【探索生活42日目】
ジェニファーが作った食べられる野草リストを見ながら、朝飯の野草スープを飲む。
「苦いのに、汗が止まらないのは初めてだ」
少し食べただけで、発汗作用がすごい。
「自然治癒力が高まるんじゃないかと思うんですよ。肌が若返った気がします」
「交易品としてはいいな」
女性向けの美容食品は、貴族向けに価格が高めでもいいかもしれない。
食べる気がしないようなまだら模様の草は麻痺を治す効果があり、よく襲ってくる蔦の葉は痒み止めになるそうだ。
「でも、毒が多いな」
リストの9割が毒のマークが書かれている。よくこんなに食べて病気になっていないものだ。
「ほとんど舌が痺れますし、身体が真っ赤になっていく草もありました。リパくんの胃袋に感謝です」
「言われないと気づかなかっただけです。だいたい美味しく感じちゃうんですよ」
都合のいい舌だ。
料理に使えそうな野草や山椒系のスパイスは根ごと採取してきて、洞窟前に置かれたプランターで育てるという。プランターはシルビアが魔物の骨と木の板で作ったらしい。
ちなみに、ヘリーの部屋にあった机と椅子もシルビアが作った物だとか。
「なんでも器用に作るな。いつ作ってるんだ?」
「よ、よ、夜、暇だから」
見張りしている間、ほとんど魔物が来なくなっているらしく、じっとしていても眠たくなるので魔石灯を点けて作業しているのだという。昼もほとんど洞窟の側に魔物が来る気配はない。
「魔物には人間の縄張りだと思われてるんだろう。初めの頃はラーミアを切ったり、ヘイズタートル解体したり、大変だったけどな」
「マキョーさんはよくひとりだけでこんなところに住もうと思いましたね」
「買っちゃったから住むしかないと思ってたんだ。今思えば別に逃げ出してもよかったんだよな。なんの話だっけ?」
「プランターの話です」
「ああ、とりあえず魔境で野菜は無理だけど、野草を育てられれば、少しは食生活が変わるな」
俺たちがいない数日の間に、これだけ生活が向上するなら、もっと旅に出たほうがいいかもしれない。
「水中発掘はどうだった?」
「さ、さ、酒の壺が多く見つかった。たぶん、ビールの」
大麦の酒だな。
「だから、古代の人はビールやワインを冷やして飲んでいたのかもしれない」
ヘリーが冷えるコップを片手に説明してくれた。
「ビールってストローで飲むお酒じゃなかったカ?」
「え? そ、そ、そうなのか?」
俺が飲んでいたのは蜂蜜酒やワインばかりでビールはあまり飲んだことがなかったが、たいていは瓶で飲んでいた気がする。大麦の茎を乾燥させた麦わらがストローになるのだとか。
「基本的に俺は、酒をコップに入れて飲んでなかったかな」
「それはダメ人間だったからだ。エルフの国でもビールは麦芽が浮くのでストローで飲んでいた。鳥人の国はどうだ?」
「クリフガルーダでは酒をストローで飲む文化はなかったと思います。材料の穀物が浮いていてもあまり気にしてなかったみたいですけど、僕は飲んだことがないので詳しくはわかりません」
メイジュ王国とエルフの国はストローでビールを飲んでいたらしい。ただ、冷えた酒を飲むなんてことをしていた国はない。
「冷えた酒ってなんだか贅沢な気がするな。今度、訓練施設から酒樽を買って試してみたい気持ちはある。あるけど、酒で失敗している人もいるので、ビールが手に入りそうで瓶一本くらいなら交換して皆で飲んでみよう」
ジェニファーが下を向いて、何度も頷いていた。
「他に見つかったものはあるか?」
シルビアに確認する。
「な、な、何かの箱の残骸に石板が入っていた」
「不思議な魔法陣だ。私も見たことがない」
ヘリーが石板の模様を見て説明してくれた。魔法陣なら、なにかの魔道具なのだろう。
「古代人は変なものを作るネ」
古代の魔道具は、ヘリーが魔法陣を解明するまで保留とした。
「午前中はジェニファーの野草採取と沼の向こうの発掘作業ができればいいかな。午後は女性陣で『渡り』の森に行ってくれ。俺とリパは発掘作業だ」
一日の予定を伝えて、夜間見張り組は午後まで休息。俺とチェル、ジェニファー、リパで野草を確認しつつ採っていく。
