【探索生活34日目】
明け方起きて、ヘリーとシルビアと探索の打ち合わせをしながら朝飯を食べる。今日は体調が回復したジェニファーもついてくるという。
「食料調達もしておきたいです。肉や甘味は多いのですが、魔境は野菜が不足していますから」
洞窟から出てきたジェニファーが前髪を整えながら説明した。リパという異性が住み始めたので、容姿に気を使っているらしい。
当のリパは麻痺の杖を振る修行中。顔を洗いに沼に行ったらグリーンタイガーに襲われてシルビアに助けられたらしい。
「ま、ま、まず死なないことだ」
「はい!」
皆、魔境に来たら一度は通る道だ。徐々に慣れていくといいけど。
「じゃ、起きたら探索開始で。おやすみ」
「お、お、おやすみ」
夜型のヘリーとシルビアは就寝。昼頃に探索に出発することに。
チェルは今頃になって旅の疲れが出たらしく、体調が不良とのこと。
「今日は洞窟の掃除をしてるヨ」
あまりに元気がないので「スープでも飲んで寝てろ」と言っておいた。
「マキョーさんがおかしいんです。チェルさんが普通なんですよ」
ジェニファーが乾燥した薬草を壺に入れる作業をしながら、指摘してきた。
「そうか。まぁ、そうかもな」
チェルには俺のペースに付き合わせすぎたかもしれない。
反省しつつ、リパの修行を見てぼーっとしていたら「ちょっとこっち手伝ってください」とジェニファーに怒られた。
外で乾燥させている薬草を倉庫に保存していく。洞窟の奥にある倉庫には回復薬やシルビアの武器やヘリーの壺などが並んでいる。
「マキョーさん、魔物の革を見ておいてください。さすがに多いし、このままだと虫に食われたりするので交易品に回した方がいいですよ」
部屋の隅に魔物の革が積まれている。シルビアが武具づくりに使う分として取っているが、確かに量が多い。ある程度、交易品として訓練施設に持って行った方がいいようだ。
「そう言えば、あいつらどうしたんだ?」
魔境の入り口付近に小屋を作って二人のエルフが住んでいたはずだ。一応、魔物の獲り方は教えておいたが、死んでいるかもしれない。
革をまとめて背負子に括り付けていると、リパが声をかけてきた。
「どこに行かれるんですか?」
「交易品を軍の訓練施設に持っていくんだ。魔境じゃ小麦や野菜がとれないから、換えてもらっているんだ。リパも行くか?」
「行っていいんですか?」
特にエスティニア王国と敵対しているわけではないはずなので鳥人族がいても問題はないだろう。むしろ王家には交易できることを報告した方がいいのかもしれない。
「いいんじゃないか? 怒られたら、変装しよう」
「いえ、変装してから行きます」
リパは自ら顔に布を巻いて、鳥っぽい顔を隠した。
リパを連れて入口付近へと向かう。
「ここら辺の魔物はそんなに強くないから、戦い方を覚えたいなら、ここで修業した方がいいかもしれないぞ。俺もそうだったから」
そう言って振り返ると、リパがカム実に頭を噛まれて、オジギ草に足を挟まれていた。
「リパは魔境に好かれてるのかもな」
リパの身体からカム実を外して、オジギ草を踏みつけてやった。
「どういうことですか?」
薬草を傷口に塗りながら、リパが聞いてきた。
「魔物にも植物にも襲われやすいって才能だよ。早くその才能を使いこなして魔境の掃除屋になってくれ」
「そう言われましても……」
「カム実は噛んでくるが、食べたら美味い。オジギ草は触れると挟んでくるが、魔物を誘い込めば罠になる。なんでも使い様だ」
「なるほど」
その後もリパは小さい猿の魔物に襲われていたが、杖で麻痺させたり、カム実を投げつけたりして対処していた。
リパの歩行速度に合わせたので時間がかかったが、入り口の小川まで来た。
掛かっていた丸太橋は痕跡もなくなっている。
「この小川を渡るときは、足に魔力を込めて蹴っ飛ばすんだ」
「え?」
戸惑うリパを置いて、俺は小川を渡る。飛び越えてもいいのだが、スライムがいることを教えてやらないといけない。
小川に近づくと、すぐにスライムたちが足に噛みついてきた。俺は思いっきりスライムたちを蹴っ飛ばしながら渡り切る。
「な? やってみろ」
「は、はい!」
リパは恐る恐る小川に近づきスライムを蹴っ飛ばしたが、威力が弱いのかスライムが足にへばりついている。リパは必死でスライムを剥がそうとするが、その間に他のスライムに襲われていた。
