【探索生活26日目】
朝目覚めるとふかふかのベッドの上だった。王都に泊まった時もこれほど沈むベッドで寝ていなかったように思う。ベッド自体も久しぶりだ。
さらに体中から花の香りがする。昨夜、宿で石鹸を借りて身体を洗ったのだ。砂漠の砂も魔境でこびりついた垢もすべて洗い流された。しかも部屋には薄手の寝間着まで用意されていて自分が自分でない気がする。
「まるで貴族にでもなった気分だ」
「貴族だヨ」
耳元でチェルが微笑んでいた。俺と同じような寝間着で髪まで花の香りがする。
「確かに、辺境伯だな。ところで、なんでチェルがここにいるんだ?」
「一番、柔らかいベッドを探したら、ここにたどり着いたダケ」
朝日に照らされて、チェルのまつげが輝いている。女性らしい、胸やくびれ、尻のラインも見えているというのに、全然欲情しない。普段の生活を見ているせいだろう。
「そういや、リパは?」
起き上がって部屋を見回すと、リパは部屋の隅に置いてある椅子の下に潜り込んで寝ていた。狭いところが落ち着くのかな。
「顔を洗って出発しよう。知りたいことが山ほどある」
井戸で顔を洗って、空を見上げた。まだ、仕事を始めている者はいないようで空を飛ぶ配達員たちはいない。魔境に帰る前に、箒か絨毯を手に入れたいところ。
宿の食堂はすでに開いていて、料理人と世間話をしながら野菜とハムのサンドイッチを3つ包んでもらった。銅貨で5枚。宿泊費は一人銀貨3枚だった。クリフガルーダでも高級宿といえる価格だという。エスティニアでも高級宿はそんなもんだ。
昨日、冒険者ギルドで魔石が思ったより高く売れることがわかった。まだワニ革や蜜は売っていないので、交易品を取り扱う商店へ行きたい。
「リパ、お前、どうする? このまま俺たちと一緒に行くか?」
部屋に戻り、出かける準備をしながらリパに聞いた。チェルは「もう宿と結婚したいヨ」と寝ぼけながら、服を着ている。
「はい! できればお供したいですけど……」
「構わねぇよ。ただ俺たちが魔境から来たことは引き続き秘密にしておいてくれ」
「はい。大変な騒ぎになると思いますから」
寝ぐせのついたリパに布を渡し、顔を洗ってくるように言った。
午前中の早い時間だというのに、宿の前の道は馬車が渋滞している。朝市でもあるのかと思ったが、これが普通らしい。
「飛行船が出る前はこんなもんさ」
宿の主人が停まっている飛行船を指さして教えてくれた。飛行船は朝、昼、夕の3回この街にやってきて、西にあるさらに大きな町を経由し、東の王都へと回っていくという。
巨大な飛行船だが、積み込める量には限りがある。急いでなければ馬車の方が安い。もちろん空には魔物がいるので、護衛が必要だ。
「冒険者ギルドで依頼表を見ておこう」
俺たちは昨日行った冒険者ギルドに再び向かい、依頼表が張り出されている掲示板を確認した。
『馬車の護衛』『飛行船に乗る貴族のサポート』『馬車道の補修作業員』など流通に関する依頼が多い。中には荷物の配達もある。
「もしかして、空飛ぶ箒に乗っている配達員の中には冒険者も含まれているのか?」
「ええ、そうですよ」
依頼を張り出していた冒険者ギルドの職員が答えた。
「その……空を飛べる箒や絨毯は簡単に買える?」
「値はピンキリですが、ほら、そこの道具屋にも売ってます」
見れば、普通に道具屋で箒が売られていた。
「ちょっと待てよ。だったらもっと普及していてもいいと思うんだけど……。魔族の国では使われてなかったんだろ?」
チェルに確認したら「ナイナイ」と首を横に振っている。
「ああ、他の種族の方には難しいかもしれませんね。風を読める鳥人族だから使いこなせる魔道具ですから」
箒や絨毯は単純に浮くことができるが、空を移動するには風を読めないといけないらしい。
「そんなの風の流れに干渉すればいいんじゃないか?」
「はい?」
職員は唐突に耳が聞こえなくなったらしい。
「それができるのはマキョーだけだヨ。でも確かに風魔法さえ使えれば移動できそうだけどネ」
試しに箒を一本買ってみることに。一本、銀貨1枚。あまり値段が張るものではないことに驚いた。依頼を一つ二つこなせば初心者冒険者でも買える。
町の外に出て、開けた岩石地帯で練習してみる。箒に魔力を込めてみると、空気が破裂したように上空に飛ばされた。華麗に着地を決めたはいいが、かなり魔力の調節が難しいようだ。
「チェルもやってみるか。魔力を込めすぎると、俺みたいになるぞ」
「わかってるヨ」
