【探索生活23日目】
短い睡眠をとって、チェルに起こされた。
「おはヨ。魔物が出たヨ」
あまり緊張感はないので倒したのだろう。
「おはよう。倒したのか」
「ウン」
水球テントから出ると、足の長い大型犬サイズのクモの魔物が5匹、黒焦げになっていた。
空はまだ暗いが、東の方だけほんのり明るくなっている。
水を飲み、干し肉を齧りながら出発の準備。毛皮をたたんで水球テントの棒をヘイズタートルの甲羅にしまうだけ。
「靴は大丈夫か?」
「大丈夫。問題ナシ」
「行くか」
「起きてすぐ出発できるのマキョーくらいだヨ」
「そうか?」
「ウン、それから方向はこっちネ」
チェルがまじないで方向を教えてくれた。
「まじないじゃナイ。空見てヨ」
「そうか。まだ寝ぼけてるな」
東を確認して、南へまっすぐ進む。
「チェル、今日は腕輪してないのか?」
ヘリーに作ってもらったという腕輪をしていない。
「あ、魔力を抑える腕輪ネ。マキョーしかいないし、本気で走るなら必要ないかと思っテ」
「魔力を抑えてたのか?」
「ウン、周囲の魔力を吸っちゃうから、魔力を抑えてたんだヨ」
「そういや、そんなこと言ってたな」
「小さい魔物なら、近づくだけで魔力切れを起こさせるから便利なんダ」
「砂漠で小さい魔物は毒を持ってそうだもんな。いいなぁ、俺もそんな能力が欲しい」
「マキョーは、もういいだろうヨ」
チェルはそう呟いて、走る速度を上げた。
「能力ねぇ」
禁句だったか。俺も速度を合わせて、チェルに並ぶ。
「チェル、暇つぶしに聞いていいか?」
「速度落としてもいいならネ」
「本気で走ってないだろ。足に魔力込めてない」
「ああ、そうダッタ」
チェルが足に魔力を込めると、飛躍的に走る速度が上がった。俺も同じように速度を上げると、引っ張っていたヘイズタートルの甲羅が振動で暴れ始めた。仕方がないので、両手で持ち上げて走るしかない。取っ手かなにか付けとくんだった。
改めてチェルに並び、顔を見る。
「ナニ? ……わかった。聞いていいヨ」
「学校ってどんなところ?」
「私が行ってたのは魔法を学ぶトコロ」
「どんな感じ?」
「どんなって……、同世代の子がいて、先生の話を聞いて、魔法の練習して、試験受けて、そんなカンジ?」
「楽しそうだな」
「楽しかったカナ?」
「同世代の友達がたくさんいるんだろ?」
「友達はいナイ」
また、禁句だったか。一緒に生活をしているというのに、知らないことが多い。このままでは旅に支障をきたすかも。ちょっと黙っとくか。
「マキョーはさ、なにか学びたいこととかあるノ?」
チェルが聞いてきた。
「あるよ、そりゃあ。なんにも知らないんだから。魔境に引っ越してきて、魔物も倒せるようになったし、食べられる植物もなんとなく見分けられるようになったんだぞ」
「冒険者やってたんでショ?」
「冒険者だけど、冒険はしてなかったから。適当に依頼受けて、夜は遊んでたなぁ。酷いもんだよ」
「じゃあ、急に土地を買おうと思ったノ?」
「そう! あ、このままだとヤバいな、と思って農業できる土地が欲しかったんだ」
「魔境は農地として広すぎナイ?」
「欲しかった土地が先に買われたんだよ。でも、金は貯まってるわけ。このままだとまた、ろくでもないことに使うと思って、何でもいいからと思って買った土地が魔境。結局、騙されたんだけどな」
「自分のことをよくわかってるんダネ?」
「ああ、新しいものにはすぐ飛びついてたし、いろいろ教わったりもした。でも、すぐに飽きるんだよな。騙されたことも多い」
「魔境には飽きないノ?」
「魔境は飽きるとか飽きないとかじゃないだろ。たとえ、生きるのに飽きても、無理して死ぬ必要もないし生きなきゃなんないだろ。同じだよ。あと、魔境は生活してたら、なにかしらとんでもないことが起こるしな。謎も多いし」
「ソッカ。ちなみに、今、欲しい能力とかアル?」
