【探索生活31日目】
翌早朝。
朝飯前に空飛ぶ魔物を食べて動きが鈍っている砂漠の魔物たちを片付けることに。消化はどんな魔物でもエネルギーを必要とするらしい。気温も低く、身体が冷えているのか昨夜と動きが全然違う。
「夜行性だからじゃないノ?」
「そうかもな。骨と魔石は拾っておくか?」
身体を動かしながら、俺たちは塔から飛び降りた。
「ウン、シルビアが使うヨ。キット」
襲ってくる魔物を叩きのめして焼き、骨と魔石を回収。廃村に異臭が漂った。
「さて、リパが起きたらちょっと走ってから朝飯にするか」
リパはまだ塔の上で寝ている。夜中もリパに向けて魔物が這い寄っていたが、今も小さいサソリの魔物が水球テントに突っ込んで溺れている。
「走りながら干し肉でも齧るヨ。早く森に入らないと、夜は動けなくなるカラ」
「そうだな」
リパもいるので夜の森を移動するのは面倒だ。
朝の内にできるだけ距離を稼ぎたいので、リパを叩き起こして、とっとと走り始めることに。
「なんだか調子がいいんですよ!」
起きたリパはすぐに空飛ぶ箒に乗って浮かんでいる。
「魔物と戦って少しレベルが上がったのかもしれない」
魔力の総量が増えたのか。箒の先に紐を結んでチェルに引っ張ってもらっていた。
「じゃあ、マキョー、飛ばしていいヨ」
「リパ、しっかり掴まってろよ」
俺とチェルは足に魔力を込めて、全力で北を目指す。太陽は東にあるので、道には迷わない。
魔物が襲ってきても、だいたい無視できる。行く手を塞ぐデザートサラマンダーを飛び越え、口を開けて獲物を待っている砂漠のサメを蹴飛ばし、空からリパを襲うデザートイーグルに鉄拳をくらわして進んだ。
太陽が完全に昇り、気温が上がってきた頃、砂上に巨大な鎖が見えてきた。
移動が速くなっている。砂を蹴る瞬間に魔力を込める走法を見つけたのがよかった。
砂丘の陰に水球テントを作って、休憩。リパは口の中が渇いてしょうがないと、水をがぶ飲みしていた。
「ぷはー! 死ぬかと思いました!」
リパは魔物に襲われるよりも、振り落とされる恐怖でまだ立てないらしい。移動中は空飛ぶ箒で浮かんでいるため、風に煽られていた。
「でも、魔力切れをおこすようなことがなくなってよかったよ」
「はい。自分でも不思議なんですが、今日は大丈夫でした」
「昼休憩の後は自力で飛べるか?」
「空を飛べても、お二人についていくのは無理だと思います」
「そうか。じゃあ、午後はヘイズタートルの甲羅に縛り付けるか」
「え?」
「大丈夫だよ。多少、骨が折れてもチェルが治してくれる」
「冗談ですか。チェルさん、マキョーさんがまた無茶なことを言ってるのですが、そんなことしませんよね?」
「魔境じゃ無茶しないと死ぬヨ。無茶して死ぬっていう今までの常識は早く忘れテ」
「そんな……」
リパは急に真顔になった。現実を受け入れるのに時間がかかると魔境では苦しい。昨夜の魔物の襲撃を見せておいた方がよかったか。
「まずは現実を見たほうがいい」
「パンでも焼くカ」
チェルはリパを無視して軽く汗を拭って、いつものように筒状のパンを作り始めた。
「俺は周辺調査でもするかな」
水も食料もあるし、夕方までには森に辿り着くだろう。帰り道がわかっていると、自分の体力を計算して動ける。
「鎖の下になにかあるカモ?」
小麦粉をこねながらチェルが聞いてきた。
「ああ、クリフガルーダでは杭が刺さってたから、砂の下に何かが刺さってるかもしれない」
「あの気になっていたんですけど、あの建物はいったいなんですか?」
リパは正気を取り戻したように聞いてきた。
「あれは建物じゃなくて鎖だ。空に浮かぶ島と繋がっている。今は流刑地になって、一人罰を受けてるけどな」
「へぇ~……。ダメだ。僕もそこそこ不幸には慣れてるつもりだったんですけど、驚き過ぎて動けないってことあるんですね」
リパは両手を地面について、固まってしまった。現実を受け入れようとチャレンジしたが、失敗したらしい。
「そのまま動かないでいると魔物に食べられるから、棒でも振っておいた方がいいヨ」
チェルのアドバイスを聞き、リパはものすごい勢いで素振りを始めた。
