【探索生活37日目】
朝起きて沼で顔を洗い、洞窟に戻ってくるとヘリーとシルビアが、コップに水を用意していてくれた。
「なんだよ、珍しいな」
とりあえずコップの水を飲んでみると、氷のように冷たかった。
「冷た!」
二人は俺のリアクションを見て笑っている。
「すまん。発掘した壺に描いてあった魔法陣を再現したのだ。そのコップはいつでも冷たい水が飲める」
よく見てみると木のコップには薄く魔法陣が描かれていた。
「古代人は冷たい水を飲んでいたのか」
「し、し、しかも日常的に」
「意識してコップの魔法陣に魔力を込めなかっただろ?」
「素材の魔力伝導率がいいのか? それとも魔法陣によって少ない魔力でも冷やせるのか?」
ヘリーに聞いたが、自分でやってみろと促された。コップに魔力を込めると、コップ全体が白く凍った。
「現代のエルフが使っている魔法陣よりも緻密で正確だ。器用なシルビアが三回も失敗した」
シルビアが欠けたコップを見せてきた。
「りょ、りょ、量産は無理」
「優秀な魔道具屋がいたのかもしれないね」
「他は何かわかったか?」
俺がそう聞くとヘリーとシルビアは互いを見合わせた。夜の間に二人で発掘物について調べたかもしれない。
「いや門があるのに防護壁がないのは変じゃないかと思って、話していただけだ」
「ぬ、ぬ、沼の底に巨大な骨があったから、魔物から町を守っていたと思ってたんだけど……」
「防護壁がないとなると、巨大な魔物が入りたい放題だからな。後世には残らない壁があったのか、巨大な魔物が飼われていたのか……。二人はどっちだと思う?」
「飼われていた方。巨大な魔物なら関節への負担が激しいだろうから、水辺で飼うのは適している。それに体内の熱を下げるのにも効果があったのかもしれない」
「魔物を巨大にした理由は?」
俺は凍ったコップを焚火に近づけて溶かしながら聞いた。
「い、い、移動手段か、コロシアムの魔獣として……」
「そう考えると武器が見つからない理由も納得できるのではないかと」
「筋が通るな。ヘリーは霊に聞いたりしてないのか?」
一応、聞いておく。
「それが聞こえないのだ。生活していた跡があるのだから、記憶が残っていてもいいようなものだが、それもない。よほど死生観がしっかりしていたのだろう」
やっぱり試してはいたようだ。
「まぁ、仮説は大事だけど、あまり予想しすぎないようにやってこう。細かいものを見落としたりするから」
「確かに」
ヘリーたちとの打ち合わせが終わり、チェルが起きてきた。
「明日、出発でも行けるカ?」
チェルが手紙を持って聞いてきた。
「クリフガルーダにか? 砂嵐に気をつければ食料も二日分でいいから行けるぞ」
「じゃあ、明日行コウ」
「わかった。夜中に砂漠の近くまで移動しておこう。どうせ昼間は砂漠を移動できないから。ヘリー、シルビア、夜中に俺とチェルを起こしてくれ」
「わかった」
「りょ、りょ、了解」
チェルは自分から提案してきたのに、「ヨナカ……」と後悔していた。
朝飯のワニ肉のスープを作っている間にジェニファーとリパも起きてきて、五人で朝飯。リパが筋肉痛で、回復薬を全身に塗って真っ白になっていた。女性陣は笑っていたが、リパ本人は気にしていないらしい。
「回復薬を塗らないと動けないので仕方ないです」
「強くなれ」
「はい。ただジェニファーさんに追いつけるイメージがしないんですけど」
「追いつかなくていいし、目指さなくていい。自分のやり方でいいから、やれることをやっていけ」
「はい」
午前中はジェニファーとリパは森で薬草採取だそうだ。ジェニファー曰く、リパは「彼は覚えも悪いし、現状では役に立ちません。ただ、一度覚えたやり方をずっとやり続けることができますね。臨機応変さはないのですが、練度は上がっていきます。しばらく様子を見てあげていいと思いますよ」とのこと。
俺とチェルは明日の準備と船造り。明日の準備と言っても、鞄に食料の燻製肉とドライフルーツ、水袋に水を入れるくらいだ。
船は形になってきたものの、大陸間を移動できるか考えると心もとない。
「これでマストを立ててアウトリガーを付ければ、荒波を越えていけるカ?」
「一回、越えてるだろ?」
「命ギリギリ。マキョーに見つけられなかったら死んでたカモ」
「漂流だったもんな。羅針盤見たり、帆を上げ下げできたりしないと航海にならないか。羅針盤はクリフガルーダで買ってこよう」
