほうへと移動した。そしていつものスマイルを浮かべて、スタッフから商品を受け取ると、いつもの席へと向かう。


「ほんと。びっくりするぐらい、いつも通り……」


 そんな但馬さんを見送りながらつぶやいて、今は接客中だと思いだした。慌てて、目の前に立っているお客さんに営業スマイルを向ける。


―― いつもなら、あっという間に時間がすぎちゃうんだけどな…… ――


 来店するお客さん達のオーダーを聞きながらも時間が気になって、壁にかけてある時計をチラチラと見た。いつもならあっという間にすぎてしまう勤務時間が、今日に限ってなかなか終わらない。いつもよりお客さんが少なくて、忙しくないというのも理由の一つだけど、きっと一番の理由は、いつも以上にバイトの時間が終わるのを、私が待ちわびているからだ。


 そしてやっと時間がきて次のシフトの子と交替すると、余計な仕事を頼まれないうちにと、急いでロッカールームへと向かう。


「あら、長居(ながい)さん。今日はなんだか、せかせかしてる?」


 バックヤードで、新しく入ったバイト君に調理器具の扱いについて説明をしていた副店長が、声をかけてきた。


「人を待たせてるので。これから初詣(はつもうで)に行くんですよ」

「そうだったの。気をつけて行ってらっしゃいね。雪もやんで天気も良いし、人出もたくさんありそうだから」

「はい。ついでに商売繁盛(しょうばいはんじょう)もお願いしてきます」

「しっかりお参りしてきてね」

「はい!」


 いつもだとゴミ出しとか頼まれるのに、今日はなにも言われなかった。私が待たせているのが但馬さんだって分かってるから、きっと副店長が気をきかせてくれたんだと思う。着替え終わって外に出ると、いつものように但馬さんが待っていてくれた。


「お待たせしました!」

「お疲れさま」


 私が声をかけると、但馬さんはニッコリと微笑む。


「但馬さんも夜勤お疲れさまです。あ、そうだ。あけましておめでとうございます」


 そう言って、ペコリと頭をさげた。


「ああ、そうだった。あけましておめでとうございます。今年もよろしく」

「こちらこそ!」

「じゃあ、行こうか」


 私達が行くのは、ここから少し離れた場所にある神社。昔、このへんに牧場があったのにちなんで建てられた神社で、馬が(まつ)られているという、ちょっと変わった神社だ。そして最近では、なぜか交通安全を祈願する神社としても、知られるようになっていた。


「但馬さん、ちょっと眠そうですよ、大丈夫?」


 歩きながら、但馬さんの顔を見上げる。普段からにぎやかにおしゃべりをする人じゃないけど、今日は特に静かだなと思っていたら、すごく眠そうな目をしていた。


「ん? うん、大丈夫。歩きながら寝ちゃうことはないから、安心してほしい」

「こんなところで寝ちゃったら凍死ですよ。私、どうやっても但馬さんを背負って歩けそうにないもの。そんなことになったら、救急車呼ばなくちゃいけなくなるかも」

「大丈夫だよ。神様に失礼だから、お参りするまではしっかり目を開けてるから」


 当直の時も、なにも起きなければある程度は仮眠ができるって話だった。いま但馬さんが眠そうにしているってことは、それができなかったってことだ。もしかしたら、夜中に何度も変な飛行機が、よそから飛んできたのかもしれない。


「あ、そうだ。実は、但馬さんに渡すものがあるんですよ」

「そうなのかい?」

「かなり遅くなったけど、クリスマスプレゼント」


 それを聞いて但馬さんが、嬉しそうな笑みを浮かべた。


「嬉しいな。実は俺も、ほなみちゃんに用意してあるんだ。今日は持って来てないけど」

「悩んだんですよねえ。どんなものが喜んでもらえるのか、ぜんぜん分からなくて」

「大事なのは気持ちだと思うけど?」

「それはそうなんでしょうけど。但馬さんなんでも持ってそうだし、さすがに新しい戦闘機一機、プレゼントしますなんて無理な話だから」


 だから結局は、使ってもらえそうな手袋とマグカップにしたのだ。手袋は制服でも使ってもらえそうだから。それからマグカップは、いつもコーヒーを頼んでいるから、自宅でも飲んでそうだから。ちょっと安直すぎたかな?


「新しい戦闘機かあ……俺専用だったら、好きな色に塗装するんだけどな」

「前にここに飛んできた、アグレッサーの機体みたいに?」

「もっと可愛いのにする」

「えー」


 可愛い戦闘機の塗装って一体どんなの?と笑ってしまったけど、但馬さんの表情からして、わりと本気で言ってるみたいだ。


「それ、すごくほしいけど石、油王にでもならないと無理なプレゼントだね」

「それに比べたら大したことない物から、がっかりしないでくださいね」

「ほなみちゃんからのプレゼントに、がっかりすることなんてないと思うけどな」


 そんなことを話しながら、神社へと向かう。途中からどんどん人が増えてきて、境内の鳥居をくぐるころには、けっこうな行列になっていた。


「やっぱり元旦、たくさんの人ですね」

「お天気になって良かったよ。足元がドロドロになって、ちょっと困ったことになってるけどね」

「あ、制服の(すそ)が汚れたら大変!」


 思わず足元をのぞきこむ。泥のはねが、ズボンの(すそ)についているのが見えた。


「但馬さん、汚れちゃってる」

「予備にもう一本あるから大丈夫だよ」

「だったら良いんだけど」


 行列は少しずつしか動かなくて、本殿前にたどりつくまでには、かなりの時間がかかった。その間もお喋りを続けていたけど、やっぱり但馬さんは眠たそう。まあ、頭が痛そうとか肩がこってそうではないだけマシなのかもしれないけど、睡魔もつらいと思う。


