【探索生活18日目】
まだ夜が明けないうちにチェルを叩き起こし、小屋づくりの訓練のため砂漠へ向かう。ほとんど寝ているチェルを担いで、ロッククロコダイルがいなくなった川を飛び越えると雨が降ってきた。
かなり強烈な雨だったが、チェルが起きる気配がないのでそのまま走り続ける。体が冷えるかとも思ったが、ワニ革のコートのお陰で気にならない。なるべく使い込んで革を柔らかくしなくては。
暗くても魔石灯の明かりとちょっとした音で魔物や植物の位置もなんとなくわかる。
雨の中、大きなカタツムリが移動していた。木々をなぎ倒して進んでいたので、道がわかりやすくなった。もちろん、魔物たちにとっても獲物が通る道なので、狩りが楽になる。
キングアナコンダや火吹きトカゲに襲われたが、もし俺が叩きのめしていなかったら、周囲のトレントの群れが起き出して、地形が変わっていただろう。弱肉強食の魔境では些細なことをきっかけに魔物たちの大乱闘になりかねない。
雨が止んだ。
じめじめとした空気の中、虫系の魔物が動く音が聞こえてきた。アラクネの群れかもしれない。魔石灯を切り、カム実を音がする方に投げると、飛びつくような足音が聞こえる。
アラクネには一度酷い目に遭わされているので、大きく迂回することに。
虫系の魔物が多くなるが、なるべく戦わずにやり過ごす。
休憩も入れずに一時間ほどで、砂漠へとたどり着いた。
「ふわぁあ~あ! オハヨ」
背中のチェルがあくびをしながら起きた。
東の空が白み始めた。風も凪いでいるので、今がチャンスだ。
「よーし、じゃあ、砂の小屋づくり、いってみようか」
「イヤイヤ、マキョー、パンは? 朝起きたらパン作るでショ? っていうか、どこココ?」
チェルが混乱しているうちに、俺は地面の砂に手を置いて、魔力を使って壁を作ろうとした。
ズゾゾゾゾ……。
小ぶりな尖った山ができただけで、砂が地面に落ちてしまう。
「チェル、魔法で砂の壁の作り方を教えてくれ」
「マキョー、ちょっと一旦落ち着いて、状況を教えてクレ」
チェルがちょっと大人びた声で注意してきた。
真面目な雰囲気だったので、とりあえず事情を説明した。
「だから砂漠を渡るのに、砂の家があったほうがいいだろ? それで昨日、ほら、魔境の外にいるやつらに聞いてきたんだ。そしたら、魔法で壁を作って組み合わせれば小屋になるって教えてもらってさ」
「ウンウン。それで寝ている私を砂漠に拉致してきたト?」
「そういうこと!」
俺がそう言うと、チェルは「クソッ!」と言いながら、砂を蹴っていた。
「不貞腐れてないで、早く砂の壁の作り方を教えてくれよ。昼になると森が引いていくし、暑くなるんだから」
「ん~、ホイッ!」
チェルが砂の壁を魔法で作ってみせた。だが、数秒もしないうちに崩れる。
「やっぱりすぐに崩れるな。じゃ、これを使ってみよう」
ミツアリの魔石を取り出して、チェルに渡した。
「マキョーが砂壁を作る魔法を覚えるのが先じゃないノカ?」
「まぁまぁ、とりあえず完成形を見てからでもいいだろ?」
チェルは仕方ないと、ミツアリの魔石を手にもって再び砂の壁を作り出した。
ズズズズ……。
なんだかねっとりした砂の壁が出来上がったが、やはり崩れて行ってしまう。
「壁を作るのって間違ってるのかな?」
「イヤ、知らんケド。とりあえず、マキョーは魔法で壁作る練習してみれば」
「わかった。どうやんの?」
チェルの教えによると、壁は薄い膜のようなものを作ればいいらしい。試してみたが、まるでできなかった。
「なんでだヨー。バカにしてんのカ?」
「してない。教え方が悪いんだ」
「だったら、ここだけ盛り上げロ!」
チェルは、紐を置いて地面に細長い長方形を作った。
「そんな繊細なことできるわけないだろ?」
そう言いつつも、やってみる。
ググ……ググググ……ズサーーーーッ!!
紐で区切った長方形から砂が溢れ出して、収拾がつかなくなってしまった。
「……バカ?」
「じゃあ、どうしろっていうんだよ!」
「壁にならないとしょうがないだロ! 砂の噴水を作ってどうスンダ! 空間を……こう、挟メ!」
チェルは無理難題ばかり言う。しかし、魔法に関しては俺の師匠なので、言うことを聞くしかない。
再び砂の上に紐で長方形を作り、空間を挟むようにしながら地面を持ち上げた。
ズッシューーー!!!
地面の長方形の形に砂が噴出し、そのまま上空まで続く壁が出来上がった。
「イヤ、確かに噴出している間は、壁になるケド。……これいつ終わるノ?」
地面からはずっと砂が噴出し続けている。
5分くらい経ってもまだ噴出し続け、終わらない。
「もうこれでいいんじゃナイ? 砂嵐さえ防げればいいんでショ? この壁を四方で固めればイイ」
「まぁ、そうだけど。これいつ終わるかわからないぞ。寝てたら突然、吹っ飛ばされるかもしれないんだから」
「ン~、魔法陣にすればいいんじゃナイ? 木の板にこの魔法の魔法陣を彫ったら、壊れにくいと思うシ」
「ちょっと意味がわからないけど……。木造住宅にするってこと?」
「全然、違うヨ!」
なんだかよくわからないけど魔法陣さえ作れればどうにかなるらしい。しかも魔法陣もヘリーが解読してくれるという。
「優秀な人材が店子にいてよかった」
「もう、帰ろウ! 腹減ったヨ!」
すでに森が後退している。
急いで森に入り、北上。洞窟へ向けて走る。行きと違って、チェルが起きているので楽だ。
夜行性の魔物たちはいなくなっているが、植物は活発に動いているし昼行性の魔物、特に爬虫類系の魔物が動き始めていた。
覚えたばかりの魔法の壁も土でどんどん作り、火吹きトカゲやコドモドラゴンなどを天高く吹き飛ばしていった。それをゴールデンバットがひょいっとかっさらっていく。
「なんだコレ!」
先を行くチェルが叫んだ。
ロッククロコダイルの川まで戻ると、中型犬くらいのカニの魔物が大発生していた。そこら中にカニの魔物が蠢いている。ロッククロコダイルやグリーンタイガーなどが食べているが、胃袋は急に拡がるわけではない。
カニの大群は東へ向けて、一心不乱に進んでいく。仲間が食われたり、踏まれたりしてもお構いなし。こちらからすれば取り放題だ。
「カニ祭りだ! 急いで、皆を呼んでこよう!」
洞窟に戻って、朝飯を食べている3人を呼んで、カニを獲りまくった。
後でP・Jの手帳で調べると、クリスマスアイランドクラブという種らしく、雨上がりに時々、大発生をして1か月かけて海を目指すのだそうだ。海まで辿り着く個体は少ないが、1か月後には3階建ての建物くらいにはなっているという。
その日、日中はずっとカニ獲り。夕方、カニを煮ながらヘリーに砂壁の魔法陣の話をしたら呆れられた。
「とにかく、見せてもらわなければなにがなんだかわからん」
とのこと。
砂漠踏破への準備は続く。