【探索生活21日目】
やはり寒い。
砂漠で3人、焚火を囲んで野宿していたのだが、いつの間にか焚火の火が消えている。火の番の俺が薪を足さなかったからだ。砂漠に薪などないのだから仕方がない。
「寒いヨ~」
「寒いぞ」
「ああ、砂漠の朝は寒い。知っているだろ?」
洞窟を出禁になったチェルとヘリーとともに砂漠で一泊。森で寝ると、いつの間にか石に変えられたり、地面の下に埋められたりしている可能性があるので、砂漠にしたのだ。
二日目ともなると薪の準備は怠らないし、燻製肉も……?
「あれ? 昨日用意した燻製肉がない。食べた?」
「いや、食べてナイ」
「私が盗み食いをするはずがないだろう」
2人に信用はないが、もし自然になくなっているのだとしたら砂漠踏破での食糧事情が危なくなる。
「いや、わかった。別に食べてても今回は怒らないから、本当のことを言ってくれ。燻製肉を食べたか?」
「だから食べてないヨ!」
「本当に食べてなどいない! マキョーには私がどう見えているのだ?」
「それは困るよ。どっちかが盗み食いしててもらわないと。俺たちが砂漠を旅するときに、全ての飯に鍵をかけないといけなくなるだろ?」
「そ、そうカー! でも、食べてないヨ」
「なるほど、理解はするが、証拠もなければ証明もできない。食べていないのだ。信じてくれというしかない」
チェルもヘリーも嘘をついているようには見えない。
ただ、そうなってくると、誰がどうやって、という疑問だけが残る。
「実験して食料消失の謎を解明しないといけなくなった。面倒な砂漠だ」
アイスウィーズルの毛皮を巻いて背負子に縛り、とっとと森へ向かう。今回は寄り道もせずに帰った。ヘリーが道に迷わないまじないを知っていたからという理由もある。
洞窟の前でジェニファーが血だらけで倒れていた。
「あの二人を一緒にしてはいけなかったか!?」
急いで、ヘリーが回復薬をぶっかけて、チェルが回復魔法で傷を治した。かなり重い鈍器で身体を殴られたようだが、持ち前の防御力の高さと急所を外した攻撃だったようで、命に別状はない。
「シルビアは?」
怪我をしたジェニファーよりも、怪我を負わせたであろうシルビアが心配になる。以前、ジェニファーはシルビアに精神魔法をかけたことがあるので、今回もなにかやらかしたのではないかと思ってしまう。
「洞窟の中にはいないようだな」
「沼にいるヨ~」
シルビアは沼のほとりで、小さく座っていた。
「どうした? なにがあったんだ?」
腕を組んで震えている。
「ご、ご、ごめんないさい」
「謝る前に、なにがあったか教えてくれ。なにか事情があったんだろう?」
今にも泣きそうになっているシルビアの背中を擦り、ゆっくり話を聞くことにした。
「き、き、昨日の夜……」
俺たちが砂漠に向かった後、ジェニファーが余った酒をちびちび飲み始めたそうだ。酔っぱらったジェニファーが靴づくりをしているシルビアに「肌がすべすべ」だの「貴族出身はいいなぁ」だのと絡みだし、ついには「吸血鬼の一族の血を寄こせ!」と腕を噛んできたという。
「お、お、思わず靴で引っぱたいてしまって、それからは……」
思い出したくない言葉を吐かれ、ボコボコにしてしまったとのこと。
「そうか。じゃあ、シルビアは何も悪くないな」
シルビアの腕を回復薬で治療し、落ち着かせ洞窟へ連れて行った。
シルビアには自室で眠っていてもらい、チェルとヘリーに事情を説明。いまだ起きないジェニファーは、ロープで縛って木に吊るしておいた。
「魔境の領主としてジェニファーについての処遇を決めないといけない」
「まず、洞窟出禁だヨ」
「シルビアへの接近禁止命令もだな」
チェルとヘリーもジェニファーに罰を与えなくてはならないという考えだ。
「俺としては魔境から追放を考えている」
そう言うと、チェルとヘリーは渋い顔をした。これまで、一緒に魔境で過ごしてきた仲間だが、シルビアへの差別的発言、暴行は看過できないというのが理由だ。シルビアの暴行については正当防衛とも言える。
「でも、私たちも悪いことはしてるヨ。だから洞窟出禁になってるんだカラ」
「それでも仲間を無暗に傷つける行為はしていない。追放するには十分な理由だと思うけどな」
ここは心を鬼にしてでもジェニファーを追放させる気持ちで反論する。もし、それでもジェニファーを残す理由が出てきたら、その時は受け入れよう。
「しかし、ジェニファーがいないと魔境は回らなくなると思うのだ」
ヘリーが俺の考えを見透かしたように話し始めた。
「ジェニファーが物の管理をしているお陰で、食料が足りなくなることもない。それから、消耗品に籠、作った薬、保存食も一手に引き受けてくれているし、シルビアが作った武器や防具の手入れなんかも手伝っている。現在の魔境にとって、なくてはならない人材というのも事実だ」