「あるよ。全然、魔境に人が来ないからな。人が来たとしても元奴隷とか犯罪者とか追放されたような奴ばっかりだろ。だから、普通の人が来たくなるような土地を作れる能力が欲しい」
「カリスマってこと?」
空からぶつかってきたワシの魔物を魔法で焼きながらチェルが聞いてきた。時々、魔物も見かけるが、ほとんど相手にしない。そもそも俺たちのスピードについてくるような魔物がいないようだ。
「カリスマって言われると別にいらないって思うけど、楽して好きなことできるならそれに越したことないよね。あ、あと、魔境に人がたくさん来るようになったら、娼館を作りたいとは思ってる。俺のひそかな夢だな」
「ショーモネー! どうせ、従業員に騙されるヨ」
チェルは時々痛いところを突いてくる。
「その通りだな。じゃあ、宿屋の主人に乗り換えるか」
「ハハ。そんな辺境伯いないヨ」
確かに、宿屋の主人になりたい辺境伯って変だな。
「あれ? 俺、いつ貴族を辞めるんだ? なんか、うちにいる連中って貴族辞めたのが多いから、俺もいつか辺境伯を辞めるもんだと勝手に思ってたけど、普通はそうじゃないよな?」
「そ、そうダネ」
「チェルはなんで逃げてきたんだ? 魔王の一族に呪われてるとか言ってたけど……」
「う、うぐっ……」
またしても掘ってはいけないところを掘ってしまったようだ。
「いや、失言だった。聞かなかったことにしてくれ。どうせ聞いても責任取れないし」
「あ、なんか見えてきたヨ!」
ちょうどよく砂丘の向こうに、砂岩でできた塔のようなものが見えてきた。
近づくと、塔は何本もあり居住区のような建物もある。ただ、どの建物も風化が激しく、半壊もしくは土台のみが残っているような状態だ。人の気配も魔物もいない。
「オアシスの町だったみたいだな。せっかくだから夕方までここで休憩しよう」
「うん、パン焼いてイイ?」
チェルは竹にパン生地を巻いて焼くようだ。やっぱり、パンが好きなんだな。
「いいよ。俺はちょっとその辺回ってくる」
砂漠にも町があったということは過去に交易路が存在していたかもしれない。井戸は枯れているが、周囲には植物が生えていた形跡はある。
「そもそも、あんな空島を留めておく鎖があるんだから、遺跡がない方がおかしいのか」
塔は中で鳥でも飼っていたのか、白い糞の跡があった。細い木片も床にたくさん落ちている。薪にできそうだ。
木片を持って、チェルがパンを焼いているところに戻る。
「焼けてるか?」
「まだ、だヨ。魔法陣だと火力の調節が難しいんダ」
チェルは地面に火魔法の魔法陣を描いて、パンを焼いている。
「薪があったけど、使うか?」
「使うヨ。どこにあったノ?」
「塔の中。たぶん、あれは全部、デカい鳥小屋だな」
「古代人は鳥を飼うカ~」
そう言いながら、チェルは火に薪をくべた。
「鳥は情報の伝達にも使えるし、糞は畑の肥料にもなる。砂漠のオアシスらしい」
「あれ、やらないノ? 地面に魔力放って、地中を見るヤツ」
「ああ、やってみるか」
砂の中に遺跡が埋まっている可能性は高いから、砂漠に入った時点で、もっとやっておくんだった。地面に手を当てて、魔力を放つ。砂だらけなので、遺物があればすぐにわかった。
少し今いる遺跡から離れた場所に、人骨や魔物の骨の他、ネックレスや腕輪などが埋まっている。墓地だろう。あとは、枯れた地下水脈の跡が井戸の下に続いている。
「地下水脈の跡を追っていけば、次のオアシスの跡が見つかるかもな」
「どっちに向かってるノ?」
俺が「向こう」と指さす。
「南だネ。行先は変わらないカ。焼けた焼けたヨ~」
チェルは焼き立ての丸いパンに干し肉を挟んで食べていた。
「美味すぎチャンピオン!」
「チャンピオン、少しだけ分けてくれ」
ちょっと分けてもらったら、一日ぶりのパンはものすごく美味かった。
「チェルは、パン焼ける能力があれば十分だよ。魔境にパン屋作れば?」
「えー、そうしヨー! 本当に無駄な能力とかあっても仕方ないんだよネ」
