【探索生活33日目】
霧深い朝、俺は眠い目をこすりながら洞窟を出た。
焚火の側にはヘリーとシルビアがぐったりした様子でお茶を飲んでいる。
「おはよう」
「ああ、おはよう。はぁ」
「お、お、おはよ」
昨夜、洞窟の奥に部屋を作り、ヘリーとシルビアは発掘した者としてジェニファーと一緒に遺物の仕分けをしていたはずだ。俺もチェルも早々に寝て回避していたが、リパは駆り出されていた。
「ジェニファーは?」
「さっきようやく寝たよ。魔境の総務はスタミナのリミットが外れている」
「そ、そ、空島で変なものを食べておかしくなったのかも?」
ヘリーもシルビアもお茶を飲んで大きく息をしている。よほどこき使われたのだろう。
「空島は空気が薄かったからな。体力の調節もできていないのかもしれない。リパはどうした? 男部屋にはいなかったぞ」
「新しい倉庫の奥で倒れてる。動かさないであげてくれ」
「が、が、がんばってたよ。あ、あ、あいつはいい奴だ」
ヘリーもシルビアもリパを認めてくれたようだ。
沼で顔を洗い、身体をほぐしていると巨魚の魔物が岸まで来て襲ってきた。
「鰓呼吸なのに水上に上がらない方がいいぞ」
俺の身長ほど大きな魚の魔物の鰓に手を突っ込んで陸に上げた。地面の上を跳ねる魔物の頭をたたき割り、一度締める。洞窟からナイフを一本持ってきて、鱗を取って腹を捌いて内臓を沼に放り投げる。一瞬にして内臓は小魚の魔物に喰われて消えてしまった。
「朝飯は焼き魚定食か」
洞窟まで担いで持っていくと、ヘリーたちは魚の魔物を見て「歯のヤツだ」と言っていた。
「わ、わ、私が沼に潜っているときにそいつがよく攻撃してくるんだ」
「口の中に歯が生えてるだろ? シルビアが何度か噛まれて、回復薬を使った」
「そうか。顔を洗ってたら襲ってきたから陸に上げて頭を叩き割った。蒸し焼きにするか?」
二人は心得たとばかりに俺にヤシの樹液で作ったスコップを渡してきた。本人たちは大きな葉と塩を用意している。
「朝から墓穴を掘ってる気分だ」
穴に焼けた炭を入れ、葉を巻いた魚の魔物を乗せる。その上にまた炭を乗せて土で覆い、そのままじっくり焼いていった。
「そういや沼の底に巨大な魔物の骨があったろ? どうした?」
魚の魔物が焼けるのを待っている間、シルビアに聞いた。
「お、お、重すぎて持ち上げられなかった」
「私も見たが、あんな巨大な魔物がいたならユグドラシールが滅ぶのも頷ける」
ヘリーもシルビアも、あの災害クラスの巨大魔獣を経験していない。沼の底にあった骨から推測したのだろう。
「でも、ああいう巨大な魔物でも死ぬんだから、古代の魔境に生まれなくてよかったよ」
「た、た、確かに」
「魔法国の民も自分たちが育てた巨大な魔物をコントロールできなかったのだろう」
ヘリーが思わぬことをつぶやいた。
「魔物を巨大に成長させる技術があったってことか?」
「おそらく、だけど」
ヘリーは腕を組んで説明し始めた。
「まず、あの巨体を維持するための食料が足りなくなると思うのだ。腹が減った魔物が人と共存していたというのは考えにくい。飼われていた魔物を急激に成長させる技術があったのではないかと思う」
「つ、つ、壺に魔物が大きくなる絵が描かれていたんだ」
「成長剤があったということか? いいのか、そんなことして」
「よくなかったから滅びたのだ」
「もしかして、魔境の魔物が大きいのも関係してるのか?」
思えば、魔境のワイルドボアもミミズの魔物も大きすぎる。ゴールデンバットだって大きい。
「そうかもしれないし違うかもしれない。ただ、魔境の物を食べている私たちが巨大化してないから、その技術の影響は途絶えていると考えていいだろう」
ヘリーの説明にシルビアも頷いている。俺たちが留守の間、二人で探索を続け、議論を交わしていたようだ。
「も、も、目的はわかってないんだ」
「魔物を巨大化したとして、戦力にしていたのか、それとも食料だったのか、ただの実験としてだったのか、もしくは全く別の宗教的な意味合いがあったのか、壺の絵を見てもわからない」
