【探索生活38日目】
深夜、シルビアに起こされて、のそのそと洞窟から出る。
焚火の側には横になっているヘリーの姿があった。
「昨日、なんかあったか? 騒いでた音は聞こえた」
「き、き、筋トレ。へ、へ、ヘリーがエルフ式の筋トレをリパに教えてたんだけど、自分でも気づかないうちに魔法を使ってたみたいで全身から血が噴き出た」
「大丈夫なのか?」
「ほ、ほ、本人に聞いて。チェルを起こしてくる」
夜が明けきらぬうちにクリフガルーダに出発しようと思っていたが、ヘリーの容体が気になる。
「なに、無理してるんだよ」
ヘリーの側に行って、聞いた。
「すまん。いや、筋肉を鍛えていたつもりだった。シルビアに回復薬をかけてもらったから大丈夫だとは思う。ジェニファーにも真面目に怒られた」
体を起こしてヘリーが言い訳した。
「あれでも僧侶だからな」
「魔力は使えるみたいだから問題ないと思ったが、未だ魔法に縛られているようだ」
ヘリーは前にロッククロコダイルのコートを作っていた。自分でも気づかぬうちに魔力を使っているとチェルに指摘されていたため、魔法に関する危機感が薄れていたのかもしれない。
「縛りを解く方法はないのか?」
「タトゥーごと皮膚を剥がすか、焼き鏝で魔法陣を壊すか。どちらにせよ、魔法陣を壊すような怪我をすれば心臓が縮むように細工もされているはずだ」
ヘリーは自分の胸を指さした。
「ちなみにどんな魔法を使ったんだ?」
「自分の体重に負荷をかける簡単なものだ。マキョーがやっている魔力操作に近い」
「俺は魔力操作をしているのか」
「……名前がついていないのだから魔法ではないのだろう? いや、そう言うことじゃないのか。今は説明ができない」
ヘリーは口に手を当てて考え始めてしまった。「概念の差か。エルフが解明していなければ魔法ではないということなのか。『ノミナを忘れよ』か。機能であって法ではない。どちらにせよ筋肉をつける必要があるな」などとブツブツ言い始めた。
「通常営業に戻ったな。身体を休めろよ」
「ん? ああ、大丈夫だ。魔境の薬草で作った回復薬は治りが早い。それより、魔力を使っている感覚が……」
そう言っているヘリーの鼻から血が垂れていた。
「鼻血が出てるぞ。もう少し休んでおけ」
ヘリーを強制的に寝かせて、起きてきたチェルと打ち合わせ。
「珍しくヘリーがやらかしたって?」
シルビアに起こされたチェルも心配しているようで、普段の訛りが消えている。
「ああ、気付かぬうちに魔法を使ったみたいだ。診てやってくれ」
チェルが、ブツブツ言いながら寝ているヘリーを叩きながら回復薬を塗っていた。
「ありゃダメだ。ヘリーの呪いが出てるヨ。身体は大丈夫だけど、魔力への好奇心が止められそうにないらしいネ」
診断後、チェルが説明してきた。ヘリーは寝ながら研究に没頭しているらしい。
「そうか。シルビア、悪いけど俺たちが留守の間、魔境を頼む。シルビア以外、おかしな奴らしかいなくなっちまった」
「え、え、え~……」
唐突に辺境伯代理を押し付けられたシルビアが情けない顔で返してきた。
「嫌になったら、軍の訓練施設にリパを連れて逃げろ」
「わ、わ、わかった」
結局、不安そうなシルビアを残し、俺とチェルは砂漠へと出発した。
「大丈夫カナ?」
真っ暗な森の中を走りながら、チェルが聞いてきた。
「さすがに死にはしないだろう」
「そうだけど……」
「ジェニファーも怒ってたっていうし、皆ヘリーには世話になってるから見捨てないさ」
チェルは頷いて「それもそうカ」と納得していた。
度々植物が襲ってくるが、俺もチェルも魔力を纏った拳や魔法で弾いていく。荷物で重要なのも手紙だけ。足手まといもいないので移動は楽だ。
砂漠に出たのは東の空が白み始める前。
走り始めてすぐに立ち止まった。
「ン? なんか固い?」
「砂漠の砂が固いな。今日は湿気が多いのかもしれない」
