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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【探索生活32日目】


 東の空が白み始めた頃、俺は洞窟の外に出た。

 ヘリーが火の番をしていて、先に起きていたリパと話をしている。

「おはよう」

「おはようございます!」

「おはよ。リパは自分の呪いを封じたいそうだが、どうする?」

 ヘリーが俺に聞いてきた。

「本人がそうしたいならいいんじゃないか。どうせ魔境じゃ魔物の相手はすることになる。うまく付き合っていくことだ」

「だそうだ。領主の許可が出たから、呪いの効果を半分にする指輪を作ってやる。その代わり、あとで手伝ってもらうよ」

「はい! ありがとうございます! ヘリーの姉さん」

 早くもリパはヘリーの舎弟になってしまった。

俺は軽く準備をして、リパに「言われたことをなんでも手伝って、わからなかったら素振りしてろ」と指示を出し、南へ向けて走り出した。

朝飯は襲ってきたカム実。砂嵐さえ遭わなければ、夕方までには帰って来られるだろう。

 未だに動いている夜行性の魔物たちが襲ってきたが、戦いは避けて進む。最近、棲みついた魔物よりも俺の方がこの道を知っている。ゴールデンバットの群れは俺を襲おうともしなかった。

 砂漠に近づくと、アラクネの群れが巣を作っているところに出くわした。半人半蜘蛛の魔物だが、糸を吐き出して大きなドーム状に形作られていて、その中にワイン樽のような卵が並んでいる。いつか見たように、これから卵型にしていくのかもしれない。

 警戒心が強く周囲を見回していたが、とっとと通り過ぎれば、軽く威嚇されるくらいだ。観察してわかっていればこわくない。

 砂漠へ抜け、サンドコヨーテが寝ている脇を通って南へと向かう。

 進んでいると、空に細い線が見えてくる。砂丘の頂上から鎖を見ると線にしか見えない。ただ、何もない砂漠では線でも目立つ。竜人族と呼ばれる古代の魔境に住んでいた人たちは空島に続く鎖を標識代わりにしていたのかもしれない。


