【探索生活39日目】
夜明け前に起きて、少しだけ朝飯を食べ移動を開始する。廃墟の魔物たちは昨夜から獲物を食べ続け、現在は消化中なのか静かだ。
魔力を脚に込めて、一気に南下。クリフガルーダと魔境を隔てる崖を駆け上がり、植物が襲ってこない森に辿り着いた。
「早く街道に出よう」
「ウン、こんなところにずっといると体が鈍りそうだヨ」
俺とチェルにとって森のくせに植物も魔物も襲ってこないというのがものすごく違和感がある。街道に出て人工物を見ると、過去に住んでいた場所を思い出して納得できるのだが。
襲って来ようとする魔物がいれば、すぐに臨戦態勢を取る。ただ、ほとんどの魔物は睨んだだけで、逃げて行ってしまった。
街道に出て近くの町に行き、空飛ぶ絨毯と魔法使いを雇い、王都まで行ってもらった。金の使いどころもないので、たまには使っておく。魔法使いは俺たちがなんの職業なのか気になったようで、何度か質問されたが俺もチェルも無視して広がっている畑や遠くの山を見ていた。田舎者だと思われただろう。
昼頃にクリフガルーダ王都・ヴァーラキリヤに到着。飛行船の発着場に近い小さな交易店へと向かった。
「シュエニー、いるカ?」
チェルが勝手に店の中に入っていった。
営業中だったようで、店の中には商人や貴族らしき鳥人族たちが大勢いる。
「チェル、混んでるから後にしよう」
「お待ちください!」
店から出ようとしたら、奥から小さな爺さんに呼び止められた。
「裏にお回りくだされ!」
そう言われて俺たちが店の裏に回ると、シュエニーが裏口を開けて待っていた。
「マキョー様、すみません。突然の訪問で準備がままならず……」
「ああ、いいよ。突然来たのは俺たちの方だから、店が盛況なようでなによりだね」
「いえ、マキョー様たちの交易品のことでいろいろ噂になっておりまして……。こんなところではなんなので、どうぞお入りください」
シュエニーは隣の家の扉を開けて案内してくれた。
「隣の店を購入しまして、調度品などは揃えられていないのですが、おくつろぎください」
俺たちの交易品を売った金で、隣の建物ごと買ってしまったのか。随分儲かっているようだ。
ソファに座るとお茶が出てきた。
「お越しになるのはもう少し先かと思ってましたが……?」
シュエニーは相変わらず、汗を拭いながら聞いてきた。
「メイジュ王国の動きが気になってネ。これを間違いなくメイジュ王国の王城まで届けてほしいんだ」
「手紙ですか?」
「信書だ。魔境の辺境伯からの、と言ってもらって構わないから」
「わかりました。必ず届けるよう手配いたします」
「すまん。こんなことまでさせて」
「いえ、王家からも言われていますから」
「そうか、今回はこれだけだ。交易品はまた今度持ってくる」
「お待ちしております」
「あ、呪いに効くお守りなんかないよな?」
一応、聞いてみる。
「お守り程度なら、用意はできますよ。ただ呪いなら呪術師に聞くのがいいと思うのですが、なにか問題でも?」
俺もチェルも、拠点を出る前に血まみれで倒れたヘリーを気にかけている。ヘリーの呪いの根源は魔法への好奇心だ。ただ、今は魔法を封じる方の呪いが体に影響を与えてしまっているので、そちらを先にどうにか封じたり破壊できればいいのだが。
「説明が難しいネ」
「呪いに罹った本人は魔境にいる。魔法が使えない呪いなんだけど」
「精神的なものでしたら専門の医者がおりますし薬剤も出ていますが、古い呪いですか?」
クリフガルーダって医療系が発達しているのか。
「エルフの呪いだ」
「でしたら、やはり呪術師に相談するのがいいかと思います。紹介しましょうか?」
「頼む」
シュエニーは紙とペンを取り出して、さらさらと紹介状を書いてくれた。
「それで、その呪術師はどこにいるノ?」
「それが……、大穴の近くに住んでいて敷地内に入ると迎えが来ます。私が案内できればいいのですが、王家から町から出るなと言われてまして。もし迷われても町の誰でも知っている場所ですので、すぐにわかります」
そう言いながらシュエニーは地図に大穴の南側に印をつけた。
「だいたい、わかったから大丈夫だヨ」
俺たちは裏口から送り出され、ゆっくりヴァーラキリヤの町を散策しながら門を出た。
王都の近くなので行商人や馬車などが多く、大穴の南側に進む街道も混雑している。空飛ぶ絨毯を雇おうかと思ったが、そちらも混んでいて捕まらなかった。
最大の目的は達成できたので、急がなくてもいいだろう。
「服が汚れてるカ?」
街道を歩いていたら、チェルが聞いてきた。
「はぁ?」
周囲を見回して、自分たちの服を確認すると確かにきれいとは言い難い。鳥人族は重い荷物を運ぶ行商人でも白いシャツを着ていて、自分たちがみすぼらしく見える。
