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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【探索生活30日目】


 朝飯を食べてから宿を出発する。

 宿賃は払っていたが、騒がせてしまった迷惑料を渡そうとしたら、宿の主人が断っていた。

「いいんです。魔境の人が泊ったというだけで、明日から予約がいっぱいですから。また、ご贔屓に」

 代わりに昼飯のサンドイッチと果物まで持たせてくれた。定宿として使うことに。


「リパ、これからどうする? このままクリフガルーダと俺たちとの緩衝材として生きていくか、それとも俺たちに付いてくるか」

 宿を出たところでリパに聞いた。王都なら新しい仕事もあるかもしれない。

「すでにクリフガルーダから一度追放されている身なので、できれば、魔境に連れて行ってほしいのですが……」

 リパは上目づかいで俺を見た。

「そうか。家賃払えるのか?」

「掃除でもなんでもやります! 労働で支払えませんか?」

「じゃあ、魔境の掃除屋だな」

「随分、強そうだネ」

 チェルはそう言って笑っていた。

「強くなれ」

「はい!」

 リパは大きい声で返事をした。

「弱いと魔境で生きていけないからな。強い方がいい」

「は、はい……」


 広場で乗合馬車を見つけて乗り込み、ヘイズタートルの甲羅がある森を目指す。

「そういえば、聞いたかい? 魔境の王がクリフガルーダにお忍びできているらしい。本当だったら、建国以来の大騒動だ」

「嘘つけ、魔境の王が来たら、パレードになってるだろう? そんな催し物はなかった」

 御者と一緒に乗っていた冒険者らしき鳥人族が話し始めた。俺たちは黙ってそれを聞いている。

「じゃあ、なんでそんな嘘が広まったんだ?」

「ほら、俺たち冒険者は黙ってたって魔境に挑戦しようっていう輩が出てきちまう。魔境にはお宝が埋まってるって噂は絶えないからな。それを王族が止めようとしてるんだろう。何年かに一度、定期的に噂を流して優秀な冒険者たちを死なせないようにしてるんだ」

 したり顔で冒険者の鳥人族が説明していた。

「なんだ、じゃあ、あの固くて魔法も通さないワニ革は、作り話か」

 御者は落胆して溜め息を吐いた。

「当り前さ。大方、革に魔法陣でも仕込んだんだろう。それより、その革を作った魔道具屋はかなり優秀だ。どこにいるかあんた方、知らねぇか?」

唐突に話を振ってきたので「知らないよ」と答えておいた。俺たちの存在は、巷では適当な嘘話になっているらしい。安心して眠れる。

 

 魔物が出たら対処しつつ馬車に揺られながら、西の森を目指す。昼前に一度、馬車から下りて、森の中を走った。乗合馬車だと目的の場所に着く前に日が暮れてしまう。リパは足が遅いので俺が背負った。

「すみません。もっと速くなります!」

 背中でリパが叫んだが、急には速くなれないだろう。

 森を抜けて再び街道に出て、乗合馬車で西の森へ。

 しばらく行くと、チェルが俺の袖を引っ張った。道に迷わないまじないが、ヘイズタートルの甲羅の場所が近くだと示したらしい。

 俺たち3人は乗合馬車から代金を払って、無理やり下りた。


 街道をそれて小川を辿り、森に入る。ヘイズタートルの甲羅を見つけたのは正午過ぎ。

「ちょっと離れてろ」

 2人に指示を出して俺は地面に手を当てた。そのまま、地面を隆起させて大きな甲羅を取り出した。本やスクロール、日用品などの荷物を積み、あとは崖を目指すだけ。

「夜には砂漠の廃墟に辿り着けるかな?」

「何事もなければネ」

 宿の主人からもらった昼飯を食べて、軽く休憩。

だらだら薪を拾っていたら、サギの魔物がリパに襲い掛かっていた。懸命に剣を振っているが、くちばしで攻撃されている。攻撃を受ける練習にはいいだろうと、俺もチェルも見ていたが、リパの服がボロボロになるだけだった。

「そろそろイク?」

「ああ、魔境の掃除屋はまだ戦闘しない方がいいな」

 チェルがサギの魔物を焼いて、戦闘の練習は終了。リパは自分の脚で魔境に向かいたがっていたが、今は無理だろう。


 北の崖までは一直線で向かった。草木はナイフでなぎ倒し、寄ってくる魔物を焼いて道を作る。大きな音を立てていけば、野生動物は警戒して寄りつかない。


 ほどなく崖に辿り着いた。

「リパ、ここからは空飛ぶ箒に乗ったほうがいい」

 見上げると馬ほどもあるワシの魔物やハーピーと呼ばれる半身半鳥が上空を旋回している。リパは弱そうに見えるのか、魔物たちに狙われていた。

「はい!」

 リパはゆっくり空飛ぶ箒に魔力を込めて、その場に浮かび上がった。

「じゃあ、俺たちは先に下にいるからゆっくりこいよ」

「え?」

 戸惑うリパを置いて、俺とチェルはヘイズタートルの甲羅を持って、崖から飛び降りた。地面に着く瞬間にチェルが風魔法を放ち、ふわりと着地。砂ぼこりが舞う中、リパの叫び声が聞こえてきた。