 鎖まで辿り着くと、軍手をして登る。この前、倒してしまったからか鎖の周囲にはゴーレムがうようよしていた。面倒なので見なかったことにしよう。

 鎖登りも二回目。どれくらい長いのかわかっているので、休憩を挟みつつ、身体全体に魔力を込めて登っていく。体と魔力の使い方がわかれば、それほど疲労も溜まらない。

 朝のうちに空の島に到着。

相変わらず気温は低いが、木々に溢れ、色とりどりの小さな花が咲いている。小鳥の鳴き声もしていた。

「おーい、ジェニファー! 生きてるかー!」

 声をかけてみたが、返事がない。もしかしたら食料がなくて死にかけているかもしれないと、島を回る。小さい島なので、ジェニファーを見つけるのに時間はかからなかった。

 少し痩せて日に焼けたジェニファーはP・Jの墓の前で棒を持って立っていた。棒の先に土がついている。

「ジェニファー、掘ったのか?」

 俺の声にジェニファーが振り返ったが、自分の頭を叩いて首をひねるばかり。

「こら、やめろ。刑期を終えたから、迎えに来たんだ。ジェニファーの頭がおかしくなったんじゃない」

「ああ、なんだ。早く言ってくださいよ。また、幻を見たのかと自分を疑ったじゃないですか」

「俺の幻なんか見てたのか?」

「ええ、空島の花には幻覚作用があるみたいで、よく見ました。干し肉に飽きていろいろ試してたんです。起きている間も悪夢を見るなんて最悪でしたよ」

 ジェニファーは棒を捨てて、俺の身体を触った。「おお、生きてるマキョーさんだ」と驚いていた。

「ちゃんと足もあるぞ。それより、墓の前で何をしてたんだ?」

「ああ、掘ってたんですよ。墓荒らし」

 あの表面的でも真面目を装っていたジェニファーが自分の悪事を平気で言うようになってしまった。空島で変わってしまったのかもしれない。もしかして酒でも隠しているのか。

「五日くらいで空での生活も慣れまして、食べられる植物もわかって結構生きていけることがわかったんですけど、とにかく暇で……」

ばつを受けている間に、ばちが当たるようなことするなよ。霊が出てきたらどうするんだ?」

「マキョーさんだって魔境を探索することは推奨してるじゃないですか。これも立派な発掘調査ですよ」

「まぁ、そうだな。それで、なにかわかったか?」

「はい、とりあえず見てくださいよ」

 ジェニファーに促されるまま、墓地の穴を見ると土にまみれた人体の骨があった。ただし、頭部が人ではなくワニの頭骨に似ている。まるでロッククロコダイルの頭みたいだ。

「このピーター・ジェファーソンはリザードマンという魔物に近い人物だったようなんです」

「魔物が人族に成りすましていたというのか?」

「いや、それはわからないですが、ちゃんと服は着ていたようですし祖先について調べられるくらいには知能があったようですよ」

 ジェニファーはそう言って、脇にあったという石板を見せてきた。

『我、先祖返り。祖先の謎を明らめき。真実を求むる者ぞ。魔獣にゐる「時の番人」に話を聞け』

「なんだよ。謎が増えたし、結局ピーター・ジェファーソンは歴史を知っても、この『時の番人』っていう奴に丸投げじゃないか」

「いや、見てください。ほら、ここに魔法陣が彫られているでしょ。どんなに殴ってもこの石板は割れないんです。きっとこれがヒントになってるんですよ」

 確かに石板の裏面には魔法陣が彫られていた。

「試してみたのか?」

「ええ、この棒に魔法陣を彫ってみたら、全く折れない木の棒になってしまいました。ただ……」

「ただ、なんだ?」

「ダメージ自体は蓄積されるようで、魔法陣に傷がつくと……」

 尖った小石で棒に刻まれた魔法陣に傷をつけると、木の棒が粉々に砕けた。

「物体が固くなる魔法陣というよりも、時を止める魔法陣ということかな?」

「ああ! そういう発想もあるんですね。ダメージを一時貸しておくような魔法陣なのかと思ってました」

「その方が難しいだろ」

 空島に日光が差し込んできた。日向はじりじりと暑くなってくる。

「ああ、朝のうちに砂漠を脱出したかったんだけどな」

 木陰で休んで夕方、鎖を下りるしかないか。

「大丈夫ですよ。ほらこの鳥の魔石を握ってみてください。涼しくなりますから」

 ジェニファーが水色の小さな魔石を俺に握らせた。確かに体温が低くなった気がする。

「身体が冷えるのか」

「ええ、魔物を観察しているといろいろわかります。この魔石の鳥だけは昼でも元気に飛び回ってましたから。あとは体に布を巻けば、砂漠でも動けますよ」

「よし、石板は模写したよな?」

「ええ、一字一句覚えてますし、棒に刻んでいます」

 ジェニファーは棒を見せてきた。

「じゃあ、墓を戻して帰ろう」

「あ、戻すんですか?」

「ああ、たとえ誰であっても枕元に立たれたくはないからな」

 俺たちはピーター・ジェファーソンの遺骨に土をかけて、ジェニファーが僧侶らしい祈りをささげた。さらに墓石を水で洗い、花と干し肉をお供えした。ないよりはマシだろう。

 小鳥の魔石を首に下げ、顔に布を巻き、軍手をする。

「準備はいいな?」

「はい、忘れ物はありません」

「二度と来ないように」

「はい」

 俺は全身に魔力を込めて鎖を下り始めた。

「マキョーさん、ちょっと速いですよ」

「ジェニファー、魔力を全身に行きわたらせると楽だぞ。休憩を挟みつつ下りるから無理しなくていい」

「そういうことは登る時にも言ってくださいよ!」

「自分を見つめなおす罰だったからな。全部自分で見つけろ。魔法は使うなよ。砂嵐が来るから」

「わかってますよ」

 コツを掴めば、どんどん下りられる。


 休憩はほとんど挟まず昼頃には砂の地面に到着した。やはり下りの方が早い。

「周辺にゴーレムが湧き出てるけど気にするな。一気に森まで走るぞ」

「え? 休憩なしですか?」

 ジェニファーが抗議してきたが、俺が走り始めるとちゃんとついてきた。

「砂漠で走るときは足に魔力を込めるといいぞ」

「こんなペースじゃ体力も魔力も一日で使い果たしてしまいます!」

「それが魔境だろ? 無茶しないと生きてけない」

「わかってますよ!」

 自分の影で方角を見極め、森まで一直線に走る。砂漠の魔物たちの攻撃を躱しつつ、ジェニファーの速度に合わせた。

 自分の体力と魔力量を計算しているようで、俺の走るペースに惑わされない。ジェニファーらしい。

 森に到着したら、カム実を食べて少し休憩。アラクネの巣の脇を一気に駆け抜けて、住居の洞窟へと向かった。ジェニファーはいつもの森に興奮しているのか、枝や葉で服が破れても、なりふり構わず走っていた。生きる力がついたのか、女性としての身だしなみを忘れたのか。


 夕方近くに到着。ジェニファーの服はボロボロだったが、「ジェニファー・ヴォルコフ、ただいま戻りました!」という声だけは大きかった。

「お、お、おかえり!」

「おかえり」

「オケーリ」

 女性三人が出迎え、リパが顔を真っ赤にして立っていた。ジェニファーがいろいろと露わにしているから仕方がないだろう。

「え!? 誰ですか!? ちょっとマキョーさん、不審な男がいますよ!」

 リパに気が付いたジェニファーが胸と股間を隠した。恥じらいは覚えていたようだ。

「鳥人族のリパだ。スカウトしてきた。む? ちょっと待て、ジェニファー。俺をなんだと思ってるんだ?」

「マキョーさんに見られたところで、どうってことないですが、知らない男の人にこんなあられもない姿は見せられません。どうして言ってくれなかったんですか!?」

 ジェニファーは身体を隠しながら、洞窟の自室へと向かった。

「ありゃー! なんですか、これは!」

 ジェニファーが洞窟に入った途端、叫んだ。通路にはシルビアたちが発掘してきた沼の遺物が並んでいる。

「ぬ、ぬ、沼からでてきた遺物だ。お、お、多いんだ、意外と」

 シルビアが言い訳するように説明した。

「多いんだじゃないですよ! どうして誰も整理しないんですか!? これは割れたアンフォラですね? こっちは刀剣の柄のようですけど、一緒にしてたらわからないじゃないですか!?」

 目くじらを立てて、シルビアに迫った。リパ以外の四人は笑ってしまっている。

「笑ってる場合じゃないんですからね! マキョーさん、倉庫を広げてください。チェルさんたちも能力を見せつける前にやることがあるんですからね! まったくこの魔境の人たちは……」

 ジェニファーが腰に手を当てて、大きな溜め息を吐いた。

 魔境の総務が帰ってきた。

「リパって言いましたか? あなたももじもじしてる暇があったら働いてください!」

「はいぃ……」

 リパはわけもわからず勢いよく素振りを始めた。



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― 新着の感想 ―
[一言] まぁ、マキョーは不能やしな。
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