【探索生活43日目】
俺は沼に釣り糸代わりに、干し肉をつけた蔓を垂らしている。針は魔物の骨を削って作った。
チェルもジェニファーも昨日の探索が、よほどきつかったのか動けないとのこと。ヘリーとシルビアも、俺が起きたときには立ち上がれないと焚火の近くで横になっていた。
「確かに、休みがなかったかもな」
この魔境での生活はサバイバルのため、休日という感覚はあまりない。動かなければ生きていけないからだ。
だが、今は干し肉も売るほどあるし、野草もある程度食べられるものが見つかった。生きていけるのである。
「休んでいいんだな?」
「できることはやっていいんだと思います」
リパも魔境のルールに慣れてきたらしい。
女性陣はどうせ休んでいるので、俺とリパも休日ということにした。
休日なので、沼で釣りをしているわけだが、一向に魚はかからない。だらだらしていると、森の魔物たちがどうかしたのかとこちらを窺っている。インプは「ギョエ?」と鳴き、ヘイズタートルが沼の中から現れて、寄ってきた魚を遠ざけるし、余計に釣れない。
「らしくないか?」
魔力で水流に干渉し、水面から飛び上がった大魚をぶん殴って捕獲。これが俺なりの釣りだ。
「釣り糸も餌もいらないのか……」
『一生幸福でいたければ、釣りを覚えなさい』と村のお婆が言っていたが、まだ覚えられないみたいだ。
大魚を担いで洞窟に行くと、リパが焚火の近くで本を読んでいた。以前俺が使っていた初級魔法の教科書だ。
「本なんか読んでどうした?」
「いえ、マキョーさんの魔法を習得するために、ちょっと勉強を」
「読んでもわからないんじゃないか? 俺もあんまりその本は読んでないし」
「でも、文字の勉強にはなります。今まで必要な言葉しか見てもわかりませんでしたから」
リパによると、クリフガルーダでは出入り口とか鍛冶屋など町にある看板しか理解できなかったという。見かねたヘリーが、早朝に少し文字を教えていたそうだ。
「休みの日くらいダラダラしてもいいんだぞ」
「ダラダラしてると、魔物が集まってきちゃうんですよ。自分の部屋にいても寝るだけで気分が落ち込んじゃうんで、外でなるべく動かないでできることをしてるんです」
「だから勉強か。悪くない。大魚焼いて食うか?」
「はい!」
大魚を捌いて焚火にかざし、じっくり焼けるまで待つ。
「マキョーさん、魔境の都が見つかったらどうするんですか?」
待っている間、リパが間を持たせようとしたのか質問してきた。ミッドガードのことが気になっているのだろう。
「どうって……、まぁ、発掘して王家に報告するんじゃないか? そのあと、観光地にして、客呼んでバカみたいに稼ぐ」
畑でもしてスローライフは無理なので、観光地にするしかない。
「魔境に客なんて呼んだら、全員死んじゃうんじゃないですか?」
「死なないように、皆には観光案内してもらうよ。それまでに強くなってもらってさ。リパは空を飛べるから客を運べるし、ヘリーが作った薬もシルビアが作った武具も飛ぶように売れるだろ? そうなったら黙ってたって金が入ってくる。最高だよ」
「なるほど、そこまで考えてるんですね」
「願望だ。夢くらい見たっていいだろ? まぁ、皆が魔境を出て行かなかったら、の話だ」
魔境には故郷を追放されてきたような奴らが多い。だからか、俺は最近、なるべく追い返してやりたい、と思うようになった。魔境で生活すれば、嫌でも変わらないといけない。変わった姿を見た故郷の人たちが、どう思うか。
俺の場合は信用すらしてもらえないだろう。王都でウォーレンが言っていた。過去が過去だけに仕方がない。
でも、もしかしたら他の奴らは違うかもしれない。
「そうだったんですね!」
焼いた大魚を食べつつ皆の行く末を話していたら、リパが驚いていた。
「なにがだ?」
「魔境は人生再生場ってことですね?」
「そんな大層なもんじゃないよ。でも、いろんな価値観があるだろ? その時代、その場所でしか通用しないってこともある。ただ、この魔境は時代からも取り残されてるし、これまでの常識がなにも通用しないような場所だ。肩書も通用しない。自分の価値や役割が見えてくるんじゃないか?」