「うわぁ! あっちにいけ!」

 空飛ぶ箒に乗ったリパは、まるでだらだら歩いているような速度で崖から下りてくる。明らかに目立ってしまったリパに空の魔物たちが襲い掛かっていた。

「狙われる体質なのかナ?」

「服が破れたりしてると、魔物からは弱そうに見えるんだろう。剣で対応しているから、しばらくそのままにしておくか」

 リパは片手で箒を操り、もう片方の手で魔物に応戦していた。自然界は弱者に厳しい。弱っている者から死んでいく。

地面に近づいてくると、徐々に魔物たちも離れていった。

崖付近にはまだ魔物たちが飛び回っていたが、所詮普通の森の魔物だ。砂漠に泳ぐサメの魔物が飛び上がり、調子に乗って低く飛んでいたハーピーを捕食している。

すでに魔境の砂漠。適者しか生存できない土地だ。

俺も握った魔石を飛んでいるワシの魔物に投げつける。羽の骨を折れば螺旋を描いて落ちてきた。長い夜の間に食料は必要。首をへし折ってヘイズタートルの甲羅に放り込んでおいた。

 血だらけのリパをチェルが回復魔法で治し、移動を開始。リパには引き続き空飛ぶ箒に乗ってもらった。箒に紐をつけてチェルが引っ張ることにしたのだ。砂漠はぶつかる木々もないので、その方が早い。リパの魔力向上にもつながる。

「しっかり掴んでないと振り落とされるからな」

 走りながらリパに声をかけたが、箒を握るのに必死で聞こえていないようだ。

 傷だらけのトカゲの魔物や、地中を這うミミズの魔物に追いかけられながら、俺たちは砂漠を北上する。リパは何度か砂丘を越えたところで、魔力切れを起こして箒から手を放してしまった。気絶しているので、ヘイズタートルの甲羅に縛り付けておいた。

「日が落ちてきた。急ぐぞ」

「うん、初めからこうすればヨカッタ」

 俺とチェルは魔力を脚に込め、全力で走った。今まではリパに遠慮していたし、クリフガルーダでは人目を気にしていたので、久しぶりに力を解放した気分だ。


 夕日が砂丘に沈む。かつて砂漠の行商人が行き交っていた町が見えてきた。

 枯れ井戸の近くにある廃墟を拠点にして、焚火をする。チェルは、リパの怪我の具合を見て寝かせていた。リパは未だ空飛ぶ箒を強く握っている。

俺はワシの魔物ことデザートイーグルの羽を毟り、首を落として内臓を取り出し、解体していく。もも肉、胸肉、手羽先と鳥系の魔物は解体しやすい。

 もも肉を炙り、晩飯にする。いつの間にか隣でチェルが筒状のパンを焼いていた。

空はすっかり暗く、星が瞬いている。

 その星を隠すように大型の空飛ぶ魔物が廃墟になった塔の上に舞い降りた。月光に照らされて、魔物の影が伸びる。崖上にいた魔物よりも一回り大きい。

「晩飯を取られないうちに食べないとな」

「先にやっとくカ?」

 チェルが魔法で手に炎を纏わせる。

「いや、食いきれないだろう。攻撃してこないうちは放っておけ」

そう言ったが、魔物は一匹、また一匹と数を増やし、廃墟中に羽を持つ魔物が集まってきてしまった。

「そんなにうまそうな匂いがしてるのか?」

「試しに手羽先を投げてみレバ?」

 チェルに言われるがまま、余っていた手羽先を魔物たちの群れに放り投げてみたが、反応なし。狙いは食い物ではないらしい。魔物たちの巣を荒らしただろうか。

「よし、じゃあやるか?」

 人間の力を見せてやろう。晩飯前の運動だ。枯れ井戸の前に立って、両手に魔力を込める。

「うぉらぁー! かかってこい!」

 一歩前に出て挑発すると、魔物たちは鳴き声をあげながら上空へ飛び、旋回し始めた。全然下りてくる気配もない。

「あれ? 俺じゃなかったのか?」

「私をご指名のようだヨ」

 今度はチェルが、両手から炎を放ちながら前に出た。

 魔物たちは上空を旋回し、一向に下りてこない。むしろ俺とチェルが近づくと逃げてしまう。

「じゃあ、リパか?」

 俺とチェルは寝ているリパを枯れ井戸の前に運んでみると、魔物たちは急に空から下りてきて威嚇するようにギャギャギャと鳴き声を上げた。狙いはリパだったようだ。

「才能かな。リパは好かれてるネ」

「いいなぁ。魔境で食いっぱぐれないぞ」

 魔物の方から寄ってくれば、肉に困ることがない。

「本当に魔境の掃除屋になれるかもな」

「マ、まだ弱いんだけどネ」

「それまでは俺たちが相手してやるか」

 俺とチェルは、寝ているリパを威嚇している魔物たちに向かっていった。

「なに無視してくれてんだ!」

「そのまま焼き鳥にしてやろうカァ!」

 空に逃げる前に魔物を叩き落とし、踏みつけた。ロッククロコダイルより皮が薄いので、あっさり攻撃は通る。頭部か足だけでしか攻撃を仕掛けてこないので読みやすい。飛べることしか能力がない魔物では魔境で長くは生きていけないだろう。

チェルは落ちた魔物をこんがり焼いていた。

地面から小さな甲虫の魔物も這い出てきて、羽の中に入っていった。血管から潜り込んで中から食い破るつもりだろう。数秒後には嘴を広げて血を吐き出していた。

魔境の魔物は血の匂いに敏感だ。

小さい毒サソリの魔物も集まってきていた。サンドコヨーテの遠吠えが聞こえてくる。デザートサラマンダーの影が砂丘を越えるのが見えた。

俺たちはリパを担いで、崩れていない塔の上に寝床を移した。

「帰ってきたな。魔境に」

「ウン」



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