食べられる野草は少ないが、発汗作用、麻酔など、効果のある草は交易に使えるので積極的に採取。ジェニファーが担いだ籠はすぐに一杯になり、種類別でわけてまとめて縛る。
あとで洞窟の前にある物干し台で乾燥させれば、水分が抜けて保存もできるだろう。
魔物が襲ってくることも稀だ。グリーンタイガーは近所の野良猫状態で、時々「構ってくれ」と撫でられに来るくらい。ロッククロコダイルやヘイズタートルも、俺の姿を見ると逃げ出すようになってしまった。
干し肉も余っているので無理に狩る必要はない。ただ、魔物たちもリパにだけは向かっていくので、死なない程度にサポートする。
「すみません!」
キングアナコンダを遠ざけると、リパが謝ってきた。
「気にするな。初めの内は皆こんなもんだ。力をつければ、寄って来なくなる」
「はい!」
返事をしている側からインプに耳を引っ張られてからかわれていた。相変わらず、魔物に好かれている。
籠と物干し台がいっぱいになり、野草採取は終了。ジェニファーとチェルがそれぞれ野草の価格をなんとなく予想していた。
俺はパンに干し肉と採れたての野草と山椒を挟んで、弁当を作る。ついでに皆の分も。女性陣はちょっと遠出なので、肉野菜炒めも作っておいた。
「珍しいな」
ヘリーが起きてきて、俺が作る肉野菜炒めの匂いを嗅いでいた。
「弁当だ。腹減るだろ。俺は行けないからこれくらいはやるさ」
「魔境の領主とは思えない発言だ」
ヘリーは日の光を浴びて、ボキボキと骨を鳴らしながら身体を伸ばしていた。
「やはり風呂に入ると寝覚めがいい。領主殿よ。今日も風呂があるといいよな」
「暗に風呂を焚いておけって言うなよ。そのくらい自分たちでやれ」
そう言ったが俺たちは発掘作業があるので、風呂は入る。残り湯にでも入ってもらおう。
シルビアも起きてきたので、発掘作業は午後から。
昼飯の後に、チェルが女性陣に向かって足に魔力を込める走り方を伝授していた。移動速度が格段に変わるので、全員出来るまで出発しないそうだ。
「じゃ、俺たちは先に行ってる」
「いってきます!」
俺とリパは沼の向こう側へ向かう。
二つ目の丘を崩し、遺跡がむきだしになっていた。近づくとラーミアの家族が逃げ出したので、もしかしたら新しい住処にしようとしていたのかもしれない。
一旦、地中の中を魔力で探り、めぼしいものがないことを確認。次の丘を掘ることに。
3回目ともなると、慣れたものだ。生えている周りの地面を掘って、広がっている根を切り、木を丸ごと引っこ抜く。
それをリパは枝葉を切り落として、丸太を作っていった。度々、インプや鳥の魔物、フォレストラットなど小さい魔物に作業を邪魔されていたが、自分で対処できている。
大きな花の魔物が歩き回っていたので、拳に魔力を纏わせて思いっきりぶん殴ると、黄色い汁が飛び散った。
「うわっ、くせぇ!」
俺もリパも、ねばねばの黄色い汁まみれ。
周囲にバラと腐ったカム実を大量に煮詰めたような香りが漂い、ベスパホネットや鱗粉をまき散らす蝶の魔物が飛んできてしまった。
一旦、沼で汁を落とし、そのまま水の中で魔物の群れが去るのを待つ。ちょうどよく目の前を火吹きトカゲが通ったので、捕まえて魔物の群れに向かってぶん投げた。
丘の上が明るくなり、魔物が焼ける匂いがしてきた。空飛ぶ虫の魔物はよく燃える。
「マキョーさんは、あまり魔法を使わないんですか?」
唐突にリパが聞いてきた。
「自分としては使ってるつもりなんだけど、他の人にはそう見えないみたいだ。チェルみたいにわかりやすく魔法を放ったりするのは苦手でね」
「あ、そうなんですか! すみません、魔物を拳で倒していてカッコイイなと思って聞いてみただけです」
「あれも俺なりの魔法なんだけどな」
「え? 魔法なんですか?」
よくわかってないみたいだったので、リパに説明する。
「魔力を纏わせると、走るのも速くなるし、拳も固くなる。殴る瞬間に、魔物の身体に魔力を送り込んだりすると、余計に吹っ飛ぶんだ。火魔法とか氷魔法とか纏わせると、ちゃんと効果があるしな」
「は、はぁ……」
よくわかっていないようだ。
「練習したら誰でもできるようになるさ」
「そうですかね?」
試しにリパが持っている骨の刀を借り、魔力を纏わせて振ってみる。
ボフッ!
