【探索生活29日目】
昨夜、宿に帰ると周囲に鳥人族の衛兵が取り囲んでいた。なにかあったのかはわからないが、俺たち以外の客が宿から消えている。
宿の主人は俺たちに飯だけ出して、会話ができなかった。
「なんか、衛兵さんたちが来て、貸し切りにしちゃったみたいなんです。ただ、僕たちは大丈夫なんだとか……。マキョーさんたちの素性がバレているみたいです」
リパが申し訳なさそうに説明した。
「リパは連れていかれなかったのか?」
「はい、僕はカンショーザイらしいです。カンショーザイってなんですか?」
「間に入る人のことだヨ」
チェルがやさしく教えていた。
「それで、なにか言ってたか?」
「いえ、帰ってきたら教えてくれって」
「外で衛兵に会ったから、もう帰ってきていることは知ってるだろう」
「なにもしてこないってことはなにかあるのカナ?」
「攻撃するつもりなら、宿に入れさせないと思うぞ。眠いし寝よう。今日は大穴まで行って疲れた」
「そうだネ」
俺もチェルもベッドの上に寝転がった。
「お、大穴! お二人は大穴に行って帰ってきたんですか!?」
「リパ。ちょっとうるさい。寝かせてくれ」
「はい!」
今朝、飯を食べて宿の主人にお茶を出してもらっていたら、シュエニーが貴族っぽい服を着た男と訪ねてきた。
「マキョー様、大変申し訳ございません。クリフガルーダ王家に正体がバレてしまいました」
シュエニーが深々と頭を下げた。
「ああ、シュエニーはこの国で生きていってるんだから仕方ない」
「宿の状況を見ればだいたいわかるけどネ」
チェルが不問にしたが、シュエニーはそれでも申し訳なさそうに頭を下げていた。
「それで、そちらの貴族様はどなた?」
「我輩の名はシュナーベル。クリフガルーダ王家の端くれだ」
シュエニーを押しのけ、シュナーベルが立派な口ひげを触って自己紹介した。
「エスティニア王国・辺境伯のマキョーです。魔境の地主です」
「そうか。エスティニア王国からというのは本当なのだな。そして魔境に住んでいると?」
「ええ。二人とも座ったらどうです?」
リパが壁際の席に移動して、シュエニーとシュナーベルを目の前に座らせた。
「それで俺たちの交易品は買い取ってもらえるのか?」
「ええ、もちろん買い取らせていただきます。金銭はうちの店でできるだけ用意してきました。ただ、マキョーさんとしては魔境の歴史についての文献の方がいいのではないかと思い、シュナーベル様をお連れしました」
シュエニーは金貨の詰まった大きな革袋をテーブルに置いた。
「確かに、金はそこまで必要じゃない。シュナーベル様は歴史に詳しい方なのですか?」
「いかにも。我輩は歴史愛好家だ」
「愛好家、学者ではないんですね」
「うむ。権威は王家のもので十分。それに、学者になると派閥争いばかりで歴史の真実まで辿り着くのが面倒なのだ」
「ですが、クリフガルーダの誰もがシュナーベル様が一番歴史に詳しいと思っておりますよ」
シュエニーが説明してくれた。
「詳しいのではない。王家の者だから、何でも言えるというだけだ。いや、失礼。この場ではどうでもいいことだな」
シュナーベルは口ひげを撫でて、背筋を伸ばした。
「つかぬことを聞くが、辺境伯は本当にクリフガルーダはいらないのか?」
「ああ、クリフガルーダが魔境の一部だったって話ですか? 大昔の話ですよね。今のままでいいと思いますよ。むしろ領地に加えろと言われても困ります。俺はつい最近まで、冒険者出身の田舎者でしたから」
「貴族とは違うか。そちらの魔族の方もそれでよろしいので?」
シュナーベルがチェルに聞いた。チェルには敬語なのか。
「シュエニーがなにをどう伝えているのかは知らないけど、敬語を使う相手を間違えてるヨ! 全ての決定権はマキョーにアル! たとえ私が何を言おうが、マキョーが首を横に振ればなかったことになるし、この町の地形も王家も灰燼に帰すと考えた方がイイ」