「あんまり魔力吸われないようにな」
結局、俺は戻ってリパについたスライムをちぎって投げていった。
「まぁ、空飛ぶ箒で飛んで渡ってもいい。方法にこだわるな。魔境で生き残るコツだ」
「……はい」
魔力を失い、白い顔のリパが返事をした。いつの間にかリパの変装は解かれてしまっていた。
小川を越えて簡易的な小屋の側にある木に馬が繋がれていた。
「誰か来ているな」
小屋の中を覗いてみると、サーシャと兵士たちがエルフ2人を囲んでいた。
「よう。エルフを捕縛中か?」
「あ、噂をすれば辺境伯。交易ですか?」
サーシャは、俺の背負子を見て聞いてきた。
「他に魔境を出る理由がない。取り込み中なら、また今度にしよう」
「いえ、辺境伯に連絡する手立てを考えていたところです」
「なんか用か?」
「ええ……。領民を増やしました?」
本題の前にリパを見てサーシャが聞いてきた。
「ああ、鳥人族の国・クリフガルーダで拾ったんだ」
「あっ!」
リパは俺の言葉で自分の変装が解けていることに気付いて慌てていた。
サーシャは何度も瞬きをして、「あー……そうですかぁ」と納得している。受け入れにくい現実だったのかな。
「ダメだったか? じゃあ、黙っておいてくれ」
「ダメじゃないのですがちょっと……。魔境を通じクリフガルーダとの交易路がつながったということですか?」
「そういうことだ。まぁ、たいしたことじゃない」
「かなり歴史的な偉業に分類されるかと思いますが、どんな国でした?」
「魔道具が発達しているね。空を飛べるから配達業とかが多いのかな? 飛行船とか、な?」
リパに振ると「はい」と答えていた。
「船が空を飛ぶんですか!?」
サーシャの隣にいた兵士が思わず聞いてきた。
「そうだよ。それより俺に用ってなんだ?」
話を無理やりにでも戻さないと、リパを置いて帰ることになりそうだ。
「イーストケニアの混乱が、ようやく落ち着いてきました。ザムライが暗殺されたそうです。遺体がないので本当かどうかはわかりませんが、商人ギルド長にマルキアという者が就任しまして……」
「マルキアってあの気の強そうな赤毛のねえちゃんか?」
「そうですね」
俺が露骨に嫌な顔をしたらしく、サーシャが「そんなに嫌なんですか?」と聞いてきた。
「また魔境に乗り込んで来たら面倒だなと思っただけだ。領主はどうなってるんだ?」
「吸血鬼の一族を裏切った領主は死にました。王都にいたという吸血鬼の一族の遠い親戚が領主の座に就いていますね。軍が売っておいてなんですけどシルビア様を返してもらえませんか?」
「本人がよければな。一応、言ってはみるよ。新しいイーストケニアの領主はうまくやってるのか?」
「ハーフエルフの年寄なんですが、領地経営なんてしたことがないそうです。軍も商人ギルドも様子を見ていますが、『領民はわが同胞。領民を守らぬ兵はいらない』と宣言したそうです。商人ギルドで雇っていた私兵たちは、冒険者に戻りました」
「結構やり手じゃないか。それなら、いい。用はそれだけか?」
隣の領主が代わったという報告は受けた。
「王家から『魔境の進捗はどうだ?』と聞かれていますが、クリフガルーダと交易路が通じたと報告しておきます」
「頼みます。それで小麦粉と野菜持ってきた?」
こちらの用は交易だ。
「ええ、隊長が帰ってきて、すぐに交易小屋に着手しようとしたのですが、この状況はいったいなんです?」
サーシャがエルフたちを指さして聞いてきた。
「ああ、行き場を失ったエルフたちの支援だよ。運が悪かったら死ぬと思っていたけど生き延びている。ラッキーだったな」
「へへ、魔境の領主のお陰でどうにか」
小屋の壁にはスイミン花を干しているので、うまく魔物を退治できているらしい。肉の臭いもするので、処理もできているのだろう。
「逃亡奴隷ですが、こいつらを交易小屋の管理人にするおつもりで?」
サーシャが聞いてきた。
「まぁ、そうだ。こういう小悪党くらいが丁度いい。お前ら、自分の利益を優先するだろ?」
「え? いやぁ、世話になった魔境の領主には頭が上がりませんぜ」
「ほらな。嘘をつくのに、なんの罪悪感もなさそうだろ? こういう奴は物資を少しちょろまかすくらいで、軍に盾突こうとか魔境に侵入しようとか思わないはずだ」