「で、で、でも沼の周辺にはなにかしら痕跡が埋まっていると思う」
「確かにそうだ。俺の地下を探る能力が必要ってことか?」
俺の問いに二人は大きく頷いた。
「わかった。でも、今日は朝飯食ったら二人は寝てくれ。午後から沼の周辺の地中を探っていこう」
「了解した」
「わ、わ、わかった」
砂漠には地下遺跡と廃墟があり、マングローブ・ニセの群生地では町の跡が埋まっている。さらに北の古井戸の底には地底湖があって、近所の沼にも文明の痕跡が残されていた。きっとユグドラシールという魔法国が滅びて、逃げだした人も多いはずだ。なのに、語り継がれている歴史が少なすぎる。
ラーミアの神殿で大量殺人を犯した聖騎士は差別撤廃を訴え、海を渡り魔族の国で処刑された。歴史書でも魔境で起こった災害の記述が多かった。100年前のP・Jは時空魔法や空飛ぶ技術を用いて、真実を探っていたらしい。冒険者らしく冒険をしていたのだろう。
ただ、俺は魔境の地主だ。ここで生活をしていかなくちゃならない。開拓してもっと人を集めないといけない。そのために1000年前のユグドラシールに住んでいた人々の生活に関することがヒントになるはずだ。
ちょうどチェルが起きてきたとき、魚が焼ける良い匂いがしてきた。
「魔境探索に関して、一つ注文してもいいか?」
俺はその場にいた、チェル、ヘリー、シルビアに聞いた。
「ナンダ? こっちは起きて来たばかりだヨ。顔ぐらい洗わせてくれナイ?」
「すぐ済む。後で今寝ている二人にも話すけど、忘れないうちに言っておきたいんだ。俺はそんなに頭がよくないから、チェルが顔を洗ってる最中に言いたいことも忘れるかもしれない」
「わかったヨ。目くそガビガビの顔で聞けばいいんでショ」
そう言ってチェルは焚火の側に腰を下ろした。
「魔境を探索するにあたって、古代の事件や災害よりも『古代の人がどうやって生活をしていたのか』を最優先で調査してほしい」
「生活の痕跡を探れ、と?」
ヘリーが聞いてきた。
「たぶん、P・Jたちは冒険者だからダンジョンとか真実とかを求めてたんだと思う。エスティニアの王家は竜の都・ミッドガードを探している。だけど俺たちはそういうのはひとまず置いといて、古代人がどうやって生活していたのかを、まず探ろう。それが俺たちの生活に使える技術だからさ」
「ワカッタ。自分たちの生存と生活優先だネ」
「了解した。マキョーらしい」
「わ、わ、わかった」
焼けた魚の魔物を掘り返し、脂たっぷりの焼き魚定食で朝飯を食べた。
ヘリーとシルビアは寝て、俺とチェルは旅の間に汚れた服の洗濯。装備のメンテナンスをする。シルビアが作った剣やハンマーも試していった。
魔物の骨で作った武器は魔力の伝導率がいいし、魔物相手にも攻撃がよく通る。
「ただナァ……」
「ここら辺の魔物は殴ったほうが早いから、武器を使うタイミングがないんだよなぁ」
俺の言葉にチェルは大きく頷いた。
「だいたい魔物は魔力の使い方が下手なんだヨ」
チェルの言う通り、魔物は特定の部位にしか魔力を使わないし、魔法を放つタイミングもわかりやすい。「殴るぞ」と言われて殴ってきても当たるはずがないのだ。
「でも、もし魔力の使い方を熟知した魔物が襲ってきたらどうする?」
「どういうコト?」
「だから走るときに足に、殴るときに手に、魔力を込めるような魔物がいたら、俺たちは勝てるか? 明らかに筋肉量で劣る俺たちが殺されずに済むかな?」
「そのために武器や罠が必要っていう説教カ?」
「いや、そう言うんじゃなくて、こういう剣みたいなわかりやすい武器じゃなくて、窮地を脱することができる必殺技みたいなのが必要なんじゃないかって話」
「マキョーは地形を変えられるじゃナイカ?」
「自然の力に干渉したり、相手の力を利用したりすることか? 自分の力じゃないからなぁ」
「贅沢な悩みだネ。生きてるだけでも心臓は動いてるし息もしてるんだから、自分の力に干渉してミレバ?」
言われてみればそうかもしれない。
俺は息を大きく吸って、口をすぼめて吐き出した。