「ジェニファーが道化役に徹してくれているから、空気がいいんダヨ。私もジェニファーは魔境に必要だと思う」
「それは俺も理解できる。一人だけ貴族になったことがないということに劣等感を持っているのも関係しているんだろう。だけど、それについてジェニファーをバカにした奴はいるか?」
チェルとヘリーは首を横に振った。誰も貴族になったことを誇りに思ったり、平民だからと言ってバカにするような奴はいない。そもそも俺以外は貴族という肩書を捨てている。
「酒を飲んで気が大きくなり、普段自分が思っていることが表に出たのだろう。本人の問題だ。それが治るまでは魔境から追放でもいいと思う……」
そこで俺は大きく息を吐いた。チェルもヘリーも頭を抱えて、息を吐いた。反論はなさそうだ。
「というのが、魔境の軽犯罪者たちの結論だが、今現在、なにも罪を犯していないシルビアはどう思う?」
シルビアは自室からこっそり出てきて、洞窟の隅で俺たちの話をずっと聞いていた。俺からは見えているが、チェルとヘリーは見えていなかったので、驚いて振り返っていた。
「え!? あれ? どうしてここに?」
シルビアの言葉を待っていたら木に吊るされたジェニファーが起きた。
ジェニファーの疑問に答える者はいない。
「私は、なにをしたんですか? 私は……シルビアさんに……酷いことをしたんですね!?」
ジェニファーは昨夜のことを必死に思い出そうとしていた。
「違うんです! いえ、違わない……あ~……私はシルビアさんに酷いことを言って、決してやってはならないことをしました。マキョーさん! 私を処刑してください! 私は卑屈で卑怯で狡猾な女です! バカで、大バカで、なのに、本音では皆をバカにしていました! 自分がバカなのに! もう、治りません! 助けると思ってこの世から消してください!」
ジェニファーの声は曇り空に消えて行った。顔面の穴という穴から汁が零れ落ちている。
「ジェニファー、それをお前に決める権利はない」
俺は静かにはっきりと突き放した。
「シルビア、魔境の洞窟に唯一住むことを許されたお前に聞く。ジェニファーをどうする?」
「い、い、今まで、助けてくれたことは感謝してる。で、で、でも、正直、しばらくジェニファーの顔は見たくない。ま、ま、魔境に必要な人だってこともわかってるし、ほ、ほ、本音でどう思っていようと、魔境にはいてほしい。わ、わ、わかんない!」
シルビアは感情がぐちゃぐちゃらしい。
「領主として、ジェニファーに刑を言い渡す」
焚火がパチっと爆ぜた。
「砂漠の空島に流刑! あそこで、しばらく反省してもらう」
魔境に俺の声がこだました。
「異議ナシ!」
「異議なし!」
「い、い、異議なし!」
「被害者からの異議もないので、素早く準備をして刑を実行してもらう」
我ながら甘い処置だと思うが、更生のチャンスも与えたい。あの空島も魔境の中だし、そう簡単には帰って来られない。この辺りが落としどころだろう。
ジェニファーは自害しないよう口に猿轡をしたが、そもそも茫然としていて力が入っていない。
「よし、ジェニファーを送っていくついでだ。チェル、そのまま砂漠の踏破にチャレンジしよう。鳥人の国へ向けて明日の朝出発する。危険と判断した場合は戻ってこよう。どうせ一回で成功するとは思ってないからな!」
「エ~!? なんで~!? そりゃないヨ~!!」
チェルはそう言いながらも、ヘイズタートルの甲羅をひっくり返し、準備を始めた。
「シルビアとヘリーも、2人だけで洞窟を魔物から守ってもらわないといけないから、今日中に効率よく魔物を倒す方法と、逃亡先について確認してもらう」
「了解」
「りょりょ了解!」
俺たちがいない間、どう魔物を倒すかとか何が得意かいうことは忘れてもらい、ひたすら麻痺の杖で魔物をしびれさせる、もしくはスイミン花やタマゴキノコで動きを止めて、仕留める方法を徹底させることに。もちろん、罠の落とし穴も作りまくるつもりだ。
巨大魔獣や予期せぬ事態の時の逃亡先として、魔境の外にある軍の施設、もしくはゴールデンバットの洞窟、北部の古井戸など地図に描いて教えておいた。できるだけ現地まで行って位置を確かめる。
予期せぬきっかけで俺たちの砂漠踏破の旅が始まろうとしている。
「本当に迷惑だヨ!」
「どんなに準備をしても不測の事態や思ってもみなかった予想外のことは起こる。今回のことでそれがわかったから、死なない程度に頑張ろう。魔境での生活はずっとそうやってきただろ?」
「騙されないゾ! マキョーに騙されちゃいけナイ!」
チェルは自分の頬を張っていた。
俺はヘリーとシルビアとともに、基本的な魔境の魔物狩りに向かった。