「皆、洗濯してるんだな。鳥人族はキレイ好きなんだろ」
「前に来たときはそんなこと思わなかったけどネ」
そう言われると、以前来た時からあまり時間は経っていないのに、急に美意識に目覚めたのだろうか。
「なんだ? お二人はこの時期の王都は初めてかい?」
後ろで歩いていた行商人のおっさんが聞いてきた。
「ああ、そうなんですよ。なんかあるんですか?」
「この先の森は呪術師の森と言われていてね。渡りの魔物が飛び立つと呪法が適応されてるんだ」
魔境に来たのはやはり渡りの魔物だったのか。
「どんな呪法なノ?」
「魔物や獣を落ち着かせる呪法のはずだよ。だから人間も獣染みた格好をしていると眠くなって仕事にならないってんで、猫も杓子も身ぎれいにしてるんだよ」
荷運びの奴隷たちまでシャツを着るらしい。
俺もチェルも汚れて汗まみれの自分たちの鎧やローブが急に恥ずかしくなってきた。
「着替えるか?」
「着替えなんて持ってきてるのカ?」
「だよな」
特に解決策はないので、居直るしかない。魔物に襲われたら対処すればいいし、そもそも目的は呪術師の森の中にいる呪術師だ。
その後、しばらく歩いていると呪術師の森が見えてきた。森の手前で、裸の獣人奴隷たちが白いシャツを着ていたので、すぐにわかった。
俺たちは、「魔物に喰われるぞ」という商人たちの声を無視して森の中に入っていく。
静かな森だった。
魔物たちものんびりとしていてまるで襲って来ようとしない。むしろ俺たちを見て、避けているようだ。
「呪術師の家の場所まで聞いておくんだったネ」
「いや、向こうから来てくれているみたいだ」
魔物に紛れて、木製の仮面をつけた小柄な男が木々の間から現れた。
「森で迷ったか?」
しわがれた声で男が聞いてきた。
「いや、呪術師に会いに来たんだ。知り合いが呪いで苦しんでいて」
そう言うと、男はじっと俺を見てきた。
「……あんた魔境の新しい主だろ? 自分でどうにかできなかったのか?」
どうやら俺たちのことがバレているらしい。
「成り行きでなっただけだ。エルフの呪いだから強力だし、魔法はこっちの魔族の方が詳しい」
「魔族でもどうにもならない呪いダヨ。魔法が使えなくなるんだけど魔力は本人も気づかないうちに出てるみたいでネ」
チェルが簡単に説明した。
「封魔の呪いか。犯罪者だな。放っておいてもいいんじゃないか?」
「よくわかるな」
「俺も元盗賊だ」
そう言って男は袖をまくって腕を見せてくれた。入れ墨が彫られているが内側に火傷の痕があった。
「自分で呪いを解こうとしない方がいい。死ぬほど痛いから」
「呪術師なら解く方法を知ってるんじゃないか?」
「知ってるだろうね。ただ、あの人は今二日酔いで寝込んで役に立たない」
目の前の男は呪術師じゃなかったらしい。男は肩を震わせて笑っている。
もしかしたら呪術師なのに、嘘をついているのかもしれない。どっちなのかわからない。
「俺が呪術師じゃないのか、と思ったろ。でも、例えば俺が今嘘をついて、俺が呪術師だと言えば、3人の中では俺が呪術師だ。そうやって位置が決まり、いつの間にか魔境のお二人には俺が呪術師にしか見えなくなる。たとえ、本物の呪術師が現れてもそっちが偽物に見えてしまう」
「呪いを解いてくれるならどっちでもいいんだけどな」
「そのどっちでもいいことが呪術では重要なんだ。記憶に刷り込まれ、身体に証が出来て、ある状態になると発動する」
「話が長いヨ。呪術師」
チェルが魔力を集め始めた。
「魔族ってのは情緒がないね。呪術より魔法が得意な理由はそれだな」
「チェル、やめとけよ。つまんないことで敵を作るな。頼む、封魔の呪いの解き方を教えてくれ」
「ふふ……、魔力の高い二人にも上下関係はあるんだな。本当にお二人は魔境に住んでるのか?」
呪術師(仮)はちょっと笑って聞いてきた。バカにしているわけではなく、本当にそんなことができるのか、と聞いているようだ。
「他に住む場所がないんだ。しょうがないだろ」
「そんな理由で、100年も住めなかった土地に住んでるっていうのか? 理解不明だ」
呪術師(仮)は頭を横に振った。
「もう、いいヨ。こいつ縛って、呪術師を誘きよせヨー」
チェルが肩を回して、木に絡まっている蔓をブチブチと引きちぎった。
「そう短気を起こすなって。この人にとっては教えたところで利益があるわけじゃないんだし、慎重にもなるさ」
「魔族らしい。魔境の主は魔法と呪法の違いが判るか?」
呪術師(仮)は、俺に近づいて聞いてきた。
「さぁね。俺は地位があっても学がないからな」
「魔法は短気な奴が作った。だから効果が短い。呪法は呑気な奴が作った。だから効果が長い」
「俺にはどちらも難しいや」