はじけたように水しぶきが上がり、大魚の魔物が吹っ飛んだ。
「や、やってみます!」
丘の上では未だ魔物が燃えていて、結局、リパの修行に付き合うことになった。
集中するといつまでもやっているリパを見ていたら、いつの間にか日が落ちている。発掘作業はあまり進まなかったが、洞窟に戻った。
リパと二人、夕飯を食べ、風呂に入ってクリフガルーダでの生活や、俺の冒険者時代の自堕落な生活を話して過ごす。
「じゃあ、ほとんど冒険なんかしてなかったんですか?」
「ああ、そうだな。軽作業ばっかりしてた。今だって、冒険というか自分の敷地の管理だから、俺は冒険者になってから冒険をしたことがないのかもしれない」
「大冒険に見えますけどね。不思議だ」
「よく言われるよ」
風呂から上がり洞窟に戻ると、入り口近くの森を根城にしていたグリーンタイガーが子供を連れて遊びに来ていた。
「なんだ? 子供ができたから見せに来たのか? 俺をなんだと思ってんのかな」
ひっくり返って腹を撫でろというグリーンタイガーの腹を撫でながら、チェルたちの帰りを待った。グリーンタイガーの子供はリパとじゃれている。リパは傷だらけになっていたが、楽しそうだった。
チェルたちが帰ってきたのは、深夜になってから。リパはすでに寝ている。焚火の前でうとうとしていたら、疲れ果てた様子の4人が坂を上ってきた。
「おかえり」
「ただいま。寝るワ」
「寝ます」
チェルとジェニファーはそのまま自室へと向かった。
「どうだった?」
ヘリーとシルビアに聞いた。
「ま、ま、魔物が強くて、もう……全然役に立てなかった。いつもマキョーが倒してる魔物ってこんなに強いのかと反省した。洞窟の近くとはレベルが違う」
シルビアが冷たい水を飲み、饒舌に語った。
「チェルとの連携もうまくいかなかったからな」
「クリフガルーダから渡ってきた魔物ってそんなに強かったか?」
「いや、『渡り』の森の周辺だ」
いつも走って振り切っているから気が付かなかったが、『渡り』の森に近づけば近づくほど魔物が強力になっていくらしい。
ヘリーとシルビアは風呂に入り晩飯を食べて、ようやく落ち着いた。
「マキョー、寝る前に聞いておいてくれ」
洞窟の自室に向かう俺をヘリーが呼び止めた。
「あの『渡り』の森が、魔法国・ユグドラシールの都市・ミッドガードのあった場所だ」
「でも、この前は地中を魔力で探ったけど、なにもなかったはずだけど……?」
「消えたんだ。ある日突然、町ごと消えたから、霊たちはあの場所で彷徨っている。直接聞いたから間違いない」
あの場所は起伏がない森だと思ったが、にわかには信じられない。
「どうしてそうなったのか、何が起きたらそんなことになるのかはわからないんだな?」
「わからない」
「理解できない過去の事件がわかっただけでも前進したと思おう。ここは魔境。なにが起こっても不思議じゃないってことだろ」
そう言うと、ヘリーもシルビアも頷いていた。