チェルは箒に描かれている魔法陣を確認して、ゆっくりと魔力を込めるとふわりと浮いた。
「ヘヘヘ!」
勝ち誇ったような目で俺を見てきたが、次の瞬間、バランスを崩しぐるんと一回転して地面に叩きつけられていた。
「調子に乗るからだ。リパもやってみるか?」
「いいんですか!? 初めての経験です!」
リパも空飛ぶ箒に乗ったことがなかったらしい。
「わっ!」
意外にバランスよく浮かんでいる。
「移動できるか?」
「風は読めません!」
仕方がないので、チェルが風魔法で少しだけ空に向けて押してやった。空高く飛んでいくリパだったが下りれなくなったらしく「助けてください!」と泣いていた。
「俺たちには難しい代物だったな」
「でも、練習すればリパは乗りこなせるんじゃナイ? 風魔法なら教えてあげるヨ」
「はい! ありがとうございます!」
空飛ぶ箒はリパに持たせることに。荷物が増えたが嬉しそうだ。
「見テ! ゴブリンだヨ!」
岩場の陰からゴブリンが顔を出した。周囲を見ると群れがこちらに近づいてきている。空飛ぶ箒の練習をしていたら目立ったらしい。手には木の棒や折れ曲がった剣などを叩いて威嚇しているが、怖がっているのはリパだけ。
「リパ、倒してみるか?」
「無理です! ムリムリ!」
リパが断っている間に、チェルが魔法で焼き殺してしまった。
「大丈夫。魔石は残してあるヨ。今日の宿もいいところに泊まれそうだネ」
チェルはゴブリンの亡骸から魔石を取り出して、革袋に入れていた。クリフガルーダでの魔石の価値についてチェルも気になっているようだ。
俺も魔石回収を手伝いながら、ふと魔境を思い出した。
「魔境にはゴブリンがいないよな」
「エッ!? いや、前に倒さなかったカ?」
チェルが空を見上げて、思い出そうとしていた。
「あれは魔境の外の森じゃなかった? ゴブリンなんてどこにでもいそうなのに、魔境では見てないぞ。猿の魔物はいるけど……」
「変なことに気付くネ。でも、そう言われると確かにそうカモ」
「道具を使う魔物だからか、なにか理由があるんだろうな。魔境では生存できなかった理由がさ」
そう言って作業を続けていると、チェルがリパに「変人だから気にするナ」と肩を叩いていた。
「マキョーさんは変人なんですか?」
素直に聞かれると、なんだか恥ずかしい。
「いや、あんまりいい教育は受けてないから、人が気付くことに気付かないで、気付かなくてもいいことに気付くだけだと思うぞ。ほら、例えば、この岩石地帯は穴が多いだろ? 道らしきところには石畳の跡がある。てことは、魔石鉱とか鉄鉱山の跡地かなとか思ったりしないか?」
「しませんが、そうかもしれません!」
「だからって、別にその情報がなにに使えるわけでもない、ただ気付いたことを口に出しただけだ」
「割と迷惑なんだけどネ。バカにできないところが面倒なんだヨ。よくヘリーと話しているノ。ヘリーってエルフが魔境に住んでるんだけどネ」
チェルの言葉にリパは「なんか、すごいですね!」と適当なことを言っていた。こいつ、本当に魔境に向いているかもしれない。考えすぎるとストレスが溜まるし、考えすぎないと死ぬ。魔境では適当さも必要だ。
魔石を回収して、町に戻り冒険者ギルドで換金。討伐依頼が出ていたゴブリンたちだったようで、銀貨20枚にもなった。
せっかくなので飛行船に乗ろうとしたが、すでに朝の便が出た後だった。のんびり乗合馬車で東にあるクリフガルーダの王都へ向かうことに。
馬車に揺られながら、いくつかの町を通り過ぎた。荷台には俺たちの他に冒険者が二人。酒樽や野菜などの袋が積まれていた。
時々、町の広場に停まり、冒険者たちが空飛ぶ箒で荷物を配達している。戻ってきたらまた王都に向けて出発。客は、前の週に商品を頼んでおくのだとか。市場に行かずに配達されるのを家で待つだけなので楽だ。
「いいシステムだな」
魔境にも取り入れたいが、そもそも配達員もいなければ、家は洞窟だけなので必要ない。もっと人と家が増えればいいんだけど。
日が暮れかけた頃、クリフガルーダの王都・ヴァーラキリヤに到着。魔石灯の明かりに浮かび上がった王都には塔が数えきれないくらいあり、それまで見てきた町の5倍はあった。夜でも門は閉まることなく、馬車の行き来も多い。
空飛ぶ配達員は塔の上層部にある家や店に配達に向かっている。昼のように明るいため、危険はないらしい。
間違いなくエスティニア王国の王都よりも大きい。俺たち3人は口を開けたまま門を通り、圧倒されっぱなしだった。




