【探索生活28日目】
朝から宿の中で外を見ながら過ごしている。
飯は宿の食堂で食べ、外に出ていない。
早朝に鳥人族の娘が俺たちを訪ねてきた。
「シュエニーの使いの者です」
娘が俺に小さい手紙を渡してくれた。
『ちょっと店が立て込んでいて交換品を探すのに時間がかかりそうです。それから、皆さまは、できるだけ身を隠すように。宿に籠っていてもいいかもしれません』
チェルにもシュエニーの手紙を見せた。
「籠れって言われてもなぁ。どうする?」
「やることないネ。リパはあるみたいだケド」
リパはよほど剣術が気に入っているのか、井戸端で棒を素振りしている。俺たちも軽く運動をしようかと提案したが、チェルは「衛兵が来るからやめようヨ」と断られた。宿にいても目立ってしまうか。
窓からヴァーラキリヤの街並みを見ていても、景色が変わるわけではない。それでも、絨毯や箒に乗った人たちが空を飛び、通りを馬車が駆け抜けるのを見ていた。チェルも同じように外の景色を見ていたが、すぐに飽きてしまっている。
宿の中でクリフガルーダの観光名所について誰か教えてくれないかと探したが、客の行商人は仕事に出かけてしまっているし、冒険者もギルドに依頼を受けに行くという。
「ご主人、誰も行かないような名所はないかな?」
仕方がないので、掃除をしている宿の主人に聞いた。
「誰も行かないような場所は名所にはなりませんぜ。旦那」
「そう言われると、そうかぁ。なら、未踏の地とかは?」
「空飛ぶ魔道具が出てからはほとんどありません。魔境や大穴は別ですがね」
「大穴というのは?」
「クリフガルーダの真ん中には森が広がっているんですが、その中に遥か昔、竜が作ったと言われている大穴があるらしいです。冒険者も行かないし、配達員たちもその上は飛ばないですね。そもそも森は危険が多いですから」
「魔物か?」
「ええ、田舎の方じゃ今でも魔物が多いと聞きますよ」
確かに田舎では魔物を見たが、そんな強いのは見ていない。
「ありがとう。町から出るのに、空飛ぶ絨毯を雇えたりするかな?」
「いいですけど、大穴に行くんですか?」
「いや、そんな危険な場所には行かないよ。聞けただけで十分。空から町を見てみたいと思ってるだけだ」
嘘だ。竜に関することで俺が行かないわけがない。
「ああ、そうですよね。わかりました。頼んでおきますよ。王都だといろんな名所があります。どこも混んでますが一度くらいは見ておいた方がいい」
そう言って宿の主人は空飛ぶ絨毯の配達員を呼びに行ってくれた。
「チェル! 竜が作った大穴があるらしい。暇だし、行こう」
「交易店から連絡来るかもしれないのに、いいノ?」
「リパに任せればいいさ」
実際のところ、時空魔法の魔法書がない時点で交易に期待はしていない。むしろ、クリフガルーダとのつながりができただけで、今回の旅は得るものがあったと思っている。
「リパ、チェルとちょっと出かけるから誰か来たら対応しておいてくれ」
「対応って、何をすればいいんですか?」
「お茶でも飲んで笑ってろ。あとは好きにしてていい」
「わかりました!」
宿の主人が呼びに来たので、すぐに出かける準備をして玄関に向かった。
「どうも。絨毯運送です。お荷物はなんですか?」
明るそうな鳥人族の青年が絨毯を丸めて立っていた。
「荷物は俺とこの魔族だ。少し王都を観光したくてね」
「わっかりました! ではどうぞ乗ってください」
先払いで運賃を払い、青年が広げた絨毯に座る。
「それじゃあ、行きますよ! 多少揺れますが、絨毯から手を出さなければ落ちません」
「ああ、よろしく」
青年が絨毯に座ると、ふわりと浮いた。
「いってらっしゃい!」
リパと宿の主人が見送る中、俺たちはヴァーラキリヤの空へと飛んだ。
「旦那たちはご夫婦ですか?」
絨毯を操りながら青年が聞いてきた。
「いや、同居人ではあるが夫婦じゃない。ルームメイトみたいなものだ。なにか珍しいか?」
「ええ、魔族の方と人族の方が一緒にいるなんて、なかなかいないカップルだと思いまして。敵同士の禁断の恋などと勘ぐってしまいました」
発想が若い。
「戦争をしていたのは100年も前だヨ」
チェルが鼻で笑って返していた。
「それもそうですね。人族の旦那は南方からですか? 自分も一度は行ってみたいんですが、向こうはどうです?」
魔族の国だけじゃなくて南の国とも交易をしているのか。
「クリフガルーダの方が発展してるよ。それより、町の端から王都を見たいんだ。行けるか?」
「はい、向かいます」
あまり会話が弾んでこちらのことをしゃべりすぎるとボロが出てしまいそうだ。
「森の中に大穴があるって聞いたんだけど、本当かい?」
「ええ、竜が掘ったという大穴ですね。大森林にあるらしいです」
「その大森林は危険なのか?」
「大型の飛行船でも、あの大穴を避けるルートで回ってるくらいですから。熟練の冒険者でもあんな場所には行ったら帰って来ないって話です」
「帰ってきた者がいないのに、大穴があることは皆知ってるって変じゃナイ?」
チェルが青年に聞いた。