「ええ、じゃあ、僕の役割ってなんですかね?」
「それはこれから見つけていけばいいんだよ。俺だって人生での役割なんかわかってないしな。そんなこと、どうでもいいのかもしれん」
「え!?」
リパを煙に巻いていたら、全身筋肉痛のチェルが「良い匂いがする」と起き出してきた。そのままチェルは、リパの焼き魚をひょいと半分奪って食べ、「美味い」などと寝ぼけながら感想を言っている。
「チェルさんの役割ってなんですか?」
「ぶほっ、ハア?」
唐突にリパに質問され、チェルは噴出していた。
リパは俺との話を説明し、チェルはぼりぼりと大魚の骨をかみ砕きながら聞いていた。
「よくそんなどうでもいい会話できるネ。マキョーがここを観光地にするのか訓練場にするのかは知らないけど思い付きで喋ってるんだから、話半分で聞いといた方がいいヨ」
「ああ、訓練場か。いいかもな。弱い冒険者を集めて、魔境で魔物の相手をさせれば、強くなるもんな。そういう商売を始めるか」
「ほらネ」
リパは「騙してたんですか?」などと驚いている。その顔が面白くて、俺もチェルも笑ってしまった。
「そうダ。マキョー、あのキューブ……」
「砂漠のゴーレムのキューブか?」
「あれ、軍でも研究してもらえないカナ?」
「ヘリーでも解けなかったんだろ? それに魔石を入れたら動き出すと思うし危険だ」
「だから軍に頼むんだヨ。ゴーレムも、そこまで強くはないんでショ?」
「まぁな。そこまで言うなら聞いてみてもいいけど、なんか気になるのか?」
「森にあった巨岩が動いたんだヨ」
「ゴーレムみたいにか?」
「いや、蜘蛛とかに近いカナ。それに対応できても、あの大きな魔物たちにも対処しないといけないんだけど……ハァ」
チェルはよほど疲れているらしい。溜め息を吐いて、焚火を見つめていた。
「とにかくキューブな。あんまり魔境の物は持ち出したくはないんだけど、聞いてはみる」
「うん、ヘリーも技術の流出とか言ってる場合ではないって言ってたしネ」
チェルはしばらく火を見つめ、「ダメだ。寝る」と再び洞窟の自室に戻っていった。その後、シルビアも洞窟から出てきて肉と焼き魚を食べてから、また寝ていた。寝るのにも栄養がいるらしい。
「なんか作っておいた方がいいですかね?」
「ああ、そうかもな」
リパが女性陣のために野草スープと焼き魚を作ると言い出し、沼へ釣りに向かった。
「結局、休日にならなかったな。俺も仕事するか」
休むのも仕事だというが、俺たちは休むのが下手なのかもしれない。
キューブを一つ布で包み、鞄に入れて魔境の入り口に向かう。
相変わらず、小川のスライムがまとわりついてきたが、裏拳で払って遠くへ飛ばしておく。
小川を越えたところに建っている小屋では、エルフ2人が道具の手入れをしていた。訓練施設までの道を作るように命じていたが、小屋の周囲で畑を作っているようだ。畝が見える。
「仕事サボって畑作ってるのか?」
エルフに近づきながら低い声で聞いた。
「いや、あの……」
「食べていかないといけなくて……」
「いや、別にいいんだ。交易品が来ないと食えないしな。魔境は基本、サバイバルだから、野菜が育つなら野菜を作ったほうがいい。ただ訓練施設までの道は時間がかかってもいいから作っておいてくれよ」
「はい……」
「道を作ると魔物の通り道にもなってしまいましてなかなか思うように作業が進まず……すみません」
魔境近くの僻地で作業しているエルフたちにも事情はある。
「そうか。まぁ、魔物は狩りつつ作業してくれ」
「ありがとうございます。交易品はそんなに揃ってはいませんが、なにか頼んでおきましょうか?」
「いや、今日はそういうので来たんじゃない。ちょっと軍に用事があって、寄っただけだ。魔物がいたら、軽く狩っておくから解体の準備だけしておいてくれ」
「わかりました!」
エルフたちは大きな怪我もなく生きているようなので安心した。
「あ、軍人の美人さんが早急に来てほしいと言ってました」