「おいおい、チェル、俺はそんなことしないぞ」
「マキョー、舐められるなヨ。交易品を安く買いたたかれるかもしれないんだカラ。これは外交だヨ」
「でも、シュエニーが金貨を用意してくれてるじゃないか!」
「前から思ってたけど、マキョーは自分の立場をわかってなさスギ! この鳥人族という連中は自分たちの役割を忘れて大穴を放置していたような輩なんだヨ! 昨日、現場で見たじゃないカ!」
珍しくチェルが憤慨している。なにか別の意図があるのだろう。前に座っている二人は「昨日、現場……?」などと目を見開いて驚いているらしい。
「そう怒るなよ。鳥人族だって、いろいろ事情があるんだろ? ね、そうですよね?」
俺がシュナーベルに振った。
「いや、そのすまん。いえ、失礼を致しました。日頃、古文書研究所に篭っておるもので、人との接し方を忘れてしまっていまして。マキョー殿は話し易い雰囲気だったもので、つい敬語を忘れてしまったのです。平に、平にご容赦ください」
シュナーベルはテーブルに頭がつくほど謝った。チェルは勝ち誇った顔をしていたが、俺としてはクリフガルーダが持ってる魔境の歴史について教えてもらえれば、それでいい。
「まぁ、俺の扱いよりも、魔境の歴史について教えてください。俺たちも昨日初めて大穴に行って『あの杭』や竜人と鳥人の関係なんかを知ったくらいですから」
「本当に大穴に行かれたんですね?」
シュナーベルは恐る恐る聞いてきた。
「ええ、人が立ち入らない理由がわかりました。ただ、誰かが地面の亀裂を修復した方がいいと思いますよ」
「そんなことになっていますか? ここ50年は人が入った記録はないので『封印の楔』がどうなっているかもわからぬ状況でした」
「鳥人族の役目はその『封印の楔』を守るダロ?」
チェルが再び口を挟んだ。
「竜人があの杭で大陸の断絶を防いだとか?」
「まったくその通りです。えーっとどこから話したらいいものか……」
シュナーベルは額の汗をハンカチで拭った。自慢の髭もすっかり下を向いている。
「文献によると、はるか昔、1000年ほど前、竜人と呼ばれる種族がこの大陸の大半を治めていたそうです」
「それは知ってるヨ」
そう言って、チェルは宿の主人にお茶のおかわりを頼んだ。態度がいつもとあまりに違う。俺はチェルを睨んだが、素知らぬ顔だ。なにを隠してるんだ。
「歴史認識を擦り合わすことができればと思ったのですが……」
「ああ、チェルの事は気にせず、続けてください」
「わかりました。その竜人たちの魔法技術は現在と比べ物にならないくらい高く、大地を浮かばせることができたと言われています」
「つまり竜人は空島を作ったと?」
「その通りです。竜人は大地が割れることも予測し、空島からあの大穴に『封印の楔』を打ち付けたと言われています。当時、空を飛び、空間魔法を得意としていた鳥人族は『封印の楔』を守るように命令されました。ですから、我らの祖先は竜人の末裔というよりも使用人や奴隷だったのだと思います」
「え、鳥人族は空間魔法が得意なんですか?」
「いえ、鳥人族は『封印の楔』を守るため、大穴周辺の地上に住みついて100年前にはすっかり失伝していました。ファレル様が魔境から魔法陣を持ち帰って、空飛ぶ箒や絨毯に応用されているくらいで……」
「やっぱり空飛ぶ箒の魔法陣には空間魔法が関係しているのか」
「その『封印の楔』を守るって、誰から守ってたノ?」
チェルがシュナーベルに聞いた。お茶を飲んで、ようやく落ち着いたようだ。
「それが竜人には巨大な魔獣を操る敵がいたようなんです。空飛ぶ島の多くがその巨大な魔獣に食べられてしまったと言われていますから」
