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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【探索生活41日目】



 チェルに揺すられ、深夜に起床。交代の時間かと思ったが、そうじゃないらしい。

「海から何か視線を感じるんだヨ」

「幽霊か? だったら俺は対処のしようが……」

「違う。魔族の使い魔かなんかだと思う。高波でも作ってくれる? 朝まで見張りしてあげるから」

 訛りのないチェルに言われると、断り難い。

 とりあえず、寄せては返す波の力に干渉して、大きな波をゆっくり作っていく。大した魔法でもないが、それがよかったらしくチェルは「視線がなくなった」と言っていた。


 一仕事を終え、二度寝。起きたのは早朝だった。


 砂漠ではないため、チェルも寝てから出発することに。

 深夜に放った俺の魔法で打ち上げられた魚が砂浜に打ち上げられていたので、捌いて朝飯にする。海の魚は棘だけ気をつけて焼けばだいたい美味しい。


「壺を持ってくれば、塩取れたな」

 どうしようもないことを言いつつ、周囲の地面を魔力で探索。ちょっと北に行った場所に壊れた船があった。チェルが乗ってきた船だろう。

 そこまで行けば、帰り道はわかる。

 

 見張りの最中、魔族の使い魔だかなんだかわからないが、大きめの鳥の魔物が海上を飛んでいたので、石をぶつけて撃ち落としておいた。

「魔族が来たら、また面倒になるなぁ」

 しばらくすると、羽だけが海岸に届いていた。鳥の魔物はサメにでも食われて海の藻屑になったようだ。魔境近くの海も他の海とは違うのかもしれない。

 俺としてはとにかく幽霊さえ出なければいいや。


 昼前にチェルが起きて、焼き魚を食べてから出発。

 壊れた船を基準に、西へまっすぐ進む。足に魔力を込めて走れば、波の音も海の臭いもすぐに消えた。

 行く先を塞いでいる魔物も杖を使うことなく、チェルは魔法で痺れさせている。以前は取れた魔石の効果を気にしながら生活していたが、ほとんどそれもなくなった。住んでいれば価値観も変わってしまう。

 痺れさせた人より大きなドクカエルの魔物はそのまま放っておいて、俺たちは先へと進んだ。


 魔物を倒しても、使える素材はあるのか、交易品になるのか、くらいしか考えていない。倒せそうにない魔物や素材が回収できない魔物からは距離を取り、その場から離れるだけ。

 魔物の強さもだいたい予想できるようになったので、意味もなく体力を使うこともなくなった。当たり前といえば当たり前だが、3か月前に魔境に来た時とは全く別人になってしまっている。


「チェル、そういえば使い魔みたいな鳥の魔物がいたから撃ち落としておいたぞ」

 走りながら話しかけた。

「え!? どこにいたノ?」

「海の上。サメかなにかが食っちまったけど」

「ならいいヤ。諜報が得意な魔族がいるからちょっと様子を見に来たのかもしれないネ。監視できるようになれば……、いや、いいカ」

「いいのか?」

 魔族の国・メイジュ王国からの侵略者が来たら、魔境として対応しないといけないと思うのだが。

「どうせ、魔境に上陸したとしてもすぐ死ぬカラ。来た頃の私だと思ってミテ。あのままだったらすぐに魔物の腹の中だヨ」

「そうかもしれないな」

 対応は魔物に任せるか。死んで化けて出ないことを祈ろう。

チェル以外にも過去に漂流者はいたはずだ。もしかしたら見ていないだけですでに化けて出ている者たちもいるかもしれない。

ヘリーが海岸に連れていけと言っていたが、もしかしたら除霊のためか。傷が癒えていたら、早急に連れてこよう。

 

 途中、丘の上で休憩を挟み、夕方前に俺たちは自宅の洞窟に辿り着いた。東海岸から半日も掛かっていない。移動速度がまた上がったみたいだ。

 

「おかえりなさい!」

 空飛ぶ箒に乗ったリパが迎えてくれた。

「ただいま。皆は?」

「ジェニファーさんは食べられる草を探しに。シルビアさんは沼に潜って発掘作業で、ヘリーさんは自室で寝ていると思いますけど……、中から呪詛のような声が聞こえてくることがあります」