「た、確かにそうですね。でも、ファレル様の伝記には書かれているから本当なんじゃないですか」
「ふ~ん」
しばらく町を見下ろしながら、空を楽しんだ。
「さ、ここが王都の端です。どうですか? ヴァーラキリヤは大きくて美しいでしょう」
ヴァーラキリヤが巨大で建築が美しいのはわかるが、俺たちが見ているのは町の外だ。
「ああ、キレイだネ」
「飛行船がルートを変えてるってことはあっちかな」
俺とチェルはだいたいの位置を把握して、下してもらうことに。
「ここでいいや」
「え!? こんな裏門前で?」
「ああ、頼む」
「下せと言われれば下ろしますが、ここら辺は荒くれ者の冒険者のたまり場になってますから急いで移動してください。旦那方が殺されたなんて噂を聞いたら寝覚めが悪いですから」
「大丈夫だヨ」
チェルが青年の肩を叩いて、地面に降り立った。俺も続く。
王都の裏門はゴミを満載した馬車や奴隷を引き連れた商人などが行き交っている。片腕のない冒険者などの姿もあるが、俺たちを攻撃しようとしている者はいなかった。
裏門を通る際、衛兵に大森林の場所を聞くと、まっすぐ西を指さして教えてくれた。酒の匂いがしていたので、あまり口を開きたくはないのだろう。
裏門を出て、西へ向かう。道はまだあるが、乗合馬車などはない。丘を越えるとき、正面に森が見えてきた。道は大きく北へと曲がっている。北にはゴミ処理場があるらしく煙突から煙が出ていた。
大森林の入り口なのかはわからないが、とりあえず道を外れて森の中に入っていく。奴隷たちや商人が見ていたが、特に注意されることも咎められることもなかった。
誰もいないので俺もチェルも全力で走る。魔物も出たが、相変わらず魔境ほどの頻度で出ることはない。チェルが手のひらから炎の槍を出しただけで逃げだすような魔物ばかり。しばらく走ってから、地面に向けて魔力を放ち、大穴を探った。
「まっすぐ行くと山があるな」
「鳥の声も多いネ」
「山の天辺から大穴を探そう」
切り立った山をよじ登る。やっぱり、どうにかして空飛ぶ箒を乗りこなせた方がいいな。
山の天辺まで辿り着き向こう側を見てみると、まるで隕石でも落ちたかのような穴が空いており、鱗のような奇岩が並んでいた。奇岩にはサンゴのような色鮮やかなコケや地衣類が生えている。
「何かが衝突した跡みたいだネ!」
チェルが感嘆の声を上げた。
「ああ、魔物もいるみたいだ」
骨だけになった鳥や獣が目だけを光らせながら動いている。肉がある魔物はほとんど見えない。
「地獄か?」
馬のように大きな三つ首の犬の骨が火を吐き出しながら、歩いている。風が吹けば、煙のように苔の胞子が飛んでいく。穴の中心部は黄色い霧で見えない。
急に耳の奥からどくどくと血が流れる音が聞こえてきた。感覚が研ぎ澄まされているのか。
「ここは魔力の密度が濃いんだヨ。空気を吸い過ぎると病気になるから、魔法を使った方がいいヨ」
「そうなのか? でも、魔力を吸って同じだけ吐き出せばいいんだろ?」
自分をただの筒だと思って息を吸って吐き出すと、キラキラとした白い煙が口から出てきた。身体が急に軽くなったように、力が溢れてくる。
「ホラ、あんまり吸い過ぎると、血管に魔力が詰まるヨ。そういう病気になった魔族がいるんだカラ」
チェルはそう言って、自分の口に布を巻いていた。俺も真似る。
さらにチェルは水魔法と火魔法を展開して相殺。周りから蒸気が噴出していた。俺も、持っていたナイフに魔力を込めてみる。一気にナイフが熱せられ、真っ赤に輝き出した。
「これはヤバいか」
ナイフが溶けて使い物にならなくなったら困るので、その辺の石を拾い、ぎゅっと握りしめ魔力を込めてみた。指を開くと半透明の赤く光る魔石が手のひらに乗っていた。
「魔石って人工的に作れるのか?」
「……ナニソレ!? ヘン!! マキョーは変態だ!」
チェルはそう言って、とっとと穴の中に入って行ってしまった。石を拾いながら俺は追いかけた。
骨の魔物も追ってきて攻撃を仕掛けてきたが、骨の動きを見ればどう攻撃してくるのかわかるので当たるはずもなく、あっさり躱して頭部を砕いた。ただ骨の魔物はすぐに骨を修復して起き上がってきてしまう。
「魔力の密度が濃いから死んだことを自覚する前に立ちあがっちゃうんだヨ」
骨の魔物を氷魔法で固め、粉々に砕きながらチェルが説明した。
「死ねない穴ってことか」
魔境でも見られない景色に俺たちは若干興奮しながら、奇岩地帯を進んだ。
空気中の胞子が多くなってくると骨の魔物たちは消えた。風が穴の中心に向かって吹き下ろしているので、黄色い胞子が溜まって霧に見えるのだろう。なるべく皮膚に胞子が触れないよう軍手をしてから先へ進む。
全身から骨が飛び出た黒いトカゲのような魔物もうろうろしていたが、チェルが有り余る魔力を使ってこんがり焼いた。
その焼けたトカゲの魔物を狙って真っ赤な鱗を持つ巨大な犬が襲ってきた。チェルの襟首をつかんで距離を取る。
「あの口に喰われたら、一飲みで胃袋だ」
「ダメだ! あの鱗は魔法が効かない!」
炎の槍をあっさり弾かれたチェルが叫んだ。
ガルルルルルル!!!