「サーシャか。いつのことだ?」
「一週間ほど前です」
「わかった」
手を上げてエルフたちを別れた。
少しだけ出来た道を通り、フィールドボアやワイルドベアなどを殴り倒していった。帰りに拾ってエルフたちに渡そう。
軍施設の畑には水やりをしている兵士たちがいる。声をかけて隊長の居場所を聞くと、施設の中で会議中とのこと。
「じゃあ、小屋でしばらく待ってていいですか?」
「あ、いえ、すぐに呼んできます!」
「辺境伯は少々ここでお待ちください!」
兵士たちは畑仕事を放り出して、急いで建物の中に入っていった。
他の兵士たちも作業の手を止めて、俺を注目している。
「すんません。大した用事じゃないんで、作業を続けてください」
「あ、はい。じゃ、失礼します」
兵士たちは俺に緊張しているのか、ぎこちなく水をこぼしたり泥に顔から突っ込んだりしていた。
俺は作業をしている兵士たちを見ないように畑を見て回ることに。
畑には苦瓜やバレイモなんかが育っているようだ。
ピチチチチ。
森から小鳥が飛んできて鳴いている。長閑な風景だ。
「おう、マキョーくん。突然どうした? エルフの管理人から言伝を聞いたかい?」
隊長が笑いながら、畑までやってきた。
「いえ、言伝は聞いてないです。ちょっと軍の方でも調べてほしいことがありまして」
「魔境に関することだな。それはぜひとも聞きたい。よければ小屋で話そうか? 施設の中にはサーシャもいるが、会いたければそちらでもいい」
「小屋でいいです」
いつも交易で使っていた小屋で話し合うことに。
テーブルを挟んで向かい合うと、少し懐かしい。
「久しぶりに、会う気がするな」
「ええ、酒でも造って持ってくればよかったんですが、酒でやらかした奴がいまして、魔境は禁酒状態です」
そう言うと、隊長は笑って「そうか、なかなか辺境伯も大変だな」と慰めてくれた。
「それで、そちらの用件を先に聞こう」
「実は砂漠でゴーレムに遭遇しまして……」
俺はキューブを取り出して、簡単に説明した。
「魔境にも研究者がいるのですが、エルフが千年かけても解読できないと言ってましてね」
「そうか。危険なものではあるようだな。軍にも魔道具に詳しい部隊もいるから、そちらに頼んでみるよ。実験施設もあるからどうにか解読してくれるかもしれん」
隊長は慎重にキューブを布で包み、受け取ってくれた。
「頼みます。それで、そちらの話っていうのは?」
俺は隊長に聞いた。
「メイジュ王国という国は知っているか?」
「ええ、魔境の東にある魔族の国ですね」
「そこからエルフの国を通して、親書が送られてきた。敵国だから捨ておいてもいいのだが、魔境に姫君が匿われているとか。かなり重要な人物らしいのだ。思い当たる人物はいるかい?」
チェルのことだろう。魔族を領地に住まわせていると、重罪になるのだろうか。ただ、いる者はしょうがないし、俺を捕まえたところでなにか変わるわけでもないだろう。
「あー、まぁ、いるにはいますが、その姫君をどうしろって言うんです? 本人はそのメイジュ王国から逃げてきたんですよ」
「やはり、いるか。穏便に返してくれと言ってきているのだが、どうする?」
「この前、クリフガルーダを通して『関わらないように』と信書を送ったんですけどね」
「エルフの国とクリフガルーダにも協力を仰いでいると書いてあった。一度、里帰りさせてもいいんじゃないか?」
メイジュ王国は先に外交の手を打っていたらしい。
「そう言いますけどね。そもそも本人が帰りたくないようですし、帰った途端、処刑されたなんてことになったら、俺の責任ですよね。化けて出てこられたら最悪ですよ」
「そうだよな。戦う意思はないようだが、手段は選ばないそうだから、向こうも相当厳しい状況にあるみたいだ。それに、これは我々ではどうにも対処できない」
海を隔てて接しているのは魔境だ。魔境が対処するしかないだろう。
「わかりました。とりあえず、その話は持って帰ります。戦争にならないよう頑張ってみますよ」
「すまんな。辺境伯」