【探索生活35日目】
チェルが俺の部屋にやってきたのは、早朝と呼ぶには早すぎる深夜だった。
「なんだよ」
「発掘疲れたカ?」
「同じ作業だから精神的に溜まるんだよ。体力は問題ない。なんかあったか?」
俺がそう聞くと、チェルは飛び切りの変顔で「う~」と唸っていた。
「なんだ、その顔は。なんか相談しに来たんじゃないのか?」
「相談しに来たヨ。デモ、言いたくナイ」
「めんどくせぇなぁ。とりあえず、こんな暗い洞窟のなかで喋っててもしょうがないから焚火に行こうぜ」
ジェニファーがまた変な気を起こしても面倒だ。
「ヘリーとシルビアがいるヨ」
「どうせ俺だけに相談したって、大した助言はできないんだから脳みそが多い方がいいだろ?」
「それもそうダナ」
結局、外に出て焚火の側で作業をしているヘリーとシルビアの横に腰を下ろした。
「二人については信用してるだろ? 二人とも作業しながらでいいからチェルの話を聞いておいてくれ」
「眠り薬を作ってるから、あんまりこちらに近づかないように頼む」
「き、き、木くずが飛んだらごめん」
ヘリーもシルビアもマスクをしている。シルビアはこん棒の持ち手を削っているようだ。
「説明が難しいんだケド?」
チェルは俺を見ながら聞いてきた。
「いいから話せよ」
「クリフガルーダに行っただロ? それで魔道具や飛行船を見て、マキョーはなにか変わった?」
「リパが来た」
簡潔に答える。
「あとは?」
「あとはクリフガルーダまでの交易が始まる?」
「ん~そうじゃなくて……心境とか危機感とか変わらない?」
チェルは普段と違い、訛りもせずに真剣に聞いてきた。
「え、なに? 変わったほうがいいの?」
「変わったほうがいいナァ~」
チェルは空を見上げて再び変顔をしていた。
「そう言われても、発掘も始まってるし結構忙しいのよ。俺」
「魔族の国、メイジュ王国ともクリフガルーダは交易をしていた感じだったよね?」
「あ、ついにチェルがどういう立場なのか、告白するときが来た?」
「ん~、それは割とどうでもいいというか、ちょっと置いといて、後で話すから。それよりもメイジュ王国とクリフガルーダが繋がっていることについて、ヤバいなとか思ったりしない?」
「別に、しない」
「私はする」
「な、な、なんとなく不安はあるよ」
ヘリーとシルビアには危機感があるらしい。
「そうだよね! やっぱりマキョーがおかしいんだよね!? なんだ、よかった」
「なんだよ~」
「マキョーには魔境の領主としての自覚がないんだよ。だからそんな呑気にしてられるんだ」
「だから、チェルたちの危機感がわからないから、俺にもわかるように教えてくれ」
わざわざ起きてきたのに、文句を言われている気分だ。
「メイジュ王国の国民はほぼ魔族だ。つまりさ、魔法も魔道具の開発も盛んなんだよ。クリフガルーダの空飛ぶ技術が伝わっているなら、本来は輸送技術が発展しているはずだ」
「そうなの? チェルがいた頃、と言っても二ヵ月くらい前はそんなに発展してなかったのか?」
「発展してなかった。少なくとも表立ってはね。ところが、ここんところ何度か先代の魔王に呼ばれている気がするんだ?」
「ん? どういうこと? 通信魔法みたいなものか?」
「チェルのは呪いに近い。先代の魔王は死んでいるのだからな」
ヘリーが補足してくれた。
「え~、じゃあチェルは幽霊の声が聞こえるっていうのか?」
幽霊と聞いて、思わず顔が歪んでしまう。
「ほら、やっぱり変な顔をしてる! だから言うの嫌だったんだよ」
「怯えた顔だ。変な顔じゃない。とにかくユーレイから連絡が来るんだろ? それで?」
「魔王が何度か変わってるってこと!」
「そうなの?」
「あ~、言ってなかったけど私は先代に魔王の座を指名されてたんだけど断ったことがあるんだよ」
「ちょっと何言ってるのかわかんないっす。チェルって魔王になる予定だったの?」
「だからなる気はなかったし、断ったの! 可哀そうな目で見るな!」
「で、そんな魔王様がなんでこんな辺境の地にいるんだよ。意味わかんねぇ」
「だから逃げてきたんだよ!」
チェルに肩を殴られた。
「なんで俺はこんな深夜に相談受けてるのに、殴られてんだよ」
「マキョーよ、察してやれ」
ヘリーに言われ、ようやくチェルの言っていることを無理やり飲み込んだ。
「よし、わかった。チェル、お前は次期魔王なのに魔境に逃げてきたんだな。特に俺は気にしない。好きに生きろ!」
「だから私のことはどうでもいいんだよ。この野郎!」
なぜかわからないが、チェルは怒りに震えている。きっと原因は俺だ。なのにどうして怒っているのかわからない。
「すまん! 俺は大した教育も受けてないし、この間まで冒険者だったんだ。よくわからないまま魔境の領主になっているだけなんだ。住む場所も着る物もあるし、飯だって用意してもらってる。なにが問題なんだ?」
「つまり、だ。政権が変わったことでメイジュ王国も輸送の技術革命が起きているかもしれないってことだ。もちろん、その技術は商業だけでなく、軍事力にも向かう」