威嚇してくる巨大な犬に俺は溜まっていた魔石を投げつけ、腹に風穴を開けてやった。だらだらと血を流れ地面に血だまりを作るも、犬はまるで意にも介さない。
「ここの魔物は死への恐怖がないんだヨ」
「死ねないから気にしないのか」
結局、巨大な犬はトカゲの魔物を口に咥え、どこかへと走り去っていった。
「魔境とは異質な場所だな」
「見つかってはいけない秘境なのカモ」
いつの間にか周囲から奇岩が消え、胞子の霧が目の前を覆っている。俺もチェルも黄色のペンキを被ったように、全身が黄色だ。
「マキョー、地面を見テ」
そろそろ戻るかと思ったら、チェルが地面に亀裂が入っていることに気が付いた。先へ進むと徐々に亀裂が大きくなっていく。
「なんだ? 前方に影が見えないか?」
影の正体を確かめてみると、5階建ての建物ほど高さの巨大な杭だった。先端は地面に突き刺さり、頭には丸い輪がついていて、大きな鎖が垂れ下がっている。鎖の先はちぎれていた。
「これ空島と砂漠を結んでる鎖と同じものじゃナイ?」
チェルの言う通り、確かに似ている。
「空島はここに繋がっていたのか?」
「わからないけど、同じ文明の遺物と考えたほうがいいヨ」
「そうだな。だけど、こんな杭を打ち付ける巨人が過去にいたってことか?」
「巨人の逸話は魔族の国でもいくつかあったヨ。高い山に登った人の影が雲に映ると巨人に見えるんだヨ」
「でも、影にこんな鎖や杭を作れないぞ」
「ン~、杭を打ち付けた金槌はないノ?」
いい加減に帰りたかったが、しばらく観察してから帰ることに。
「おい、あれ文字じゃないか?」
杭の表面に小さな文字が刻まれていた。黄色い粉を払ってよく見てみると人の文字だった。
『竜人、この杭をもちて大陸の断絶を防ぐ。末裔である鳥人はこの杭を、守り続く』
古い文体だが、確かにそう読めた。
「大陸の断絶を防ぐって、そんな大それたことができるのか?」
「鳥人は竜人の末裔なノ?」
俺たちは顔を見合わせた。その後、周囲を探したが、亀裂以外は何も見つけられなかった。
魔力の密度も胞子の霧も濃く、あまり長時間いない方がいいと判断し、急いで穴の外へと向う。帰りも赤い鱗の犬が襲ってきたが、足に魔力を込めた俺たちのスピードにはついてこられなかった。
山を登り、一気に飛び降りる。普通の緑の森に降り立ち、ようやく息を大きく吸った。
「ここも魔境だな」
「うん、飛行禁止になるわけがわかったネ。この景色は見ちゃいけない」
森の中にある泉で全身を洗う。俺たちはあらゆるところが黄色い。
「竜人だってよ。エスティニアの王家の事かな?」
「たぶんネ。鳥人はその末裔なら、鳥人も竜の血を引いてるのかな?」
「どうだろう。俺は昔の夢で、竜から進化したのが鳥という説を見たことがあるけどな」
「夢でショ?」
「俺の夢は案外、当たるからなぁ」
全身と衣類を丁寧に洗い、俺たちは再び裏門からヴァーラキリヤに入る。
「どこに行っていたんだ?」
門兵に聞かれたが、「森の泉」としか答えられなかった。
夕方近くだったが、未だ全身から魔力が立ち上っているような感覚がある。チェルも手を振っただけで、指先から火が出ていた。俺も道端の小石を拾いながら宿へと戻った。