「マキョー、水流を生み出す魔法を教えテ」
「水流くらいならチェルだってできるだろ?」
船を削る手を止めて振り返ると、チェルは手のひらから水を出していた。
「私のは普通の水魔法だけど、マキョーの魔法の方が楽そうダ」
水の勢いが物足りないらしい。
「まぁ、いいけど、水の流れに干渉するだけだぞ」
「それって力を増幅させてるわけでショ。意味わかんネ。強化系の魔法ってことカ?」
「系統は習ったことがないからわからん。でも、魔法はチェルに教えてもらったんだから、チェルもできないとおかしいと思うけどな」
「ケッ!」
チェルは「出来りゃ苦労しねーヨ」と言いながら、船を削っていた。
昼飯はカム実のジャムを塗ったパンとヘビ肉のスープ。カム実とヘビはリパがとってきたものだ。両方ともさっぱりしていて美味しい。
「もしかして鳥人族は鳥が好きなものは好きなのか?」
起きてきたヘリーが聞いていた。確かに鳥の中には蛇を食べるワシもいるくらいだ。
「へ? いや、どうでしょう……」
リパは首をひねって考えていた。
「キ、キ、キラキラしたものを集めてしまったり?」
「そう言われると、磨かれた金属は好きかもしれないですね」
リパは強制的にシルビアから刃物の研ぎ方を教わることになっていた。
食後の休憩後、五人そろって沼の反対側へ向かう。なんとなく道ができ始めていて、魔物たちも襲ってこなくなった。
ただし、植物は違った。
「はぁ、魔境だな」
「これぞ魔境だヨ」
「あぁ、魔境ですね」
昨日、魔物の死体を焼いた場所から青々とした草木が伸びていた。
「一日しか経ってないではないか!?」
カミソリ草にオジギ草、ヤシっぽい木が生え、炭に覆われていた地面が見えない。
「これが、魔境で農業ができない理由だ。P・Jはやっていたみたいだから、方法がないわけではないと思う。誰かいい方法を思いついたら教えてくれ。ちなみに普通の野菜の種は魔境の植物に負ける」
簡単に説明だけして、遺跡周辺の土を掘り返す。
地面に魔力を放ち、武器らしき遺物を探した。棒の破片やスプーンなどを見つけたが、明確な刃物や武器になりそうな形状の遺物は発見できない。
「こ、こ、これはベルトの金具か?」
シルビアが見つけたのは大きな皿ほどもあるベルトについていそうな金具だった。
「信じられないくらいの太った人がいたのか、それとも魔物に使っていたのかわかんないネ」
「後で錆びを落として調べよう。次は隣の丘を掘ってくぞー!」
「「「おー!」」」
気温が上がっていて、全員汗だく。空元気でも出さないとやってられない。
ひたすら丘の木を切り倒し藪を刈っていると、インプが騒ぎ出す。
ギョエェエエエ!
警報のような声があちこちで上がり始め、トレントや巨大な花の魔物などが近づいてくる。ある程度集まったところで、拳に魔力をまとわせ、ぶん殴って駆除していった。
「いいですか、あれはマキョーさんだけしかできませんから期待しないように」
ジェニファーが呆気に取られているリパに教えていた。
「新しい魔物いなかったカ?」
「花の奴か? 毒はかからなかったぞ。燃やしておいてくれ」
魔物の死体と枝葉を沼地付近に集めて、チェルが盛大に焼いた。
「せ、せ、せっかくだからカム実の種を植えてもいい?」
シルビアはヘリーと一緒にカム実を食べていた。いつの間にかおやつの時間になっていたらしい。焼いた跡地はどうせ植物が生えまくるので、食べられる植物を植えたいとのこと。
「うん、頼む。ここら辺一帯を果樹園にしてくれ」
俺は渡されたカム実に噛まれながら答えた。
甘いカム実を食べてから、穴を掘り続ける。丘を崩すのは二度目なので、指示を出さなくても作業が進む。
途中、馬みたいなサイズのモグラの魔物が出てきたが、こん棒で叩いて潰した。そのモグラの魔物のせいで地中にトンネルができていて、遺跡も多少崩されていたが構わず掘り進めた。
「やっぱり時間がかかるな」
「マキョー、そろそろ」
チェルが袖を引っ張って空を指さした。日没までは時間があるが、空は赤く染まっている。
「ああ、そうか。悪いけど明日、俺たちはクリフガルーダに向かうから先に帰る。適当に切り上げていいから、無理だけしないように」
「「「おえーっす」」」
「はい!」
リパだけ元気に返事をしていた。
俺とチェルは先に洞窟に戻って、身体を洗って寝てしまう。
寝ている間になにか物音がしていたようだが、特に起こされなかったので構わず自室で寝た。