【探索生活27日目】
ヴァーキリヤは町が大きすぎて、どこに行っていいかわからない。冒険者ギルドも支部が3つもあり、なにがなんだか。交易品を取り扱う店も何軒もあったが、中を覗くと豪華な宝石類やわけのわからない魔道具らしきものなどが並び、ワニ革程度を持ってきた俺たち田舎者の話は聞いてくれなそう。
とりあえず、飛行船の発着場に近い交易品を扱う小さい店に飛び込んでみた。
「すみません、ワニ革は買い取ってもらえませんか?」
カウンターの奥に座っている小さな爺さんに話しかけてみた。
「んあ? なに革だって?」
「いやワニです。ロッククロコダイルって魔物の革なんですけど……」
とりあえず、物を見せて鑑定してもらうことに。
「お前、これ、本物じゃねぇか? ダメだよ。こんなところに持ってきちゃ」
小さな爺さんは難しいことを言う。
「ダメなんですか?」
「どこで手に入れたか知らねぇけど、こんなもの市場に出回ったらおかしなことになるぞ」
「どういうことですか?」
「ここは交易品を扱う店だ。つまり、ここに来れば、こういう品が定期的に手に入ると思われるじゃねぇか?」
「いや、そうしたいんですけど……」
交易路の確保ができれば魔境の財源にもなる。砂漠踏破に時間もかからないことがわかったし、俺としてはどこかの店と契約したいくらいだ。
「バカ言うなよ」
小さな爺さんは、俺の後ろにいるチェルとリパを見て助けを求めた。ただ、チェルもリパもよくわかっていない。
「一応聞いておくぞ。このロッククロコダイルは誰が狩ったんだ?」
「誰って厳密にはわからないですよ。俺と何人かでぶっ飛ばしましたけど?」
俺が正直に言うと、小さな爺さんは黙って頭をひねり始めた。
「なんで、冒険者ギルドで鑑定してもらわないんだ? 業績にもなるし、ランクも上がるだろうに」
「あぁ、そうですよね」
ただ、その場合、魔境産という噂を耳にした冒険者たちが魔境に来て勝手に死なれても困る。
「ま、でも、今後のことを考えると商売になったほうがいいのかなって思って……」
「どういう計画を立てているのか知らんが、鑑定しろと言われればそれがこちらの商売だからやらせてもらうがな。他に持ってきた商品はあるか?」
「そのワニ肉の燻製とミツアリの蜜です」
背負子から下して、カウンターに並べる。カウンターに置けない分は床に置いた。
「燻製の肉質、分厚さ、問題ない。蜜も質、量、ともに十分。これも定期的に採れるのか?」
「そうです」
小さな爺さんは頭を抱え、「すまん、ちょっと待っててくれ」と言って、奥に引っ込んだ。
「なんか間違ったかな?」
待っている間、チェルに聞いた。
「恰好が恰好だからネ」
確かに俺たちは砂漠を旅してきた格好のままだ。リパの服装も酷い。
「今回は冒険者ギルドに引き取ってもらって、次は服買ってから来よう」
「ウン」
奥から爺さんと女の人の声が聞こえてくる。「なんで?」「もうやめたんだから」などと揉めているようだ。
「これじゃあ、小さい店にした意味がないじゃない……。いらっしゃい」
爺さんに押されて、小太りの中年女性が出てきた。顔が爺さんと似ているので親族みたいだが、肌の色が若干青い。魔族の血が入っているのか。
「爺ちゃん、どれ?」
中年女性が小声で奥に話しかけている。
「これ、全部? お客様、鑑定させてもらっても構いませんか?」
「お願いします」
中年女性は俺たちが持ってきた物を見ながら、紙になにかを書き込んでいる。食品も口に入れることもなく触れずに物を鑑定できるらしい。なんらかの能力か。
「マキョー、たぶんあの人、私の遠い親戚だヨ」
チェルが耳元で囁いた。
「そうなのか?」
「もし、彼女が私たちの方を見たら倒れる可能性があるから対応よろしくネ」
「ん? なんの?」
俺たちが会話している間に、中年女性は額に汗をかき始めた。
「嘘……、全部、本物って。ごめんなさい、お客様たちはどこから……っ!?」
中年女性が俺たちの方を見た後、ゆっくり後ろへ倒れて行った。
チェルに言われていたので、飛び出して抱えてあげる。チェルは中年女性の目を手で塞いでいた。
「情報量が多いのよね? 目をつぶって落ち着いて。次に目を開けたときには私たちはいなくなってる。今日はちょっと夢を見ていただけよ。そうでしょ?」
チェルが流暢に中年女性に話しかけていた。俺はリパに指示を出して商品を背負子にまとめさせた。
「じゃ、一瞬で眠くなるから」
チェルが睡眠薬を取り出した。
「お待ちください!」
中年女性はチェルの睡眠薬を持った手を掴んだ。
「お察しの事とは思いますが、私は鑑定スキルを持っています。このままだとクリフガルーダでお客様たちが持ってきた商品は正しく鑑定されません。私にしばしお時間をいただけないでしょうか!」
そう言われたチェルは「どうする?」という目で俺を見てきた。
「俺たちが鳥人族の国に来たのは、交易路の確保と魔境の情報を得るためだ。今のところ、どちらも達成されていない。待ってみてもいいんじゃないか?」
「そうネ」
チェルは中年女性から手を放した。
中年女性は抱えられていた俺の腕から身体をひねって立ち上がり、そのまま床に額を押しあて、ひれ伏した。
「知らなかったとはいえ、祖父の無礼の数々お許しください」