魔境の新人には厳しい現実だったか。
俺は全身を布で覆い、休憩場所から離れ、鎖の近くへと移動。地面に手を当て地下に向けて魔力を放った。地中の形あるものが反響してくる。
「大きい……」
地中に大きな遺跡が埋まっている。直方体や四角錐の建物が多く、砂に埋まった町のようだ。鎖は四角錐の遺跡と繋がっているらしい。
遺跡の中で動くものもいる。
「人型の魔物もいるのか……」
何度も魔力を放っていると、詳しい形状がわかる。人型の魔物は上を向いている。つまり、魔力を放つ俺の方を……。
「気付かれた!」
周囲に砂塵が舞い上がる。地面の砂が盛り上がり、中から光を放つ金属製のキューブが飛び出してきた。そのキューブに砂がまとわりついて、徐々に人の形になっていく。
「遺跡を守るゴーレムか」
次々と砂地から飛び出してくるキューブをそのままにしておくと俺はゴーレムに囲まれてしまう。出来上がっていく様子を黙って見ているほどお人よしではないので、飛び出してきたキューブを急いで掴み取り、日よけにしていた布を巻いていった。
結果、二体のゴーレムが俺を挟むように立っていたものの、俺は六つのキューブを手にしていた。
交戦するか、交渉するか、迷っていたら、目の前のゴーレムが俺に殴りかかってきた。
「交渉の余地はないか」
背後のゴーレムも殴ってきたので、魔力をまとった腕で防いでみたが、それほど強くはない。ロッククロコダイルの尻尾の方が、速さも重さもある。魔境の森では通用しないだろう。今まで砂漠の地中にいたから、残っていただけか。
ある程度攻撃を受け切ったところで、目の前のゴーレムからキューブを取り出してみた。形作られているのを見ていたのでキューブが胸にあるのはわかっていたし、素材が砂を固めた物なので硬さは知れている。
キューブを取り出すとあっさりゴーレムはただの砂に戻ってしまった。
キュイン。
金属音に近い音が鳴って振り返ると、背後にいたゴーレムが口に魔力を集めて光っていた。光るほどの魔力はヤバかったんじゃなかったかな。思わず、足が伸びてゴーレムの顎を蹴り上げていた。
カッ!
光り輝く魔力が天に向かって放たれた。
ゴーレムから力が抜け、形が保てないのか溶けるように砂へと変わる。地面には光を失ったキューブだけが残されていた。
「やっぱり、一度掘るか」
俺は空のキューブを布に巻いて、休憩場所に戻った。
「なんかあったカ? 光の糸が空に向かっていったケド?」
パンを食べながらチェルが聞いてきた。
「鎖の下に遺跡があって、守っているゴーレムに見つかった。攻撃してきたから倒したんだ」
「そうカ……なにしてるんだヨ! あとで発掘しにくいダロ!」
「でも、捕まえてきたんだ。ほら。これ見て何かわからないか? 戦わなくてもよくなるかもしれないぞ」
俺は空になったキューブをチェルに見せた。魔法陣がびっしりと描かれており、魔族のチェルにならわかるかもしれないと思ったが、「わかるわけナシ!」と返された。
「ヘリーに見せヨウ。魔法陣にも詳しいカラ」
「ちなみに、あと七つあるんだ」
布に入った七つのキューブも見せた。
「こっちのはまだ動くみたいだから、封印しておいた方がいいかな?」
「どうして持ってきちゃうんだヨ!」
チェルはパンを口の中に押し込んで、毛皮をヘイズタートルの甲羅から引っ張り出してきてキューブをぐるぐる巻きにしていた。
俺たちの会話を聞いてリパの素振りの速度は上がっていった。汗もかいて腕も上がらなくなっているが、一向に止めない。結局、疲れて倒れるまで続けていた。
日が傾き始めた頃、倒れたリパをヘイズタートルの甲羅に縛り付け、砂漠を北上する。風が吹いてきて砂が舞い上がり、太陽の位置を確認できないので、チェルが道に迷わないまじないを使って先導してくれた。
砂の中から巨大なミミズが追いかけてきたが、砂丘の影を移動して逃げた。戦っている時間が惜しい。
森が見えてくるころには風も凪いだ。
魔境の森では相変わらず、魔物と植物たちの闘争が繰り広げられ、そこら中から奇声が聞こえてくる。
キョェエエエエ!