「ここの神様は交通安全の神様らしいですけど、交通安全に、飛行機の安全も含まれていると思います?」


 但馬さんが歩きながら寝てしまわないように、声をかけた。


「どうだろう。俺は、あまり深く考えずに毎年ここに来てるけど」

「こことは別に、飛行機の神様ってあるんですよね?」

「空港や空自基地の中に建立(こんりゅう)されることもあるらしいけど、三沢(みさわ)ではあまり聞かないな」

「なるほど。じゃあ、ここで飛行の安全もお願いしておけば良いのかな。旅客機は交通手段の一つだし、旅客機も戦闘機も同じ飛んでるものだし」


 大雑把(おおざっぱ)に分類すれば同じものだよね?と自分に言い聞かせていると、但馬さんが小さく笑い声をもらす。


「だったら鉄道も同じ交通手段だから、ここでしっかり拝んでおかないといけないんじゃないかな」

「鉄道? どうして?」

「ほなみちゃん、通学で使ってるだろ?」

「あ、そっか。だったらまとめて全部お願いしておきます。あ……」

「ん?」

「さすがに商売繁盛は専門外ですよね、ここの神様。副店長に、商売繁盛もお願いしてきますねって言っちゃったけど」


 私の言葉に、但馬さんが首をかしげた。


「んー……専門外かもしれないけど、お願いしますって拝んでおけば良いんじゃないかな。もしかしたら、神様同士で連絡を取り合ってくれるかもしれないし。うまくすれば言付(ことづ)けてくれるかも」

「なんだか但馬さんが言うと、神様ってけっこう今時な感じ」

「そう?」


 そうこうしているうちに、本殿の前にたどりついた。お賽銭箱(さいせんばこ)に百円玉を入れると、ガラガラと鈴を鳴らして手を合わせる。私の通学の安全もだけど、但馬さんや但馬さんの僚機さん達が、今年一年も安全に飛べますように! できることなら、変な国からなにも飛んできませんように!


 あ、ついでにバイトも商売繁盛(しょうばいはんじょう)お願いします!!



+++++



「あ、そうだ、ほなみちゃん。俺が飛ぶのを観たいって言ってたよね?」


 お参りをして人混みをかき分けて境内の外に出たところで、但馬さんがそんなことを言い出した。


「はい。今年の航空祭が待ちきれないです」

「実は動画があるって言ったら観たい?」

「え?! もしかして、テレビの取材があったんですか?!」


 最近はよくテレビで特集をやっているし、その関係で取材でもあったんだろうか?


「テレビじゃなくて、うちの基地の広報用の動画なんだけどね。それに使う映像を、去年の秋口から撮ってたんだ。それがようやく、できあがってきてね」


 どうやらその映像に、但馬さんが出ているってことらしい。


「でもそれって、関係者以外は観ることができないんじゃ?」

「次の航空祭で、パイロットがどんなふうに管制や僚機とやり取りをしながら飛ぶか、紹介するのに使う予定の映像もあるんだよ。だから観る分には問題ないように編集されてるし、身内に見せる分には問題ないって渡されてるんだ。ただし、一般公開前でかなり早いフライングになるから、観たことは黙っておいてほしいけど。どう?」

「ぜひ観たいです!!」


 そう返事をすると、但馬さんは少しだけ迷うような素振りをした。


「貸し出しができないから、観るんだったら俺のところに来てもらわなきゃいけないんだけど、そこは大丈夫? 今からでも行くかい?」

「行きます!」

「……」


 妙な沈黙が流れた。あれ?


「え? ダメなの? あ、夜勤明けだから睡眠のほうが大事かな……」

「いや、そこはいいんだけどさ。返答にまったく迷いがなかったなあって」

「だって、但馬さんが飛んでるのが観られるんですよね? 是非とも観たいです。但馬さんの睡眠時間が削れるのは申し訳ないけど」

「削れるのは問題ないよ。アラート待機に比べたらどうってことないから……まあ、うん、信用されてるんだなってことで、喜んでおこうかな……」

「はい! 観るの楽しみ!」


 但馬さんは私の返事に、あははと笑いながら歩き出した。しばらくして、私はある可能性について思いつく。そう、プレゼントは私ってやつだ。


「あ!! そういうことなんですか?!」


 私が声をあげたとたん、但馬さんが笑い出した。


「いや、別にそんなつもりはないけどね。そこにまで考えが及ばなかったってのは、喜んでいいのやら悲しんでいいのやら」

「あの、なんのこと言ったのか分かりました?」

「その顔を見たら分かるよ」

「えーと……」

「うちの飛行隊の名誉にかけて、なにもしないから安心してほしい。映画館が俺の部屋になったと、思っておいてくれれば良いよ。観たらプレゼントを渡して、ちゃんと送っていくから。渡そうと思っていたプレゼントもあるから、ちょうど良かったよ。ああ、もちろん、普通のちゃんとしたプレゼントだから安心してほしい」


 但馬さんは、私がなにを考えているのかすっかりお見通しのようだった。


「えっと、そういうプレゼントをあげたくないわけじゃないんですけどね、ほら、えーと……」

「今日は俺が飛ぶのをおとなしく観て、おとなしく帰ってください」

「なんだか、私が但馬さんのことを襲うみたいな言い方……」


 ちょっとムッとなって頬を膨らませる。


「もちろん、そういうプレゼントが欲しくないわけじゃないんだ。だけどやっぱり、ふさわしいタイミングってあるだろうからね」


 そう言って、但馬さんはにっこりといつもの笑みを浮かべた。

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