昼飯を済ませて、夕方まで寝る。一応、水球のテントも張った。
「人の強さがわかるって必要な能力だと思う?」
先に眠ろうとしている俺に、見張りのチェルが聞いてきた。訛ってないので、真面目な話なのかな。とりあえず、寝かせてほしい。
「知らんけど、戦ったりするときは有利になったりするんじゃないの?」
「いやぁ、マキョーに有利とか不利とか言われても……」
「なんか、人の役に立てたりできるかもよ」
「そう。できるのよ。適材適所で仕事を振ったりね。でも、人は変わるでしょう。あんまり意味ないと思うんだよねぇ。その時の強さとか知ってもさぁ」
いつになく饒舌だな。
「冒険者ギルドと冒険者みたいなものか。魔物と戦えば成長するしなぁ。初心者の方が成長早いし、随分抜かされたなぁ」
「だから、マキョーが成長とか言ってもさ……」
「なんだよ?」
「いくら成長できても、マキョーほど成長できる人類は少ないの。もうちょっと自覚してくれる?」
チャポンと水が揺れる音がした。
「なんか飲んでる?」
「ちょっと蜜酒を舐めてるだけ」
「どこに隠してたんだよ。飲み過ぎるなよ。それで洞窟出禁になってるんだからな」
「わかってるよ。だから、ちょっと愚痴を言って吐き出してるの」
「あぁ」
酔っ払いの話で睡眠時間を削られたら堪ったもんじゃないので、眠りながらチェルの話に相槌を打った。
どうやらチェルは人の強さを計ることができるらしい。過去にそんなことを言っていたような気もするが、その能力のせいで魔王に目をつけられたのだとか。王位継承権の争いにまで巻き込まれるようなことになって、逃げてきたのだとか。
「え~、じゃあ、魔族の国に帰らないつもり?」
もう意識が半分ない状態だが、聞いてみた。
「いやぁ、それがさぁ。この前、先代の魔王から連絡が来てさぁ。なんかあったみたいなんだよねぇ」
「え、先代の魔王? 連絡? そんなことできるのか?」
寝る寸前で、ちょっともう自分でも何喋ってるかわからない。
「ああ、もう死んじゃってるから、幽霊なんだよ」
「また、霊の話かよ……」
俺はここで話を聞くことを諦めて寝た。
交代の時間に起きると、チェルは俺が敷いていた毛皮に倒れ込むようにして寝た。酒はあまり減ってなかったので、ちゃんと我慢していたらしい。寝汗をかいたが、まだ寝やすい方だ。
「あと、何日続くのかなぁ」
ドライフルーツを少しずつ食べながら、見張りを始める。
サソリの魔物とかトカゲの魔物とかを見かけたが、いずれも小さく襲ってくることもなかった。
夕方、チェルが起き出してきた。歯を二人で磨いて顔を拭き、身体をほぐしてから、走り始める。チェルが寝ている間にヘイズタートルの甲羅をロープで巻いて、持ちやすいようにしておいた。
「走りやすい」
「寝る前に私、なんか言ってタ?」
走りながらチェルが聞いてきた。
「なんか訛ってなかったよ。魔族の国に帰りたくないけど、帰らないといけないかも的なことを言ってた? 俺も半分寝てたから、あんまり聞いてなかった」
「アア……帰ったらマキョーが寂しがるからナァ~」
「ん~、俺よりも皆が寂しがるんじゃないか。女性陣はなんだかんだ仲間意識強いだろ。ジェニファーの件もそうだし」
「マ、帰るにも船を作らないといけないし、すぐには無理なんだケド」
「好きにして。でも、ちゃんと帰れよ。いろいろやらないといけないことを置いてきたんだろうから」
「ウン」
その後、しばらく無言で走り続けた。
日が落ち、夕闇が広がる。
そろそろ休憩しようかと思っていたら、地平線に白い壁が続いているのが見えた。
「壁が見えるよね?」
見間違いかもしれないので、チェルに聞く。
「ウン、崖カナ? 続いてるネ。魔境って砂漠の先の崖まででしょ?」
「そう聞いてるけど……。二日しか経ってないよな?」
「ウン」
目を凝らすと、白い崖の上に明かりのようなものも見える。魔石灯の明かりだろうか。