「もう、そんなことはしません!」
エルフ2人は首を全力で横に振っていた。
「もうって言いましたよ!」
「過去は過去だ。ダメだったら……」
魔境の魚に喰わせると言おうとして止めた。エルフたちはこの場所で一度死を覚悟している。これ以上、脅すような真似はしないでおきたい。
「この小屋に管理人がいると、軍の訓練も捗るんじゃないか? この森の魔物は狩れるようになったんだろ?」
「ええ」
エルフの一人が返事した。
「だったら補給基地としても使える。誰でも彼でも処罰してどこかに追いやれば万事解決するというわけでもないだろ? しばらく様子を見てやってくれないか?」
「辺境伯がそこまで言うなら、軍も何も言いません。ただ、武具はこの小屋で取引するより、軍の施設まで持ってきてもらえませんか? 商人ギルドに魔境の武器が渡るとまた面倒なことになりかねませんから」
「わかった。お前ら、狩りの合間にここから軍施設までの道を作るように。それから兵士の皆さんの言うことは聞くようにな」
「わかりました!」
二人とも胸に手を当てて敬礼していた。
俺たちは魔物の革と野菜、小麦粉を交換して小屋を出た。サーシャたちは森のルートなどをエルフたちに確認してから帰るという。
「こっちは探索は続けてるから、なにかあれば魔物の死体でも魔境側に投げてくれ。魔物たちの異変に気付いたら来る。あとよろしく」
そう言って、俺とリパは小川を越えた。
リパの速度に合わせて洞窟に戻ると、すっかり太陽が高く昇っている。
ヘリーとシルビアが起きて、昼飯の魚肉スープを食べていた。
「発掘作業はどうするのだ?」
ヘリーがスープをすすりながら聞いてきた。
「ま、ま、魔法で地面を押し上げる?」
シルビアも発掘方法が気になっているらしい。
「いや、地中の石畳を辿っていこう。なにか建物の跡があれば掘り返すから」
「了解」
ヘリーが答え、シルビアが頷いていた。
「ジェニファー、ヤシの樹液で作ったスコップって残ってるか?」
なければ作れるが、「ありますよ」とのこと。すぐにジェニファーが用意しておいてくれた。
昼飯の後、チェルを除く5人で沼の反対岸へと向かう。飛び出してくる魔物は俺が殴って対処した。リパが杖を振って魔物を麻痺させる修行は、発掘現場に着いてからでいいだろう。
反対岸で地面に向けて魔力を放ち、石畳の跡を確認。南北に続いているので、ひとまず北へと向かうことに。
石畳の上には大木が生えていない。いるのは老樹の魔物であるトレントが移動してきているだけ。地中深くに根を張り巡らしているわけではない。トレントの近くにはインプが飛び回っているのでわかりやすかった。インプがリパに攻撃を仕掛けようとしていたが、俺が拳に魔力を込めると叫びながら飛んで行ってしまった。危機管理能力が高い。
石畳を辿っていくと丘に突き当たった。丘にはカム実の若木や以前、ジャムを作ったドクヌケベリーの木が生い茂っている。魔力を放って地中を調べると遺跡が埋まっていた。
「下に遺跡が埋まってる。カム実の根が絡まってるな。木は引っこ抜かずに切り倒していこう」
「マキョーさん以外、木を引っこ抜ける人はいませんよ」
ジェニファーのツッコミを受けつつ、木を切り倒し丘の下に放り投げる。もちろん、カム実には噛まれるし、生息していたインプやフォレストラットなどが襲い掛かってきた。いずれもシルビアが魔物の骨で作ったこん棒で叩き潰す。
「シルビア、これ便利だな」
「よ、よ、よかった」
リパは魔物と植物の攻撃に翻弄されているが、修行にはなっている。
数時間ほどで禿山が出来上がり、スコップで根を切りつつ切り株を引っこ抜いていった。
「時間がかかるものだな」
土埃で汚れた顔のヘリーが腰に手を当てて伸びをしていた。ずっと同じ作業をしていると疲労が溜まりやすい。
「魔法で一気に掘り返せませんか?」
「気持ちはわかるけど遺跡が壊れるから、そう簡単にはいかないさ。じっくりやっていこう」
日が暮れてきてしまったので、丘を崩し始めたところで本日の作業は終了にした。木を放り投げていた丘の下には、カム実やドクヌケベリーの実を求めて小さい魔物が集まっている。
「明日はあの小さいのを捕食するために大型の魔物も来るかもしれないから気をつけよう」
「「「はーい」」」
「大型の……!?」
リパが一人だけ怯えていた。