【探索生活22日目】
朝、ヘリーとシルビアに諸注意をして洞窟を出る。出禁は一時的に解除されている。俺とチェルは、食料や生活に必要な魔道具が入ったヘイズタートルの甲羅を担いだ。ジェニファーは縄で縛られ、俺たちの後を付いてくる。
「1ヵ月して帰って来なかったら、俺たちは死んだと思って生きてってくれ」
「了解した。1ヵ月したらチェルの霊だけでも呼び出す」
「し、し、死ぬなよ!」
ヘリーとシルビアに見送られ、3人は森の中を南へまっすぐ走った。ジェニファーはあれから一言も発していないが、体は動いているようなので大丈夫だろう。
ロッククロコダイルの川を飛び越え、ゴールデンバットの洞窟を通り過ぎ、虫の魔物だらけの森を抜ける。
砂漠が見えてきたら、布で全身を覆い、日光で火傷しないように対策。そのまま、ヘイズタートルの甲羅を下ろし、砂漠へ入った。今回はチェルがヘリーから道に迷わないまじないを教えてもらっていたので、リーフバードは必要ない。
俺とチェルが交代で甲羅を引っ張る。裏返した甲羅は砂の上をよく滑るので、砂丘が続くと上りが結構しんどい。足が砂に埋まり、一気に走る速度が落ちる。魔力を足に込めればいいのかと試したら、甲羅がすっ飛んで行ってしまう。加減が難しい。
魔物も砂から飛び出してきて、足止めをしてくる。魔物が攻撃してくる前に、チェルがファイヤーランスという魔法で串刺しにしていた。
「たっぷり寝たから、全然余裕だヨ」
得意げに語っていた。
休憩なく走り続けると、夕方前には空島につながる鎖が見えてきた。初日なので、体力は有り余っていた。
「よし、それじゃあ、ジェニファーとはここで別れる」
「はい」
肩で息をしているジェニファーは雲まで続く巨大な鎖を見上げていた。水袋と二週間分の干し肉、アイスウィーズルの毛皮を縛った背負子を持たせた。
「登り切れば島がある。寒さに気をつけろ」
「はい」
「登らずに魔境を出ていくのも決断の一つだ。自分の身体と相談して決めろ。じゃあな」
ジェニファーは俺たちに深く頭を下げて、鎖を登り始めた。
「さ、俺たちは先へ急ごう」
「ウン」
チェルは寂しそうだが罰に対してはちゃんと理解しているようで、俺についてきた。
それから日が落ちるまで、南へ向けて走り続けた。
日が沈み切ったところで、チェルが砂丘の途中に釣り竿のように細長い棒状の魔道具を突き刺した。
「マキョー、魔力込めて」
「ああ」
棒の先から水球が発生し、どんどん大きくなって地面に着いた。まるで巨大なシャボン玉のようだが割れる気配はない。
「水魔法のテントにしたのか?」
テントに関してはチェルとヘリーに任せていたため初めて見る。
「北の方に住む民族が雪で作るドームをイメージしたって、ヘリーが言ってタ」
「そんなのあるんだ」
触ってみると、滝のように水が上から下に流れているのがわかる。
「中は空洞だから入れるヨ」
そう言ってチェルは巨大なドーム型のテントの中に入った。一瞬濡れるが、すぐに乾く。なんだったら汗が流れて気持ちいい。中は大人、4人が寝れるスペースがある。
「エルフたちの言うことは全く反映しなかったんだな」
「ウン、いろいろ参考にしたんだけど、結局、私とヘリーの方が魔法に関しては知ってると思って、無視しタ」
「なるほど。でも、これだと日中は日が差し込んでくるだろ。日射病にならないか?」
「大丈夫。この水流は球の形に循環しているからサ」
チェルがそう言って、地面にある砂をかけるとテントが砂色に濁った。日差しが強ければ、たくさん砂を混ぜて濁流にすればいいという。
「水流は地面の下も通ってるから、いずれ濁流にはなるんだけどネ」
「どのくらい保つんだ?」
「魔力量によって変わるけど、朝までは保つと思うよ」
基本的に朝と夕方に移動し、真昼と真夜中はテントを張って休むことに。
「砂嵐があったら、その場で休憩だネ。ヘイズタートルの甲羅は地面に埋めとコウ」
「わかった」
「このテントの欠点は中で焚火ができないコト」
「確かに、密閉されてるもんな」
「でも、水流を火魔法で温めたり、氷魔法で冷やしたりすれば、温度調節はできるヨ」
「じゃあ、飯は外で食おう。焚火も薪に限りがあるからそんなにできないし、いいテントなんじゃないか」
「そうダロ?」
チェルは勝ち誇っている。
「天才。世界一!」
「あしらうナヨ!」
適当に褒めるとバレる。
「飯を食べたら交代で寝よう。今日はジェニファーの走る速度に合わせたから、ちょっと疲れた。明日からもうちょっと速度上げるぞ」
「やっぱり走るのを抑えてたカー」
「魔物の対処も必要な時だけでいい。魔力を温存しよう」
「魔力を温存できても体力がナァ。あんまり飛ばさないデ。三日に一回は完全休憩がほしいゾ。長丁場になるかもしれないんだカラ」
「わかった。ただし食料がなくなったら、ミミズ肉も食うからな」
「最悪ダ」
チェルはそう言いながら、テントから出て甲羅の中から干し肉を取り出して齧った。
「はぁ、パン作りたいナァ」
持ってきたのは保存用の固いパンだ。
「小麦粉は持ってこなかったのか?」
「いや、持ってきたヨ。ただ焼くようの壺を忘れタ」
「どうするつもりだ?」
「生地を棒に巻いて焼ク。今日はそのことばっかり考えて走ってタ」
俺も干し肉とパンを補給し、早々に寝ることに。
アイスウィーズルの毛皮を身体に巻いて、空を見上げた。テントが徐々に濁って、星が隠れていく。
「ジェニファーは今頃、鎖を登ってるカナァー」
大の字で寝転がっているチェルがつぶやいた。
「あの鎖は結構登るからな。まだ島には着いてないだろう。一人だったら心が折れてたかもしれない」
「でも、ジェニファーなら大丈夫だヨ。強いカラ」
「うん、そうだな」
「アレ? 軍手渡しタ?」
「渡してない。まぁ、なんとかするだろう」
「マキョーは恨まれるネ」
「それも領主の務めだ」
「やっぱり貴族なんてなるもんじゃないネ」
「そうかもな。あんまり自覚ねぇけど」
そんな話をしていたら、いつの間にかチェルが寝息を立てていた。