「どちらも法だ。道筋や制約で成り立ってるんだから、解きたかったら法そのものを変えてやればいい。古い法を変えるのは難しいけどね。でも、今その人が苦しんでいるとしたら、その法が狂い始めてるんだ。心当たりは?」
ようやく本題に戻った。
「魔境での生活かな」
「そう、漠然と言われてもわかりかねる」
「マキョー、ちょっと魔法を見せてやってヨ。話すより体験した方が早いってことがアル」
「え? ああ、ちょっと景色が変わるけどいいか?」
「はあ?」
呪術師(仮)は腑抜けた声を出した。
俺は地面に手を置き、地中を探り、魔力で隆起する力に干渉。辺り一帯が一気に盛り上がり、太陽に向かって伸びていた木々の先が四方八方に向いた。鳥たちが一斉に飛び立ち、魔物たちが一目散に逃げだしている。
「……わかった! 勘弁してくれ! 元に戻してくれ! 頼む!」
呪術師(仮)が地面に伏せ、慌てて謝ってきた。
俺は、ぐっと地面を押して平らにならす。
「これが魔境の生活の一部だ。わかったカ? このマキョーは今のが魔法なのか呪法なのかわからないまま、魔力を使っているんダヨ」
やったのは俺なのに、なぜかチェルは勝ち誇ったように未だに伏せている呪術師を見下した。
「危うく、大穴の化け物たちが王都を駆け巡るところだったぞ」
呪術師(仮)はローブについた土埃を払いながら立ち上がった。
「そんな呪法がこの土地にかかっていたのか?」
「ああ。その呪法を守るのが我が呪法一族の役目。俺は一族の誰よりも呪いのコツを習得するのが上手かったから、呪術師を名乗っている」
「呪法と呪術の違いを教えたつもりだろうが、このマキョーはわかってないゾ!」
「え? なんか違うのか?」
まるで俺だけアホの子のようだが、さっぱりわからん。
「法を守るのが呪法師。呪術にはコツがいる。武術と同じだ。思いきり殴るより、顎をかすめるような打撃の方が、脳が揺れて相手を倒すことができるだろ?」
「それはなんとなくわかる。つまり人の性能に合わせて、呪うのが上手いってことか?」
「近いな。その理解でいい。はぁ……」
呪術師は大きく溜め息を吐いた。
「それで、その呪われた……エルフの犯罪者は、魔法使いか、魔術師か、魔道士か、どれだ?」
俺にはどういう違いがあるのかさっぱりわからん。
「魔道士だろうネ。ずっと研究してたみたいだし」
俺の代わりにチェルが説明した。チェルには違いがわかるらしい。
「それであの魔境の主のアレを見たのか? そりゃ地獄だろう。状況は理解した」
呪術師は髪をぐしゃぐしゃとかき分けて、わかりやすく考え始めた。
「チェルよ。俺の魔法は地獄か?」
「マキョーのはオリジナルの魔法だから、名前がないダロ。区分もないし、系統も確立されてない。しかも人体や心の性質じゃなくて、地形だからネ。魔術なのかどうかも怪しい。ただ、魔力を使っていて現象が起こってはいるから説明し難いんだヨ」
「一生懸命に街道を進んでいたら、空にも道があったようなものだ。いずれ当たり前にはなるだろうが、初めて見る者には刺激が強い。強すぎる。エルフの古い呪いが崩れそうなのだろう」
チェルと呪術師が俺を責めるように言ってきた。
「じゃあ、なにか? ヘリーが苦しんでるのは俺のせいだっていうのか?」
「「そう!」」
「……悪いことしたな」
「そうでもないさ。魔力は使えるんだよな?」
呪術師がチェルに聞いた。
「ちょっとずつ本人も気づかないうちにって感じだけどネ」
「だったら、魔道具を使って魔力を使う練習をするといい。無理に呪いを解くよりも早いだろう。魔石灯でも空飛ぶ箒でもなんでもいいから、魔法陣が描いてあるものに魔力を込めてみろって言っておいてくれ」
「わかった」
「魔力を使う感覚を養ってコツを掴めば、魔法からはみ出た魔術を使えるようになるかもしれん。だからと言って魔境の主が使ってるアレが使えるようになるかはわからん」
呪術師はそう言うと肩を落とし、仮面を外した。中年の鳥人族の髭面が現れた。
「俺は、クリフガルーダの歴史の中でも結構、天才な部類に入ってると思ってたんだけどな。エスティニアじゃ、魔境の主のような人は普通なのか?」
呪術師がチェルに聞いていた。
「こんなのが普通だったら、私たちはとっくの昔に奴隷にされてるよ」
チェルは訛りなく流暢に言った。
「だよな。ハハ……。主よ、いつか魔境に行ってもいいか?」
「ああ、いいよ。新規の移住者は歓迎してる」
「とりあえず、死なないことが大事だヨ。鳥人族も一人、新しいのが入ったしネ」
「本当か。先越されたな」
その後、呪術師は「帰って呪いを学び直す」と言って森の奥へと消えていった。
俺たちも再会を約束して、そのまま北上し魔境に戻った。
行きと同じく、帰りの宿も砂漠にある廃墟の塔。魔物たちは今日も荒れている。
「落ち着くな」
「ウン」