「そう言えば歴史書にも書いてあったな。竜人の敵が魔境にあった国を滅ぼしたのか?」
「いえ、それは定かではありません。王都がダンジョンに飲み込まれたとか、竜人の聖騎士が魔族に国を売ったとか、魔物が大繁殖して人が追われたなど、いろいろな説があります」
「文献はありますか?」
シュナーベルの話をずっと聞いていてもいいが、先にこちらが文献を読んでから質問した方がいいだろう。それにはちょっと時間が欲しい。
「はい、私が模写したものですが……」
シュナーベルは木製の棒に巻かれたスクロールを部下に持ってこさせて、テーブルに置いた。
「どうぞ、お持ちください。他にも魔境に関する書物もありますので、こちらもぜひ」
革表紙の歴史書も貰った。
「ありがとう。助かります」
シュエニーが用意してくれた金貨の詰まった革袋もついでに頂く。
「これもいいかな。できれば、今後とも交易して、お互いの利益になる関係を続けたいんだけど」
「もちろんでございます! こちらからお願いしたいくらいですから!」
シュエニーは顔じゅうに汗をかいて、立ち上がり何度も頷いた。
「シュナーベル様は他の交易店がいいとかありますか?」
「いえ、シュエニー嬢が適役だと王家も思っている次第です」
シュナーベルも立ち上がって、答えた。
「では、不定期ではありますが、シュエニーさんの交易店に魔境の品を持っていきます。今後ともよろしくお願いします」
俺はシュエニーと握手をした。
「よろしくお願いいたします。一つだけ伺ってもよろしいでしょうか?」
「なにか?」
「お二人のご関係は……?」
シュエニーは俺とチェルを指して聞いてきた。一瞬、チェルが魔力を込めるのが見えた。
「大家と店子です。今は領主と領民かな。どっちでもいいんですけど、カップルや夫婦でないことは確かですよ」
「そ、そうですか……」
そう言えば、シュエニーは俺とチェルの称号を能力で見たんだったな。
「それ以上は聞かない方が身のためだヨ。他言も無用ダ」
チェルは手のひら上に青い炎を浮かばせながら凄んだ。熱いだろうに。
シュエニーもシュナーベルも、青ざめて宿から出て行った。
とりあえず、クリフガルーダとの交易はできそうなので、旅の目的は達成。魔境の拠点を出てから8日目の事だった。
「さて、チェル。何を隠してる?」
部屋に戻って、俺はチェルに聞いた。
「ニャニガ?」
「いつもと様子がおかしい。妙なところで怒ったり、急に落ち着いたり、情緒が不安定だ」
「そんなことないヨ」
チェルはそう言いつつも、俺に目を合わせない。
「チェルよ。お前、メイジュ王国で結構な重要人物だったな? 最初、シュナーベル様はチェルに敬語を使って、俺に敬語を使わなかった」
「そんなことないヨ。リパと同じ、追放されるような家柄の娘だったハズ……」
チェルは完全に目が泳いでいる。
「魔王に呪われるくらいだから、ある程度は覚悟している。正直に話したらどうだ?」
「私の正体を知ったら、マキョーは私を追放するだロウ。だからイワナイ」
「チェル。人の口に戸は立てられないんだから、クリフガルーダで噂は広がるぞ。誰かを経由して俺が知るより、自分から白状した方がいいんじゃないか?」
「いや、噂が広がるにも時間がかかるからネ」
ここまで聞いて、言わないとなると、メイジュ王国でもよほど偉い奴なのか。クリフガルーダで噂になると、交易しているメイジュ王国の魔族の耳にも入るだろう。
「え~、チェル~、魔族が魔境に攻めてきたりしないだろうな?」
「……」
チェルは明らかに動揺した顔をした。
「その可能性があるのかよ! おい!」
「いや、それはないと思うヨ! ないと思うケド!」
もし、本当に魔族が攻めてきたら、すぐにチェルを差し出すか。
チェルは青い顔をしながら、帰りの準備をしていた。