「ああ、いつも通りわけわからん連中だ」

 荷物らしい荷物もないので、焚火の側に置いてあった干し肉を食べつつ、ヘリーの様子を見に行く。チェルは「パン欠乏症により早急な摂取が必要」と小麦粉を練っていた。


 トントン。


「おーい、ヘリー、帰ったよー。生きてるかー?」

 戸を叩くと、中から「おう」とヘリーの声が返ってきた。

「おかえり。生きておる」

 ヘリーは髪がボサボサで、汗臭かった。

「ただいま。汗臭いぞ。部屋に籠ってるらしいな」

 部屋には机と椅子があり、天井には魔石灯。羊皮紙が散らばり、羽ペンで何か書いていたらしい。俺の部屋よりも文明的な部屋だ。

「誰のせいだと思ってるのだ?」

「やっぱり俺のせいか。まぁ、いい。とりあえず、風呂入りに行こうぜ」

「え? あ? ちょっと待て」

 俺は細いヘリーを担いで洞窟を出た。

「待てったら!」

「大丈夫だ。入れ墨が入ってることくらい知ってる。驚きゃしねぇよ」

「ん? マキョー、潮の香がするぞ。どこを通って帰ってきた?」

「クリフガルーダから『渡り』をしている魔物がいたから追ってたんだ。いろいろ報告したいし、旅の汗を流したい。ヘリーも汗臭いから、風呂に入って話すのは合理的だろ?」

「……確かに、その通りだ。異論なし」

 ヘリーはそれから黙って俺の肩に担がれていた。


 沼の近くにある風呂に水魔法と火魔法を組み合わせ、熱湯を出す。裸になったところで、お互い異性の裸を見ただけで発情するようなタイプでもない。

 インナーが汗臭いので、俺とヘリーは風呂の縁にある石を洗濯板にして風呂に入ったまま洗った。

「汗も流せて、洗濯もできるとはな」

「全身から血は出なくなったか?」

「ああ、あれはすぐ治った。それよりジェニファーが心配してくれて、『野菜を取らなきゃだめだ』と魔境で食べられる草を探し始めたのだ」

「厄介だな」

「本当に。毒消し草を片手に、何でも口に入れて試している。オジギ草を食べて、幻覚見ながら腹を下す程度ならいいが、大型の魔物の麻酔薬になるような草まで食べられたら、死んでしまう」

「こちらが心配になるな」

 石鹸で体中を泡まみれにしながら俺は頷いた。

「悪気があってやっているわけではないから、なかなか説得するのが難しくてね。シルビアは早々に離脱して、沼で発掘作業をしているよ」

「うまく逃げたな。リパは空飛ぶ箒の練習か?」

「いや、あれは悪食だ。なんでも食べてしまうが、その分耐性がついてしまっていて毒が回っても気づかない。奴隷出身だからかな? 私が止めておいた」

「違う方向で危ない奴だな」

「集中すると周りが見えなくなるから、空から俯瞰して見えるように、シルビアが空飛ぶ箒を練習させている」

「なるほど」

 ヘリーが背中を洗ってくれたので、俺もヘリーの背中を洗った。


「そちらは?」

「チェルの信書は届けた。魔族の国まで届くといいけど。呪術師にもあったよ」

「ほう」

「術はコツだとか、ヘリーは魔道士とかチェルと話してたけど、学のない俺にはわからなかった。とにかく古い呪いだろうから、魔道具を使いながら魔力の流れを感じていけばいいって言ってたな」

「それくらいならやってるさ」

「あと、俺の魔法が分類できないとかなんとか」

「マキョーの魔法は、まず学問的なタガを外すところから始めないとな」

「それから『渡り』の魔物がいる森なんだけどさ……」

 俺は肩まで風呂につかりながら、ゆっくり口を開いた。

「魔物の気配がしない森で幽霊が出るんだ。まいったよ」と説明したら、ヘリーから「私たちで調査するから、他の作業をしててくれ」と言われてしまった。

「報告はそんなところか?」

「あ、昨日、東海岸で一泊してさ。チェルが海の方から視線を感じると言っていた。魔族の使い魔が魔境を調査しに来てるのかもしれない。鳥の魔物を撃ち落としておいたけどな」

「やはりか。私の降霊術で東の海岸線を見張りたいと思っていたのだ」

「また、霊か」

 温かい風呂に入っているというのに、背筋が寒くなる。

「マキョーは連れて行ってくれるだけでいい。どうせ塩も補充するのだろう?」

「ああ、わかった。ヘリーが降霊術を仕掛けている間、俺は森の中で待ってる」


 夕日にきらめく沼を見ていたら、水面からあられもない姿のシルビアが這い出てきた。インナー姿だが、水にぬれて大事なところががっつり透けてしまっている。手に持った網には陶器のような遺物がいくつか入っているので、成果はあったようだ。

「おつかれ」

「おわぁっ!! か、か、帰ってきたのか! い、い、いるならいると言ってくれ!」

 シルビアは慌てて胸と股間を手で隠していた。俺は遠くの沼の向こう岸に目を移した。

「俺がいない間、魔境を守ってくれてありがとな」

「い、い、いや、魔境の辺境伯は大変だ。魔境に野菜はない。あるのは食べられる野草だけ。こ、こ、興奮剤に、幻覚剤。感覚がなくなる麻酔薬につかえる野草が見つかった。ジェ、ジェ、ジェニファーがリストを作ってるから確認してあげてくれ。交易で使えるかも」

「わかった。水中発掘の成果もあるみたいだな」

「へ、へ、ヘリーとあとで仕分けしておく」

 シルビアの腹が、ぐぅと鳴った。

「チェルがパン焼いてるから夕飯にしてくれ。あとしっかり休んで」

「こ、こ、今度マキョーがどこか行くときは私もついていく。留守番は嫌いだ」

 シルビアはそう言うと、坂を駆け上っていった。


 日が沈んでいく。俺とヘリーは身体を拭いて風呂から上がった。

 拭いた布を腰に巻いて、洞窟に戻ろうとしたら藪の中から妙な気配がする。ガサゴソという音とともに、体中に小枝が突き刺さり、顔面が真緑になったジェニファーが出てきた。野草が詰まった背負子も相まって人間というよりも魔物に近い。

「あれ? マキョーさん、帰ってきたんですか? こっちは大変だったんですよー! ヘリーさんが血まみれになっちゃうし」

「ああ、とりあえずジェニファーは風呂に入っとけ」

 ジェニファーを風呂に蹴落として、俺たちは坂を上った。

 背後から「しみる~」というジェニファーの声が聞こえてくる。




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― 新着の感想 ―
[一言] 混浴だったりスケスケだったり、エロい場面のはずなんだけどなぁ。うっかりやっちゃっても、一発殴って終わり(即死の意味ではない)ってなくらいサバサバしてる。マキョウすげえ。
[良い点] ヘリーも随分とマキョーさんに慣れましたねぇ 理系の研究者同士みたいだ [一言] 物語がまた動き出しそうなとこなので、更新早くてうれしいです
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