「無礼なことはされてないよ。頭を下げないで」
「失礼ではありますが、お二人の鑑定をしてしまいました」
「そうカ。混乱するのは無理ないけど、人に言わないでネ」
チェルがかん口令を敷いた。
「いや、そのぅ……、さすがにそう言うわけには」
「言わないでヨ」
チェルは頑なだ。魔王の一族に呪われているから、いろいろ面倒なのだろう。
「しかし、辺境伯に関しては……?」
「あ、バレてんのか。ということは、俺が魔境の領主で、その商品が全部、魔境産だってこともわかってるのかな?」
「はい」
「え!?」
リパは驚いてひれ伏していた。
「冒険者が魔境に来て勝手に死なれると困るから、冒険者には言わないでおいてもらえる?」
「わかりました! ですが、すでにクリフガルーダの冒険者たちや行商人たちが、何人か魔境に挑戦しています。帰ってきた者はいませんが」
「あ、そうなんだ。魔境でも生きてる奴には出会わなかったよな?」
「まぁネ」
チェルが魔力を腕に集めながら答えた。小さな爺さんが店の奥から戻って来ないので、なにかあれば店ごと焼くつもりだろう。まずいな。
「いくつか質問してもよろしいですか?」
「後で俺からも質問してもいいなら」
「構いません。では、そのどういった経緯で魔境の領主になられたのですか?」
「魔境の土地を買ったんだよ。丸ごと。不動産詐欺だったんだけど、人が集まってきて、エスティニアの王に認められたんだ」
嘘は言っていない。集まった人の人数を言わないだけだ。
「さようでございますか。クリフガルーダまではなにに乗ってやって来られたんですか?」
「走って」
「……自らの脚で?」
「拠点から二日くらいだったかな。砂漠でもっと時間を取られるかと思ったんだけど、意外に早かった。その燻製も結構新しいんだよ」
「さようでございますか。先ほどもおっしゃられていましたけど、クリフガルーダに来た目的は、交易路の確保と魔境の情報を得るためというのは本当ですか?」
「本当だよ。魔境は100年くらい放っておかれた場所だから、なかなか開発が進まなくてね。遺跡の発掘もままならない。だから、交易しながら外からも魔境の情報を収集したくて。本当に他意はないよ」
「そうだったのですね」
中年女性はようやく落ち着いてきたのか床に座り込んだ。
「俺からも質問いい?」
「はい、私に答えられることなら」
「これだけ飛行船が発達しているのに、クリフガルーダがエスティニア王国と国交をしていない理由は?」
「まさに、我々が魔境の魔物を倒せないからでございます」
中年女性はわざわざ地図を見せて説明してくれた。クリフガルーダからエスティニア王国に向かうには、魔境の空を通るか岩礁の多い海を渡らなければならない。どちらも強力な魔物に阻まれるのだとか。
「よく銅像が建ってるファレル・ジェイルスについては?」
「魔境にいた冒険者の従士で、この国がここまで発展したのはファレル様の功績です」
「もっと詳しく教えてくれる?」
「飛行に関しては全て、ファレル様が魔境から持ち帰った技術だと言われています。魔道具もそうです。メイジュ王国産のもの以外はすべて魔境からだと言われています」
「メイジュ王国っていうのは?」
「魔族の国の名前だヨ。前に言わなかった?」
チェルが説明してくれた。
「聞いた気もする。そうか、じゃあ、魔境には有用な技術が埋まってるんだな。なんか文献とか残ってない?」
「残っていますが、もっと大事なことが……」
「なに?」
「遥か1000年以上前の話ですが、クリフガルーダは魔境の一部でした。魔境の領主が現れたとなると……」
「え? クリフガルーダの鳥人族は皆、魔境の領民ってこと? でも、一度1000年前に魔境にあった国は崩壊してるんだから、クリフガルーダはこのまま国として認められるんじゃないの?」
「そう……ですか。ファレル様は『魔境の住人こそが鳥人族の主だ』と言われていました」
「じゃ、私も主ってことだネ」
チェルはそう言いながら、窓から外を警戒している。
「主って言われても責任が増えるだけだろ? 面倒だな。そんなことよりもミッドガードの情報や巨大魔獣と対抗するために時空魔法の魔法書なんかが欲しいんだけど、この商品で交換できる?」
なんだか外が騒がしくなってきたので、結論を急ぐことに。
「魔境の歴史については断片的にですが伝承が残っていますので、時間はかかりますが協力できるかと。時空魔法は見たことも聞いたこともありません」
「そうか。じゃあ、できるだけ魔境の情報を集めておいてくれると助かる。あとは便利な魔道具で交換できればいいかな」
「わかりました! できる限り用意しておきます」
「マキョー、なんか来たヨ!」
窓の外には衛兵らしき鳥人族たちが集まり始めていた。住民たちも指さしている。
「おそらくうちの祖父があることないこと噂話を広めてしまっているようです」
「じゃあ、とりあえず逃げたほうがいいのかな?」
「はい、重ね重ね、無礼をお詫びします! 裏口はこちらです!」
中年女性が裏口に案内してくれた
「そういや、名前を聞いてなかった」
「シュエニーです!」
「じゃあ、シュエニー、よろしく!」
そう言って俺たち3人は裏口から出て、宿に向かった。