ずっといると気にならないが、離れてみるとわかる。
インプの鳴き声やトレントが移動する音。魔物が魔物のはらわたを貪り食い、植物が魔物を締め上げる。クリフガルーダでは聞こえなかった音だ。
「あー、我が家だな」
「寄り道すると迷うから、まっすぐ帰るヨ!」
チェルが釘を刺してきた。
「わかってる。ヘリーとシルビアにも土産話を聞かせないと」
「ジェニファーの食料もなくなってるだろうから、それも考えないとネ」
「ああ、そうだな」
夕暮れが近づくなか、俺たちは暗い森の中を住処である洞窟へ向けて走った。ゴールデンバットの洞窟を越え、神殿跡を通り過ぎ、ロッククロコダイルの川を渡れば、洞窟が見えてくる。
時間がかかっても歩きなれた場所を移動した方が圧倒的に楽だ。たとえ、植物の位置が変わっていようとも、魔物の死体が転がっていようとも、住み慣れた場所が落ち着く。
俺たちが洞窟に戻った時、ヘリーとシルビアが沼の方から坂を上がってくるところだった。
「タダイマー!」
「お、お、おかえり!」
チェルがシルビアを抱きしめた。シルビアはなぜかずぶ濡れで、ほとんど裸だ。ヘリーとしか生活してなかったから貞操観念がなくなったのか。俺はあまり気にしてないが。
「随分、久しぶりに会った気がするな。その縛られているのは鳥人族の男か?」
ヘリーがヘイズタートルの甲羅を見ながら聞いてきた。
「ああ、リパという名だ。なかなか面白かったぞ。ちゃんと交易路も作った。いろいろわかったことがあるから、夕飯を食いながら話そう」
「こ、こ、こっちも話したいことがあるんだ。ぬ、ぬ、沼に潜ったら遺物が出てきたからさ」
いつになく目を輝かせてシルビアが迫ってきた。
「シルビアが魚の魔物の血を飲んで、作業が捗ったのだ。やはり吸血鬼の一族の力はすごい。ただ遺物が多くて、仕分けする必要がある」
ヘリーは難しい顔をして、俺を見た。シルビアも上目遣いで俺を見ている。
「じゃあ、ジェニファーを連れてこないとネ!」
チェルがヘリーたちの様子を察して、迫ってきた。
「いいんだな? ジェニファーを解放して」
「う、う、うん。も、も、もう罰は十分だよ」
シルビアに確認をとって、ジェニファーを空島から連れてくることにした。
「今日は遅いから、明日一番で連れてこよう」
「ヨシ!」
夕飯を食べながら、四人で情報を共有。リパは起きなかったので、俺の部屋に寝かせておいた。
「あの男はどういう奴なのだ?」
ヘリーが聞いてきた。土産話よりも先に魔境の新人には興味があるようだ。
「まぁ、そんなに危ない奴じゃないさ。不幸な生い立ちがあるけど、魔物には好かれているな」
「魔物に狙われてる才能があるみたいなんだヨ」
「あと出会ったときはクリフガルーダを追放されてた」
「なら、魔境に向いているのかもな」
「な、な、なにかできるの?」
シルビアが濃い目の野菜スープをかき混ぜながら聞いてきた。
「空飛ぶ箒を使えるヨ」
「そ、そ、空を飛べるのか?」
「ああ、クリフガルーダでは普通みたいだ。買ってきたから二人も乗ってみるといい」
その後、クリフガルーダでの話を始めると、チェルが止まらなくなった。
「やっぱりマキョーはおかしいんだヨ」
早速、俺が魔石を作れる話をはじめ、結局、ヘリーとシルビアの話を聞く前に寝てしまった。俺も旅の疲れがあったのか荷ほどきをして、すぐに寝てしまった。