勢いよく吐き出される息に魔力で干渉すると、目の前に突風が吹き小枝や葉が飛び散った。
「なにソレ?」
「なんだろうな。でも、もっと自分の力に気付くことができれば、髪の毛を針のように飛ばしたり、靴を思いっきり飛ばせたりできるのかもしれない」
「マキョーはどんどん変になっていくネ」
チェルは呆れていた。
結局、剣やハンマーを投げるとき、どのタイミングで魔力を込めたら威力が最も出るのか、などという実験をして、目の前にいた老樹の魔物・トレントを穴だらけにしていった。
そのうち、リパが起きてきたので、朝飯の焼き魚定食を食べさせた。
「すみません、食べたら掃除しますから!」
相変わらず、真面目だ。魔境の掃除屋と呼ばれているので、ジェニファーに小言を言われたのかもしれない。
「まぁ、掃除は夕方までにしてくれればいい。倉庫にはゴミだか何だかわからない物もあるしな。それより、食べ終わったらチェルに魔力の使い方を教わったほうがいいぞ」
「わかりました! よろしくお願いします!」
「ウン。パンと魔力は加減が難しいんだヨ」
「ハイ!」
リパはチェルと一緒に魔力の訓練をしていた。
俺はクリフガルーダで手に入れた歴史書の中から、魔境の生活について書いてないか調べる。やはり古代の魔境こと魔法国・ユグドラシールは地震や蝗害などの災害に見舞われていたらしい。ただ、生活に関する記述は少ない。水路があったことや闘技場で魔法武術会が開催されたことなどは書かれていた。
興味深かったのは魔道具を作る天才がいたことだ。そいつは少ない魔力で警備兵を作り出してしまったとか。
「砂漠のゴーレムは天才が作ったのか」
ヘリーはあのキューブを解読できたのかな。
「マキョー、リパの攻撃を受けてみてヨ」
チェルが声をかけてきた。
「はいよ」
俺は、振ってきた剣の力を利用して地面にめり込ませたり、リパを独楽のように回転させたりして相手をして昼まで過ごした。
昼飯は朝の残りだ。焼いた魚の魔物が全然減らない。
「燻製にするかな」
保存食にしようかと考えていたら、ヘリーとシルビアが起きてきた。
「ジェ、ジェ、ジェニファー、身体が動かないって」
「動き過ぎで筋肉疲労を起こしたのだ」
二人も一緒に昼飯を食べる。リパは食べている最中に眠っていた。
「魔境の掃除屋はよく眠るナ」
「まだ緊張してるんだろう。そのうち嫌でも慣れるさ」
チェルによるとリパの魔力は、我々の中で最も弱く量も少ないとのこと。
「あれだけ弱くないと空飛ぶ箒は乗りこなせないのカモ」
ヘリーとシルビアも試してみたが、怪我をするところだったという。
「そういやヘリー、あのキューブの魔法陣は解読できたのか?」
「あれは無理だ。エルフが千年かけても解けそうにない」
それだけ複雑だということらしい。
食後にお茶を飲んでから、沼の周辺を探索。リパは部屋に運んで寝かせた。
「よし、行くか」
いつも顔を洗っている地面から、四人で歩き始めた。他の三人も地中に向けて魔力を放って練習していたが、そこから埋まっている物を発見するということはできないとのこと。
「解せん」
「わ、わ、わからない」
「マキョーが変人なダケ」
「あ、なんか出てきちゃったな」
じっくり探していたら、アナグマの魔物が襲ってきた。巣穴を攻撃されたと思ったらしい。
「下がって」
ヘリーが杖で麻痺させ、シルビアが剣でとどめを刺した。
「連携がうまくなってるな」
「こ、こ、これくらいなら」
その後も、魔物はヘリーとシルビアに相手をさせて、沼の周辺を歩き回った。
ただ、見つかるのは魔物の巣や骨、岩など。沼から少し離れた場所にヘイズタートルの卵が埋まっていたり、冬眠したままミイラになったキングアナコンダは発見できたが、文明の痕跡は見当たらない。
途中でカム実を食べて休憩し、さらに沼の岸辺を進む。
徐々に日が傾いていき、インプの鳴き声も増えた。初日は空振りかと思ったが、洞窟の反対岸で石畳の跡らしきものを発見した。
「道があるということはどこかへつながっているということだ。とりあえず、今日はここまでにして、明日はここから石畳を辿っていこう」