鉄砲水に気をつけながら、固い砂漠を進む。鎖が見える頃、ようやく空が白み始めた。
周囲の砂は錆色に湿っていて、魔物の血の臭いが濃い。近くには魔物の死体が転がっているわけではなく、ただ血と雨がどこかで降って流れてきたようだ。
「大量虐殺でもあったカ?」
「かもな。行ってみるか? それとも迂回する?」
迂回するとなるとかなり時間がかかるが、この先にある危険を考えると迂回してもいい。
「どっちにしても何があったかが知っておいた方がいいから、行こうヨ」
「そうだな」
そう納得して進んでみたものの、どこまで行っても何が起こったかはわからなかった。
鎖近くの広範囲に血がしみ込んでいる以外は何も痕跡が残っていなかったのだ。魔物の死体も争った跡も俺たち二人には発見できず。
おそらくゴーレムが魔物の群れを殺したのだろうと予想はしたが、突然の砂嵐によって血の痕も砂に埋もれてしまった。
一旦、近くの砂丘に避難。軽く朝飯を食べた後、本来の目的であるクリフガルーダに向けて走った。
太陽が高く昇り、気温が上がると再び休憩。交代で昼寝。日が傾いてきたら起き上がり、襲ってきた魔物に対処する。
家ほどもある空を飛ぶ鴨の魔物をチェルは戦いながら、羽を毟り魔法で丸焼きにしていた。
「砂漠だから食料は多い方がいいヨネ?」
「まぁ、そうだけど……。砂漠で鴨の魔物なんか珍しいな」
鴨肉を持ち運びやすい大きさに解体していく。
「……魔境産じゃないかもネ」
「じゃあ、どこから来るんだ? クリフガルーダまではまだ結構あるぞ」
「鴨は長い距離を飛ぶカラ」
「クリフガルーダ産の魔物が魔境に進出してきているってことか……」
どちらにせよ、クリフガルーダ産の魔物の肉は高く売れないので、自分たちで消費してしまうことに。骨や頭は砂の中に埋めた。
再び走り続け、日が沈む頃にようやく中継地点である廃墟に辿り着いた。
廃墟には砂漠に生息している蛇や蜘蛛、ゴツゴツしたトカゲなど、いずれも人よりも大きいサイズの魔物がそこら中にいる。前にこの廃墟を離れるときは魔物の死体だらけだったが、死体は全て食べられ骨も残っていない。
砂漠の魔物にとっては餌場になってしまったようだ。
俺たちが廃墟の塔に近づくと、魔物たちが警戒するように建物の陰からこちらの様子を窺ってくる。彼らの縄張りなのかもしれないが、こちらも今日はここで眠りたい。
蛇の魔物が牙をむき出しにして威嚇してきたので、一発ぶん殴るとどこかへと隠れてしまった。
「どうするノ?」
「全部殺すか? 朝から走ってきたから疲れてるんだよ。襲ってくる奴だけ対処しておけばいいんじゃないか。塔の上ならそんなに襲ってくることもないだろう」
「うん、了解」
廃墟の魔物たちは腹が満たされているのか、俺たちに興味がないのか、水球のテントを張って拠点を作る時も鴨肉を食べている時も襲ってくることはなかった。
俺が寝ようとしたら、「来たヨ」とチェルに呼ばれた。
「なんだ?」
ゴーレムでも襲ってきたのかと、テントを出て塔の崩れた個所から外を見ると、空に怪鳥の群れが南から飛んできていた。いずれも羽を持ち、クリフガルーダから飛んできたらしい。羽を休めるためか、睡眠のためか、何かに導かれるように空を飛ぶ魔物の群れは廃墟に降り立つ。
当然、廃墟に棲む砂漠の魔物たちは空から来た獲物に襲い掛かり、捕食。我先にと砂漠の魔物たちの争いが起こる。廃墟には血の雨が降った。クリフガルーダからわざわざ来た餌は骨も残らず、砂塵とともに消える。
周囲には争いの熱気が湿度となって充満。遠くの砂丘からサンドコヨーテの遠吠えが聞こえてくる。砂漠にこれほど魔物がいたのかと思えるほど、サンドワームやデザートサラマンダーなどもやってきた。
かつて人が住み交易の中継地点として使われたこの廃墟が、魔物の集合場所になっている。
「もしかして私たちのせいカナ?」
「渡りの季節なのかもしれないぞ」
俺たちはしばらく魔物たちの営みを見てから、交代で眠った。