「ま、ま、魔族の軍が空を飛んでくるかもしれない。ひゃ、ひゃ、100年前の恨みもあるし」
ヘリーとシルビアが、チェルの代わりに説明してくれた。
「別に軍じゃなくてもいい。学生時代、私は魔族が官民一体で世界中に散らばりゆっくり領土を広げる草案を書いたことがあるんだ。家柄や能力によって格差を広げるのではなく、共に同じ目的があったほうがいいと思って書いたんだけど、それが魔王の目に留まった」
「チェ、チェ、チェルはそんなに優秀だったのか」
「庶民とよく一緒にいただけなんだけど、先代にはかわいがられたんだと思う。そしてクリフガルーダに遠い親戚がいた。マキョーも見たでしょ?」
「ああ、なんでも鑑定しちゃう人な」
「私の草案以前から、メイジュ王国は魔族をクリフガルーダに送り込んでいたんだよ」
「能力が高い魔族が、高い地位を手に入れるのは当然の成り行きだ」
ヘリーは眠気覚ましの気付け薬を嗅ぎながら言った。
「空を飛ぶ技術が広がれば、必ず魔族はやってくる」
「なるほど、チェルがただのパン好きの魔法使いじゃないってことはわかった。それで?」
「だから魔境の空に飛行船がやってくるかもしれないってこと!」
「別に問題ないだろ? 魔境には魔物がいるんだ。飛行船くらい落とすよ、きっと。クリフガルーダの冒険者たちだって魔物がいるから魔境に侵入できてないんだから」
「そうかもしれないけど……」
「制空権を取られると何かと不便だ。猛毒を落として帰っていくかもしれないんだから。エルフの国は一発で終わるかもしれない」
ヘリーが遠く北の方を見た。
「エ、エ、エスティニア王国にも報告はした方がいいかも」
シルビアは魔境の入口の方を見た。
「マキョー、これでわかったカ?」
「うん。まぁ、魔境はチェルがいる時点で魔族の侵入は許しているわけだし、なにかが飛んで来たら落としてみてから考えるか」
「なにかあってからじゃ遅いかもヨ! 先手必勝っていうシ!」
「だったら、チェルが早く船を作って、メイジュ王国に話をつけに行ってくれ」
「ああ、そうカ」
いつの間にかチェルの口調も戻っている。
その後も話してみたが、結局これからは塩を採りに行くとき、東海岸にしばらく滞在してみることになった。
朝方少し寝て、ジェニファーとリパにも夜の間の会話を報告。午前中に魔境の外にある小屋に行き、エルフたちにも「魔族が空を飛んでくるかもしれない」と報せておいた。
「この前、言っていた飛行船の話ですか? では、クリフガルーダと魔族の国が交易していると?」
「物わかりがいいな。その通りだ。エスティニアの軍が来たら教えてやってくれ。ついでにエルフの国にも」
「わかりました。言ってはみますが、魔境の領主様から報告した方がいいですぜ。近々、訓練のため森に来るそうですから、その時にでも」
「時間が合えばな。じゃ、一応報せだけ。こちらでも来たら落とすつもりだから」
それだけ言って、魔境に戻った。
早めの昼飯を食べてから、昼寝。深夜の話し合いが長引いたので朝から眠たかった。
午後は、全員で発掘現場に向かう。
予想通り、カム実やドクヌケベリーを求めて虫の魔物が大量に発生。その虫の魔物を食べに、大型のカエルの魔物の鳴き声がそこら中から聞こえてきた。
P・Jの手帳によるとオオイボガエルという無数にあるイボから幻覚系の毒を噴き出すカエルの魔物のようだ。大型犬くらいのサイズだが、強いわけではないらしい。駆除はリパに任せた。
俺たちはひたすらヤシの樹液で作ったスコップで、丘を掘り進めていく。掘った土はチェルが魔法でまとめて、沼に捨てていた。
地面を崩すのは簡単だが、遺跡まで壊さないように力を調節するのが難しい。大雑把に掘ってから慎重に土をかき出していく。固い岩や小さな魔物の骨なんかも出てきたが、とにかく時間がかかる作業だ。
皆、黙々と作業をしていたら、リパがオオイボガエルの幻覚にやられて倒れていた。怪我はなさそうなので気付け薬を鼻の中に突っ込んで寝かせておく。
休憩中、オオイボガエルをシルビアがこん棒で叩いて倒し、ヘリーが毒を採取していた。「麻酔に使えるかもしれない」
ヘリーはそう言っていたが、P・Jは、毒を鍋で煮て空飛ぶ魔物に煙を嗅がせていたらしい。時々、大量に発生する魔物にも有効とのこと。
壁跡らしきものが出てきたところで、リパを起こして作業終了。帰り際にヘリーが落ちているカム実とオオイボガエルの死体に眠り薬をかけていた。
「明日は魔物を殺すだけで済むためだ」
「はい。ありがとうございます!」
起きたリパが返事をしていた。
「ちなみにどんな夢を見ていたんだ?」
寝言を言っていたので聞いてみた。
「いや、どうしようもない夢です。火を吐くトカゲを僕が操って魔物を倒していました」
「魔物使いか。リパは魔物に好かれているから、案外いいかもしれない」
今度、火吹きトカゲを捕まえてみるか。
日が暮れる前に、俺たちは洞窟へと戻った。